
「ゲームは週に1時間」、敬虔なゲーム好き青年が「聖人」になる。わずか15歳でこの世を去った“神のインフルエンサー”
カトリック教会の教皇レオ14世9月7日、ピエル・ジョルジョ・フラッサーティ氏とカルロ・アクティス氏の二名を列聖した。

カトリック教会の教皇レオ14世9月7日、ピエル・ジョルジョ・フラッサーティ氏とカルロ・アクティス氏の二名を列聖した。後者のアクティス氏は初の90年代生まれの聖人であり、生前はゲーム好きの少年でもあったことから話題を呼んでいる。
列聖とは、キリスト教において信仰の模範としてふさわしい信者を、聖人の地位に上げる制度だ。カトリック教会においては、福者の地位にある信者が聖人の地位に上げられる。いずれも死後に徳や聖性を認められた信者が与えられる地位だ。
今回列聖したうちのひとりであるカルロ・アクティス氏(以下、アクティス氏)は1991年にロンドンに生まれ、ほどなくして両親の母国であるイタリアに移り住んだ。生まれてすぐ洗礼を受けた同氏は、敬虔なクリスチャンとして成長。9歳の時にはホームレスの人々にお金を寄付し、12歳の時には教会の人々に教義や洗礼について教え説く「カテキスタ」として活動した。小さい頃から同氏は信心深い人生を送っていたのだ。
そんなアクティス氏が世界的に有名になったのは、世界各地の奇跡をまとめたサイトを作ったことによる。アクティス氏は幼少時よりプログラミングや、当時まだ新しかったインターネットへの関心が高く、所属する教区や通っている学校のホームページの製作をおこなっていた。そうした活動の延長線上で、彼は世界中の聖体奇跡をまとめたウェブサイトを立ち上げたのだ。「The Eucharistic Miracles of The World」を2004年に立ち上げ、2006年に公開。しかしほどなくして、同氏は白血病でこの世を去った。亡くなる数日前まで更新作業をしていたという。
このサイトは各国語に翻訳され、現在は聖体奇跡にとどまらず、あらゆる奇跡を記録するサイトとして更新が続けられている。今でも横断的なキリスト教の歴史の記録として、あるいは観光ガイドとして多くの人がアクセスしている。そんなアクティス氏についたニックネームが「神のインフルエンサー」だ。まだSNSが人々に行き渡っていなかった時代、精力的にオンラインで活動した同氏にぴったりの異名と言えるだろう。

そしてアクティス氏は、ゲーム好きの少年という意外な一面もあったという。同氏は8歳の時に初代PlayStationを買ってもらって以来、しばしばゲームに興じていたのだそうだ。アクティス氏の親族によれば、同氏はよく友達と『Halo』や『スーパーマリオ』、『ポケモン』を遊んでいたとのこと。
一方で「ゲームに依存してはいけない」と自らを律し、ゲームは週に1時間と固く誓っていたのだそうだ。世俗の人間からすればかなり厳しい決まりに思えるが、アクティス氏の敬虔さと生き様を見るに、そうした戒めも守り抜いたのだろう。
クリスチャンとして精力的に活動するかたわら、そんな親しみやすい面も持ち合わせていたアクティス氏。同氏の遺体は保存され、アッシジのサンタ・マリア・マッジョーレ教会に安置されている。
そんな同氏の死後、多くの人に神の教えを広めた功績を受けて2012年に列福・列聖の調査が開始。2020年に列福し、その後2024年には故・フランシスコ教皇のもとで聖人の認定に必要な「奇跡」を認められ、列聖が承認。そして2025年9月7日、現教皇レオ14世のもと列聖式が執り行われこのたびアクティス氏は聖人となった運びだ。
ちなみに、現教皇のレオ14世は『Wordle』を教皇選挙(コンクラーベ)前ですらプレイするほどハマっていたという人物で、7月には信者からポケモンカードゲームにサインを求められ快く応じたことでも話題となった(関連記事)。

なお聖人といえば基本的には、歴史上の人物など没後かなりの期間を経た信者が選ばれてきた。今回アクティス氏と共に列聖された社会活動家ピエル・ジョルジョ・フラッサーティ氏も、1901年に生まれ1925年に没した100年以上前の人物だ。列聖にいたるまでのプロセスも複雑で、承認までは長期にわたることが多い。
一方、アクティス氏は初の90年代生まれの聖人。異例の早さで列聖した点でも話題となっている。列聖式の肖像画もジャージにスニーカーといった服装で、アッシジの街中に建てられた銅像ではリュックやノートパソコンを携えるなど、聖人として異色の出で立ちだ。テクノロジーを活用し、ゲームに親しんでいたという点も踏まえて時代に即した聖人であり、現代人が身近に感じられるような崇敬の対象となっていくことだろう。
