ゲームクリエイター斎藤のポーランド滞在記 第五回「『Shadow Warrior』開発元Flying Wild Hogに就職してみた結果」


編集部注:
ゲームクリエイター斎藤成紀氏が、独自の目線でポーランドの生活やゲーム事情を伝える連載。斎藤氏は、さまざまなゲーム制作に携わってきた開発者だ。大学卒業後、アートディンクにてレベルデザイナーやリードデザイナーとして経験を積んだのち、スクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルにて、リードグミシップデザイナーを務めたのち退社。そうした実績を誇るクリエイター斎藤氏は、なぜポーランドへ赴いたのか。そして何を見たのか。独特の感性を持つ斎藤氏の目が捉えた、ポーランドの現在をお届けする。

第一回 「自己紹介 ~著名タイトルに携わった元ゲームデザイナーはなぜ、『ウィッチャー』の国に向かったのか~」

第二回 「ポーランドインディーのお金回り」

第三回 「ポーランドのゲームイベントから見えてくる楽しい文化」

第四回「熾烈なゲームジャム」

 

どうも斎藤です。

こちらに来たのが1年前の4月17日。気づけば早1年が経つ。1年かけて連載記事五本という、影取から横浜新道に入るところの渋滞並の超スローペース連載だが、いまだに読んでいただけるというのはとてもありがたいと思う。

とくに1周年だからといって面白いネタがあるわけでもないのだが、来ポから半年くらい本業を離れてブラブラした後、前々回サブリミナル的に書いたように、去年の10月からポーランドの会社で仕事を始めた。Flying Wild Hogという名前である。以前から独特のユーモアセンス光る『Shadow Warrior』シリーズのファンであったこともあり、たまたまいいタイミングだったので応募したところ、仕事が決まったという経緯だ。というわけで今回は割と開発者向けの話になるのだが、ポーランドで就職するにあたっての話をしようと思う。なお今回の記事は会社の意向とは関係なく、筆者個人の考えと責任に基づいて書いている。

海外でゲームの仕事を探す人の求めるものは多岐にわたるだろう。多くはフォトリアリスティックなゲームを高く評価している人、ナラティブに注力したい人、日ごろから海外文化に親しみがある人、ワールドワイドなAAAタイトルを手がけたい人、海外のパイプラインの構築手法に興味がある人などがいるかもしれない。日本のゲームは厳密なフォトリアルよりも、誇張表現やアニメ的な表現に主軸をおいて国内をメインターゲットにしたゲーム開発を重視する印象があるので、そこから関心がずれている人は海外に目を向けることも多いだろう。また、Ubisoftのように厳密なパイプラインを設計・運用する会社の話を聞いて興味を持つ人も多いと思う。

今回 順序としてまずはFlying Wild Hogに関する話、次に筆者の仕事探しにあたっての体験談を書いていこうと思う。主にデザイナー向けの内容だが、できるだけ他の職種の人やなんとなくこの手の話に興味があるゲーマーの方にもご理解いただけるような書き方をしていこうと思う。ちなみに筆者がデザイナーと言うときは、「設計士」のことを言っている。ゲームのヴィジュアルを作る開発者のことは「アーティスト」として言及したい。

 

Flying Wild Hogについて

まずFlying Wild Hog(以下FWHと略す)だが、ワルシャワを拠点として、クラクフとジェシュフというポーランド南部の二都市に支社を持つ、社員数200人以上の比較的大きな開発会社だ。看板商品として『Shadow Warrior』シリーズを作っており、ポーランドでCD Projektの次くらいに勢いがあると思う。たぶん。主戦場はPCだが、コンソール向けの開発も当然やっている。ほかには『Hard Reset』という、ブレードランナーのデッカードみたいな奴がロボットと戦うクールなサイバーパンクなんかも持っており、いくつものオリジナルIPを世に送り出し続けている。まだ11歳くらいの若くてエネルギッシュな会社だ。中で働いてる人もいい意味ではっちゃけた奴が沢山いる。仕事を始めた初日、電動スクーター買ったのが嬉しくてしょうがない人が夕方になって「イェェェーーー俺は今から帰るんだぜこんちきしょうめ!!!(ポーランド語につき、憶測)」とハイテンションで叫んで、空中の見えない人相手に中指おっ立てて帰っていったのが印象深い。爆笑する者、スルーする者、反応は人それぞれだが、いちいち誰かの顔色を伺うなんてことは誰もしない。まあそれは極端すぎる例だが、中で働いている人はCD Projekt Red上がりのベテランやUBIで修行を積んだ精鋭などの強者ぞろいで、ほとんどが6年以上開発経験のあるシニア級の開発者たちだ。ポーランド語でよく分からないことも多いが、社内のムードはリラックスしていて風通しがよく、気が昂ぶって口論がおっぱじまったりする様子もない。

