『Cult of the Lamb』は、カルト教団の運営とダンジョン探索の要素を持つアクションゲームだ。主人公の子羊は、一度処刑されながらも”待ち受けし者”によって復活する。教祖として教団を育てて力をたくわえながら、ダンジョンの奥に待ち受ける旧き信仰のボスたちを倒すのがゲームの目的だ。かわいらしいグラフィックと「カルト教団の運営」というブラックな要素のギャップが注目を集め、8月12日のリリース後1週間で売り上げ100万本を達成した。当初はバグの多さやゲームバランスといった不満の声も聞かれた中、アップデートで改善対応。記事執筆時点でのSteamレビューは約3万件中92%が好評という「非常に好評」を維持している。
売り上げを支えたひとつの要因が、本作のSNS戦略だろう。Twitterの公式アカウントのフォロワー数は、記事執筆時点で18万2000人にものぼる。本作のSNS戦略について、Jared J Tan氏がその取り組みを紹介した。Tan氏は本作のコミュニティ管理およびソーシャルメディアマーケティングを担当するチームを率いた人物だ。同氏が着任したのはローンチの5週間前で、当時のTwitterフォロワー数は1万3000人程度だったとのこと。今日に至るまでに、10倍以上に数字を伸ばしたかたちだ。さらにTikTokにもアカウントを開設、フォロワー数22万人にも上る。インディーゲームの公式アカウントとしては、どちらも驚異的な数値だ。Tan氏はいったいどのようにして、SNS上でのゲームの注目度を高めたのだろうか。
Tan氏はソーシャル上でのゲームマーケティングについて、5つの要素を考慮したと述べている。「ストーリーを理解する」「感情を呼び起こすコンテンツ」「熱心なファンの熱心なファンであれ」「トレンドを予想する」「アセットの有効活用」の5つだ。「ストーリーを理解する」というのは、ここでは広告戦略上の筋書きを指すと思われる。開発陣に聞き取りを実施し、このゲームのユニークな要素は何であるか、どうすれば伝えたいメッセージが素早く伝わるかを明確にする作業だ。次に挙げている「感情を呼び起こすコンテンツ」とは、SNSを見ているユーザーに本作がもたらす驚きを指している。かわいらしいキャラクターが残虐な行為をするというギャップはユーモアを生み、SNS上でも機能するというのだ。
Tan氏は続けて「熱心なファンの熱心なファンであれ」と述べている。本作の公式アカウントはユーザーの作品にコメントを添えて紹介するなど、ユーザーの盛り上がりや創作に対して協力的な姿勢を維持してきた。こうした取り組みの例が、カラスの信者だ。
本作には主人公の子羊をはじめとした、動物をデフォルメしたデザインが多く登場する。そのなかでもカラスの信者は、顔の横にくちばしがありながら、顔の正面にも口があるという、口が二つあるかのようなデザインになっていた。デフォルメによって生まれたツッコミどころのある顔になっており、このカラスのデザインはTan氏いわく「多くの人が肯定的ではなかった」という。
そこでTan氏は公式アカウントに、カラスの信者とそのくちばしの画像を投稿。ユーザーが自由に信者の画像を作り、投稿するように促したのだ。特に「くちばしの画像素材」が好評だったようで、キャラクターにくちばしを付け足したもの、自分のペットの写真にくちばしを貼り付けたものなど、多くの画像が実際にユーザーから投稿された。ユーザーの創造力に委ね、創作に参加しやすいようにする取り組みだ。
「トレンドを予想する」ことも重要だ。SNS上で特定の話題がトレンドになることを事前に見込める時は、それに合わせた投稿を用意していたという。映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」のトレイラーが発表された際は、映画というがワードとしてトレンドに上ると見込み、映画風ポスターを投稿していた。また別のケースとしては、予測不可能なトレンドにも素早く対応したケースを取り上げている。今年9月、『GTA』シリーズ最新作の開発中の映像がリークされたと話題になった。この時の映像は一部のユーザーから「まるで完成した製品とはほど遠い状態に見える」と指摘されたことから、複数のゲーム開発会社が「開発初期のゲーム映像」を公開する動きが生まれた(関連記事)。『Cult of the Lamb』もその動きをキャッチし、開発初期の映像を公開。該当ツイートは記事執筆時点で6.2万件の「いいね!」を獲得している。
こうしたSNS上での戦略を展開するには、映像や画像といった「投稿する素材」が必要だ。Tan氏は最後に「アセットの有効活用」にも言及している。『Cult of the Lamb』の場合、すでに用意されている映像を編集し、さらにハイペースな”魅せる”紹介映像に編集したとのこと。さらなるアセットの活用方法としては、ゲームや商品のために用意した画像をSNSでの投稿に活用したという。例として先述の映画風ポスターの画像は、もとはサウンドトラックのジャケット用に用意された画像を活用している。一つの素材を切り出したり、編集することで、投稿する素材を作り出しているのだ。
同氏はあわせて、ゲームが売れるために必ずソーシャル上でヒットする必要はないとも述べている。ゲームをできるだけ多くの人に見せることが重要であり、そのゲームを見かけるごとにユーザーは購入に一歩近づくとしている。なお、Tan氏はすでに『Cult of the Lamb』のプロモーションを別の人物にバトンタッチしたようだ。同氏が担当したソーシャルマーケティングのリーダーという立ち位置は、ゲーム開発とは直接関係のないポジションである。こうしたプロモーションに関わる裏話は、あまりユーザーの目に届くことはないだろう。しかし、彼は複数の戦略を立てて実践することで、本作のプロモーションに貢献していた。こうした宣伝によりゲームが多くの人に目につき、そしてゲーム自体のクオリティによってクチコミを呼んだ。どちらが欠けても、『Cult of the Lamb』のヒットはなかったのかもしれない。