なぜ若くして業界トップ大手ゲーム会社をやめたのか?独立し「ひとり」でゲーム開発に挑んだ中国女性の哲学。『WILL』開発者インタビュー(前編)

Nintendo Switch/PlayStation 4にてリリースされた『WILL:素晴らしき世界』。弊社アクティブゲーミングメディアがパブリッシングに携わった作品であるが、同作を作り上げたクリエイターである王妙一氏は、中国在住で、大手会社をやめた女性という経歴を持っている。

インディーゲームの開発には、常に挑戦が付随する。それは、どのような国に住んでいても、どんな性別でもあっても変わらない。2018年にアジア大学ランキングでトップを飾った中国の清華大学を卒業し、新卒で入社したのは、中国のトップゲーム企業NetEase。モバイルゲーム市場では世界3位に君臨している。『荒野行動』を配信する会社と言えば、わかる方が多いのではないだろうか。新卒の給与はあの中国巨大企業テンセントよりも高い約年収600万。そんな恵まれた経歴や環境を捨てて、一人でインディーゲームの開発に挑んだ女性がいる。11月にNintendo Switch/PlayStation 4向け『WILL:素晴らしき世界(以下、WILL)』(弊社アクティブゲーミングメディアのパブリッシングブランドPLAYISMより配信)を手がけた王妙一氏だ。

『WILL』はSteamにて2017年6月に発売され、同プラットフォーム向けにPLAYISMから2018年6月に日本語版が発売された。ノベルゲームというジャンルでありながら、発売後当月で600以上の高評価レビューを得たことからも、人気の高さがうかがえる。そのほか、PlayStationデベロッパーコンテストで受賞し、インディーズアジア2016ファイナリストにノミネートされるなど、数々の賞に選出されたその年の注目作の一つであった。彼女が作り上げたゲームは、日本のビジュアルノベル『街~運命の交差点~』や『428~封鎖された渋谷で~』などの影響を受けたザッピング型のアドベンチャーゲームで、主人公である「神様」の少女のもとに届く手紙のテキストの順番を入れ替えて、人の運命を変えるというシステムだ。手紙は一人の人生だけでなく、複数の人物の運命にも影響を及ぼすストーリーとなっている。

今回は、そんな彼女の経歴を紐解きながら、そのゲーム制作哲学にフォーカスする。哲学に迫りながらも、彼女の考える中国のゲーム業界や女性のゲーム開発について掘り下げてみたい。

 

――さっそくパーソナルな質問をさせていただきますが、なぜ超大手企業で破格の給与をもらえる会社を辞めて自分で会社を作ったのですか?

一つ目の理由は、大手ゲーム会社が作った作品が、自分の好きなものとは違っているということです。中国のインターネットの登場後、中国の商業ゲームはゲームより「インターネット製品」に似ていると私は思っています。「インターネット製品」については、後程説明します。二つ目の理由は、NetEaseが非常に平坦な会社であることです。NetEaseで仕事を続ければ、10年後のことを予測することができ、私がやっていることはとても退屈だと思いました。でも私は卒業後にNetEaseに行くことができて非常に嬉しいです。NetEaseの技術レベルは業界では非常に優れていますし、私はそこでたくさんの仕事の仕方を学ぶことができました。その後自分でゲームを作る時にも役立ちました。

――もともとなぜNetEaseに入ろうと思ったのでしょうか。

レンダリングはゲームエンジンの中核モジュールの1つですが、ゲームエンジンの開発に参加するために研究していました。 NetEaseは中国のゲーム業界で最大手のゲーム会社であり、自社開発のエンジンを持っています。この企業は中国トップで、技術集積の面でも非常に先を行っています。そのため、私はインターンシップの中でNetEaseを選び、自己研究エンジンの開発に参加し、卒業後に直接NetEaseに入りました。

――NetEaseに入るのはとても大変でしたか。

NetEaseの給料はテンセントよりもはるかに高いので、入るのは容易ではありません。しかし、私の研究分野は希少なので、比較的簡単に入社できました。

――大企業でゲームを作るメリットはありましたか。

大企業でゲームを作る利点は、収入が安定していることです。高収入のゲームグループに所属していれば、運が良ければ多くのボーナスがあります。私はNetEaseを辞める前は、NetEaseでの業務は多大な労力を要すると思っていましたが、実は大きな会社でコードを書くのは簡単なようでした。 大企業では多くの人がいるので、分業が非常に細かいです。余暇が長く、過度に考える必要はなく、多くの責任を負う必要はなく、自分の仕事をするだけです。自分一人でゲームを作る場合は、毎日数十種類の仕事を処理し、多くの人とコミュニケーションをとり、重要な決定を下す必要があるかもしれません。しかし、選択を間違えた場合、会社は潰れるかもしれません。

――NetEaseで学んだ仕事の中で役に立ったことは、具体的にはなんですか?

