ゲームのハイスコアを叩き出すための「バグ情報」は共有されるべきなのか。『怒首領蜂』の“隠されたバグ情報”に欧米プレイヤーが懸賞金をかける
「弾幕系シューティングゲーム」の先駆けとして名高く、1997年の発売から今まで愛され続けているCAVE開発によるシューティングゲーム『怒首領蜂』。本作にはスコアに大きく影響を与える特定のバグ技が存在している。現在全国1位のハイスコアとして登録されている3つのスコアは、3機体ともこのバグ技を使ったものである。バグの詳細は発見者を含むごく少数の日本人トッププレイヤー間によって今まで隠されており、これらのハイスコアは実質抜くことが不可能な状態であった。Mark MSX氏を含む西欧のシューティングコミュニティの有志5名によるGlitch Bounty Committee(以下、GBC)はこのバグの詳細に2260ドルもの懸賞金をかけていたが、メンバーの一人であるBlackisto氏によって2月27日、バグの条件が解明された。
The notorious scoring glitch in Dodonpachi has been found! We are able to replicate it as well and know why it occurs!🎊
The bounty hunt is over!💪
Expect a detailed glitch report soon bundled with video proof.🤯
Finder of the glitch is @blackisto1 pic.twitter.com/ZWWBRamxd4
— ASE-Plasmo (@Plasmo_STG) February 26, 2020
攻略情報の共有に対する価値観の違い
全3機体の全1記録に使われていながらも、バグの詳細が今の今まで判明していなかったのには日本のハイスコア集計システムが背景に存在する。『怒首領蜂』といったゲームのアーケード筐体によるハイスコアは現在、「日本ハイスコア協会」(以下、JHA)と呼ばれる団体が集計している。このJHAは「ゲーメスト」「アルカディア」といった雑誌のライターや編集者を中心に構成されており、これらの雑誌が行ってきたハイスコア集計活動を受け継ぐ形で運営されている。そして、JHAによるハイスコアの確認・提出手法もまた雑誌時代の方法を受け継ぐものであり、「集計協力店」の店員もしくはハイスコア担当者による筐体記録の直接の確認によるものとなっている。このハイスコア提出手順には動画の提出などは一切不要であるため、明らかにバグを利用していなければ達成不可能なスコアが1位として登録されていながらも、バグの詳細や手順が一切知られていないという状況であったのだ。
この状況に業を煮やした西欧のシューティングファン達がGBCを立ち上げ、バグの詳細に懸賞金をかけるに至ったわけである。ここまでの情報だとまるで「前時代的なスコア確認手法を逆手に取った日本人トッププレイヤー達が、全1を維持するために情報を秘匿している」ように感じられるが、実際の状況やここに至るまでの背景はそこまで単純ではないようだ。
まず、動画の公開や提出が要求されないことについては、日本では版権の問題が懸念されることがある。ハイスコア集計店となるゲームセンター自体がローカルルールとして「版権者による許可がない限り動画の投稿を禁止」している場合などがあり、基本的に日本のコミュニティは無用のトラブルを避けるためにも動画投稿を避ける傾向があった。そして、何よりも西欧と日本のコミュニティにおける価値観の断絶を産んでいるのが「情報の共有」に対する意識の違いである。日本では先述のようにハイスコアの動画の公開する文化がほとんど存在しないのもあり、スコアアタックに利用される戦術やパターンはその発見者が情報公開に関する権利を有するという考え方が深く根付いている。日本におけるスコアアタックは情報も含めた競技であり、自らのハイスコアに利用したパターンを隠すことは当然の戦術の一つなのである。
パターンを公開する権利はあくまでそのパターンの発見者に帰属するものであり、発見者の許可を取らずに他のプレイヤーなどに教える行為は「情報漏洩」として日本のプレイヤー間では強くタブー視されているのだ。もちろん、ハイスコアの提出に証拠動画が必須であればこのような情報の秘匿は成り立たないので、動画の公開をよしとしない土壌が育んだ文化であると言えるだろう。逆に、動画の提出が前提となっている西欧のコミュニティにとってこのような考え方が不可解極まるものであるのは容易に想像できる。
『怒首領蜂』の「パンドラの箱」
『怒首領蜂』のバグの秘匿に関しては、さらに問題は複雑である。『怒首領蜂』は非常に歴史あるゲームであり、そのスコアアタックに関しても今に至るまで膨大な努力と攻略の積み重ねが存在する。しかし、このスコアバグの詳細が公開されたら最後、今までの攻略は水泡に帰し、『怒首領蜂』というゲームのスコアアタック自体が「このバグをどこまで悪用できるか」の争いへと変貌してしまうとされているのだ。GBCのMark MSX氏はこれを格闘ゲームの永久パターンに例えており、「永パが見つかったらいかに永パの状況に持っていくかというだけのゲームとなり、それ以外の要素が無意味となるのに似ている」として、このバグを『怒首領蜂』の「パンドラの箱」扱いしている。現在『怒首領蜂』Aタイプの全1スコアを保持しているSOF-WTN氏もこの件について、「このバグが怒首領蜂のゲーム性を著しく崩壊させてしまった」「このバグのせいで細かい稼ぎは意味を失ってしまい、最終的にはバグが成功するかどうかだけが重要というつまらないゲームに変化した」「他のプレイヤーにも怒首領蜂の本来の楽しみ方を追求してほしい」と述べている。なお、バグの発見者自体はSOF-WTN氏ではなくNAL氏と呼ばれるプレイヤーであり、そもそもSOF-WTN氏は自らにパターンを公開する権利がないとも言っている。
