「同じようなテーマだけど全然違うゲーム」、結構ある。どれだけ思いつく?登山でも『Cairn』に『PEAK』に『Jusant』に『Celeste』などある
面白いのが、テーマが同じでも料理方法によって異なるゲームになるし、テーマが異なっていても料理方法によっては似たゲームが出来上がるという点だ。

お久しぶり。ゲームデザイナーのヌヌヌだ。ゲームを面白くする要素や、傾向を分析したり、しなかったりするこのコラム。
今回の記事は「ゲームの作り方」に関する内容だ。といってもHowTo的なメソッド紹介記事ではない。
ゲームの作り方を簡単にまとめるなら「テーマと料理方法」の組み合わせとなる。テーマはそのまま「何について描くか」で、料理方法とはゲームデザインを指す。ゲーム作りとは「描きたいテーマをどうゲームデザインで達成するか」だと言える。
面白いのが、テーマが同じでも料理方法によって異なるゲームになるし、テーマが異なっていても料理方法によっては似たゲームが出来上がるという点だ。
ということで今回の記事では「テーマと料理方法の違いによるゲームの変化」を独断と偏見でまとめてみた。記事を読んだあとは普段遊んでいるゲームに共通項があること、また思わぬ違いがあることが見えてくるようになる…かもしれない。楽しんで頂ければ嬉しい。
見た目はそっくり、音の使い方はまるで違う『Thomas was alone』と『140』
まずはテーマは似ているが料理方法はまったく異なるゲームを紹介しよう。『Thomas was alone』と『140』というゲームがある。どちらも簡素なビジュアルの2Dプラットフォーマーだ。いわゆるステージクリア型の横スクロールアクションだ。

2010年代にSteamでリリースされた支持された2Dアクション『Thomas Was Alone』。『Thomas Was Alone』の主人公であるThomasは簡素な見た目で、言ってしまえば単なる長方形だ。背景も黒を基調とした質素な見た目になっている。作者のマイク・ビゼルがこのビジュアルを採用したのは画家ピート・モンドリアンに影響されたそうで、意図的な選択だ。
この簡素なビジュアルに対して、BGMやナレーションは牧歌的で温かい。とくにナレーションを務めたダニー・ウォレスの演技は非常に高く評価されている。※1
マイク・ビゼルは『Thomas Was Alone』の開発において、禁欲的なビジュアルには満足していたものの、無機質さに恐れも感じていて、BGMとナレーション、そしてストーリーの力を借りて親しみやすさを演出しようとした。ゲームデザインのうち「遊びとビジュアル」の冷たさを「物語と音楽とナレーション」によって中和、あるいは緩和しようと試みたわけだ。※2
「無機質なビジュアル」というテーマに対し、音楽を「世界観への橋渡し役」として料理したのが『Thomas Was Alone』だと言える。
似たビジュアルながら、別のアプローチを採用したゲームもある。『INDISE』『LIMBO』のPlaydeadのゲームデザイナーであるジェッペ・カールセンが開発した『140』だ。
プリミティブな形状のプレイヤーキャラクターを操作する本作は、『Thomas was alone』が後から音楽の力を借りたのとは逆に、最初から「音楽との調和」を目指して製作された。※3
音楽のビートに合わせてすべてを構築することで、無機質なビジュアルとソリッドなエレクトロニックミュージックを融合させクールで知的な印象を生んでいる。そのゲームプレイはどこまでも刺々しい。温かさを目指した『Thomas Was Alone』とはまったく異なる体験になっている。『140』は音楽をテーマとし、ビジュアルにもゲームプレイにも活かしている。
『Thomas was alone』と『140』は見た目こそ似ているが、簡素なビジュアルを採用した意図や、音楽やナレーションといった「ゲームプレイ以外の表現」をどのように扱うかが異なっている。開発者の意図、表現したいことの違いによって「ビジュアルで見れば似通ったゲーム」が、まったく別の形となって出力された好例だろう。
同じ両親から生まれた性格の異なる兄弟『Death’s Door』と『Tunic』
『Death’s Door』はAcid Nerve開発の見下ろし型アクションアドベンチャーゲームだ。

