ゲームの「雲表現の進化」をCG講師が解説し注目集まる。不動の“平面雲”がリッチな3D雲になるまで

Image Credit: Synth Potato on Twitter

天空から雲が広がる崖下に思い切って飛び降りる……ゲームならではの爽快な体験の裏には、没入感を高めるリアルな「雲」の表現が隠されている。そんなゲームにおける雲の表現について、CGアーティスト/講師のThomas Smith氏が解説した内容が注目を集めている。

Thomas氏はアーティスト向けのオンライン講座サイトStylized Stationの設立者。同名のYouTubeチャンネルにてゲームのグラフィック解説を中心にさまざまな動画を投稿している。アートやCG制作に造詣の深い人物だ。これまでもゲーム中の「草表現」や「テクスチャの継ぎ目」などについて解説し、度々話題となっている(関連記事1関連記事2)。

そんなThomas氏は今回、ゲームにおける「雲表現」について解説。一連のツイートは、記事執筆時点で約1万いいね・1320RTが寄せられている。本稿では同氏の説明に基づき、ゲームにおいて雲がどのように表現されているのかを見ていこう。


ビデオゲーム初期の雲:スカイボックス

Thomas氏によれば昔のビデオゲームには雲は(本当の意味では)存在しなかったという。「もちろん、雲を見ることは可能でした。しかし、そうして見える雲は“スカイボックス”とよばれるものに投影されたただの画像に過ぎないのです」と同氏は続ける。例として添付されたのは、1996年に発売された『スーパーマリオ64』のGIF画像。背景の雲は動く様子がなく、たしかにオブジェクトとして雲が「本当に存在」しているわけではなさそうだ。

Thomas氏によれば、スカイボックスは背景を描写する手法の一つで、ゲームのステージやエリアを実際よりも大きくみせることができるものだという。ゲームのステージやエリアを取り囲んだ巨大な立方体に山や建物、雲などの画像を投影することで、プレイヤーに「遠くにオブジェクトがある」と錯覚させることができるようだ。

スカイボックスを用いる場合、プレイヤーは雲を遠くに見ることはできるものの、実際に雲がオブジェクトとして存在するわけではない。あくまで画像として静的に描写されているだけなので「風に流される雲」といった動的な雲の表現は実装が難しい。


シェーダーとフローマッピング

そこで注目されたのがシェーダーとよばれる技術だとThomas氏は語る。シェーダーはオブジェクトの表面における陰影(シェード)処理を行う技術で、そのうちのひとつにフローマッピングとよばれるものが存在する。同氏によれば、フローマッピングは、テクスチャに特定の方向情報(フローマップ)を格納することで、静的なテクスチャに動きを作り出すことができるのだという。

では、フローマッピングを用いるとどのような雲の表現が可能なのか。ここでは例として、『Apex Legends』における雲の表現が取り上げられている。ツイートに添付された動画は、暗くどんよりとした積乱雲が大きくうねりながら内部に雷を抱えている様子が描かれ、あたかも空全体が震えているかのようなダイナミックで動的な印象を与える。

まるで雲自体が動いているかのような描写だが、Thomas氏によれば、この嵐は基本的にはスカイボックスを用いて表現されているようだ。スカイボックス上の画像に、フローマップおよび歪みシェーダー(distortion shaders)と呼ばれるシェーダー技術を組み合わせて表現されている。ようするにこれも3Dオブジェクトではなく、2D画像が動いているだけだという。


雲を立体的に表現するための様々な工夫

また雲を2D画像で表現しつつ、地面に影を落としているかのように見せる手法もあるという。同氏は『原神』のゲーム内にて、地面に雲の影がゆっくりと横切っていく映像を例として挙げている。この手法では、マップに大きなdark noise texture(暗い色調でランダムなパターンのテクスチャ)を投影し、そのテクスチャを地上でゆっくり移動させることで、あたかも頭上を大きな雲が通過しているかのように錯覚させているのだそうだ。

つまり実際には雲のオブジェクトはなく、影だけで動く雲の存在を意識させているわけだ。Thomas氏によればダークノイズテクスチャを利用した雲表現はシンプルながらも効果的で、かつ安価なのだという。スカイボックスの雲を利用しながらも、世界に立体感を与え、プレイの没入感を高めることができる手法といえるだろう。

一方で3Dオブジェクトとして雲を表現する方法もある。『Sea of Thieves』では、雲が3Dで表現されている。同作では空間幾何学が利用され、計算されたオブジェクトとして雲が存在するという。その形状の上にフィルターを通して任意の形・色・明るさ・そして雲の内部での光の散乱(下面散乱)を設定しているのだそうだ。

しかし、これらをリアルタイムで計算するには、描画に重い負荷がかかってしまう。そこで『Sea of Thieves』の開発者たちは、雲の計算は画面外(オフスクリーン)で行うという方法を取ったようだ。雲の形や色などの情報を先に計算し(実際にはオブジェクトとして描写せず)、カメラが向いている方向の雲の情報だけを描写する。スカイボックスと違って実際にオブジェクトとして存在するという意味で、これまでとはまったく違う雲表現のアプローチと言えるだろう。