※なお、上記で引用しているSOF-WTN氏と、GBCの一人であるGusto氏とのやり取りはこちらのページにて公開されている。英訳されているが、ページ下部にSOF-WTN氏の原文のメッセージも掲載されている(SOF-WTN氏の1つ目のメッセージのみ日本語がやや不自然であるが、これはおそらくSOF-WTN氏が英語で送ったメッセージが和訳されたものである。Original Messagesとはあるが、SOF-WTN氏によるメッセージはおそらく1通目が英語、それ以降が日本語で書かれたものが原文である)。
GBCの5人はこの考え方に理解を示しながらも、それでもバグの詳細が公開されるべき理由として以下の5つを挙げている。
1. そもそも現在JHAに登録されているスコアは明らかにバグを利用したものであり、「パンドラの箱」は既に開かれている。バグ利用スコアを全1スコアとして登録しておきながらもバグ自体はなかったことにしようとするのは筋が通らない。
2. バグの情報が秘匿されている限り、世界記録レベルでのハイスコア競争に参加する権利はバグを知っているかのみによって左右されてしまう。バグ知識の有無はゲームの腕前になんの関係もなく、また日本のコミュニティと接点がない人間はそれだけで圧倒的に不利である。
3. シューティングにおけるパターンや戦術が発見者の「所有物」であるという考え方は間違っており、バグ知識の秘匿はその考え方を増長させる。このような重大なバグの情報を所有し管理する権利なんてものは発見者にも存在しない。戦術やパターン、ルートが発見者によって所有されるという考え方はすなわち90年代に『怒首領蜂』を最初に攻略し始めた人たちが、積み重ねによって成り立つ現代の攻略情報に対しても莫大な権利と影響力を持ち続けることになり、そんなのは馬鹿げている。
4. バグを含めた秘密主義な風潮のせいで、『怒首領蜂』というゲームは攻略情報や動画に非常に乏しい。現全1保持者であるSPS氏が精力的に動画を投稿している『ケツイ』に比べて、『怒首領蜂』のトッププレイの動画がほとんど存在していないのは問題である。
5. 「スコアに影響がある、非常に重要なバグ技が存在するが知る方法はない」というのはスコアアタック対象としての『怒首領蜂』というゲームに悪い印象を与えている。また、西欧と日本のコミュニティの間に不必要な摩擦を産んでいる。
GBCはさらに、この『怒首領蜂』のバグ問題はさらに大きな問題を解決するための第一歩に過ぎないと主張している。曰く、根本的な問題はJHAの実施する旧式なスコア集計方式にあり、2020年にもなって雑誌時代と同じ方式を維持するのは日本と西欧コミュニティの相互理解と協力にとっても、個人個人の攻略にとっても妨げにしかなっていないとのこと。ハイスコアの登録に証拠動画を必要とする形式であれば、そもそも「バグあり」と「バグなし」でハイスコア集計をカテゴリ分けすることが可能なのであり、日本のトッププレイヤー達が心配するような「バグによって今までの攻略が無意味にされる」心配も不必要だという。
懸賞金と、その結果
このような経緯で、『怒首領蜂』のバグの詳細は全体的に公開されるべきだという信念を持ったGBCが、その情報に2260ドルもの懸賞金をかけたのが先週の話となる。この懸賞金が発表された時点で、このバグは6面に登場する特定の砲台を利用したものである可能性が高いという所までは判明している。日本のコミュニティから情報を釣りだそうというよりは西欧コミュニティ内でバグの再現に取り組む人間を増やす目的での懸賞金であるだろう。
そして2月27日、Blackisto氏によってバグの再現手順が完全に解明されたという報告が行われた。Blackisto氏はGBCのメンバーの一人でもあるため懸賞金の支払いはなく、クラウドファンディングで集まった追加の260ドルはそれぞれ提供主へと返金された。そしてMark MSX氏とGBCのメンバーは3月1日、シューティングゲームのマラソンイベントであるShmup Slam 2の最後にてこのバグの詳細を披露した。『怒首領蜂』ではレーザーを当て続けることで50フレームごとにゲットポイントに10の「基礎値」が加算されるが、バグはレーザーによる基礎値が加算されるのと同一フレームで6面の特定の砲台を破壊することによって発動する。この砲台は、そもそも全ての敵に設定されているはずの基礎値がプログラムされておらず、バグの温床となっているのだ。5年近く秘匿され続けたバグの詳細が、ついに全世界に公開されたというわけだ。
日本のトッププレイヤー達が危惧したように、このバグによって『怒首領蜂』のスコアアタックが“終わってしまう”かどうかはまだわからない。少なくとも動画投稿が義務付けられている西欧ではカテゴリ分けすることは可能だと思われるが、日本のスコアアタックコミュニティがどのような反応を見せるかは未知数だろう。ただ、20年以上前のゲームのスコアアタックの情熱を燃やし、2000ドルの懸賞金をかけてまで、攻略情報は共有されるべきという信念の下コミュニティの活性化に尽力するプレイヤー達が、海の向こうにも存在する。その努力と情熱は間違いなく尊敬に値するものだ。