全編Live2Dアニメを制作した理由は「新しいことをやりたい」だけでなく「業界の発展」も狙えるから。「殿と犬」制作チームの講演から見る、Live2Dの可能性
株式会社Live2Dは先日12月13日、「Live2D Cubism」を利用するクリエイターが集まるイベント「alive 2024」を開催した。会場では企業やトップクリエイターによる講演のほか、Live2Dクリエイターの作品がプロ・アマチュア問わず展示された。
Live2Dとは一枚絵のイラストを、まるでアニメーションのように描写する2D表現技術だ。現在は配信用アバターとして使用されているほか、アニメーション動画や家庭用ゲームでも活躍の場が増え続けている。今回、本イベントに参加する機会をいただいた筆者は、「Live2D Creative Studio」による講演に目をつけた。
Live2D Creative StudioはLive2D社のデザイナーチームであり、イラスト制作をはじめ、PV・CM・アニメーション作品といった映像制作を幅広くおこなっている。スマートフォン向けゲームのLive2Dモデル制作なども担当しており、『あんさんぶるスターズ!!』『ライドカメンズ』『エンバーストーリア』といった作品に携わっている。そんな同チームの講演を取材し、Live2D技術の最先端に迫った。本稿ではその様子をお届けする。
Live2D Creative Studioは先述の作品のほか、株式会社オー・エル・エムとともに、現在放送中のTVアニメ作品「殿と犬」も手がけている。「殿と犬」は商業作品では初となる、「全編Live2D制作」のアニメーションだ。つまりアニメーション業界におけるLive2D活用事例の最先端といっても過言ではない。今回の講演ではそんな「殿と犬」の制作資料を交えながら、実際におこなわれた制作フローの解説をしつつ、Live2Dを用いたアニメーションスタジオとしての発展や今後の課題について語られた。
今回なぜ筆者が「殿と犬」に注目したのか。その理由はLive2Dという表現技術の特徴にある。Live2Dではイラストに特定の動きをつける性質上、あらかじめ設定した動き以外の動作はできない。つまり3Dモデルのようにひとつのモデルを使い回すことはできず、カットごとにイラストを制作し、それぞれに動きをつける必要がある。場面ごとにさまざまな映像が必要となるTVアニメ本編を制作するのには、筆者がLive2Dを活用していた経験から、率直に言って向いていないと感じていたためだ。
今回は実際に講演を聴くだけでなく、企画制作事業部に所属する石川源次郎氏(以下、石川氏)から話をうかがうことができた。結論から言うと、筆者は先述の「Live2DはTVアニメに向いていない」という考えをあらためることとなった。
まず、講演の内容で印象的だったのは、円滑なアニメーション制作をおこなうために、制作フローがしっかりと確立されているということだ。「殿と犬」では、Live2D特有の工程こそ存在しているものの、基本的な流れは通常のアニメーション制作と大きく変わりなかった。さらにLive2Dの良さを活かしつつも、苦手としている部分を克服するための創意工夫がされていた点も印象的だった。
「殿と犬」では、タイトルの通り犬が中心キャラクターとして物語が展開される。動物の動きを表現するというのは、Live2Dの得意とする要素だ。原画となるイラストを水彩風のブラシで着彩することで、柔らかな絵のテイストを保持しつつ、そのまま動かすことができる。また、目や耳、肉球のある前足など、動きの大きい部位についてはあらかじめパーツを分割しておくことで、その可動域をしっかりと確保できる。
さらに動物特有のしなやかな動きや毛並みの表現についても、Live2Dであれば動きのパラメータを設定することで自由に調整することができる。仮にイメージと異なる出来上がりになったとしても、パラメータを調整することで細やかな動きの修正が可能だ。細かく震えるような動きを表現するために、素材となるイラストを差し替えるといった技法が扱えるのも、Live2Dならではの強みだろう。つまり細部の動きの調整に適したツールと言えるのだ。
一方でLive2Dが苦手としているのは、キャラクターが大きく変化する動きだ。カットを切り替えずに同じ画角からキャラクターが大きな動作をするシーンは、アニメーションにおいて決して珍しくはない。しかしLive2Dの場合、モデルの可動域を増やすために、従来よりも多めに素材用意するといった個別の対応が必要になる。そうして素材の枚数が増えるほどに制作コストがかさみ、かえってLive2Dのメリットが薄れてしまう。動きが不自然にならないようにしつつ、なるべく枚数を減らすための見極めが必要になってくるのだ。
