ゲームクリエイター斎藤のポーランド滞在記 第二回 : 「ポーランドインディーのお金回り」
編集部注:
ゲームクリエイター斎藤成紀氏が、独自の目線でポーランドの生活やゲーム事情を伝える連載。斎藤氏は、さまざまなゲーム制作に携わってきた開発者だ。大学卒業後、アートディンクにてレベルデザイナーやリードデザイナーとして経験を積んだのち、スクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルにて、リードグミシップデザイナーを務めたのち退社。そうした実績を誇るクリエイター斎藤氏は、なぜポーランドへ赴いたのか。そして何を見たのか。独特の感性を持つ斎藤氏の目が捉えた、ポーランドの現在をお届けする。
斎藤です。ポーランドは非常にインディーゲームの多産な土地で、「ヨーロッパインディーの首都」と呼ぶのは決して過言ではない。それはポーランドのデベロッパー達も自認するところだ。そこで今回は、とあるインディーゲームのデベロッパーについて書くことにしたい。
筆者はワルシャワから左へ1-2時間のところにある都市、ウッチへと向かった。ウッチはヨーロッパ随一の映画アカデミー・ウッチ映画大学を擁する芸術と学問の街であり、第二次大戦の戦火を生き延びた古都でもある。ポーランドの都市ではクラクフに次いで3番目に大きい。実際のポーランド語の発音は「ヲゥーチ」に近い。ウッチと言っても全然通じないので、注意が必要だ。
ウッチ映画大学はポーランド映画を代表する「地下水道」「灰とダイヤモンド」などのアンジェイ・ヴァイダ(ワイダ)や「戦場のピアニスト」「オリバー・ツイスト」の巨匠ロマン・ポラニスキ(ポランスキ)などのアカデミー受賞者を排出した名門校であり、作品や監督名を知っている方も少なからずいることだろう。そして『ウィッチャー』の原作者、アンジェイ・サプコフスキもこの街の出身だ。(Wikipediaの表記だと「アンドレイ・サプコフスキ」になっているが、「アンジェイ」がより正確)
さて、筆者が中央駅であるウッチ・ファブレチュナへ着くと、今回コンタクトを取った二人、ウカシ・スピエレブカとカミラ・ルシェツカ(敬称略)が親しみの込もったハグで出迎えてくれた。彼らの懐の深さとホスピタリティを感じさせる。二人はウッチに本拠を構えるインディーゲーム会社Afterburnのプログラマー・ゲームデザイナーである。
Afterburnは昨年スマートフォン向けパズルゲーム『Golf Peaks』を発表し、そのゲームメカニクスのデザインとほとんどのコードはスピエレブカが、各レベルのパズルデザインはルシェツカが担っている。今年はAndroidおよびNintendo Switchへの移植を実現させ、各国・各プラットフォームで好調な快進撃を続けている。さらに今年9月には日本の「弁当」文化にインスパイアされた、新たなパズルゲーム『Inbento』をリリース予定。
ポーランド人の多くが英語をやや苦手とする中、彼らをはじめこの地のデベロッパーたちは英語に恐ろしく堪能な上に、Afterburnの二人は流暢な日本語まで使いこなす。もちろん『Golf Peaks』および『Inbento』は日本語対応済みである。
今年5月にワルシャワで催されたイベント「Pixel Heaven」では、Afterburnは「Best Mobile Award」を受賞。今やポーランドにおいてもっとも今後の動向が気になるインディーチームの一つだ。
さて、ウッチに着いたあと、筆者はAfterburnのオフィスへと案内してもらったのだが、そこで気になったのはオフィスの賃料である。どうも実際的な話になってしまうが、インディーゲームというのは常に資金ショートのリスクとの戦いである。特に彼らはフルタイムのデベロッパーであるため、ゲームが売れるまでは貯蓄やクラウドファンディング、自治体や財団からの補助金、金融機関からの借入で食いつないでいかなければならない。そこで彼らに疑問をぶつけてみた。
インキュベーションセンターを利用
筆者:
このオフィス、部屋としてはものすごく広いというわけではないですが、とても立派な建物で、清潔感もあるし設備も充実していますよね?結構、維持費掛かったりするのではないですか?
スピエレブカ:
現在Afterburnが使っているこのオフィスは、EUの支援により作られた民間のインキュベーションセンターの一室を利用しています。最大の魅力は使用料の安さです。月々200ズウォテ(≒6000円)で最大2年間まで使えます。応募に際して40団体ほどの競合でしたが、我々の2年間のビジネスプランや開発計画などを、類似の成功例を挙げて説明するなどして、このオフィスを手に入れました。
筆者:
200ズウォテというのは相当安いですね。高級レストランで贅沢に飲み食いして1食分、ビッグマックだったら20食分くらいじゃないですか?
