『シュレディンガーズ・コール』開発者インタビュー。“『都市伝説解体センター』とは違うコンセプトのアドベンチャー”、深夜2時にヘッドフォンをつけて遊んでほしい電話ゲーム
弊誌では、京都で7月18日から開催された「BitSummit the 13th」にて、気になる開発チーム名も含めて話を伺ってきたので、本稿ではその内容をお届けしよう。

集英社ゲームズより、『シュレディンガーズ・コール』が2026年に発売予定となっている。対応プラットフォームはPC(Steam)で、アクロバティックチリメンジャコが開発。同作では主人公のメアリが世界最後の話し相手となり、死にきれない魂たちを苦しみから救うのだという。同作では、これまでにイベント会場やWeb上にて、限定的に体験版が公開。その中では、凝った見せ方によるストーリーテリングが印象的な作品となっていた。
体験版の時点でも目を惹く本作は、どのように制作されているのだろうか。弊誌では、京都で7月18日から開催された「BitSummit the 13th」にて、気になる開発チーム名も含めて話を伺ってきたので、本稿ではその内容をお届けしよう。
──まずは自己紹介をお願いします。
集英社ゲームズ 林真理氏(以下、林氏):
集英社ゲームズのシニアプロデューサー・林真理(はやしまこと)と申します。ゲーム業界は28年目で、コンソールからアーケード、モバイルと色々やってきました。今現在は集英社ゲームズのプロデューサーとして『都市伝説解体センター』や、新作の『シュレディンガーズ・コール』などを担当してます。

アクロバティックチリメンジャコのAchabox氏:
アクロバティックチリメンジャコのAchaboxと言います。『シュレディンガーズ・コール』では、アートとディレクションを担当してます。

──不思議な名前なのでずっと気になっていたんですが、どういったチーム名なのでしょうか。由来や経緯があれば伺わせてください。
Achabox氏:
まずアクロバティックチリメンジャコは、『シュレディンガーズ・コール』のために作ったチームです。集英社ゲームズさんのコンペに参加する際、なにかチーム名が必要で急いで名前を決める必要があったんです。でもチーム名が全然浮かばなくて、たまたまチリメンジャコのパックを開けながら考えていたら、思いっきり開いちゃって部屋中に吹っ飛んでいってしまったんですね。そのときにこれだと思って、アクロバティックチリメンジャコになりました(笑)。

──『シュレディンガーズ・コール』は、どういったゲームだと捉えて開発を進めていますか?コンセプトなどを伺わせてください。
Achabox氏:
作り始めたのはコロナ禍の頃でした。当時も自分自身の身の回りのことでなど、人生のいろんなことが起こりました。そういう時に普段だったら会った友達に相談して、相談したことで気軽になれたと思うんです。人に会うと「元気ないの?」とか「悩んでるの?」とか聞けるじゃないですか。でもコロナ禍で断絶されてしまって、人に会って話す機会もなくなってしまった。それで私自身も話せなくて辛いなと思っていました。
そんな中、Discordなどで知らない人のコミュニティへ行くようになって、自分自身の悩みとかを相談した時に、顔も知らない人たちに共感してもらって、元気をもらったことがあったんです。全然関係ない話をして、元気をもらったこともありましたね。そういうコロナ禍の断絶された空気と、電話で助けてもらったこと、身の回りのことがインスピレーションとしてまとまって、『シュレディンガーズ・コール』になったんだろうなと思っています。自分が本当に電話で助けられたこともあり、そういう誰かとお話したかったとか、話ができなかった人がすごく共感できるゲームにしたいと思っています。作りたいというか、必要だと思ったので、電話でお話したいと思っている誰かに届けたいです。
林氏:
コンセプトとしては、直接人に会えない時に電話で人と話して少しだけ心が安らぐような、そういう些細な感情がうまく表現できるゲームになるんじゃないかなと思っています。勇者に危機的状況から救ってもらったとか、はっきりした出来事ではないんですが、ちょっと気持ちが救われる瞬間をゲームにすることは、すごくいいアイデアだなと感じています。このゲームでは、そういう表現ができそうだと思ったので、一緒にやろうと考えたわけですね。


