ゲームクリエイター斎藤のポーランド滞在記 第三回 : 「ポーランドのゲームイベントから見えてくる楽しい文化」

ポーランドにて活動するゲームクリエイター斎藤成紀氏によるコラム第三回。2019年におこなわれたゲームイベントを通じてポーランドの文化を垣間見る。

編集部注:
ゲームクリエイター斎藤成紀氏が、独自の目線でポーランドの生活やゲーム事情を伝える連載。斎藤氏は、さまざまなゲーム制作に携わってきた開発者だ。大学卒業後、アートディンクにてレベルデザイナーやリードデザイナーとして経験を積んだのち、スクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルにて、リードグミシップデザイナーを務めたのち退社。そうした実績を誇るクリエイター斎藤氏は、なぜポーランドへ赴いたのか。そして何を見たのか。独特の感性を持つ斎藤氏の目が捉えた、ポーランドの現在をお届けする。

第一回 「自己紹介 ~著名タイトルに携わった元ゲームデザイナーはなぜ、『ウィッチャー』の国に向かったのか~」

第二回 「ポーランドインディーのお金回り」

どうも斎藤です。

前回記事からしばらく間が空いてしまったのだが、実は2019年10月からポーランドのゲーム会社でレベルデザイナーとして働いており、面接やら仕事始めやらでバタバタしていて執筆が滞ってしまった。今回の就職で起きたこと、気づいた事については後日、別の記事で公開したいと考えている。

そんな訳で既に季節は師走……「ノヴェ・シヴィアット」と呼ばれるワルシャワの飲食街はクリスマスイルミネーションで飾られ、気温は日中でも0°近くまで冷え込むことも少なくない。日中といっても、北海道より高緯度でヨーロッパ共通時間帯の東端にあるという位置関係のため3時には日が落ち始めるのだが。ポーランド人いわく「まだまだ寒くなるのはこれから」だそうで、筆者は爬虫類体質で寒さに弱いのでゲンナリしている。ちなみにノヴェ・シヴィアットの意味は「新世界」だが、邦訳してしまうと何故か通天閣の前でワンカップ片手にニカっと笑ってすきっ歯を見せるタイガース帽のおっさんを想像してしまうのはどういう性なのだろうか。

さて、今年も終わりということで、これまでの約半年、だらだらとポーランドで過ごしている間に足を運んだイベントが多々あった。その中で、幾つか筆者が興味を持ったものを紹介していこうと思う。ポーランドには沢山のゲームに関するイベントがあるが、特に筆者の記憶に残ったのは以下3つのイベント。

・Pixel Heaven(ワルシャワ)
・Digital Dragons(クラクフ)
・Poznań Game Arena(ポズナニ)

それぞれのイベントが特色を持っており、Pixel Heavenはレトロゲームの展示会、Digital Dragonsは業界講演会、Poznań Game Arenaは東京ゲームショウのような大規模展示会といった具合だ。開催都市もワルシャワだけでなく、ポーランド全域にまたがっている。インディー開発者の作品展示会およびインディー中心のコンテストが催され、一節にはヨーロッパ最大とも言われるポーランドのインディーシーンを盛り上げる一助となっている。

Pixel Heaven

こちらに移り住んでから最初に訪れたのは、筆者が住んでいる場所から15分ほどのところで開催されたPixel Heaven。メトロの「マレモント」駅で降りて、すぐ近くの古くなったバスの操車場に向かう。この操車場がなんと会場だというので驚きだ。

会場写真

イベント名から想像できるように、会場にはレトロゲームが敷き詰められている。黒のパニッシャーTシャツにロン毛と眼鏡を合わせたオタクから、人混みを巧みなバギー捌きで切り抜けていく子連れのファミリーまで、幅広い客層が足を運ぶ。子供たちがブラウン管のPCモニタにかじりついて2Dの横スクロールゲームに熱中しているさまは、スマホが普及した昨今では面白い光景だ。

ちなみに会場がバスの操車場であるため、クーラーはない。というより、ポーランドの建物にはクーラーが無いことが多く、筆者の部屋にもない。セントラルヒーティングがあるのみである。ポーランドの5月は気温30°を超える暑さで、建物内は前日の雨が雨漏りしていて湿気がすごく若干辟易したが、これはムードと引き換えの代償だ。日本、特に東京ではこういった場所はすぐ取り壊されてしまうだろうが、土地にゆとりがあって地震の脅威がないポーランドではこうした形で生き残っている古い建物がたくさんある。

