あえて大統領就任式当日にライブ配信する『Grand Theft Auto V』を使ったアートプロジェクトとは

「The Official San Andreas Community Cam」は、『Grand Theft Auto V』のModにより、San Andreasの住民たちの生活をひたすら追い続け、その様子をTwitchでストリーム配信するというもの。ストリーム配信が開始されるのは日本標準時1月21日午前1時から。

2015年4月に発売されてから売上ランキングの常連として君臨し続ける『Grand Theft Auto V』。その人気は根強く、先日 Steam Spyが独自のデータをもとに公開したSteam上のセールス情報によると、収益ベースでは依然として第2位と上位をキープしている。もはやゲームに疎くとも名前は聞いたことのあるほどの知名度と言えるだろう。それだけメジャーな作品だけあって、ビデオインスタレーションの一種として活用するアーティストも存在する。米国在住のBrent Watanabe氏がまさにそうだ。

プロジェクト名は「The Official San Andreas Community Cam」。Watanabe氏が自作したModによりSan Andreasの住民たちの生活をひたすら追い続け、その様子をTwitchでストリーム配信するというもの。もちろんプレイヤー操作ではない。NPCたちの動きはAIに委ねられている。普段は何気なく車でひいたり鉛で貫いている彼らに24時間密着するというわけだ。ただし、これだと単純にModを導入したゲームをストリーム配信しているだけである。アート作品とはいえない。本作の肝は作品単品ではなく、現実世界のコンテクストの中で見ることで初めて見えてくる。先にサンプル動画を貼っておこう。説明抜きに作品を味わう機会が必要だと思うからだ。

さて、動画内のNPCはAI制御によりSan Andreasの街を歩き回っているわけだが、ほとんどのNPCは止むことなく嗚咽を漏らし、泣き続けている。これはなぜか。本作のストリーム配信が開始されるのは日本標準時1月21日午前1時からである。太平洋標準時では1月20日の午前8時。つまり米国の大統領就任式当日である。わざわざ配信ページでは「Inauguration Day(大統領就任式の日)」にライブとなる旨が記載されている。続いてSan Andreasはカリフォルニア州をもとにしたフィクション上の街である。これもまた作品説明文で触れられている。同州の2016年大統領選挙結果では、投票の過半数が民主党のヒラリー・クリントン氏に入れられた。カリフォルニア州をもとにしたSan Andreasの住民が「大統領就任式の日」にむせび泣いているワケはもはや明らかであろう。

なお「The Official San Andreas Community Cam」の配信期間中はサイト上にて募金活動を行っている。集まった資金はどこに向かうのかというと、非営利団体Planned Parenthoodである。人口妊娠中絶手術、避妊薬処方など生殖に関する医療サービスを幅広く提供している団体だ。Planned Parenthoodが米国大統領とどう関係するのか気になった方は、ぜひ各自でニュースを調べてほしい。このように作品説明文ではかなりオブラートに包んでいるのだが、社会性のあるメッセージが込められている可能性は高いように思える。

作品手法としては、AI制御のNPCを扱うのはWatanabe氏が得意とする分野だ。氏はもともとロックバンドのポスターやアルバムカバーを手がけるアーティストであったが、2000年代初期に独学でプログラミングを学んでからはゲームエンジンや電子工学を取り入れたインスタレーションアートにシフトしていく(参考:Brent Watanabe氏のポートフォリオ)。

2013年の「for(){};」はキャンバスにゲームのステージを描き、そこにプロジェクターを使ってスプライトを表示させる作品であった。終わりも始まりもなくさまよい続けるスプライト。シチュエーションだけを決めてあとは偶然性に委ねる。この姿勢はWatanabe氏の作品群を貫く中核たる部分だ。さかのぼる2008年にも、横スクロール画面の世界でカモが24時間歩きループし続けるというビデオインスタレーション「Stack: Heap: Loop」が公開された。

こうしたWatanabe氏の作品を通して見られる姿勢をゲームエンジンを用いて本格的に描き出したのが2016年の「San Andreas Streaming Deer Cam」である。独学で『Grand Theft Auto V』のMod作成方法を学び、San Andreasの街を自動で駆け回るシカの様子を24時間ストリーム配信し続けるというプロジェクトであった。

つまり『Grand Theft Auto V』を題材とするのは2回目ということになる。一見するとアーティストとして大きく跳躍していないように思えるかもしれないが、『Grand Theft Auto V』でなければいけない明確な理由があったと考えるのが自然だ。視聴者としてNPCを追い続けることに娯楽性はないかもしれないが、そこに込められているであろうメッセージに想いを巡らせると、また違った世界が見えてくるかもしれない。

Ryuki Ishii
Ryuki Ishii

元・日本版AUTOMATON編集者、英語版AUTOMATON(AUTOMATON WEST)責任者(~2023年5月まで)

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