開発チーム全員で作り上げるゲーム体験
──体験版を遊んでみて、見せ方が印象的でした。プレイヤーが遊ぶ上で意識していることはありますか。またなぜああいった見せ方になっていったのでしょうか。
林氏:
このチームは、基本的にはゲーム開発経験のない人たちが集まって作ってるんです。Achaboxさんはゲームを作られたこともあるんですけど、元々映像の仕事をされていました。シナリオを書いてくれてるセイシ(入交星士)さんも、もともと演劇の演出やアートディレクションをしてきた方です。なので、ゲーム業界の作り方というよりは、映像や演劇の作り方でゲーム作ってる。まずAchabox さんのやりたいコンセプトがあり、自分たちの持っている技術でどう表現するのか、表現方法から自分たちで考えているところが、このチームのオリジナリティだと思います。だから、生み出されるものが感覚的な映像や音、言葉になっている。わかりやすいゲームらしさとはまた違って、新しい演出や表現が人に響くものを生み出しているんじゃないかなと思います。
──実際に遊んでみても、いい意味でノベルゲームやADVの文脈とは違ったものを感じましたね。
Achabox氏:
プログラム兼シナリオのサポートをしてもらっているameさんは、ノベルゲームが大好きで、いろいろ意見ももらっています。もうちょっとここは丁寧に語ったほうがいいよとか意見をもらったら、そこはもう少し丁寧に書くこともありますね。でも私とシナリオや演出担当のセイシさんは長い文章が苦手なので、ノベルゲームは全然やらないんです。たとえば選択肢を提示する際にも、プレイヤーに言ったように感じさせるために選択肢を使っていることもあって、音楽や映像の入るタイミングも含めて、プレイヤーの受ける感覚を大事に制作しています。
林氏:
このチームの特殊なところなんですが、アクロバティックチリメンジャコは3人全員がやれることを全部やっているんです。ゲーム開発は分業化がどんどん進んでいます。シナリオ、イラスト、音楽などそれぞれ担当者がバラバラで、現代のゲーム開発では分業して開発されることが多いです。でもこのチームはシナリオを書いてる人が絵を作って映像も作るし、ピアノの音も自分で作っています。自分が書いたテキストに感情を乗せるために、自分で曲を作るのはなかなかできることじゃない。分業とは逆に、3人全員が必要なら映像や曲も作る。分業ではなく全員で全部を作っていく制作スタイルだから、言葉に感情を乗せることができるんだろうなと思っています。
──開発チーム全員で、制作分野を分けずに全部やってるケースはなかなか聞いたことがないですね。
Achabox氏:
シナリオ担当のセイシさんはもともとアニメーター兼、3DCGクリエイター兼、作曲家で、直近だと舞台の演出家やアートディレクションを結構大きいところで担当されていて、今はゲームを作っているという謎の経歴を持っている方なんです。セイシさん以外にも最近だと全員映像が作れます。私もテキストを修正したり、エンジニアのameさんもテキストはもちろん、音楽も作れるようになっています。体験版だと短いんですが、最新版の1章ではそうした制作スタイルのよさが結構でているかなと思います。ボタンを押した時の気持ちよさ、選択することの気持ちよさが、今すごく上がってきていると感じています。
──制作分野を分けないでやっていると、こだわりがぶつかる瞬間もあると思います。喧嘩になったりはしないんでしょうか。
Achabox氏:
喧嘩はしないんですが、意見が割れてしまう時もあります。最終的には私がディレクターなので、これで行きたいので行かせていただきますといって、決めています。そうやって決めて進めても、上がってきたものがなんかちょっと変わっていることもあります(笑)。予定してたシナリオで体験を作ろうとしたら、感情的な引っかかりがあったから部分的に変更したり、ある意味みんな頑固なので、お互いに自分のアイデアがいいと思って、部分的に塗り替え合うことはありますね。
林氏:
信頼し合っている3人だからこそできる、制作スタイルなんだと思います。

