PS4専用タイトル『アッシュと魔法の筆』は、誰もが子供のころに経験した孤独を思い起こさせる内省的な作品

 

さかのぼること、2014年。2つのキャラクターがDUALSHOCK 4の2つのスティックにそれぞれ割り当てられて、操作するという、美しくも奇妙なフライトアクション『Entwined』を印象深く感じた人もいるだろう。そんな『Entwined』を開発したスタジオであるPixelOpusの最新作となるのが、『アッシュと魔法の筆』だ。発売はまだ未定ながらも、昨年のPlayStation Media Showcaseでの発表、そして今年のE3を経て、注目度が増しつつあるタイトルである。

PS4専用タイトルである『アッシュと魔法の筆』は、災害によって住民がいなくなったさびれた港町を舞台に、魔法の筆で町の壁に絵を描いていく少年アッシュを主人公にしたアクション・アドベンチャーだ。魔法の筆によって町の壁に絵を描くと、たちまちカラフルな景色は動き出し、かいぶつを描くと、生命が宿って活き活きと動き出す。そんな不思議な魔法の筆でもって、暗くどんよりとした町にカラフルな活気が帯びさせていく。だが、アッシュはいじめられており、その寂れた町もいじめっ子が遊び場としている。アッシュはいじめっ子を避けながら、町に絵を描いていていかなければならない。そんなファンタジックな世界観の『アッシュと魔法の筆』だが、本作の中心人物であるクリエイティブ・ディレクターを務めるドミニク・ロビリヤード氏が東京ゲームショウにあわせて来日し、メディア向けにアピールしたので、本作の魅力に改めて整理したい。

ドミニク・ロビリヤード氏

小規模開発ならではの個人的な体験が投影されている

フライトアクションであった『Entwined』からガラっと一転、『アッシュと魔法の筆』ではアクション・アドベンチャーを主体にした、絵を描くことがテーマになったゲームデザインになったことを不思議に思う人がいるかもしれない。カリフォルニア州サンマテオに拠点を置くPixelOpusは、SIEワールドワイド・スタジオのひとつだが、16人ほどの非常に小さい開発チームだ。しかし、だからこそどのようなポジションのスタッフでもみんなでわいわいとアイディアを出し合える、ドミニク氏いわく「民主主義的な環境」があるという。

実は本作の核となるアイディアも、VFXアーティストであるアシュウィン・クマールというひとりのスタッフが描いた絵から出発したという。アシュウィン氏が描いた絵というのは、男の子が壁に大きな怪物を描いて、いじめっ子に立ち向かうというもの。まさに本作のコンセプトといえるものだが、この絵から受ける感覚を手掛かりに、プレイヤーと男の子が同じ気持ちになれるゲームを目指したという。

本作は、港町が舞台だが、これもスタッフで中国の漁港村出身の人がいたことや、ドミニク氏自身もイギリスの湾岸都市ブリストルで育ったことが起因している。自分が育つにつれ工業化と共に貧しくなっていく町を体験し、そんな元気がなくなった町をアートで蘇らせよう運動が実際にあったという。このように本作はパーソナルが色濃く投影されたゲームといえるだろう。

寂れた港町デンスカが舞台だ。本作はステルス要素もあるアクションに、絵を描くこととパズルが直結している

さて、改めて本作はどのようなゲームになっているのか説明しよう。まずベースとなるのは、3Dの立体的になった町を舞台にしたパルクールを使ったステルス・アクションだ。少年アッシュの小柄な体型を生かして、屋根から屋根に飛び移ったり、しがみつき、あるときはジップラインを使って、いじめっ子の目をかいくぐりながら絵を描いていく。いじめっ子に遭遇してしまうと、アッシュが持っている魔法の筆をいじわるされて、吹き飛ばされたり、後述するかいぶつの動きが止まってしまうので要注意だ。

