『鳴潮』Ver2.8ストーリー感想。「人のいない崩壊都市」「学生服の少女・千咲」「首輪をつけ“大丈夫”を繰り返す千咲」、異様さと寂寥感が生み出す感傷体験
人間讃歌というべきキャラクターの成長譚は『鳴潮』ならではの魅力となっており、今回のVer2.8の新キャラクターとなる千咲(ちさ)に関するストーリーも、異様さと美しさを感じさせる印象深い体験となっている。

KURO GAMESの手がける『鳴潮』のストーリーは、常に人間の可能性が無限であることを訴えている。前回のVer2.7までは壮大な神殺しのストーリーを描く一方で、さまざまな立場のキャラクターの成長する姿が描かれた。人間讃歌というべきキャラクターの成長譚は『鳴潮』ならではの魅力となっており、今回のVer2.8の新キャラクターとなる千咲(ちさ)に関するストーリーも、異様さと美しさを感じさせる印象深い体験となっている。冷静沈着に振る舞いながらも、ときに見せる感情の爆発に筆者は感銘を受けた。
本稿では、2025年11月20日に配信された『鳴潮』Ver2.8「琥珀の都へ」のストーリーについての感想をまとめたい。具体的にはメインストーリーに相当する潮汐任務の第二章第十二幕「時の凍りついた街」と第二章幕間「瞳に輝く星々の光」を4時間かけてプレイした感想をお届けする。
美しさと残酷さが同居する新エリア
広大なフィールドを探索するオープンワールドのゲームとして展開されてきたこれまでの『鳴潮』からすると、今回のVer2.8はかなり異質なものだ。「穂波市」と呼ばれる外部から隔絶された都市がVer2.8の舞台となっており、ストーリーはほとんどがこの場所で展開されていく。これについては、個人的にはこの手法に賛成である。今回のVer2.8がVer3.0直前ということを考えると、Ver2.8単体でも完結するストーリーにしたうえで新エリアの穂波市を登場させたことについて称賛する方が適切だろう。
前回のVer2.7で大団円を迎えたリナシータ編は中世ヨーロッパ風の世界観になっていたのに対して、今回のVer2.8でお披露目となった穂波市は現代日本を彷彿とさせる都市だ。街は高層ビルが立ち並ぶ一方で、舞い散る桜などの自然豊かな風景も広がっている。ただし、作中の歴史によると穂波市は数十年前に災害で滅びた都市であるとのことだ。街の美しい風景に目を凝らすと、半ば廃墟と化していることがわかる。


穂波市は災害ですでに滅んでしまった都市だ。この都市は異常現象に見舞われており、災害の発生直前から滅亡までの時間を繰り返している。街の人影は過去の残滓であり、本当はすでに亡くなっている。しかし、自分が死んでしまったことがわからないため、死亡直前の日常を何度も繰り返す。なかには自分がもう死んでいることに気づきかけている人もいる模様。始まりと終わりの存在しない時間の繰り返しは、まるで地獄のようだ。
穂波市は美しさと残酷さが同居する都市として、『鳴潮』のなかでも印象的な舞台の1つとなった。その穂波市で戦い続ける少女と、主人公は運命的な出会いを果たす。少女の名前は「千咲(ちさ)」といい、主人公より先に穂波市へと迷い込んだという。千咲は穂波市で戦い続けることで拠点を築き上げた。2人はこの拠点を足がかりにして、ループを止めるために穂波市を調べていく。



千咲と主人公の関係性の変化が巧みなストーリー
千咲は学生服を身にまとい、その礼儀正しい振る舞いからは優等生といった印象を受ける。単身でも敵と渡り合う戦闘能力の高さはもちろん、明晰な頭脳や冷静に判断を下せるところも彼女の優れた素質を示すものだ。完璧に見える千咲だが、彼女には彼女なりの地獄を経験してきた。千咲の優れた戦闘能力は彼女の母国では禁忌の力とされ、迫害を受けていたのだ。
自分が「普通」ではないという疎外感は、千咲にとって重いものだった。千咲本人にはどうしようもないことであるにも関わらず、生まれつきの素質で周囲から危険視される。安全上の措置という名目で、首輪を付けられる千咲のイベントシーンは見ていて辛かった。首輪は異常者をあぶり出す発信源でもあり、放つ赤い光が周囲の者へ警戒を促す。千咲の首輪が放つ光は周囲にとっては警告を示すものであると同時に、千咲にとっては助けを求めるSOSのようにも思える。もし叶うならば、このときに戻って千咲を助け出したいほどだ。
そうした扱いをされても、千咲は両親を慮って文句の1つもいわない。これほど気高く生きている千咲の善性はプレイヤーにはイベントシーンで伝えられるが、作中ではそれが難しかったのだろう。そうだとしても、千咲は逆境の人生から逃げることなく立派に成長した。トラウマを抱えつつも、ひたむきに生きようとする千咲の姿に感心させられた。