──本作を作り上げる中で、一番大事にしていることを伺わせてください。
Achabox氏:
いかに、電話をする相手に寄り添ってあげたいと思えるか。そうした気持ちをすごく大事にしています。私はそうは思っていないんですが、お話を聞くことは必ずしも面白くはないんです。たとえば、相手がずっとしんどいと言い続けている場合、聞き続けるのは楽しくはないと思います。本作では電話越しにお話を聞きますが、聞くだけではつまらないから、どうプレイヤーにアクションをさせて、いかにキャラクターのことを知る過程で共感してもらうか。ゲームとして楽しく進めつつ、上手く共感も乗せてもらえるように、頑張って作っています。
また通常のノベルゲームだと、場所の移動や場面転換ができると思うんです。でも『シュレディンガーズ・コール』は暗い空間でずっと電話越しに喋っているゲームなので、場面転換があるように感じられるようにしているんですが、ずっと同じ場所にいるんですよね。そうした、電話だけでどう楽しんでもらうかも、最初は結構苦労したポイントでした。
林氏:
ゲーム体験の中でユーザーの体験になってもらえるかどうかが、やっぱり一番難しいところなんですが、ゲームはエンタメなのでお客さんに楽しんでもらえないとダメです。なので楽しみながらストーリーを感じてもらえるように、いいバランスを取ろうとしていますね。
──同じ関西のスタジオで、集英社ゲームズと関係の深いディベロッパーでもある墓場文庫さんと交流があると伺います。どんな交流を持たれているのでしょうか。
林氏:
開発途中のビルドを彼らにも触ってもらって意見をもらっています。それとサウンドの間に合っていない部分では、墓場場文庫のサウンドメンバーの方に少しお願いしている部分もありますね。墓場文庫 にはきっきゃわーさんという女性のメンバーもいるので、Achaboxさんは悩むと同じ女性クリエイターとして相談をしているようです。
Achabox氏:
きっきゃわーさんと、ハフハフ・おでーんさんにはよく相談はしますね。たとえば、今回の新しいキービジュアルでは、おでーん さんに『都市伝説解体センター』の時に林さんから伺ったアドバイスを元に、意見をいただきました。
林氏:
おでーんさんは気を使って『都市伝説解体センター』がゲームイベントへ出展する時に、『シュレディンガーズ・コール』のポストカードも自分たちで印刷してブースに置いてくれるんですよ。
──自発的に、ですか?
林氏:
そうです。こっちで印刷して出しといてやるよってやってくれるんです(笑)。ビジネスマンとしてのキャリアは全然彼らの方が上なので、心のサポートやゲーム開発のサポートも含めて、優しいお兄さんチームなんですよ。ほかにも『都市伝説解体センター』の時にトシカイくんのぬいぐるみを作っていたので、『シュレディンガーズ・コール』でもゲームに登場する猫のハムレットのぬいぐるみを作ることにしたんですが、実はおでーんさんの奥様が手作りで作ってくれたんです。

Achabox氏:
おでーんさんと奥さんは、うちの事務所まで形のチェックをしに来てくれました。おでーんさんとは、過去作でビットサミットへの出展タイミングが同じで、たまたまフィーチャーされたタイミングが一緒でApp Storeにお互いの作品が並んでいたこともあり、昔から仲良くしていただいています。『シュレディンガーズ・コール』と『都市伝説解体センター』では、初期の頃には一緒に開発合宿もしていましたね。

林氏:
古民家をまるまる一軒借りて、開発合宿をやりましたね。僕も参加したんですが、個人クリエイターのところにょりさんやOdencatのDaigoさんにも来ていただいて、おでーんさんが料理をしてみんなに振る舞ったり、居間でみんなノートパソコンを開いて仕事したり、ああだこうだとみんなの意見を聞きながら開発したり、そんな合宿もやって面白かったですね。

──同じプロデューサーが担当されているものの、両作は開発からコンセプトまで何もかも違いますが、それでも『都市伝説解体センター』でのノウハウを活かしている部分はありますか。
林氏:
もちろんありますが、『都市伝説解体センター』と『シュレディンガーズ・コール』は作ってるものが全然違います。なので『都市伝説解体センター』が成功したからといって、それを無理やり『シュレディンガーズ・コール』に適用することは僕は考えていません。『都市伝説解体センター』の時には、どう世に送り出していくかをすごく頑張りました。次は『シュレディンガーズ・コール』の番なので、今度もいかに世に出していくか頭をひねらなきゃいけないと思っています。単純にクリエイターもコンセプトも違いますし、遊んでくれるプレイヤーも違うので、違うお客さんにどう興味を持ってもらうか。いかにゲームを手にとってもらうかを、これから一緒にやっていくことになるかなとは思います。
──最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。
Achabox氏:
今開発は終盤の方に来ています。もう少し先になってしまうかもしれませんが、より製品版に近い新しい体験版も遊んでいただけるように、今すごく頑張って作っていますので、皆さん是非楽しみにしていていただけたら嬉しいです。
林氏:
製品版は、現段階で出している体験版より何倍も良いものになっています。今の体験版は、会場で15分ぐらいでプレイしてもらうために、かなりダイジェストになっている部分があるんです。ヘッドフォンをして静かにゆったり1時間から2時間かけてやると、感じられる感情もまったく違ってくるので、ぜひヘッドフォンを付けて夜の2時ぐらいにやってほしいですね。何倍もよくなっていると公言して、ハードルを上げていいぐらい楽しんでいただけると思っているので、期待していてください。また現在は、最後の体験のところを本当に頑張って作り込んでいます。ぜひ最後まで楽しんでいただければなと思っています。開発状況については、もう後半戦には来ていて、デバッグや翻訳でもう少しかかるかなという段階です。もうしばらくお待ちいただければと思っております。
──ありがとうございました。
『シュレディンガーズ・コール』は、PC(Steam)向けに2026年発売予定だ。
©Acrobatic Chirimenjako / SHUEISHA, SHUEISHA GAMES