「3DSをください」「『プチコン3号』をください」「お金はありません」 任天堂への直談判から始まった、ニンテンドー3DSを活用した授業づくりとは

 

ニンテンドー3DSだからできること

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――これまでの授業風景と比べて、何か違いはありましたか?

森井先生:
やっぱり、目の前にモノがあったら、触るんだなあと。実際に自由に触らせてもらって、これは何やねんと興味を持ってもらったり。そんなに詳しく操作方法も説明しませんでしたので、逆にいろいろ触ってみて、画面が動いて、これはなんだろうと考えてもらったり。そういうのが大きかったかなあと。

――ただ、音波の授業はこれで終わりですし、ニンテンドー3DSを使うにしても、教材ソフトがないとできないですよね。

森井先生:
そうですね。あとは放物運動とかの授業でも使えれば良いんですが。モノの質量と投射角と射出力を設定すると、こんなふうにモノが跳ぶとかが、シミュレーションできるみたいな。Excelなどでもできるんですが、やっぱりニンテンドー3DSだと手軽ですからね。もちろん、シミュレーションと実際の物が跳ぶのとでは違うので、善し悪しではありますが。

――それは森井先生が『プチコン3号』でプログラムを作ればいいわけですね。

森井先生:
うーん、できればいいですよね。

――眞壁先生、これが普通なんですよ。

眞壁先生:
うーん、そうですね。

小林氏:
いま、現場から次の教材ソフトのリクエストが入ったと言うことですよ。

――まさにそのとおり。

眞壁先生:
実際に投射運動のシミュレーションについては、Scratchで作ったことがあるんです。ツールは何でもいいと思うんですよ。ただ、たまたまニンテンドー3DSは手触りが良かったんですね。だから、使いたいツールでやればいいんじゃないでしょうか。

――ニンテンドー3DSの方が良いですか?

眞壁先生:
時と場合によりけりですね。オシロスコープソフトについては、いろんなところで使ってみて欲しかったんです。たとえば新幹線の中で使ってみると、車内で50Hzの低い振動が出ていることがわかりました。ほかにもエアコンやテレビのリモコンの操作音が1000Hzの倍数とかだったり。そのためにはオシロスコープソフトがいつでも手元にあることが大切で、そのためにはニンテンドー3DSで動くといいですね。

――とはいえ、オシロスコープソフトだけだと音波の授業でしか使えないから、いろんな教材ソフトがあればいいわけですよね。

森井先生:
物理基礎の授業に限定するなら、波の動きの合成などがシミュレーションできるといいですね。実際の授業ではウェーブマシーンなどを使ったりします。ただ、細かい操作や波の調節がなかなか難しくて。それに、物の投射にしろ、波の合成にしろ、ウェブ上でシミュレーションするサイトはあるんです。ただ、実際に授業で使おうとすると、教室のPCからネットにつなぐ必要が出てきて。それに、なかなか一人一台ということになりません。タブレットがあれば良いですが、本校にはありませんしね。それにニンテンドー3DSは小型なので、机においても邪魔になりませんし。

――なるほど。

森井先生:
もちろん僕は化学が専門なので、シミュレーションではなくて、本物を見せたいという思いはあるんです。ただ、無理なものは無理なので。大前提として、音波って目で見えないじゃないですか。

――たしかに、「目に見えない現象を視覚化させる」というのは、物理の授業で重要なポイントかもしれません。

森井先生:
森羅万象に対して原理原則があって、それにもとづいていろいろな現象が起きることが、ニンテンドー3DSの画面上で何かわかってもらえればいいですね。

――ということは、授業を通して何か手応えが感じられたと言うことでしょうか?

森井先生:
そうですね。特に「うなり」の現象を生徒たちに観察してもらえたのは、よかったと思います。1Hzでも音がずれたら、うなりが発生するんだなと、音と波形で見てもらうことができました。普通は二つの音叉を用意して、片側の音叉に針金を巻いたりして実験するんです。ただ、1-2Hzの音の違いというのは、なかなか実現できませんから。

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――物理基礎の授業は年間で何コマくらいあるんでしょうか。そして、そのうち何コマくらいで、ニンテンドー3DSを用いた授業を行うのが理想だと思われますか?