会場内ではレトロゲームの展示会以外にも開発者のトークイベントが催され、ポーランドのインディーゲームに関わる人々が講演に招かれ、独自のゲームを作る中規模デベロッパー達も新作を携えて講壇に立っていた。残念ながらポーランド語で話していたので、筆者が詳しい内容を理解することはできなかったが、『Layers Of Fear2』を引っ提げて登場したBloober Team (代表作『>Obsever_』『Blair Witch』)、チェルノブイリに実際に足を運んで完コピしたという『Chylnoblite』のFarm 51(代表作『World War 3』『Get Even』)、そして話題のアクション『Witchfire』の新トレーラーのお披露目にやってきたThe Astronaut(代表作『The Vanishing of Ethan Carter』)といった、今後数年で一気に大舞台に躍り出るであろう、爆発寸前のグレネードのような野心的デベロッパー達がこぞって登壇し、会場は色めき立っていた。筆者もポーランド語が理解できれば良かったのに、と思わざるを得ない瞬間だったが、ポーランド語の習得難易度は語彙ベースが英語に近いフランス語なんかの比ではないので、考える間もなくお手上げである。

Digital Dragons

同じく5月にはDigital Dragonsも開催され、こちらにも足を運んだ。ゲーム関係のイベントであり、こちらはポーランド南部の最大都市・クラクフで開催される。

クラクフ旧市街の中心広場

クラクフはドイツ語名でアウシュヴィッツとして知られるオシヴィエンチムに程近く、近郊に世界遺産ヴィエリチカ岩塩坑もあるほか、クラクフの街自体がヨーロッパ中世の面影を留めていて、街中が第二次大戦後の破壊と復興を経ているワルシャワとは違った趣がある。ワルシャワとクラクフは東京と京都のような関係で、ワルシャワの前はクラクフが首都だった時代もあり、日本の首都が京から江戸に移るのと大体同じタイミングで遷都している。ただしクラクフはポーランド第二の大都市である。会場があるのは旧市街の外れ、ヴィスワ川のほとりに位置しており、「あれ、ヴィスワ川ってワルシャワにあるけど同じ川?」と思ったら、やはり同じ川だった。ヴィスワ川は北端のバルト海に面したグダニスクまで通じており、ポーランド全土を南北に貫通していることが分かって面白かった。

ヴィスワ川のほとり

Digital Dragonsは開発者向けの講演が中心で、朝から晩までさまざまな国の開発者が登壇し、デザイン・プログラム・アート・QA・プロダクションと多彩な観点で講演する。日本でいうとCEDECに近いニッチに位置するイベントだ。CD ProjektやFlying Wild Hogといったポーランドを代表するスタジオの講演もありつつ、チェコやフランスなどの中・小規模デベロッパーも登壇する、国際的なカンファレンスだ。ちなみに参加費用は自腹で出したが、日本円にしておよそ3万円。ポーランドの物価が日本の3/4くらいであることを考えると、けっこうな値段である。

講演は全て英語なので外国人にも優しいが、ポーランドに来て早々で流石に英語慣れしていなかったので、猛烈に疲れた。主に興味があって物珍しかったのでナラティブデザイン系の講演を中心に回ってみたが、投宿していたホステルの修学旅行生がすさまじく五月蝿く眠れなかったため、全ての時間帯を回るほど体力が無かったので本数を絞った。修学旅行生というのは国年齢を問わず厄介な存在であるし、そうあるべきである。

初っ端登壇したチェコのCBE SoftwareのJan Kavan氏の「インタラクションを物語の中心に据える」という話。「アート、サウンド、アニメーションをどうナラティブに統合するか」「尺の管理の仕方」の話といったものが興味深かった。ほか、フランスのDarewise EntertainmentのRémy Boicherot氏のシステムから物語を構築する際のアプローチに関心をそそられた。

ちなみにDigital Dragonsは講演ビデオをYouTubeに投稿しているので、後から動画でフォローもできる。じゃあ3万払う意味ってあるのだろうか……と猛烈な後悔が襲ってくるかと思いきや、会期中は常時コーヒー・お茶・ビールが飲み放題、クッキー食べ放題であり、しかも会期中異なるスポンサーにより幾つかパーティーが催され、およそ全てのパーティーにおいて合法的無銭飲食が可能である。

合法的無銭飲食空間

この3万は開発者同士のソーシャライジングとタダ飯・タダ酒のための料金なのだ。筆者もパーティーをハシゴして新しい友達を作ったり、初代ウィッチャーのナラティブデザイナー(サプコフスキではなく、ゲームの人)に出会ったりもした。タダ酒・タダ飯・タダパーティという特別感は単に財布の問題だけではなく、ある種の特権意識を刺激するものでもある。先に3万払っているのだから実際は全然タダではないのだが、財布を取り出さなくても酒が出てくるというのは非日常的であり、まるで大使館にでも呼ばれたかのようでもある。ただし、いくら頑張っても3万の元を取るのは難しいかもしれない(あなたがポーランド人以上の肝臓の持ち主でもなければ)。

