「家庭用ゲーム機へ移植不可能」とされた『片道勇者』がNintendo Switchデビュー。難しすぎる移植はいかにして実現されたのか?

PLAYISMは6月18日、個人デベロッパーSmokingWOLF氏が開発した強制横スクロールRPG『片道勇者プラス』をNintendo Switch向けに配信開始した。移植作品であるが、その道のりは果てしないものだった。

弊社アクティブゲーミングメディアが運営するパブリッシングブランドのPLAYISMは6月18日、個人デベロッパーSmokingWOLF氏が開発した強制横スクロールRPG『片道勇者プラス』をNintendo Switch向けに配信開始した。価格は税込1500円。本作はもともとフリーゲーム『片道勇者』としてリリースされたタイトルで、2012年8月に配信されるや否や瞬く間に熱狂的なフリーゲームファンに受け入れられ、数十万のプレイヤーが“左から迫る闇から逃れながら”魔王を倒すことに夢中になった。本稿の趣旨はインタビューであるが、インタビューに入る前に、移植における紆余曲折を説明させていただきたい。


移植が困難と思われたウディタ製ゲーム

インディーゲームパブリッシャーであるPLAYISMは、『片道勇者』を英語にローカライズし販売することを提案。『片道勇者』はSteamにて、『One Way Heroics』という名称でリリース。世界中のローグライクファンに受け入れられ、さらにDLCで拡張版『片道勇者プラス /One Way Heroics Plus』を販売し、累計50万本以上を売り上げるに至った。そんな『片道勇者』は「WOLF RPGエディター(通称ウディタ)」というツールによって開発されている。『片道勇者』に限らず、すべてのSmokingWOLFタイトルはウディタで開発されている。それどころか、このウディタを開発したのが他でもないSmokingWOLF氏である。

SmokingWOLF氏は「RPGツクール」をきっかけに、ゲーム開発の道を歩みだした。だが次第に、もっと多くのことを調整・設定できるツールがほしいと思うようになっていった。初心者向けの「RPGツクール」は便利ではあるが、万能なツールではないからだ。そこで彼は自身のつくりたいものを表現するために自らツールを開発した。それがウディタだ。しかもこのウディタというツールを使っているのは彼だけではない。完全無料で公開しており、一部のフリーゲーム開発者に愛用されている。『LiEat』や『Mad Father』、『悠遠物語』といった高評価フリーゲームは、このウディタによって開発されたものである。

『LiEat』


しかし、ウディタには弱点があった。PCから他プラットフォームへの移植ができなかったのだ。SmokingWOLF氏は、大学を卒業してからそのまま自分のゲームを売ることで生計を立ててきた。それゆえ、専門的な勉強はしておらず、いわゆるプロのプログラマーではない。そもそも、ウディタは自分のためにつくったツール。つくったのも10年以上前で、個人開発者が家庭用ゲーム機で自分のゲームを販売することを想定して制作するのは難しかった。それゆえ、「PCで動くゲームをつくれること」がウディタの目的のすべてであった。

SmokingWOLF氏のもとには、ウディタ製タイトルの移植について何件か相談が寄せられていたが、同氏は決まって、今の力量では困難であると説明していた。困難とはいえ、「大本からこのツールを直せばできるかもしれない。しかし、自分はゲームビジネスの世界からすれば異端の身であり、素人であるから、自らの手で実現するのは無理だ。移植のプロならばできるかもしれない」とSmokingWOLF氏は思っていたそうだ。実際、ウディタ製のタイトルを移植してよいかという相談には、断る理由はないため、すべてOKを出してきたという。ただし「とても難しいと思いますよ」という言葉を添えることは忘れなかった。もしも実際にウディタ製のゲームがコンソール機で動くならば、何より自身でもそれを見てみたいという想いもあったそうだ。しかし、移植の許可はいくつか出したが、移植ができたという連絡は一度も来たことがなかったという。

「WOLF RPGエディター」 Image Credit : 窓の社


PLAYISMとしては、ウディタ製タイトル群を家庭用ゲーム機に展開することは極めて困難、いや事実上不可能に近しいものであることを理解しつつも、大きな意義があるのではないかと考えていた。それから時は流れ、さまざまなインディーゲームの移植を実施しているエスカドラ社に出会うことになった。「おそらく、移植できないものはない」という代表の重本さんからの言葉を受け、「どうせ諦めていたし、『片道勇者』を見てみますか?」と何の期待もなくお渡ししてみたところ、数か月後に『片道勇者』はNintendo Switch上で動作していたのである。


不可能と思われた移植を、いかにして実現したのか

と、前置きが長くなったが、『片道勇者』のNintendo Switch移植に関する技術的困難さとその解決策についてエスカドラ社に今回ご解説いただくことにした。開発者の方の参考になれば、また現在ウディタでゲームをつくっている方にコンソールゲームへの道が拓けたことが伝われば幸いである。

───今回の移植の経緯についてご説明いただけますか。そもそも、エスカドラとはどのような会社ですか。

ゲームクリエイターなら誰しも「自分のゲームをコンソールゲームでリリースしたい!」と考えることかと思います。その思いを実現すべく、今回、ウディタ製ゲームがコンソール機でリリースされる日を我々も夢見て、移植開発にチャレンジしました。