森井先生:
計画では年間70コマですが、実際は60コマくらいですね。やり方次第で、すべてのコマでニンテンドー3DSを使用することはできると思います。副読本や資料集を開くように、1つの授業で5分とか10分とかくらいずつ使う感じですね。「じゃあちょっと、今ならった定理を実際にニンテンドー3DSで確認してみようか」みたいな感じでしょうか。

――たしかに静止画で見せられても良くわからないけど、実際に動いているところをみると、すぐにわかることってたくさんありますよね。

森井先生:
そうですね。今はそうしたアプリがありませんが、もっと種類があると良いですね。

――眞壁先生、やりたいそうです。

眞壁先生:
実際に「うなり」の現象は、オシロスコープソフトを使えば、ニンテンドー3DSが1台だけで再現できるんです。スピーカーがステレオなので、両方から少しだけ周波数の異なる音を再生すればいいわけですから。実際にオシロスコープソフトを使って、1台のニンテンドー3DSでうなりを再現して、動画にとってTwitterにアップしたら、かなりの反響がありました。

森井先生:
周波数を変えることで、うなりの振幅も簡単に変えられますよね。

眞壁先生:
そのとおりですね。5Hzほどずらすと、0.2秒周期でうなりが発生します。それに音叉と違って、音が減衰することもないですし。低周波発振器があれば、減衰せずに音を鳴り続けさせられるんですが……。

森井先生:
前の学校にはありましたが、1chだけでしたので、うなりの現象には使えなかったですね。本校には低周波発振器はありません。

眞壁先生:
学習指導要領には「うなり」の観察までさせるように書かれているんですが、こんなふうに学校によって、状況は様々なんですよ。ニンテンドー3DSを使わずに、ちゃんと授業ができているかというと、また話は別ですから。

――僕も中学までは理科が得意だったんです。それが高校になっていきなり、苦手になったんですよ。教科書だけ読んでも良くわからないんですよね。先生に「もっと実験しないんですか?」と聞いたら「手間がかかるし」と言われて。しょぼん、みたいな。

眞壁先生:
そういう話は多いですね。

――だからこそ、ニンテンドー3DSを使って良い環境ができたらいいなと、改めて思いました。

校長の中村泰孝先生も生徒に混じって『プチコン3号』を体験
校長の中村泰孝先生も生徒に混じって『プチコン3号』を体験

 

プログラミング教育の必修化に向けて

――今回、授業に関するアンケート調査を行われると伺いました。これは研究目的なんですか?

眞壁先生:
そのとおりですね。なにかしらデータを集めないと、せっかく授業で使ってもらった意味が半減しちゃいますから。ただ、質問項目については、あんまり参考になる先行事例がないんですね。たんに「オシロスコープを一人一台使ってみました」みたいな事例報告だけで。それがどの程度、生徒の理解に結びついたかという研究は、あんまりないんです。そのため今回の調査も、まずはデータをとってみて、その先はそこから考える予定です。

――ゲーム機などを授業で使うことに対して、興味の入り口としては良いかもしれないけれど、本当に生徒の理解力が向上したのか……といった質問は、よく聞かれますよね。だからこそ研究者に効果測定をしてもらうことが必要だと感じています。

眞壁先生:
もちろんです。今回も授業の事前・事後でそれぞれアンケート調査を行いたかったんですが、学校側の都合もありますので、事後アンケートだけになりました。

――次の研究に繋がるといいですね。

眞壁先生:
まだまだ名前が売れていないので、いろいろなところに顔を出させていただいて。

――そこでCEDECだ。ねえ、小林さん。

小林氏:
CEDECですね。

眞壁先生:
教育関係者とゲーム業界で、そういった場を通して、何か繋がりが持てるといいですね。実際に千葉大学の藤川大祐先生などが、積極的に活動されていますよね。

――藤川先生はすごくアグレッシブですよね。眞壁先生もぜひ、いろいろとお願いします。そして、どんどん教育用プログラムを作成してください(笑)。

小林氏:
そして大見先生や森井先生から、いっぱい発注が来るという(笑)。

――そして眞壁先生が論文をいっぱい書かれるという。すばらしい産学連携。

眞壁先生:
ああ、たしかに産学連携ですね。いま気がつきました。むしろ大学と高校で、学学連携になるのかな?

