Steam無料キーを配ったら「全部転売された」開発者の嘆きが話題に。国内インディークリエイターたちが販促と信用の狭間で悩む

国内のインディーゲーム開発者たちが、ある悩みの種を明かしているようだ。Steamで発行できる「レビュー用キー」の扱いである。

国内のインディーゲーム開発者たちが、ある悩みの種を明かしているようだ。Steamにおいて、開発者は自身のゲームのSteamキーを発行することができる。ユーザーがキーを受け取って有効化することで、無料にてそのゲームを遊ぶことができるわけだ。こうしたキーは、たとえば開発関係者にプレゼントすることもあれば、プロモーションの一環として一部ユーザーに配布されることもある。 

そのなかでも開発者にとって大切な使い道といえば、レビュー用キーの配布だ。さまざまなメディアやインフルエンサーにキーを配布し、自身のゲームを遊んでもらう。そしてゲームの内容をレビューしてもらい、記事や動画で取り上げてもらうことを狙うのだ。Steamキーの発行は無料であり発行数の制限も基本はないため、運よくゲームをレビューしてもらえれば、元手ゼロでメディアに露出が可能となる。プロモーション活動として重要な戦略の一つが、レビューキーの配布というわけだ。ところが、このレビューキーについて、多くの開発者が苦い思いを経験しているようだ。 

  
キーを配ったら「修羅の世界」に 

話題の発端となったのは、オインクゲームズ代表の佐々木隼氏だ。オインクゲームズといえばスタイリッシュかつ奥深いシステムのボードゲームで知られているが、近年はデジタルゲーム制作も進めている。今年5月には、寿司屋パズルゲーム『とらきちのトラキッチン』をNintendo Switchにて発売。10月には『Tiger Trio’s Tasty Travels』としてSteamにも進出している(日本語タイトルでは検索にヒットしないため注意)。シンプルながら頭を悩ませるパズルと、手描き調の可愛らしいビジュアルが特徴の作品である。 
 

 
ところが、Steam進出の際には思わぬ災難を被ったようだ。ツイートによれば、佐々木氏の手元には、多くの“レビュアー”から『Tiger Trio’s Tasty Travels』をレビューしたいとの申し出が届いたそうだ。開発者側からキーを送ってレビュー依頼をすることもあれば、逆にレビューする側が開発者にキーをリクエストするケースもあるわけだ。とはいえ、問題はここからである。 

それぞれのリクエストを精査して、レビュー用キーを配布したという佐々木氏。しかしその結果、レビューは上がってこなかったという。たしかに本稿執筆時点でストアページを見てみると、レビューは何件か投稿されているものの、「無料で入手した製品」とのレビューはなく、キーをもとにレビューが投稿された形跡はなかった。さらにいえば、佐々木氏が確認したところ、配布したはずのキーはすべて転売されていたのだという。レビュアーを騙った転売屋に、無料キーをだまし取られてしまったわけだ。 
 

 
レビュー送付先を精査したにもかかわらず、転売屋に引っかかってしまったという佐々木氏。実際にはどのような手口で開発者をだまそうとしてくるのだろうか。この件は、『クラフトピア』で知られるポケットペア代表・溝部拓郎氏による事例報告が詳しい。同氏のもとにも数多くレビュー希望を騙るリクエストが送られているそうだ。そのなかには、「戦争地域に住んでいる」「障害をもっているためお金がない」といった、情に訴えるタイプのメールが見られる。一方、別の切り口では、人気実況者・赤髪のとも氏になりすましたケースも存在(なぜか英語)。溝部氏は、大手インフルエンサーであれば法人ドメインのメールアドレスから連絡がくるはずだとして、フリーアドレス名義のキー要求メールへ注意喚起している。 

また悪質なケースとしては、Steamキュレーターとしてレビューキーを要求してくるタイプが見られる。Steamキュレーターとは、おすすめのゲームを集めてラインナップを作成し、ほかのユーザーに公開している個人および団体のこと。フォロワーを集めてレコメンドを周知する、一種のインフルエンサーともいえる。おそらく溝部氏が確認した際には、該当のSteamキュレーターが実際にさまざまなタイトルを集めて活動している実績を見ることができたのだろう。しかもご丁寧に、このSteamキュレーターは溝部氏の返信を待ってリマインドメールまで送ってきたという。 