食べ放題、飲み放題のEpic Gamesのパーティー

Poznań Game Arena

そして10月に就職した当月にあったのがPoznań Game Arena(ポズナニゲームアリーナ)だった。PGAと略されるが、ポーランド語通りに読むならピー・ジー・エーではなく、「ペギェア」。名前の通り開催地はポズナニで、ポーランド西部にある街だ。ワルシャワからは電車で3時間くらいの場所で、ベルリンとワルシャワのちょうど中間地点あたりにある。なお、ポズナニの「ニ」の部分は子音のnの部分を柔らかく発音するので、実際には「ポズナンィ」のような読み方になる。

展示会としての規模はポーランド最大で、いわば東京ゲームショウのポーランド版なのだが、会場は同じくらいのサイズでありつつ東京ゲームショウより人口密度は低めで、会場内温度も程よく過ごしやすかったのが嬉しかった。大企業・インディー問わず出展者はポーランドからだけではなく、隣国のドイツやベラルーシ、リトアニア、チェコなどからも集まっていた。ポーランド・PGAは特に中欧・東欧諸国のハブとして機能しており、比較して規模こそ小さいが国際色の豊かさは東京ゲームショウを大きく上回る。

駅から直通、徒歩1, 2分の会場

ActivisionやUBIといった大手も軒を連ねている一方で、インディーも一つのパビリオンを丸ごと使って大規模な展示会が行われていた。ドイツの家電小売店のMedia Markt(ポーランドで一番よく見かける大規模家電量販店)なんかは、GPUなどのPCパーツ販売を行っていた。ただしあくまで欧州・北米が中心で、日本ほかアジアの企業はほとんど見かけなかった。もしかすると数社は出展していたのかもしれないが、CD Projekt Redの新作『サイバーパンク2077』は当然として、『DOOM』や『スプリンターセル』といった、いかにも欧米らしいゲームが存在感を放っており、正直まったく見かけるチャンスがなかった。出展企業のリストも無かったので、見落としていたのかもしれない。

当然のようにCD Projektブース前には蟻のごとき人だかり

ところでポーランドでの日本のゲームの知名度といえば、よっぽどゲーム好きであれば知っているが、そうでもなければ名前も聞いたことがない、ということはしばしばだ。日本では非ゲーマーでも知っているような有名タイトルでも、ゲーム好きや日本のポップカルチャー好きでもない限り、知っている人に出会うことも少ないのが筆者の知る実情だ。開発者でも知らなかったり、名前は知っているけど詳しいことは知らない、ということは珍しくない。ネット界隈ではちらほら日本~アジア系のポップカルチャーにインスパイアされた作品も見かけるのだが、いざ足を運んでこういったイベントに来てみると、RPGといえば『Baldur’s Gate』や『Pillars Of Eternity』のようなオールドスクールRPGの影響が強いし、2Dアクションやアドベンチャーゲームも、アニメというよりはカートゥーン寄りのグラフィックスが主流であるように思う。ちなみにデモグラフィー関係なく今までに一番よく聞くゲームは『Heroes of Might and Magic』で、ポーランドで幅広く人気があるようなのだが、筆者は来ポするまで見たことも聞いたこともなく、これがカルチャーギャップかと感動さえ覚えた次第であった。

また、GIC(ポーランド語通りに読むとギェイツェ、だが、ギク/ギークと読ませるらしい)という開発者向けのカンファレンスを並行して開催しているのがユニークなポイントで、技術面の話から、組織内の男女の待遇格差といった社会面まで様々なトピックを扱っているようだった。会社の同僚からは参加を勧められたのだが、今回は目ぼしいトピックが無かったので参加せずじまいだった。セッションは英語で行われていた模様。

一度も行ったことはないのだが、話に聞く限り東京ゲームショウのビジネスデーはしばしば、開発者同士の交流会になっているようだ。PGAも同様で、この頃になると筆者の交友関係も広がってきており、知人の開発者のブースを訪ねて話をしたり、友人が在籍している会社の飲み会に声を掛けてもらい、ゲームを展示しているその場所で堂々とウォッカを飲みながら、開発者同士で集まって日本の某監督がポーランド某社を訪問した際の目撃談等で話に花を咲かせていた。今になってふと思うが、ポーランドに来てから公式・非公式問わず、パーティーの場で真面目に開発の話などした記憶がなく、専ら食べ物やら映画の話やゴシップをしていた記憶しかない。