「本当に面白いと感じるゲームを創りたい」
「多くの人に喜んでもらえるコンテンツを創りたい」

そんな思いで集まったのがエスカドラ(ポルトガル語で「仲間」)です。エスカドラでは、Nintendo Switchをはじめ、PlayStation、Xbox、Steam、スマホなどのゲーム開発およびパブリッシュ業務を行っています。マルチプラットフォームに対応したゲーム開発だけでなく、リリースするまでのノウハウも兼ね備えていることが弊社の強みです。Unityを活用したマルチプラットフォームへの移植経験が豊富なため、それを生かしたスピーディな開発が可能となっています。新規タイトルの開発やデザインはもちろん、移植に伴う追加開発やデザインの変更についてもすべて自社にて対応していますよ。

───実際、ウディタ製のゲームのコンソール移植は難しかったですか。

ウディタというツールは表現力・汎用性が高いため、エディターで作られたイベントの実行や画面の描画の処理負荷は無視できませんでした。特に、『片道勇者』はローグライクゲームなので、イベントによる計算が1歩単位でたくさん走りますし、文字の描画もたくさん必要です。また、どんなゲームにも言えることですが、Windowsのみに向けて作られているプログラムから、Windowsでしか利用できないような機能を取り除いたり置き換えたりする必要があります。

───では、どうやってエスカドラは移植を実現したのでしょうか。

今回、ウディタの基本プログラムを、丸ごとUnityのネイティブプラグインにするという策をとりました。マルチプラットフォーム開発に便利なUnityを、プレイヤーとウディタゲームの間の橋渡しをさせるのに使おうという作戦です。たとえば、Nintendo SwitchのAボタンが押されたという入力処理をUnityが受け取ると、キーボードのZキーを押されたという情報に変えてウディタのプログラムに伝えます。画面出力処理では、ウディタが元々使っている描画用ライブラリの代わりに、Unityがどこに何を描画するかを受け取って実行してあげています。つまり、自分をWindowsのゲームだと思い込んでいるソースコードが、Nintendo SwitchのUnityの中で、そうとは知らずに走っているんです。

この方法のおかげで、イベントの実行速度をオリジナルよりも下げないまま、描画側にさまざまな最適化をかけることができています。特に、UnityのScriptable Render Pipelineという機能は、描画を細かな単位で効率よく扱うことができるので、最適化に大きく貢献しました。


───移植は何人、何か月で実現しましたか。

今回の移植における調査は昨年の7月ぐらいから始まり、今年の4月半ばに審査に合格いたしましたので、10か月ほどで実装いたしました。スタッフ構成はプログラマー2人とデザイナー1人の計3人です。

───最大の困難は何でしたか。

ウディタで作られたイベントを移植のために変更すると、それに付随してバグが発生してしまうことがよくありました。Nintendo Switchは、PCのキーボードに比べてボタン数が少ないので、さまざまな場面で操作方法を変更する必要があったのですが、片道勇者というゲームには普通のRPG以上の大量のコモンイベントがあり、変更が思わぬ影響を及ぼすことが多々ありまして。また、もともとウディタの開発に使われていたコンパイラと、Nintendo Switchのコンパイラでは、同じC++という言語でも文法や動きに差があり、そのことも時折開発中に不具合を引き起こしました。

───どのようにその問題を乗り越えましたか。

問題の解決には、やはり、『片道勇者』というゲーム、そしてウディタ自体を深く理解することが必要でした。さまざまなゲームの移植に言える話ではありますが、今回は「ウディタのイベントを正しく実行できているか」と「『片道勇者』を正しく再現できているか」の2種類の側面が内部的にあったということです。

特に前者、すなわちネイティブプラグイン側は一般にデバッグが難しいものです。しかし、もともとWindows用のゲームであるおかげで、プラグインをWindowsにも対応させUnityEditor上でも動かせるようにし、Nintendo Switchと比較しながら検証することができました。簡単な例を挙げるなら、「ある物体の描画がずれていたのは、1バイトの数値変数の意味が、一方の環境では-128~127、もう一方では0~255になっていたからだ」などといったことを、この比較から突き止めていったのです。

───今後のウディタタイトルの移植もスムーズになりますか。

はい。今回の移植から知見を得られたため、今後は短い時間で移植が行えます!とはいえ、すべてのタイトルの移植が一瞬で完了するということはありません。ウディタというツールは長年使われ続けており、数多くのバージョンがあるからです。そしてそれ以上に、プラットフォームの違いに対応しないといけません。前述のとおり、PCのキーボードよりもNintendo Switchのコントローラーはボタン数が少なく、その場面で使用するボタンによってはキーバインドを変更する必要があります。画面解像度の違いや、レーティングについても同様です。

移植するゲームに合わせて、「このゲームがNintendo Switchで遊べるならどうあるべきか」と、ひとつひとつの要素を検討し、最適な時間をかけて実装していくことが、その作品を遊びやすいものにするために大切かと思います。

───ありがとうございました。

フリーゲーム開発者に愛用されているウディタで、今後もコンソールゲームがたくさんリリースされるのをエスカドラ一同惜しみなく協力してきたいと共に、楽しみにしています!

片道勇者プラス』Nintendo Switch版は、1500円にて配信中だ。エスカドラへの問い合わせはこちらから。

Shunji Mizutani(PLAYISM)
Shunji Mizutani(PLAYISM)

PLAYISMをとりまとめています。好きなゲームは『タクティクスオウガ』です。ファイアクレストを3回くらい取りました。イラストはMomodoraデベロッパーrdein氏によるもの。

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