スピエレブカ:
タダに等しいとまでは言いませんが、非常に安く済んで助かっています。浮いた経費を設備投資や居住費用に回せるので、我々のようなスタートアップ企業にはもってこいな環境です。
筆者:
ただし二年間しか使えないから、このオフィスが使える間に、次のオフィスを借りるための資金を調達しなければいけない。3年目の資金を2年間で作らないといけないわけですね。
スピエレブカ:
そうですね。我々は1年目のプロダクトとして『Golf Peaks』を制作し、思いの外成功したので、この調子で安定してビジネスを続けていきたいです。当初は2年目をより大規模のタイトル開発に充てるつもりだったんですが、1年目の開発のマルチプラットフォーム対応などで1年を超えて時間を使ってしまったので、2年目も小規模で安定した成果を狙い、そこで得た資金を今後のより大規模なタイトルへの投資に充てたいと考えています。我々も事業安定化に失敗してフェードアウトしていった企業を見ていますからね。
筆者:
インキュベーションセンターという追い風があっても油断はできませんね。他のインディーゲーム系のデベロッパーも、ここに入ってるんですか?
ルシェツカ:
他にはボードゲーム系の会社が入っていたんですが、我々の初年度の頃に出ていきましたね。今のところ他のデベロッパーは見かけていないです。この施設はゲーム以外にも「クリエイティブ」な起業家をターゲットとして提供されていますが、共有スペースにはこの施設に入居している団体がそれぞれのプロフィールを掲示していて、コラボレーションのきっかけとして利用されていたりしますね。
※19世紀に立てられた工場をリノベーションして利用している。こういったリノベーション建築は街中に多く存在。織物産業で栄えた歴史的工業都市ウッチならではの光景だ。
ウッチという地理的条件
筆者:
他にもウッチという土地柄にメリットを感じることはありますか?
スピエレブカ:
実際、いまのアーティスト(グラボフスカ)はウッチ映画大学の学生からリクルートしてきています。学生は作品発表の場所を探さなくてはいけないし、我々は優秀な学生をチームに迎えることができるので、いい共生関係を築けていますね。 筆者:それは実際面白いですね! スピエレブカ:『Golf Peaks』のときも同じようにウッチ映画大学の学生をチームに招き入れたんですが、彼は卒業してワルシャワに行ってしまいました。
筆者:
なるほど、やはりみんな首都であるワルシャワに行きたがるんですね……。CD Projekt Red (CDPR)とか11 bit studios、People Can Fly、Flying Wild Hogなんかも本社はワルシャワですしね。そういえばスピエレブカさんもCDPR出身ですよね?
スピエレブカ:
はい、『ウィッチャー』のスピンオフで『グウェント』の開発をやっていましたね。良いチームに恵まれて、優秀なディレクター・プロデューサー・リーダーの下で力を付けることができたからこそ、今の自分があるんだと思えます。プロジェクト早期にはクランチに入り忙しいこともありましたが、残業では給料が1.5倍になるし、休日出勤なんかは2倍になるので、金銭的にはかなり助けられましたね。後半にはクランチもほとんどありませんでした。
筆者:
そういえば『グウェント』も『Golf Peaks』もUnity製ですね。スピエレブカさんは元々『Superhot』の開発からキャリアを始めているあたり、Unityには一日の長がありそうですね。
ルシェツカ:
『Superhot』のスタジオもウッチに拠点があるんですよ。
筆者:
ああ、そういうことか!地域的な繋がりが元々あったんですね。それは知らなかったです。
ルシェツカ:
ほかにもインディーデベロッパーのコミュニティとしては結構大きくて、ゲームジャムなんかでは80人規模くらいまで行ったりしますね。
筆者:
それはかなり大きい!
ルシェツカ:
でもウッチのコミュニティにはワルシャワほどの強い紐帯はまだないんです。だからこそ、我々がコミュニティをオーガナイズする側にも回ることができて、地域との関わりに主体的に参加できる側面もあります。
筆者:
なるほどなあ。朝晩ビルに籠もって開発していた時代の筆者には想像できなかったデベロッパーのあり方なので、考えさせられます。
スピエレブカ:
ポズナニ※なんかでは優秀なコミュニティのオーガナイザーがいて、かなり大規模なイベントなんかも催されます。
※ ドイツに近い、ポーランドの左寄りにある街
筆者:
ひょっとしてPGA(ポズナニゲームアリーナ)※ですか?
※ ポズナニで開かれる東京ゲームショーのようなイベント
スピエレブカ:
まさにそうです。彼らが辣腕を奮っているおかげで、ポズナニではかなりコミュニティが活発ですね。
筆者:
ポーランドと一口に言っても、ワルシャワ、ウッチ、ポズナニ、さまざまな街のコミュニティが各々同時多発的にムーブメントを打ち出して、互いに刺激し合って大きくなっているんですね。
筆者はこの後もAfterburnの二人と話を続け、お宅にお邪魔してお茶を飲みながらゲームや映画、ポーランド社会なんかの話をした後、スピエレブカの運転で駅まで送ってもらい、ウッチを後にした。今回は地域に根ざすAfterburnの協力により、ウッチの興味深いコミュニティについて窺い知ることができ、大きな収穫となった。今後は機会があればクラクフやポズナニ等、その他諸都市のデベロッパーにも話を伺ってみたい。
さて、そろそろ肉体の充電が切れかけてきたので、明日に備えて燃料を補給することにしたい。現在のポーランドのガソリンはリッター130~150円程度だが、筆者専用のガソリンはリッター2000円程と、かなり高価なのが辛いところだ。生活を改善すべく、近所のスタンドから仕入れたガソリンを樽で寝かせて、飲めるようになるか試してみたいと考えている。