過去の出来事を考えると無理もないことだが、千咲は独力で物事に臨むことに慣れている。いや、慣れすぎているといっていいだろう。イベントシーンにおける千咲は、「大丈夫」と繰り返す。主人公は千咲を虐げる気はまったくないのだが、これまではきっと「大丈夫」ではないことも「大丈夫」と自分に言い聞かせなければやってこなかったのだろう。過去は変えようがないかもしれないが、これからは千咲の力になれるかもしれない。たとえプレイヤーがそう思ったとしても、「大丈夫」を繰り返す千咲との距離感に半ば絶望した。
千咲を助けたいとしても、千咲自身が助けを求めなければそれを実現することができない。そうしたもどかしさを抱えながらも、ストーリーが進むに連れて千咲と主人公の関係性が変わっていく。どうして自分を信じてくれるのかと問う千咲に、「仲間だから」と回答する主人公の姿はプレイヤーの伝えたいことそのままだ。同じ目的を共有する仲間であることを確認すると、千咲は取り繕ったものではなく心からの微笑を見せてくれたと思う。雨の降り止んだ夏の夕方のように、空には虹がかかった。



Ver2.8は舞台を穂波市に限定し、プレイアブルキャラクターも千咲と主人公の2人に限定することで人間関係を濃密に描くことができた。過去のバージョンからすると戦闘も探索も小規模となっているが、2人のキャラクターを中心としたストーリー展開を重視することでその関係性の変化を深堀りできている。
以下、Ver2.8ストーリーのネタバレあり
濃密な人間関係の描写が促したキャラクターの成長
そうして成長を遂げた千咲は、Ver2.8の主人公といっても過言ではない。間違いなくもっとも成長を遂げたキャラクターだろう。強さとしなやかさを兼ね備えており、主人公と築いた関係性を活かして自分の人生を豊かにすることができる。
Ver2.8のメインストーリー終盤で主人公と離れ離れになったとき、千咲は過去のトラウマに苛まれるがそれを振り切って前に進むことができた。暗闇のなかでさまようような状況においても、千咲は主人公の絆という一筋の光をもとに未来へと向かっていける稀有な存在だ。
成長を遂げた千咲の顔つきには、もう迷いは微塵も感じられなかった。主人公と一緒に戦う仲間として決意が漲り、穂波市のループを止める覚悟をしている顔だ。ネガティブな出来事で悩まされた千咲だからこそ、すでに亡くなってる穂波市の住民を解放するのにふさわしい人物といえた。


『鳴潮』は滅亡の危機に瀕した世界を舞台としており、常に人間の可能性を追求してきた。ささいなことが人間を成長させ、世界の行く末を大きく変える可能性を秘めている。そのことはVer2.8でも同じだ。滅びの時間をループする穂波市にとって、千咲と主人公は異分子であり現状を変える可能性が存在する。
千咲と主人公の2人によって、穂波市の問題を解決へと導く。これは千咲と主人公が良好な関係性を築くことができたからこそであり、閉じられた円環ではなく2人が響き合いながら螺旋のように未来へ進むことで実現できたものだ。その人間讃歌といえるVer2.8のストーリーは、『鳴潮』にふさわしいものだった。人と人が関わることで未来が変わるかもしないということは、『鳴潮』のストーリーを通じて丹念に描写されている。桜並木の下から見る花火は、千咲と主人公の新たな門出を祝うものとしてプレイヤーの記憶に残り続けるだろう。


平和の到来を実感できる後日談では今後の伏線も
感傷的なメインストーリーをクリアしたあと、即座に幕間として後日談をプレイできるのはありがたいことだ。危機が去った穂波市を舞台に日常生活を送る千咲と主人公は微笑ましい。より自然に笑ってくれるようになった千咲をみると、こちらもなんだか幸せな気持ちで満たされる。千咲と待ち合わせをして公園で一緒にブランコに乗るなんて、直前にプレイしたストーリーからは信じられないほどだ。


千咲が主人公を「仲間」といってくれたのも、うれしかった。そうして築き上げた平和は尊いもので、いつまでも穂波市で過ごしていたくなる。しかし、千咲も主人公も今後は目指すところがあるので、ずっとそうしてもいられない。少し緊張しながらも、千咲は主人公に感謝のメッセージとプレゼントを送ってくれる。桜が舞い散るなかでのシーンはまるで卒業式のようであり、別れを連想させるものだ。
しかし、たとえこれから離れ離れになってしまうとしても、それは一瞬のことだ。大きな目的を抱く2人の未来は、またどこかできっと交わることになるだろう。桜並木の下で太陽に照らされる千咲は光り輝いており、主人公との確かな絆をあらわしている。異端の存在として虐げられていた千咲を光が降り注ぐ場所へ連れてくることができて、光栄に思うばかりだ。


Ver3.0に向けての伏線も張られた。作中のイベントシーンではVer3.0では新たな舞台が登場することになりそうで、それは「スタートーチ学園」と呼ばれる場所になりそうだ。この学園は千咲と主人公に関わりがあることが示唆されており、Ver3.0以降2人のコンビが見られるのかもしれない。また、学園を舞台とすることになれば、これまでの『鳴潮』になかった展開にも期待できるだろう。
『鳴潮』は、PS5/iOS/Android/PC(Windows/Steam/Epic Gamesストア)向けに基本プレイ無料で配信中。「The Game Awards 2025」では、Best Mobile Gameに『鳴潮』がノミネートされている。