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――ちなみに今後の『プチコン』シリーズはどうなっていくんですか?

小林氏:
今まさに、WiiUむけに『プチコンBIG(仮)』を作っている最中です。USBでキーボードも、外付けのマイクもつながりますので、波形系の制御はかなりいろいろできますし、綺麗に音もとれます。

――WiiUということは、HDMI接続で液晶テレビに画像を表示させることもできるんですね。

小林氏:
はい。それにプログラムは『プチコン3号』と互換性がありますので、同じプログラムを走らせて、生徒の入力したパラメータを『プチコンBIG(仮)』側でも同じように入力して、結果を出力できます。それでさっき話を聞いていて、ニンテンドー3DS側からWiiU側に画面を転送できれば、たしかに便利だなと思いました。『プチコン』シリーズは『プチコンBIG(仮)』でいったん終了になりますが、今後も『SmileBASIC』として継続していく予定です。

――その一方で『プチコン3号』を用いた出張授業なども増えているとか?

小林氏:
2020年で教育指導要綱が変更になり、小学校でのプログラミング教育が必修化されるであろうという想定のもとに、そうした依頼が地方自治体や学校関係者から増えています。

眞壁先生:
いま文部科学省で新しい学習指導要領に関する審議が進んでいる最中なんですよ。その指導要領が出てくるのが2017年の前半で、教科書作りなどがスタートします。そこから2年後に幼稚園、そこから1年後に小学校、さらに続いて中学校、高校・・・と実施されていくわけです。つまり2020年に小学校で新しい学習指導要領をベースとした授業が始まるんですね。

――そこでプログラミング教育の必修化云々という言葉がマスコミを賑わしているわけですね。ちなみに学習指導要領は何年に1度改定されるんでしょうか?

眞壁先生:
10年に1度ですね。だいたい5年間くらい運用してみて、それをもとに3年間かけて改定作業が行われて、2年間くらい教科書作成などの準備が行われます。

小林氏:
泉尾高校の事例がメディアに掲載されてからは、教育委員会から問い合わせが来るようにもなりました。昨年は北海道と栃木県の二箇所でしたが、これから増えると思っています。それから塾などの問い合わせも多いですね。神奈川県、富山県、広島県と広がっています。

――スマイルブームとして今後、教育系に力を入れていかれる予定はありますか?

小林氏:
力を入れざるを得なくなってきましたね。実際、こういったものを国内で作っているのは弊社くらいですから。それに泉尾高校さんと、こんなふうにガッチリやらせてもらって、フィードバックもいただいているので、いろいろ現場にあわせたカスタマイズもできますし。うちがやった方がいいものができるのであれば、やったほうがいいでしょうと。

――すばらしいブルーオーシャンですね。

小林氏:
うちでは「プライベートビーチ戦略」と呼んでいます。好きな人しか集まらない穴場の海岸という意味です(笑)

――なるほど。だからこそ、こんなふうに感度が高くて、濃い人たちが集まってきているのかもしれませんね。

 

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1971年生まれ。関西大学社会学部卒。「ゲーム批評」(マイクロマガジン社刊)編集長などを経てフリーランスのゲームジャーナリスト。GDC、E3をはじめ、国内外のゲームイベントへの取材・レビュー・インタビュー記事、書籍執筆、講演など、幅広く活動している。NPO法人IGDA日本名誉理事・事務スタッフ。主な書籍に「ゲーム開発者が知るべき97のこと②」(編著)がある。