『伊達鍵は眠らない – From AI:ソムニウムファイル』先行プレイ感想。重厚さはやや控えめだがコンパクトさや遊びは抜群な、シリーズ入門決定版

本記事では、作品の紹介とともにシリーズファンとしての目線を織り交ぜて感想をお届けしていく。

『伊達鍵は眠らない – From AI:ソムニウムファイル(以下、伊達鍵は眠らない)』は、スパイク・チュンソフトが7月25日に発売を予定しているタイトル。本作の原作となる『AI:ソムニウムファイル』は、打越鋼太郎氏がシナリオ、コザキユースケ氏がキャラクターデザインを担当するアドベンチャーゲームシリーズだ。これまでに同名の第1作が2019年、続編『AI: ソムニウムファイル ニルヴァーナ イニシアチブ(以下、ニルヴァーナ イニシアチブ)』が2022年に発売されている。

本シリーズの魅力は、何よりも「打越節」と言われるような軽妙なコメディ描写と伏線が張り巡らされたストーリー、3Dアドベンチャーとして描かれる濃密なミステリー体験だろう。ただ『伊達鍵は眠らない』は待望の新作スピンオフとはいえ、これまでシナリオを担当していた打越氏は監修という立場をとっている。そのため、私のような「本当に『AI:ソムニウムファイル』と呼べるタイトルに仕上がっているのか」と疑念を抱く読者も多いのではないか。

そこで本記事では、作品の紹介とともにシリーズファンとしての目線を織り交ぜて感想をお届けしていく。なお具体的な言及は序盤までに留めているが、ゲームの概要や感想には言及しているため留意してほしい。

シリーズの補完かつ初心者でも馴染みやすいシナリオ

まず『AI:ソムニウムファイル』の紹介をしよう。近未来の東京を舞台としたミステリーアドベンチャーで、夢と現実を行き来しながら殺人事件の謎を追うSF要素も特徴だ。プレイヤーは警視庁の先進式人脳捜査部隊「ABIS」に所属する警察官「伊達鍵」と、伊達の相棒として左目に装着されている眼球型AI「アイボゥ」の視点で物語が進行する。現実世界の「捜査パート」で手がかりの捜索や関係者との交流を行いつつ、Psync装置を用いて重要参考人の夢に入り込んで真実を探る「ソムニウムパート」を繰り返しながら、事件の真相に近づいていく。

本シリーズの特徴はシリアスとコメディを反復横跳びするストーリーと、ユーモア全開の会話劇だろう。たとえば伊達は綺麗めな顔つきの優男といった風貌だが、口から飛び出す言葉は下ネタとギャグが大半で、エロ本を読むと反応速度が3.6倍になるという設定。アイボゥも伊達の良き相棒でありながら、突拍子もないノリでいきなり暴れだす。捜査パートは基本的にポイント&クリック形式で進行するが、キャラクター同士の会話がとにかく楽しいため、猟奇的な殺人事件に迫る凄惨なシナリオの清涼剤として機能していた。

ストーリー内容への言及は各2タイトルのネタバレになるため控えるが、緻密で練られたシナリオと相反するようなノリでゴリ押す展開の配分が良く、エンターテインメント作品として完成度が高い。「AI(愛)」を軸にした現代的なテーマをミステリーやメタフィクションという形で描き、謎が謎を呼ぶ当初はまったく先が見えないにもかかわらず、終盤で「そういうことだったのか」と脳が痺れるような謎解きの快感が味わえる傑作ADVである。

そんなシリーズの新作にあたる『伊達鍵は眠らない』は、時系列が1作目と『ニルヴァーナ イニシアチブ』に挟まれている。オカルトと陰謀論が大好きなネットアイドルのヒロイン「左岸イリス」が突如UFOに拉致され、レプティリアンの「明美」が主催する脱出ゲーム「The Third Eye Game」に参加させられる場面から物語がスタート。同時に伊達の養女「みずき」が所持する「沖浦水産冷凍倉庫」から謎のポッドが見つかるという事態が発生。伊達と新任のABISオペレーター「月夜野日菜」は脱出ゲームを手伝いながら、ポッドに潜む何かのソムニウム世界でイリスが“脱出ゲームで殺される場面”を見てしまう。そうして行方不明のイリスと、謎のポッドの関連を調べていくのが主な流れだ。ゲームの価格も過去作と比べると安いことにあわせ、従来と異なり一本道のストーリーでボリュームも半分程度になっていた。

おなじみの熱海ネタも健在

一連のシナリオにはお馴染みの人物たちのほかに、伊達と『ニルヴァーナ イニシアチブ』で登場した人物と繋がっていたり、「龍木来斗」の新人時代が描かれたりしている。そうしたこれまで描かれていなかった伊達と2作目キャラの絡みがふんだんに詰め込まれており、特に1作目の下品なノリが好きだったファンにとっては嬉しいのではないか。そのように“久しぶりに本シリーズのキャラと会えた”という喜びは強く、言動や雰囲気の描写には違和感はなかったため安心してほしい。