その他

この他にも、9月にはウッチで開かれるポーランド版コミケ「Łódź Comics and Games Festival」などでも会場の一部を使ったゲームの展示会があり、ウッチ最大企業Superhot Teamを筆頭に、地元企業数社がプロトタイプ版のビルドと本番ビルドを並べて展示して開発プロセスを説明するなど、地域の人材育成を奨励するユニークな試みをやっていた。

某大型タイトルのコスプレ写真

また、年間のうち数度、散発的にバルト海沿いの風光明媚な街・グダニスクでコミックの即売会・C級映画上映会「VHS Hell」・音楽ライブ等を一緒くたに開催する「シュラムフェスト(訳:スライムフェス)」というジャンクカルチャーの祭典が開かれる。筆者のお気に入りはVHS Hellで、某カン・フューリーめいてすさまじく知能指数の低い映画に全身の笑いの秘孔を突かれまくった。会場では一応、小規模なインディーゲームの展示や、レトロゲームをプレイするイベントなどもやっていた。このフェスティバルのクライマックスはなんとプロレス。ギーク向けのイベントにプロレスが入ってくるだけでも結構驚いたのだが、しかもイギリスから有名なレスラーを招いてマッチを組んだりと、かなりの気合の入りようだった。小さい男の子が父親の肩に乗って贔屓のさわやかベビーフェイスを応援していて、負けると顔をぐしゃぐしゃにして号泣し、肩車されたまま<退場>していった。

といったように、ポーランドではゲームを含む無数の興味深いポップカルチャーイベントが年間(特に夏季)を通して散発的に開催されており、それぞれの街・イベントごとにユニークな特色を持っている。筆者は日本ではあまりイベント参加には積極的ではなかったので、日本の文化とはしっかりと比較出来ないのだが、ポーランドではどこでどのイベントに参加しても大抵は顔見知りが何人かいた。人づてに知り合いが増えていくので、こちらの友人たち曰く「ほとんど顔なじみばっかり」だそうだ。

特にポーランドのコミュニティが面白いと思ったのは、これだけ開発者同士が親密な交流を築いているにも関わらず、内輪に閉じこもることなく、常に北中東欧、時折西欧からの近隣諸国の開発者を招き入れ、新鮮な空気の循環を生んでいることだ。特にPGAのアウォードでは、国外のインディーゲームが数多くノミネート対象に上がり、授賞者も国外の功労者が率先して選ばれたりするなど、国際間交流が奨励されていた。以前にも言及した気がするが、ポーランドでは買い物のときなどには英語がめっぽう通じないにも関わらず、開発者は例外なくほぼ99%の人が英語が出来る。人によってスキルの個人差は当然あるが、英語でコミュニケーションが出来る。コミュニティの質の高さ自体は主に主催者側の運営スキルの高さに依存するもので、英語との直接の因果関係は無いだろうが、そもそも前提として共通言語が無ければ他国語話者との交流も生まれないだろう。国をまたいでの交通手段が安価であることも一役買っていることはまちがいない。あまりポーランドから他国に行ったことがないが、ワルシャワ↔ベルリンなどは鉄道で片道6000円前後だし、LCCでクロアチアに行ったときは片道1万円くらいだった。東京↔大阪間でさえ片道1万3000円以上することを考えると、日本と比べてもいかに安いかは想像に難くない。こうした活発な交流、オープンな姿勢がポーランドの開発コミュニティに刺激をもたらし、ハングリーで野心的な挑戦に燃料を投じているのではないかと筆者は勘ぐっている。

今回は間を開けた分、長い記事になってしまい、もういい加減に書き疲れたのでこれから職場のボスとラーメン食いに行ってビール飲んで昼寝することにする。ワルシャワのラーメンは顧客の要求水準が高くないのか2件の優良店を除いてあまり美味しいと言える店が多くないのだが、それでも何故か雨後の筍のように次々とラーメン店が現れるので、今後の展開に期待したい。ということで、このワルシャワグルメ紀行も本稿で3回目となるわけなのだが、第4回はラーメン特集ということでお待ちいただきたい。

Shigeki Saito
Shigeki Saito

Flying Wild Hog シニアレベルデザイナー。某大学にて政治学を学ぶ。アートディンクにてさまざまなタイトルに携わったのちにスクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルではリードグミシップデザイナーを務めた。ポーランド好きが高じて、ポーランドに移住のち現地のデベロッパーに就職。

Articles: 6