主人公のカラスを操り、剣や弓で強敵と戦いながら世界の謎を解き明かす。プレイフィールは2Dの『ゼルダの伝説』や『聖剣伝説』シリーズに近い。今となってはスローテンポの『Hades』といったほうが伝わりやすいかもしれない(意外と近年は国産のスタンダードタイトルがない)。
同作の開発スタジオAcid Nerveの前作『Titan Souls』は『ワンダと巨象』や『ダークソウル』からインスピレーションを受けたと思われる高難易度なボスラッシュアクションゲームだった。『Death’s Door』も開発当初は似たコンセプトのゲームだったものの、次第にAcid Nerveは「ただ難しいゲームを追求し続けていいのか」という疑問が生じる。年齢を重ねるにつれ、開発者自身が高難易度ゲームが楽しめなくなってきたためだ。自分たちが楽しめないゲームを作り続けるのは不可能だろう。※4
高難易度ゲームへの疑問と同時に、開発者間で共通に好んでいたゲームとして思い浮かんだのが『ゼルダの伝説』だった。それに『ダークソウル』の価値は戦闘だけではない。探索要素もまた『ダークソウル』の魅力なのだ。こうして「戦闘」中心に作られたゲームは「探索」重視へと変更された。最終的に『Death’s Door』は『Titan Souls』が持っていた高難易度なボスバトルを、探索要素が包み込んだようなゲームデザインに落ち着いている。
『ダークソウル』×『ゼルダの伝説』というテーマ(着想)から出発し、料理過程で「戦闘」と「探索」のどちらに比重を置くか試行錯誤した末に完成したのが『Death’s Door』だと言えよう。
さて似た出自のゲームを紹介しよう。それが『Tunic』だ。

『Tunic』はIsometricorp Games開発の見下ろし型アクションアドベンチャーゲームだ。キツネの主人公を操作し、剣や盾を携え強敵と戦いながら世界の謎を解き明かしていく…わざと『Death’s Door』と合わせた紹介文にしてみたが、プレイフィールは驚くほど似通っている。しかし、開発者が目指した完成像は大きく異なる。
『Tunic』を開発したアンドリュー・ショルディスは当初から「古い『ゼルダの伝説』シリーズが持つ謎解きの楽しさ」を目指していた。さらにパズルアクション『Fez』を敬愛するように、「パズル」や「謎解き」に注目してゲームデザインしていた。※5
ショルディスは、『ゼルダの伝説』だけでなく『ダークソウル』も好んでいた。それこそ、『Tunic』の開発初期は「死ねば全財産を失う」というソウルライクのフォーマットも採用していたし、チェックポイントのシステムも『ダークソウル』の篝火同様、セーブと同時に倒した敵が復活する仕様になっている。(プレイすれば分かるが『Tunic』のボスバトルは難易度が高い。『ダークソウル』のシビアさは色濃く残っている)※6
しかし、開発を続けるうちにソウルライクのシステムが本来自身が目指したかったゲームデザインと適合しないことに気が付き、次第に元のパズルや謎解き要素を強めるほうへと回帰していく。
「謎解き」という大きなテーマと『ゼルダの伝説』×『ダークソウル』というテーマを組み合わせ、料理の過程で自身の狙いを研ぎ澄ませていった結果、原点の『ゼルダの伝説』へと戻っていったのが『Tunic』だ。
『Death’s Door』も『Tunic』もベースには『ゼルダの伝説』と『ダークソウル』を据えているが、長きにわたる製作を通じて「何をやりたかったのか」を見つめなおす必要が生じた。『Death’s Door』はシビアな戦闘はそのままに、『ゼルダの伝説』の探索要素を取り入れることで、ともすれば淡泊だったゲームデザインに親しみやすさを生み出した。『Tunic』は逆に『ダークソウル』に見切りをつけて、『ゼルダの伝説』の謎解き要素をさらに深掘りすることで、唯一無二の「謎による世界の二重構造」を生み出した。同じゲームからインスピレーションを受けながらも、自身のコアを探求することで異なる着地を果たしたケースだ。
テーマは「登山」異なるアプローチで作られた登山ゲーたち
さて、最後は分かりやすく同じテーマが料理方法によって異なるゲームになったケースを紹介しよう。
昨今「登山」をテーマにしたゲームが増えている。直近では『Cairn』や『PEAK』、『Jusant』などがある。