必要な素材の枚数などは、実際に制作しながらノウハウを蓄積していかなければならなかったというのも、苦労がうかがえる話だった。経験を積み重ねている段階であるがために、今はまだ模索段階の部分も数多く残されているという。しかし将来的には制作過程が最適化され、効率的な制作ができるようになるとのことだ。
講演では一例として、Live2Dモデルのキャラクターが違和感なくでんぐり返しをする様子が、スライドで紹介されていた。実際に動いている様はとても滑らかで、説明されなければLive2Dであると気づかない人もいるのではと思うほどの自然な動作だった。こうした難しい動きも、制作工程がより洗練されていけば、ある程度のマニュアルに則って制作することができるようになるということなのだろう。
前述したように、筆者はLive2Dの性質上、アニメーション制作との相性は悪いのではないかと考えていた。しかしその要因のひとつである、制作過程の最適化という課題は、すでに解決への道すじが見えていることになる。であれば、その表現力の強みを活かしたLive2Dによるアニメーション作品の普及は、一気に現実味を帯びてきたように感じられた。
今回、そうしたLive2Dが不得手とする表現も飲み込んで、なぜあえてLive2Dでの表現にこだわったのか。石川氏によればLive2Dを立ち上げた当初から、アニメーションを制作できるツールをつくりたいという目標があったとのこと。しかしLive2D技術が普及していくにあたって、ゲームを中心とした使い方の事例が多く、需要にあわせて技術が発展していったという背景があったのだという。いつかはアニメーション制作にも使ってもらえるようにしたいという思いが、社内でも常にあったそうだ。
そんな中、会社の規模が大きくなり余裕が生まれたころ、技術が順調に発展したこともあり、新しいことをやりたいという話が出たそうだ。その「新しいこと」がアニメーション市場への挑戦、そして模索だったのだ。しかし当初はLive2Dの機能をゲーム制作の方面に特化させていたために、体制を映像表現に適応したものへと強化する必要があったそうだ。そうした状況を受け、石川氏はまず、研究作品の制作や、映像表現のためにエディターの機能強化といった取り組みを社内で続けてきたという。
その後、ある程度ノウハウがたまり、エディターの機能面も開発が追いついてきたところで、研究開発から次の段階へ移行。実際に商業アニメーションの制作に参加することが決まったとのこと。そうしてビジュアル面をすべて制作することになったのがTVアニメ「殿と犬」だ。
当然ながら初めての試みも多く、制作現場は試行錯誤の連続だったそうだ。これまでやらなかったLive2Dの表現方法を取り入れなければならない場面もあり、とても大変な制作過程だったと石川氏は語っている。それでも心がけていたというのが、Live2Dだからこそできる表現の強みを活かしつつ、短所は補って極力自然に見えるアニメーションにすることだ。Live2Dを用いるからには技術を全面的に押し出していきたいが、純粋なアニメーションとしてのクオリティは維持したい。どちらの目標も両立することを目指しながら、制作に取り組んだそうだ。
また石川氏は、Live2Dの市場には企業も目を見張るほどの素晴らしい技術を持つ個人クリエイターも数多く存在しているとの見解を述べた。そのため先駆者として、率先してLive2Dを用いたアニメーション制作をおこなうことで、市場にいる優秀なクリエイターが新たに参入してくれる効果も期待しているとのこと。Live2Dの市場には、企業も目を見張るほどの素晴らしい技術を持つ個人クリエイターも数多く存在している。さらなる業界の発展に繋げる狙いがあるようだ。
Live2Dという技術の可能性を広げるため、そして新しい領域でのビジネスチャンスを増やすために、Live2Dを用いたアニメーション制作に注力していると語った石川氏。将来的には、より本格的な長編アニメーションの制作も視野に入れているのだという。そのためにも、商業作品への参加を継続しつつ、社内外の体制強化やエディターの進化を進めていきたいとのことだ。
具体的には、アニメーション制作で得られた研究成果を、映像向けに特化した機能として「Live2D Cubism」製品版に反映していくことを計画しているという。やがて映像表現の分野を発展させていくことで、クリエイターがLive2Dで映像をつくり、楽しめる未来を目標としているそうだ。
Live2D Creative Studioの講演および取材では、間違いなく“映像表現の未来”を予感させる、さまざまな可能性が示された。まだまだLive2Dの分野は発展途上であり、これからも研究によって大きく進化していくのだろう。今後のLive2D技術の進歩も楽しみになる取材であった。