たしかに『Sea of Thieves』のふわふわとした雲は作品全体に通底するデフォルメされた雰囲気とマッチしている印象だ。ドクロや海賊船を模した雲など、特徴的な形の雲を活かしたアートスタイルもプレイヤーに評価されている。雲表現における隠れた工夫も、作品の持ち味となっているのだろう。


ボリュメトリッククラウド

「雲表現」の技術は日々進歩しており、Thomas氏によれば最近のゲームではスカイボックスやスカイドーム(スカイボックスの球体版)をこえ、ボリュメトリッククラウドとよばれる技術を利用しているという。ボリュメトリックとは体積を意味し、ボリュメトリッククラウドとは、体積をもつ立体的な雲、つまり3次元的な雲のことを指す。同氏はボリュメトリッククラウドが見られる例として、『Horizon Zero Dawn』や『Ghost of Tsushima』、『レッド・デッド・リデンプション2』を挙げている。

ボリュメトリッククラウドは、ボリュメトリックレンダリングといった3Dオブジェクトの表現技術を用いて形作られている。こうした技術では、3Dオブジェクト上のテクスチャと光源からの影響を計算するレイマーチングという手法を利用。雲に光があたった際にそれは雲の中を通過するべきなのか、あるいは散乱ないし吸収されるべきなのかなどをリアルタイムで計算し、描写している。負荷は高いが、その分リアルでかつ、オブジェクトとして立体的に存在する雲が生成できる。

『Horizon Zero Dawn』など『Horizon』シリーズでは、開発元Guerrilla Games独自の天候/ボリュメトリッククラウド生成システム「Nubis」が用いられているという。ツイートに添付されたGIF画像は同システムを利用しゲーム内で録画されたものであり、ダイナミックに雲が流れいくリアルで美しい風景が描写されている。『Horizon Zero Dawn』がグラフィック面でも評価を受ける一因には、雲をはじめとする天候表現に対するこだわりがあるのだろう。


3Dノイズテクスチャを用いた応用

ボリュメトリッククラウドは光源とも相性良く作用するため、ゴッドレイとよばれる放射状に光が差し込む神々しい情景や、壮大な夕日が雲に一部隠れる様子などが実現できる。こうした表現には3Dノイズテクスチャが利用されているケースもあるようだ。

例として挙げられたのは『レッド・デッド・リデンプション2』。このゲームでは、ボリュメトリックフォグ(霧)とボリュメトリッククラウドを組み合わせ、時間とともにダイナミックに変化する天候が作り出されている。実際にツイートに添付された映像からも、雲から漏れた日の光が美しく射し込んでいる様子などが見て取れる。

朝方に山々を覆う濃い雲、晴れた日のふわふわとした雲、そして嵐の際に現れる暗くどっしりとした雲など、『レッド・デッド・リデンプション2』では雲は多くの顔を見せる。これは、ボリュメトリッククラウドが3Dノイズテクスチャをいくつも重ねたレイヤー(層)として構成されているからこそ、実現された表現だという。このレイヤーの厚みを操作することで雲の表情を大胆に変えることができるそうだ。

また『レッド・デッド・リデンプション2』の雲は現実の雲と同様、時間とともに発達、もしくは衰微していく。雲に使用される3Dノイズテクスチャを時間経過とともに少しずつ変化させることで、あたかも雲が発達/衰微しているかのような錯覚を生み出しているのだ。

ゲーム体験を変えた「雲」の表現

スカイボックスを利用していた頃はプレイヤーが絶対に到達できない領域に描写されていたゲームの「雲」は、ボリュメトリッククラウドの登場により、初めて本当の意味で存在するオブジェクトとなった。これにより、プレイヤーはオープンワールドゲームで急峻を登り雲海を眺めたり、フライトシミュレーターで雲の間を縫って飛行したりすることができるように。ボリュメトリッククラウドの登場で「ゲームの体験が永遠に変わった」と、Thomas氏は述べている。

ゲームに当たり前のように存在する雲には、一般的なゲームでは特段意識が向けられない場合も多いだろう。一方でこうして注視してみると、さまざまな工夫が凝らされて表現されてきたことがわかる。現実に起きている事象をゲーム内で限られたリソースの中でいかに再現し、いかに錯覚させるか。ゲーム開発者やアーティストが凝らしてきた工夫の歴史が、数多くのユーザーから注目されているかたちだ。

3Dグラフィックの奥は深い。Thomas氏はツイートや自身のYouTubeチャンネルにてほかにもさまざまなトピックを扱っている。興味があればそちらもチェックするといいだろう。あるいは次にゲームを遊ぶ際は、まず空に目を向けてどんな技術が使用されているのか考えてみるのも一興かもしれない。