鉄道ファンへの第一歩、シリーズ初心者による『電車でGO!! はしろう山手線』Nintendo Switch版体験記
子供の頃、電車に向かって手を振ったことはあるだろうか。たくさんの乗客を乗せた列車が、大きな警笛を立てながらレールの上を走ってくる光景にワクワクし、ターミナル駅に並んだ見知らぬ列車から、まだ見ぬ世界を想像する。たまのお出かけで乗る電車には、そんな思い出が仕舞われていた。懐の寒い学生時代、遠征費節制のために利用した青春18きっぷの旅が、幼少期の漠然とした鉄道への憧れをほんの僅かに刺激した。地元の利用客や流れる車窓から、その土地の性格や暮らしを想像し、「線路は続くよどこまでも」というフレーズを噛み締める。
歳を重ね、電車という存在が憧れからただの移動手段へと変わってしまった。今、『電車でGO!』をプレイするというのは、そんな幼少期の思いに触れ、加速させることを意味するのかもしれない。そしてこのたび、2021年3月18日に発売となるNintendo Switch版『電車でGO!! はしろう山手線』を先行してプレイする機会をいただいた。本稿は、ただちょっとだけ電車の旅が好きな筆者が『電車でGO!』と初めて出会う話だ。
『電車でGO!』シリーズはその名のとおり、電車の運転士なって時刻通りの運行を目指す、鉄道運転シミュレーションだ。シリーズの歴史は長く、同ジャンルの先駆けとしてゲームセンターで稼働を開始した1996年を皮切りに、家庭用ゲーム機やモバイルといったさまざまなハードに向けて展開されてきた。『電車でGO!! はしろう山手線』は、2017年稼働開始のアーケード版『電車でGO!!』をベースに、家庭用向けにアレンジを加えて開発されたものだ。アーケードモードだけでなく、チャプター進行型の「運転士の道」、フリー走行といった遊びが用意されている。
基本的なゲームプレイは、駅から駅へ、道中の制限速度を守りつつ、定刻に列車を停止位置に到着させるという、至ってシンプルなものだ。操作方法もわかりやすく、左スティックで加速とブレーキの調節、A・B・X・Yボタンを使って、警笛・ヘッドライトの減光・ワイパー・指差し確認を行う。ボタンマッピングは細かくカスタムすることも可能だ。これらの基本を知るチュートリアルでは、乗務の流れを、ナビゲートキャラクター二葉さんがボイス付きで解説してくれるため、シリーズにブランクのあるプレイヤーや、初心者でも迷うことなく理解できるだろう。彼女はほかのモードでも「速度良し!」や「次は頑張りましょう」といった具合で、乗務を彩ってくれる。
前述したように本作のゲームプレイはシンプルではあるが、大きなステンレスの塊を位置に合わせて、停車させるのはとても難しい。区間ごとにリザルト画面として列車を停止させる模様を見せつけられ、ホームドアから大きく外れたりすると、なんともシュールな光景になってしまう。難易度によって多少の誤差は見逃してくれるが、停止位置ピッタリに停車させると「ゼロピタ」判定になり、画面上部のミッションゲージが大きく回復する。逆に時刻や停車位置がずれるとミッションゲージが減っていき、ゲージがゼロになるとミッション失敗だ。
時刻と位置、この2つの正確さを同時に目指すのが、鉄道運転シミュレーター特有の要素だ。速度調節という乗り物を扱うゲームの面白さと、位置を合わせるパズル的な楽しさが、電車を駅から駅へ移動させるシンプルなゲームプレイを熱中できるものへ昇華させている。
駅へ進入するたびに速度計と残りの距離に目を凝らし、スティックを繊細に操作するも、「ゼロピタ」はそうそう出せるものではない。筆者は30時間ほどプレイしたが、いまだに達成は叶っていない。まぐれでも良いからそろそろ出てほしい。さらに、列車の乗車率や天気によって電車の挙動は大きく変わってくる。混雑した列車で乗務する際には、加速の鈍さとブレーキングから伝わる車両の重みに驚くことになるだろう。
また、沿線に盛り込まれた要素も、運転を良い意味で忙しくしてくれる。警笛と減光だ。橋梁を通過する前や保線作業員が見えた際には警笛を鳴らす必要がある。それだけでなく、ホームから手をふる鉄道ファンや子供にもサービス警笛を鳴らすことができる。対向車線の列車とすれ違うときは、ヘッドライトを減光すると安全だ。これらをこなすと、ハートポイントが獲得でき、この累計獲得数に応じて後述の「運転士の道」でミッションが開放されることもある。
前述の警笛やヘッドライトは、必ずしも達成する必要のない要素ではあるが、良いことをした気分にもなれるので、意識すると楽しい。といってそちらに気を取られていると、速度制限を見逃したり、晴れているにも関わらずワイパーが間抜けに動いていたりする。そうした状況からもまた楽しい忙しさが感じられるだろう。また、ノンプレイアブル車両として、最後の国鉄特急車両185系から、2015年に運用が開始されたE353系まで、幅広い複数の編成が登場する。今では使われていない車両が出てきて、筆者はテンションが上がった。
今作はゲームタイトルにあるように、山手線をメインに据えた作品だ。これもまた日本人にとって馴染み深い路線だ。東京に来たことがあれば一度は見たことはあるだろう。山手線は、東京の都心を一周する環状線だ(正確には異なるが、便宜上こう呼ぶ)。東京・新宿・渋谷といった日本を代表する駅をめぐり、新幹線を含む膨大な長さの路線を結ぶ。本作ではその沿線の景色を忠実に再現しているのも大きな魅力だ(本作では内回りのみプレイ可能)。新宿や秋葉原にある某家電量販店や複合施設、線路と高架が複雑に絡み合うロマンあふれる光景と、見どころを挙げればきりがない。