電飾がかかっている町の壁がキャンバスの目印だ。魔法の筆をすべらして、壁に好きな絵を描いていこう。ペイントのパレットにはあらかじめ用意された多彩なパーツが用意されており、それを変化させたり、DUALSHOCK 4のモーションセンサーを使って自分だけのオリジナルの綺麗な絵を直感的に描けることができる。なお、絵のパーツはステージが進むにつれて増えていくので、絵のバリエーションも多彩になっていくわけだ。

誰でも簡単に綺麗な絵を描くことができる。

こういった景色のようなペインティングのほかに、可愛らしいかいぶつを描くことができるのが本作の最大の特徴だろう。かいぶつを描くとたちまち生命が宿り、町のなかで進めなかった箇所の謎を解いてくれて、アッシュの手助けをしてくれる。そのためには、かいぶつは壁伝いに移動させなければならないのだが、壁にペイントを描いて、かいぶつのための道を切り開いてあげよう。かいぶつもバリエーションが多彩で、1体だけではなく、複数描くことができる。かいぶつとかいぶつを壁伝いに移動させて、引き合わせることによってパズルが解かれることもあるという。かいぶつたちはAIを持っているので、コミュニケーションを取ることができる。かいぶつと遊んだり、逆に向こうからアッシュに絵のリクエストをしてくることもある。

こういったかいぶつたちとのコミュニケーションを育むと、スーパーペイントと呼ばれるゲージが充電されて、ダイナミックに絵を描けることが可能となる。スーパーペイントは普段は描けない闇が深い壁でも、絵を描くことができる。町全体を作品に見立て、マスターピース(傑作)として完成させると、ステージのクリアだ。ここまでくると、はじめは暗くどんよりした風景だったのが、見違えるように色鮮やかな光景の町に様変わりしているだろう。

 

誰もが子供のころに経験した寂しい感情を喚起させる作風

しかしよくよく考えてみると、町がペイントで綺麗になって活気が帯びるのと、町に住民が戻ってきて町が活気になることは同義ではない。そもそも魔法の筆やかいぶつはアッシュの空想の産物なのではないかという疑問も残る。そのように考えると、主人公のアッシュがやっていることは自己完結的で、客観的にみると非常に寂しい行いをしている少年といえるだろう。しかしこういった感覚は、アッシュのようにいじめられっ子の立場に置かれていない人間でも、一人で下校したとき、一人で留守をすることになったときなど、誰しも子供のころに経験したことがある寂しい感情ではないだろうか。

ドミニク氏は本作はパズルだけではなく、ストーリー重視であることを最後に強調していた。まだ詳しく明かせないようだが、後半になるにつれ、少年アッシュやいじめっ子の心情が描かれていき、かいぶつにも驚くような仕掛けが待っているという。本作のメインテーマは町を蘇らせることではなく、いじめられっ子であるアッシュ自身をあくまで見据えているという。そのようなパーソナルを描こうと重視する意気込みからは、インディー色が強いスタジオならではのこだわりであり、こういった内省的な感情がビデオゲームで描けることを歓迎したい。

はたして町を廃墟とさせた災害とはなにか、魔法の筆とかいぶつは空想なのか、町は活気を取り戻すのか、あるいは取り戻さないのか。そしてアッシュは孤独から抜け出せるのか。ストーリーはまだまだ謎に包まれた本作だが、今後の続報に期待したい。


小学2年生のときに、『ドラゴンクエスト5』に出会い、「ゲームは、ゲーム独自の手法を使って人間のドラマや物語を伝えることができる」ということに衝撃を受けました。そこから一貫して、ストーリーメディアとしてのゲームに注目しています。 同時に中学生から映画を浴びるように見始め、西部劇やホラー、SF映画など、アメリカの古典的なジャンル映画をとくに偏愛しています。 オールタイムベストゲームは『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』。このゲームで感じた面白さや感動を再び体験するために、ずっとゲームを続けています。