FWHがクールなところは、社内のキッチンにコーヒーマシンが設置されていて、いつでもタダで豆から挽いたコーヒーがカプチーノとかオプション付きで飲み放題なうえ、当然水やお茶なんかも置いてある。社内はいつも掃除されていてきれいだ。インスタント食品やお菓子の販売機もあるから、いそがしいときはお昼を食べに会社から出なくてもいい。もちろん、出てもいい。基本的に放し飼いなので、昼食の時間などが決まっているわけではない。お昼にはワルシャワの中心街に行ってラーメンを食べたりもする。筆者のボスは無類のラーメン好きなので、しばしば他のデザイナーやアーティスト、プロデューサーなんかと一緒にトラムに乗って出かける。ほか、会社の中に実寸大の莫迦でかい敵キャラ人形が置かれていたり、プログラマーのブースにダーツがあったり、トイレの性別サインがバットマンとワンダーウーマンになってたり、蛇口を顔に見立てて目玉シールが貼ってあったり、エレベーターの番号を表す「D」が書き足されて「XD」(アルファベット圏での、爆笑の顔文字)になっていたり、茶目っ気溢れる環境が現場にいいムードを生んでいるように思う。

ハロウィーン中の写真

そして極めつけは、FWHでは残業しないのが当たり前だということ。ポーランドでは週40時間が基本労働時間なので、それ以上は働かない。日々開発に追われている開発者にとって「またまた、どうせ都市伝説でしょ?」と疑心暗鬼になるのは当然の話だが、FWHではコアタイムの11-16時から離れるほどどんどん人が減っていき、17時くらいになるとほとんどの席が空席になる。嘘ではない。本当の事実である。繰り返すが、本当にみんな16時くらいから帰りだすのである。ゲーム開発者以外にとっても驚きなのではなかろうか。会社も現場のリーダーも快適な仕事環境を作ることに積極的で、面接の際にも熱心に説明してくれた。休暇申請も割と気軽で、フォームに「一週間休みます」と記入したらそれで終了だ。事情を事細かに説明したり、メールでチーム全体に土下座めいて連絡する必要もないのだ。筆者自身が過去にそういう経験があるわけではないが、割と日本だけでなく中国なんかでもそういった何となくの気まずさは当たり前の空気になりがちなのが実情だと思う。

ただし、勿論のこと、ただ楽をしてお金がもらえるというわけではなく、それ相応の仕事の成果が求められるということ、ポーランドの全ての会社が同様ではないということはご理解いただきたい。ゲーム産業を含むポーランドの労働文化は日本同様に比較的ワーカホリックな傾向が強く、長時間低賃金労働を要求されるケースは少なくないと聞いている。

また、ポーランドの他の大手企業でも同様ではあるが、FWHは開発者のモチベーションを高める施策に注力していることが特長だ。入社の折には開発チーム専用Tシャツのプレゼント、昨年のクリスマスの折には従業員全員に会社のロゴや『Shadow Warrior』のアートがあしらわれたパーカー、トートバッグ、ニット帽、マグ等のギフトが贈られた。社内でも開発チームTシャツを愛用している開発者は多く、社外でもイベントの折りには開発者Tシャツを着た各社の開発者同士が交流している様子がしばしば見られる。

FWHで配布されたプレゼント

そして年間を通して最大の楽しみはクリスマスパーティーだ。社内の開発室を一時的に占領してプラスチック容器に入ったケータリングとビール缶を配布して……と、いうのを最初筆者が想像していたのだが、結論から言って想定と全く違っていた。

今年のクリスマスパーティーはワルシャワ東部のプラガ地区の一角にある、倉庫を改築したと思しきクラブを貸し切って行われた。念の為にもう一度言っておくと、クラブである。中は50mプールがすっぽり収まるくらいの大きさで、天井からはDJブースがぶら下がっている。会場はクラブだが掛かっているのはトランスやトラップハウスではなく、筆者にはよく分からないポッシュなジャズピアノの音楽。『Shadow Warrior』のノリを想像していると見事に裏をかかれる。ドレスコードもあり、スマートカジュアルで、という申し伝えが事前にあった。筆者は普段着で問題なさそうだったのでそのままの格好で参加した。ちなみにCD Projekt Redの場合ドレスコードはフォーマルで、9割くらいの人はスーツやドレスで参加するようだ。スーツ嫌いの筆者が参加すると浮くことは必至である。今までで一番Hogで良かったと思った瞬間。