2020年3月に開業した高輪ゲートウェイ駅もその一つだ。運転席から僅かに見ることのできるモダンでゴージャスな駅舎は、この駅がこの先どのような発展を遂げるのか、鉄道と東京の未来を想像することができるだろう。
また、車両にも注目だ。執筆時現在山手線で利用されているのはE235系の1つのみだが、本作では過去に山手線で活躍したE231系500番台、205系だけでなく、見るからに古めかしい103系でも乗務することができる。1980年代に引退した車両を、現代の山手線で走るというのは趣深い。音にもこだわりが感じられ、実際に山手線や同系の車両を利用したことがあれば、加速やブレーキの音を聞いて「あ、知ってる!」となるはずだ。さらに、運転席のインターフェースが車両ごとの特徴を取り入れているのも楽しい。
本作は、山手線と総武線一部区間が気軽に遊べるアーケードモードのほかに、「おうちでGO!モード」が収録されている。この中には3つのモードが用意されており、その一つが「運転士の道」だ。これは制限速度がゆるく定速の簡単な区間からプレイしていき、徐々に難易度が上がっていくようにデザインされている。迷ったらこのモードをプレイするのがおすすめだ。
このモードは駆け出しの運転士が成長していくという設定になっているが、大それたテキストやカットシーンがあるわけではない。しかしミッション選択画面の短い文で、シチュエーションを読み取ることができる。プレイヤーの体験を大きく妨げることはせず、想像で補完できる程よい距離感の物語は、運行中の考え方にも影響してくる。あるミッションでは、東北、北陸の玄関口である上野駅について触れられている。ここで乗せている乗客がどんな思いを持って、どこへ向かっているのか、答えの見えない問いを考えながら電車を走らせるのはとても楽しい。
また、このモードにはメインミッションの道筋から外れて、シークレットミッションに挑戦することもできる。これらは天候や混雑率が複雑なシチュエーションや、旧型車両が使われる場合もある特殊なもので、主に乗務するE235系とは異なる警笛音や操作感に戸惑いつつも、楽しみ方の選択肢を増やしてくれる。シークレットミッションに登場するコンテンツは、クリアすることによってフリー走行などで使用できるようにもなるので、すべての車両・区間解放を目指すのも良いだろう。実際に乗務できるのは、埼京線・京浜東北線・上野東京ライン・成田エクスプレスの一部区間となっている。走行する車線やアナウンスが異なるのはもちろん、定刻通りの通過を目指すといった、山手線とは異なる楽しみが用意されている。Nintendo Switch版でも、国鉄型車両などを運転する際に、Joy-ConのL・Rスティックを2ハンドルマスコンに近い操作感で使用することもできるので、ガラッと異なる体験になるのも魅力的だ。しかし、残念なことにビジュアル面はPS4版やアーケード版に比べて劣る。本体の特性上仕方のないことだが、HD振動を上手く使うなど、Nintendo Switchならではの工夫がもう少し見られると良かった。
そのほかには、「デイリーミッション」と「フリー走行」が実装されている。「デイリーミッション」は一日一回抽選ができ、さまざまなシチュエーションでのプレイが可能だ。次の日も同じミッションを遊びたいときには、お気に入りに登録しておけばいつでもプレイができる。「運転士の道」の進行状況によって一日に挑戦できる数が増えていく。「フリー走行」では、その名のとおり出発駅や車両、混雑率などを自由に設定してプレイすることができる。「展望走行」という設定も可能で、これはプレイヤーが操作することなく自動で列車を動かしてくれるもの。現実を忠実に再現した沿線の風景を楽しむことができ、運転士ではない時にこそ発見できることもあるかもしれない。
『電車でGO!』シリーズは家庭用ゲーム機から長く離れていたこともあり、シリーズに触れたことがない人も多いのではないだろうか。普段何気なく見えている鉄道のワンシーンも、ゲームを通じて運転体験をすることで見え方が変わってくる。プレイヤーが沢山の乗客を乗せた列車を運転している感覚にフォーカスしたゲームは少なく、実際の鉄道を再現しているものは更に少ない。鉄道ファンはもちろん、幼少期に電車に憧れたことのある人、普段から山手線に乗っている人や、沿線に住んでいる人にも手にとってほしい作品だ。
新型コロナウイルスは、我々の生活を一変させた。影響を受けた業界は数知れず、鉄道業界も例に漏れない。本作で乗務する車両を扱うJR東日本も過去最大の赤字を記録し、終電繰り上げの早期実施や安全に支障がない範囲での設備投資延期といった対応がなされた。常磐特急開通や、新型車両の導入など、おめでたい出来事もひっそりと始まり、複雑な一面を覗かせる。外出自粛の中で姿を消していく旧型車両を、涙を呑み自宅から見送った鉄道ファンも多いのではないだろうか。屈託なく鉄道の旅を共有できる日が、一日も早く戻ってくることを祈りつつ、『電車でGO!! はしろう山手線』へその思いをぶつけよう。