『CoD:MW』『CoD:Warzone』にて「OKサイン」のジェスチャーが削除されたのは“人種差別的”だからなのか。海外掲示板の釣り企画に端を発するややこしい背景
Activision/Infinity Wardの『Call of Duty: Modern Warfare』および『Call of Duty: Warzone』(以下、『CoD:MW』『CoD:Warzone』)において、ある要素が削除され議論を呼んでいる。俎上に挙がっているのは「OKサイン」のハンドジェスチャーだ。手の親指と人差し指で輪を作るおなじみの仕草で、『CoD:MW』『CoD:Warzone』には2020年初頭に実装された。プレイヤーの間ではコミュニケーション手段というより一種のパフォーマンス的に用いられており、「片手でOKサインを作りながらもう片方の手で敵を撃ち殺す」といったトリックショットの動画がしばしばネットに投稿されていた。ところがこのOKサインが、最近の修正でこっそり削除されたことが判明している。正確な時期は不明だが、6月30日のアップデート以来削除されているようだ。
修正に関してデベロッパーのInfinity Wardから正式なコメントはなく、パブリッシャーのActivisionも海外メディアEurogamerからの問い合わせには現時点で回答していない。しかしユーザーの間でささやかれているのは、運営側がOKサインを「人種差別的」として削除したのではないかという説だ。いかにして世界的なハンドサインが政治的に“OKじゃなく”なってしまったのか。そこには海外のネット界隈に端を発する、ややこしいルーツが存在している。
人種・民族差別の根絶を目指し活動している米国団体Anti-Defamation League(名誉毀損防止同盟、以下ADL)によれば、遅くとも17世紀には英国で、人差し指と親指で輪を作るジェスチャーが広まっていたとされる。現代と同じく理解・同意・肯定など広くポジティブな意味合いで用いられており、19世紀には特に「okay」という単語と結び付けて使われるようになった。ちなみにヒンドゥー教や仏教でも同様のジェスチャーは見られ、ヨガにおいては内的な完全性を示す印としても知られている。現代では国際的に浸透したハンドサインであり、ユニバーサルに通用するボディランゲージといえる。
ところがこのOKサインを使い、人々を混乱に陥れようとする勢力があった。海外のネット掲示板、4chanの住民たちである。2017年、あるユーザーがひとつの“釣り”企画を発案した。それは「OKサインを白人優位のジェスチャーにしてTwitterを釣ろうぜ」というものだった。右手の人差し指と親指をつけてサインを示したとき、対面から見ると残りの3本の指が「W」、輪っかと手のひらを合わせた部分が「P」に見える。これが「WP」、すなわち「White Power」を示している……というのが、4chan住民がでっち上げた理由だ。この運動は「オペレーション・O-KKK」と名付けられ広く展開されることとなる——もちろんこれは、「OK」と「KKK(クー・クラックス・クラン、米国の白人至上主義カルト団体)」を引っ掛けた命名だ。
オペレーション・O-KKKの起源とされる書き込み。
「OKハンドサインは白人優位の象徴っていうスパムでTwitterとかソーシャルメディアをあふれさせようぜ。よくある白人の女の子の名前で偽アカウントを作って“やばい、ほんとだ〜〜〜”とかなんとか投稿すること。
好きなだけ絵文字を使ってください。メル・ギブソン※も使ってることだし、白人優位とOKサインをくっつけるのは俺らにとってもいいことだよね(※人種差別発言で物議を醸した俳優・映画監督)。
関係するツイートとか諸々に「#PowerHandPrivilege(パワーハンド特権)」のハッシュタグを使ってください。
プロフィール画像がフェミニズム支持関連の何かだったらボーナスポイント。
左翼は深みにハマりまくって狂ってるので、もっと深みにハマらせて、社会のその他全体があのクソどもに近づかないようにしようぜ」
Twitterをはじめとしたソーシャルメディアには「#PowerHandPrivilege」や「#NotOkay」といったハッシュタグが撒き散らされ、あたかも新たな社会運動が巻き起こっているかのような注目を集めた。また工作員の一部は架空のメールアドレスやTwitterアカウントを使い、人権団体やジャーナリストを爆撃。WPサインの排除を求めるメッセージを立て続けに送りつけた。一連の動きは春から夏にかけて過熱していったとされる。
こうした“祭り”の参加者には、もとより人権運動にさらさら興味のない者もいれば、過激な保守的思想を抱いた者、そしてリベラル系を混乱させたいだけのオルタナ右翼もいたようだ。彼らの目的は一般に知れ渡ったシンボルを「差別的」とこじつけることで、反差別に敏感な人々やメディアをおちょくることだった。似たような運動は何度も生じており、OKサインはその一例に過ぎない。たとえば2017年の2月には「“牛乳飲んでる白人は人種差別主義者”って流行らせようぜ」との動きがあった。ADLにも実際に通報を装ったメールが寄せられ、「彼らは有色人種の前で牛乳をすすり、人種差別主義者の本や言葉を引用し、統計を用いて有色人種は乳製品でお腹を壊しやすいと主張したのです」などという主張が書かれていたという。彼らの目的は、「馬鹿馬鹿しいほど無害なシンボルに憤慨する左翼」という構図を作り出し、そういった人々を貶めることにあった。
当初は「何でもないものに過剰に反応する反差別主義者」を揶揄するために用いられていたOK/WPサイン。しかし時間を経るにつれ、徐々にそうした皮肉としての意味と、「本当に差別的に」使っている場合との区別が曖昧になってくる。有名なケースは2019年3月ニュージーランドのモスクで起きた銃乱射事件だ。50人を殺害したオーストラリア人のブレントン・タラント被告が法廷でWPサインを示したことが知られている(被告自身も4chanのネット右翼的な思想に親しんでいたとされる)。またアメリカではドナルド・トランプ大統領の支持者がWPサインを好んで使うことが多い。冷笑を交えつつ、実際に反・反差別≒差別主義的な態度の人々の間でジェスチャーが用いられている実情も存在するのだ。
ADLは2019年9月、ヘイトシンボルのオンライン・データベースHate on Displayに「OKサイン」を加えた。ただしそこには、「このシンボルを評価する際には特に注意が必要」とのメモが添えられている。それはOK/WPサインがもつ、ねじれた歴史に由来するものだ。ADLは依然としてOKサインが用いられる文脈は単なる賛成や同意を示す場合が多いことを強調。よほど明確に白人優位やネット荒らし的な意図がわかるケースでない限り、ジェスチャーが非難されるべきではないとしている。
インターネットの悪ノリに端を発し、冗談と本気の狭間で揺れながらデリケートな意味合いを帯びてしまったOKサイン。Activision/Infinity Wardが『CoD:MW』『CoD:Warzone』からジェスチャーを削除したのは、こういった背景を踏まえての判断だという可能性がある(海外メディアのGameSpotは、倒した敵に屈辱を与えるためにOKサインが使われていたと指摘している)。ネット上には今回の対応を受けて「過剰反応だ」とする批判も見られる。しかし昨今の「Black Lives Matter」の潮流を鑑みれば、センシティブになりうる要素は取り除かざるを得なかったのかもしれない。
ちなみにOKサインがゲームで取り沙汰されるのは、実は『CoD:MW』『CoD:Warzone』が初めてではない。2019年4月にはBlizzard Entertainmentが『オーバーウォッチ』のリーグにおいて、ファンがOKサインを使うことを禁止した例がある。複雑な事情をもつエモートをいかに取り扱うか、今後も対応に苦慮する企業は出てきそうだ。