会場の一角はステンレス製の巨大な保温器に入った料理が埋め尽くしており、蓋を開けると熱々のポーランド料理が蒸気を上げて食欲をそそる。大皿の上にはサラダやコンフィといったコールドディッシュが溢れんばかりに盛り付けられ、隅には一口大に切り分けられたスイーツがバットの上にきれいに敷き詰められていた。飲み物もサーバーからタップで注がれるビールは当然として、一つ頭抜けたクオリティのブッシュミルズ(アイリッシュウイスキー)や、各種カクテルまで用意されており、隙の一つも見つからない。開いた口も塞がらない。

更にはトドメとばかりにゲームのアーケードが並べられ、『鉄拳』や『Need For Speed』などが遊べるようになっていた。社内パーティーというより、もはやただのフェスティバルである。人数規模から言ってもポーランド中の本社・支社のメンバーに加えてそのパートナーたちが参加していたので、250人以上はいたと思われる。なおポーランドでパーティーとなると、公私ともにパートナーを伴って参加することはかなり一般的。支社のメンバーはクラクフ・ジェシュフの二都市からはるばるワルシャワに来ていたのだが、ホテルは会社が用意したようで、交通費も会社負担のようだ。まさに至れり尽くせり。兎にも角にも想像を上回るもてなしぶりを前に、ただただウイスキーをお代わりするばかりであった。

料理写真……残念だが照明が足りずおいしそうに撮れなかった

というわけで、昨年を予期せぬまさかの豪華すぎるクリスマスパーティーで終えたのだが、それだけに留まらず、会社の内外で日々驚きが待ち構えており、今年も何やかんやとサプライズだらけの日々を過ごしている。サプライズといえば最近もっぱら流行しているコロナウイルスだが、WHOのパンデミック宣言を受けてポーランドのほとんどの商業施設は政府の指示で強制閉鎖、今や街中がゴーストタウンと化しつつある。3月25日からは翌日以降の外出を禁止する政府指示も発布され、突然の知らせに筆者もプライベートでとんでもなく大変な一日を体験する羽目になった。「明日までにこれやって」みたいな指示とか依頼は本当に良くない。非常事態だから理解は出来るのだが。

ポーランドの企業においては、WHOの宣言があった3月11日から3-4日ほどでほぼ全てのゲーム会社がリモートワークに移行したと思われる。人づてにだが、CD Projektのような超大手から、Crunching Koalasのような中規模企業まで専らリモートに移行したとの話を聞いている。そして筆者も自宅勤務中である。筆者の知る限り日本の企業でリモートワークに移行したという話はあまり聞かないのだが、元々オフィス勤務がほぼほぼ必須条件となっているので、移行のための手続きやコストの前で足踏みをしてしまうのかもしれない。

職場の相棒から聞いたところによれば、ポーランドではリモートワークの希望者に対しては原則許可しなくてはいけないという法律があるようで、FWHでもパンデミック以前からリモートワークしている人が結構いた。流石に会社全体の移行は大変だったようだが、さしたるパニックもなく柔軟に移行を実現できたのは単純にすごいと思った。やはり日頃からリモートワークを実践していた経験が大きく生かされているように思った。もっとも、自宅からの勤務はネットワーク絡みなど色々と大変なことも多く、外出できないストレスもあるので万々歳とも言えない。とはいえ、いつまで続くか分からないこの状況下で働けるというのはとても有り難いことであり、下手すれば失業して帰国を余儀なくされるような事態もあったかもしれないと思えば冷や汗もの。

いや、この冷や汗は昨日飲みすぎたウイスキーのせいかもしれない。今朝から頭痛とむかつきが止まらないのである。セールで6本300円くらいで買ったポーランドビールが歯磨き粉を薄めて飲んでいるかのような激マズで、口直しについついウイスキーに手を伸ばしてしまったのが良くなかったのだろうか。とりあえず味噌汁で電解質を補給したら、寝ようと思う。次回は時差がちょうど良かったら今回の就職過程であった何やかんやについて書こうと思うが、偏西風が吹いたり、ダライラマが祈祷したりして時差がずれたら書かないかもしれない。全ては時差次第と言えるだろう。