私がNetEaseで働いて学んだ最初のことは、業界は最先端の技術を追求するのではなく、安定性を追求している点です。安定性が失われた場合、開発中に事故が起きる可能性があります。最悪の場合は、ゲームを発売した後に事故が発生し、結果としてプレイヤーの信頼を失います。したがって、大規模なゲーム会社では、最新の技術を使わず、安定性が高い成熟技術の方を重視します。

たとえば、プロジェクトのコード(ソースコード)では、書きづらいコードがよくありますが、もしコードを書いた経験があればそのコードを変更することはしません。このコードは、プログラム全体の安定性を徐々に向上させていきますが、見づらくなってしまいます。しかし、それらを「改善する」ことは新しいバグにつながるかもしれません。私はNetEaseに行く前に、ゲームエンジンの独自のアイデアを生成することを望んでいましたが、NetEaseが自己開発したエンジンの開発に携わった後、私はやっとどのエンジンも完璧ではないことが分かりました。安定化させるための、エンジンメンテナンスは非常に難しく大変な作業です。ですので、自分でゲームを制作しはじめた際には、完備性が高いエンジンと開発プラグインを慎重に選びました。

2つ目は、ゲームの制作プロセスを学ぶことです。中国では、インディーゲームの開発者の中には、開発がつまらないと不満を言っている人もいますが、私はそんなことは思わなかったですね。大企業のゲームの制作に参加したときに、ゲームがこのような退屈なプロセスで行われていたことを理解することができるからです。大企業のゲーム開発に参加していない彼らは、自分で開発したものの途中でこの退屈なプロセスを疑い、自信を失うかもしれません。また同時に、大企業のプロジェクトチームでは、人員が増えたり、同僚とのコミュニケーション方法を学んだり、自分の仕事を通して他人の負担を軽減し、お互いに協力する方法を学んだり、チーム全体の効率性を向上させる方法などが学べます。それらを知ることは、大きな助けになります。

最後に、もっとも重要なポイントは、製品を真剣に精査する態度です。 NetEaseでは、細かく仕様を変更し、そのおかげで製品を高品質なものにできました。その後、私は自分でゲームを制作する時、その考え方を常に意識しています。これはとても重要なポイントだと思います。たとえば、PCのゲームでは、異なるコンピュータで異なる問題が発生することがよくありますが、もしプレイヤーが「バグがある」と言えば、私は間違いなく真剣に調査します。仕様や対応を含めて、細かい調整や対応がユーザーの体験を変えてしまうのです。

たとえば、考えてみてください。他のプレイヤーも同じバグがあったとしても、報告してくれなかったかもしれません。報告をくれたプレイヤーを、みんなの代表として真摯に対応します。私はインディーゲームを作っていますが、製品の品質も大事にしつつ真剣に対応していると思っています。その品質を追求しないなら、大手企業と競争する資格をなくしてしまいます。彼らの要求を断念すれば、大手の作品と引き続き競争できる資質は失われます。

――そんなNetEaseを辞めてゲームを作ろうと思ったのですよね。ご自身の貯金や周囲の方の助けを借りて、約100万元(1700万円)を使ってまで開発を続けた理由を教えてください。途中でくじけそうになりませんでしたか。

お金を稼げると信じているから(笑)。『WILL』は最初、とても低コストで作ろうと計画していてそのように作っていたのですが、途中で考えが変わって、会社を設立してみてビジネスを始めたいと思いました。会社経営は、給料を支払う、従業員を保険に入れる、オフィスを借りるなど、多くの費用がかかります。ゲームを作り始める前には、私の会社に投資したいと思っている人は誰も見つかりませんでしたが、私はゲームをリリースした後に良い収入を得られると考えたので、ゲーム制作時も全く落胆しませんでした。ただ、ゲームをリリースした後は本当に落ち込みましたね。

このゲームの市場は、私の思っていたよりもニッチなので、収入はコストを相殺するレベルでした。そのため、私一人でゲーム開発を継続することになりました。これまでのゲームのコストは約200万元(約3300万円)でした。テキストベースのインディーゲームとしてはコストが高すぎますが、ゲームを作るスタートアップとしては安いです。会社の形でゲームを作ることと、個人的な形でゲームを作ることは、あらゆる面で大きな違いを生み出すことができます。