しかし溝部氏が相手を信用してSteamキーを渡すと、後日Steamキュレーターとしての登録ごと削除され、持ち逃げされてしまったそうだ。活動履歴が確認できるとはいえ、SteamキュレーターはSteamユーザーであれば誰もが登録できる。容易に信頼してはいけないケースもあるようだ。溝部氏の投稿には、「誠実なSteamキュレーターの信頼度を下げる」と嘆く海外ユーザーからのコメントも見られる。 
 

 
国内開発者からキー配布の悩みが続々 

このほかにも複数の国内開発者から、Steamキーを要求された経験について語られている。そのなかには、『札束風呂VR』や『SLASH OF BULLET』など独自の作品をSteamで販売する開発者kan.kikuchi氏も。kikuchi氏の場合は、基本的にレビュアーへのキー提供はしていないとのこと。同氏としては、無料のSteamキーの使い道は悩みどころであるようだ。メールでのキー要求者は信用できないほか、仮にキュレーションされたとしても効果は実感しにくいという。また開発者からレビューサイトに送付する手法としても、掲載に直結する可能性は疑問だとして、Steamキーの用途を確立しにくいとしている。 

Steamキー配布の効果を疑問視する声はほかにも出ており、VRガンシューティング『Private Agent』を開発したnottie氏が自身の経験とツイート。キーを配布したあとも転売されている可能性があると指摘したほか、仮にレビューにつながったとしても不誠実な評価がつけられ、販促としては逆効果になったと嘆いている。無料で入手した製品にどれだけ真摯にレビューをつけてもらえるかは、慎重に検討すべきなのだろう。 
 

 

 
さらに『カニノケンカ』を開発したぬっそ氏も自身の経験を挙げた。同氏のもとには、「ゲームをYouTubeでシェアしたいので5~10本のSteamキーを送ってほしい」という豪快な要求が送りつけられたそうだ。また『Out of Frame / ノベルゲームの枠組みを変えるノベルゲーム。』を開発した自転車創業のkazami氏も、Steamキーのリクエストを大量に受け取るとコメント。転売目的の見分け方として、「相手のSNSでゲームのことを呟く」ことを要請する手法を挙げた。不正なコード要求者を弾けるのはもちろん、正規のインフルエンサーだった場合も相手のアカウントで作品のPRができるというわけだ。 
 

 

 
キー配布の光と影 

それにしても、転売目的で奪われたSteamキーはどこへ流れていくのだろうか。おそらく、多くはいわゆる「鍵屋」と呼ばれるサイトで流通していると思われる。鍵屋とは、ゲームやソフトウェアのキーを売買するマーケットプレイスのこと。業者がPCゲームなどのプロダクトキーを出店し、ユーザーが安価でそれを買う環境を提供しているのだ。多くの鍵屋サイトが存在する一方、その立ち位置はかなりグレー。キーの多くは出処が不透明であるとされており、不正に入手されたキーが転売されているとの報告もある。Steamキーは結局のところお金になるので、悪用されるリスクにもなるのだ。 

一方で、キー送付自体にそれなりの威力があるのも事実。弊誌向けにも、プレスリリースにキーを添えて、まずは遊んでみてくださいと提供してくれるメーカーもいる。それが実際に取り上げにつながるかは、ほかの要因にも大きく左右されるものの、キーがある以上はプレイにつながりやすく、製品を知る機会になる。一方で、かつてはゲームをリリースするたびにキーをプレスリリースに添えていたメーカーも、近年になり登録型のサイトを介してキーを提供するようになっているケースも見られる。その理由は定かではないが、やはりSteamキーの転売が関係していそうである。キーを使ったPRは、大手個人問わず悩むところだろう。 

ゲーム開発者やメーカーとしては、どれだけいいものを作っていても、ユーザーに知ってもらわなければ遊んでもらえない。少しでも露出の機会を増やしたいという思いから、Steamキーを配布することもあるだろう。それだけに、クリエイターの切実な思いを踏みにじる転売は許しがたい行為だ。ちなみにSteamのガイドラインによれば、盗難または不正購入されたキーを取り消すことは可能。しかし、実際にどのキーが転売されたのか特定する労力は開発者にとって大きな負担となるだろう。Steamキーの上手な使い方は、今後も開発者の頭を悩ませる問題となりそうだ。 




※ The English version of this article is available here

Yuki Kurosawa
Yuki Kurosawa

生存力の低いのらくら雰囲気系ゲーマーです。熾烈なスコアアタックや撃ち合いを競う作品でも、そのキャラが今朝なに食ってきたかが気になります。

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