テーマは同じでも、料理の方法はそれぞれ異なる。たとえば『Cairn』は「登山体験」のリアリズムに着目してゲームデザインしている。まるでプレイヤー自身が山を登っているかのような体験を生み出すために、指先や足先を岩肌にひっかける感覚や、スタミナゲージを排して呼吸音で状態を知るようなシステムが組まれている。※7
次に挙げる『Insurmountable』は『Carin』とはまったく異なるアプローチで「登山」というテーマに取り組んでいる。「登山とは何か?」という問いに対して「精神的な挑戦」であるとし、フィジカルなゲームプレイではなく「選択」に特化したゲームデザインを採用、あたかもローグライトやボードゲームのような「ターンベースでリソースを管理する」ゲームになっている。

流行りの『PEAK』の登山体験は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のイージー版※8で、主眼としているのは「皆で苦難をシェアするわちゃわちゃ感」になっている。スタミナゲージを管理しつつ、ゆるく崖を登ったり落ちたりを繰り返す。「壺おじ」で親しまれている『Getting Over It with Bennett Foddy』が孤独で苦痛な瞑想体験だったのに対し『PEAK』は最大4人までの同時プレイによって「次はどこを登ろうか」「お前先いけよ」「俺もう上にいるんだけど」といった協力と競争、運や模倣やめまいがプレイヤー間のコミュニケーションとともに混ぜ込まれた極めて現代的なゲームになっている。

「登山」というテーマから『Carin』との類似性を感じるゲームが『Celeste』だ。『Celeste』は2Dプラットフォーマーでありジャンルこそ『Carin』とは異なるが「登山=困難への挑戦」である観点は共通している。同じ観点を持っているからこそ、両タイトルは「難易度の高さ」によってプレイヤーと主人公が受ける苦痛を同質化することを狙っている。「登山体験」は単に「登ること」ではなく「苦闘の末に登りきること」とセットで表現されるべき、という考え方だろう。また、主人公が登山の過程で苦悩する様を「人生」や「アイデンティティの確立」のメタファーと捉えている点も似ていると感じる。

このように「登山」というテーマで作られたゲームも、何を主眼とするのか、何を表現したいのか、どう遊ばせたいのかによって異なるゲームデザインとなる。
ゲーム制作において「テーマ」は重要ではあるものの、それは開発のスタート地点でしかない。より大切なのは、それを誰に向けて、どのように料理(ゲームデザイン)するかだ。料理の過程で迷うことも道を間違えることもあるが、誰に届けるかを見誤らなければいずれゴールにたどり着ける。今回紹介したゲームはいずれも開発者が長年ゲームと向き合いながら必死にテーマと料理を繰り返している。その姿勢から学べることも多いはずだ。
ただし『PEAK』は別だ。「フレンドスロップ」ともいわれるこの手のジャンルは、かつての自問自答的な、哲学的なゲーム開発スタイルとは一線を画している。ハイパーカジュアルの「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とも異なる「みんなでやれば・見れば盛り上がる!」バラエティ番組的な開発スタイルだ。客を見てテーマと料理方法を決めるこのスタイルも、これからのゲーム業界を知る上では重要な価値観だろう。
参考文献
※1
※2
※3
Road to the IGF: Jeppe Carlsen and team’s 140
※4
Death’s Door Creators on How Their Game Embraces and Rejects the Legacy of Dark Souls
※5
『Tunic』:ビデオゲームの謎解きを再定義するゼルダライク・インディーアクション | レッドブル
※6
Interview: Tunic Dev Reflects on the Game’s First Year, Discusses Future Projects
※7
Cairn Executive Producer and Narrative Director Talks Slowing Down and Focusing on the Climb Ahead
※8
※9
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