――会社の形と個人の形でゲームの作り方はどのように違いますか。詳しく教えてください。

主な違いは、コスト、エネルギー、宣伝の面にあります。コストは、職場での賃料、職員の給与。保険もコストを増加させます。たとえば、自宅でゲーム制作をしている場合は、他に費用がかからないため、アウトソーシング時に高品質+安価な+低速アウトソーシングパートナーを選択することができますが、会社を設立する場合は毎日チームコストがかかるので、できるだけゲームの開発をスピードアップしたいと思います。私は、アウトソーシングを選択する場合、高価格で高速なパートナーを選ぶことができます。中国では、多くの商用アウトソーシング企業がより高速です。しかし、品質はゆっくり時間をかけてやってくれる安価のところの方がよい印象ですね。

また一般的に、グループで開発するより、1人で開発したほうが作業の効率が高いと思います。たとえば、2人で作業したら、実際にできたものは1.5人分のものしかなかったこともあります。また3人で作業した時、できたものは1.8人分しかなかったということも。エネルギー面も大きな問題ですが、会社設立後は必然的にチームの管理に多くのエネルギーを費やし、一人で過ごす時間が無くなります。一人で過ごす時間があれば、よく「想像」をすることができるんです。

欧米では、一人で活動することを好む優れたゲーム開発者は多いです。なぜなら、メディアに宣伝する時、その人が一人で開発することを中心に取材してストーリーを作るからです。会社の場合は、まず会社のブランドを構築する必要があり、PR方法は一人で開発する時と違ってきます。

――チームが解散した理由を、もう少し詳しく教えてください。

主な理由は、ゲームの収入が十分ではなかったということです。例えば最初の1か月にゲームの売上が1000万元に達すると、そのお金で次に新しくゲームが二つつくれるくらいの収入が維持できるので、2つの新しいゲームの制作を開始しました。これは、展開が必要なスタートアップのための健全なやり方です。最初の月に売上が500万元(約8000万円)であれば、次は1つの新しいゲームの開発を維持することができます。また私は、ゲームを作るために会社の形を維持し続けることを検討しました。しかし、実際には、ゲームの最初の月の収益はたった200万元(約3300万円)しかなくて、現在も収益は200万元~300万元の間です。この利益率はすでにインディーゲームにとっては非常に良いものですが、スタートアップの会社をサポートするには十分ではなかったため、ゲームが発売されてから2か月後に解散することにしました。

――ストーリーを一人で全部考えていると思いますが、誰かにアドバイスをもらったりしながら修正するのでしょうか。それとも完全に一人で考えるのでしょうか。

実際、台本を書く過程で、ハリウッドのようなライティンググループを構成してシナリオを書くことを考えました。その時、ゲームのデモを公開していたので、台本を書くことに興味がある多くの人が、私を見つけました。彼らは非常に熱心で、台本を書いて一緒に働くことを望んでいたので、私はこれらの人をチームメンバーにしました。これは話題になりましたね。ですが私は、お互いに大きな影響力を持つ台本づくりは、グループや多くの人が一緒に協働して進めることには適していないことを知りました。結果的には、時々皆さんからもらった意見やネタを集めて、1人だけ雇って私にコピーライティングの手助けをする形になりました。最終的にはすべての台本制作をこのように作成しました。

――手紙のテキストを入れ替えるパズルはどうやって思いつきましたか。

深夜食堂に行く人は、しばしばいろんな問題を抱えているかもしれないと考えました。誰もが自分の人生に不満を持ち、人生を変えたいと思っているのではないでしょうか。想像してみてください。深夜で家族もいないような寂しい顔で、一人で食事を食べに行く。もしそんな人の人生が変わったらどうですか?ゲームの予算は限られているので、制作コストを安くするため、最初は「テキスト」をベースにしたゲームにしようとしました。そこから発展して、AさんのSOSの手紙の内容からBさんのSOS手紙の内容(記録/日記)に交換して、人生も変えられるようにと考えました。

 

高学歴のエリートで、大企業に入社。周りから見ればまさに「順風満帆」な人生を送っていた彼女。しかし順風満帆な進路からあえて外れ、今度は大枚の貯金をはたいて会社を設立し、ゲームを作りあげ国内外で高い評価を受けた。彼女が影響を受けた『街~運命の交差点~』や『428~封鎖された渋谷で~』の開発者麻野氏、イシイ氏と共におこなった王氏のインタビューはこちらから一読いただきたい。

前編終了。後編

 

[執筆 : Sayuri Murabayashi(PLAYISM)]
[翻訳: Tszling Wong(PLAYISM)]

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