ストーリーテリングも「イリスはなぜ脱出ゲームに巻き込まれてしまったのか」「ポッドの中には何があるのか」という謎がフックとして機能し、夢中になって読み進めることができた。ただ本作は『AI:ソムニウムファイル』の新作として考えると、短さやわかりやすさと引き換えか、これまでのストーリーで味わえていた全貌が見えないまま情報と考察の濁流に飲まれるような「どこまでプレイヤーを連れて行ってくれるのだろう」という高揚感は、従来のシリーズに比べてやや少なかったと感じる。

そもそも話として時系列として後にあたる『ニルヴァーナ イニシアチブ』で、生存が確認できているキャラクターも多いため、サイコサスペンスとして緊張感にかけたコンパクトなシナリオ運びにせざるを得ない。過去2作に影響を与えるような展開が描きにくいからか、新規キャラクターである「日菜」や「明美」以外は、ある人物を除いて補完に徹している。逆に言えば展開が独立したスピンオフとして、良くも悪くも既存キャラの紹介は最小限でバックボーンに迫らないため、シリーズファンだけでなくキャラクターの雰囲気と関係性の輪郭を知るための入門作として本作からプレイしても良いかもしれない。

ソムニウムと脱出ゲームの交差が脳を痺れさせる

ストーリーに関してはスピンオフならではのコンパクトさに言及したが、その代わり「ソムニウムパート」と新要素の「脱出パート」に関しては満足することができた。ソムニウムパートは従来通りPsync装置を用いて夢が具現化した「ソムニウム世界」から、幾重にも閉ざされたメンタルロックを解除して深層心理から情報を持ち帰ることが目的だ。対象者の記憶や欲求が抽象化された世界であり、独自に設定されたルール「鍵則」を解き明かし、荒唐無稽に思えるような行動を繰り返すことで先に進んでいく。

6分という制限時間があり、オブジェクトにアクションすることで選択肢が出現。残り時間をリソースとして消費しながら最深部を目指していく。女性の姿に変化したアイボゥが踊ったり、パロディネタを繰り広げたりとシリーズの肝となる要素だが、時間管理がシビアなため難しそうならイージーに変更するのもよいだろう。システムも『ニルヴァーナ イニシアチブ』と同一のため、ファンはいつも通りの感覚で遊べるはずだ。

脱出パートは、打越氏のもう一つの代表作『極限脱出(ZERO ESCAPE)』シリーズを彷彿とさせるものだ。こちらは謎の脱出ゲームに参加することになったイリスたちを操作して、宇宙船や温泉などバラエティ豊かな各エリアのクリアを目標にしている。アイテム同士を組み合わせたり、ゲーム内テキストに沿って謎解きしたりとオーソドックスな脱出アドベンチャーとして仕上がっている。ただシリーズとしてはじめての取り組みだからか、脱出ゲームマニアという設定の「日菜」が的確に指示を出してくれるため、これまで触れてこなかった人にもわかりやすい。

しかし指示に沿うだけの脱出ゲームは、つまらないだろうと思った読者は安心してほしい。たしかに途中までは丁寧に導いてくれるが、終盤はゲームで提示されたままに脱出するのではなく、「地球より重力が軽い星の座標を見つける」「コトリバコを完成させてはならない」といった主催者の意に反した「第三の活路」を見出さなければならなくなる。

その終盤では作中キャラからの指示はないため、あくまでプレイヤー自身がこれまで見聞きした情報を整理し、制限時間内に新たなクリア条件を見つけなければならない。このときの脳内に高速で情報が流れ出す感覚は、まさしくミステリーとしての『AI:ソムニウムファイル』に求めていた要素だ。

また一見関係がないように見えるソムニウムパートと脱出パートだが、「クエン酸と重曹を混ぜるとどうなる」のような、ソムニウム世界で得られた経験が別の形で脱出ゲームに役立つことも。ただプレイヤー向けのヒントというだけでなく、なぜこの人物は共通する知識を持っているのかという布石になっているのだ。ゲームを解いてもらうための説明が自然に物語に取り入れられており、点と点が繋がる気持ちよさが何度も味わえる。

『AI:ソムニウムファイル』として

ここまで『伊達鍵は眠らない』の感想をお伝えしてきたが、スピンオフにも関わらず「待望のシリーズ新作」として本編作品と比較しすぎた側面も強い。『AI:ソムニウムファイル』に“何を求めているか”によって評価が左右されると感じた。伊達とアイボゥによる軽妙でコメディな会話劇や、詰め込まれた小ネタを重視している人は満足できるだろう。

そうした1作目と2作目を繋ぐコンパクトな補完作品としては完成度が高いため、ファンアイテムや入門作としておすすめしたい。また先述したように“遊び”の部分は手放しで楽しめたため、これから制作される(と期待したい)正統続編へ取り入れてほしいと思えるほどの出来だったことは強調し、本シリーズのさらなる飛躍に期待したいと思う。

Yuuki Inoue
Yuuki Inoue

RPGとADVが好きなフリーのゲームライター。同人ノベルゲームは昔から追っているのでそこそこ詳しい。面白ければジャンル問わずなんでもプレイするのが信条。

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