『アサシン クリード ヴァルハラ』には、闘病生活の末亡くなったファンに捧げるサイドクエストがある。生前の彼女が込めた想い


Ubisoftより11月10日に発売されたシリーズ最新作『アサシン クリード ヴァルハラ』。過去作と同様、アニムスを使った遺伝子記憶の追体験と、レイラ・ハサンを主人公とする現代編を行き来しながら進めていくことになる。現代編では仲間と話したり、テキストアイテムを読んだりしてバックストーリーを確認できるほか、物語とは関係のなさそうな物にもインタラクトできる。そのうちのひとつが、レイラのいる小屋に飾られた水彩画。一見するとなんの変哲もない、飾りつけ用のオブジェクトなのだが、絵を見ると「いい絵ね、癒される」という専用の台詞が流れる。他の飾り絵とは扱いが異なるのだ。

一体なぜ、この絵は特別な扱いを受けているのか。その答えを知る者が、海外フォーラムredditに投稿。『アサシン クリード』シリーズの大ファンである妻が描き、Ubisoft Montrealに贈った絵であると明かした。投稿主であるQuebber氏の亡くなった妻が、生前に描いたものだという。Quebber氏が設けたサイトでも、「Castle lovers」と題された作品が確認できる。実はこの絵、Quebber氏にとっても、開発陣にとっても、大切な想いのこもった作品なのである。

画像右上に飾られている絵がPaola氏の作品。Quebber氏はimagurに同じ絵の画像を投稿している


Quebber氏の妻Paola氏はゲーマーであり、大の歴史好きでもあった。2人が出会った1997年、21歳のころのPaola氏は図書館員・考古学者を目指して大学で学んでいたという。だが半年後には癌が発覚。薬による治療で進行を抑えることはできたものの、副作用・合併症による身体への影響は大きく、22歳になるころには歩けなくなっていた。その後も長い闘病生活が続き、38歳で腎不全、42歳で心不全となり、2018年11月に亡くなった。

闘病生活中も、人を笑顔にするために時間を費やしていたというPaola氏。齢21歳にして死の訪れを告げられた彼女にとって、現実世界よりもゲームの方が、はるかに飲み込みやすい世界であった。もともとゲーマーであり、歴史好きであった彼女は、『アサシン クリード』シリーズのファンになっていく。歴代作品を遊んできたものの、『アサシン クリード オデッセイ』発売直後の2018年に帰らぬ人となった。

2019年、Quebber氏は作家・テレビ司会者として知られるScott C. Jones氏のPodcast「Heavily Pixelated」に出演(シーズン2エピソード14)。Quebber氏とPaola氏が、いかにしてゲームに救われたのかを語る回となった。同番組の終わりには『アサシン クリード4 ブラック フラッグ』『アサシン クリード オリジンズ』のゲーム・ディレクターAshraf Ismail氏と会う機会が設けられることに。同氏は『アサシン クリード ヴァルハラ』のクリエイティブ・ディレクターも担当した人物である(2020年に同職を降板。Ubisoftから解雇済み)。彼らはすぐに意気投合。後日Quebber氏は、Ismail氏の在籍するUbisoft Montrealに、妻Paola氏が描いた絵を贈ったという。それが、今回『アサシン クリード ヴァルハラ』にて使われた絵である。そしてUbisoftの対応は、ただ絵を飾るだけでは終わらなかった。

※以下、ゲーム内のシロップシャー地方にあるサイドクエスト(ワールドイベント)に関するネタバレあり





Ubisoftはただ絵を飾るだけでなく、絵の中で描かれた城をゲーム内のロケーションとして再現。周囲の背景まで、Paola氏の絵にマッチするように作られている。さらにそのロケーションに関連したサイドクエスト(ワールドイベント)とNPCも用意。ゲーム内、9世紀イングランドのシロップシャー地方にある、小さな城。その門前に立っているジェイソンという男性に話しかけると、「ポーラの夢」というサイドクエストが始まる。「古い石を使って、妻と2人で作ったんだ」と語るジェイソンと、元気に絵を描いている妻のポーラ。ジェイソンは主人公エイヴォルに向けて、以下のように語りかける。

「夢と思い出の家なんだ。蜘蛛の糸と夏のそよ風を使ってこしらえた。ポーラと2人で何度も旅してさ。遠くに行って、いろいろ見て、いろいろやったのよ!遠くっていうのは、あなたの想像も及ばない場所だよ。この城のレンガそれぞれが、僕達の冒険の思い出の品なんだ。大事なのは“明日に向けて備えよ。だが今も忘れるな”ってことなんだ。今日の…今のこの時間は、貴重な宝なんだから。ポーラと僕とで、窓からイングランドの緑を眺めながら、旅を思い出すことにするよ。窓を通して、僕らは冒険をもう一度体験することができる」


会話を終えたジェイソンとポーラは、2人で幸せそうに城を眺める。Paola氏が描いた絵の中にいる2人のように。そして彼らを静かに見守っていた主人公エイヴォルは一言、「友よ、話してくれてありがとう」と言い残し、立ち去る。2分ほどで終わる短いクエストであり、Quebber氏のエピソードを知らないと、このクエストが意味するところを汲み取るのは難しい。「今のこの時間は、貴重な宝」というのは、Quebber氏が大切にしている言葉。エイヴォルの最後の台詞は、ジェイソン、もといQuebber氏に向けた、Ismail氏と開発陣からの感謝の言葉なのだろう。


Quebber氏は、ゲーム内に何かを仕込んだとだけ開発陣から伝えられたそうで、具体的な内容は把握しておらず。実際に遊んでいく中で発見していったという。同氏はredditにて、もし妻が生きていれば、『アサシン クリード ヴァルハラ』の美しい世界をひたすら探索していただろうとつづり、文章を締めた。なおredditに投稿した11月17日は、Quebber氏の誕生日。Paola氏の命日(11月20日)の3日前でもある。

その後Quebber氏はYouTubeに動画を投稿。Paola氏が描いた絵について説明している。同作は、合併症の悪化により絵を描けなくなる前にPaola氏が描いたもの。いつか2人で、ウェールズの丘陵にある小さな門番小屋に住みたいという想いを込めて描いたという。今でこそ新型コロナウイルスの影響により外出自粛が浸透しているが、免疫系の弱まったPaola氏にとっては、外界が脅威となる生活が約20年に渡り続いたのだと、Quebber氏は説明。外に出られない中、新しい世界を冒険できるゲーム、特に『アサシン クリード』シリーズは、Paola氏にとってとても大きな意味を持つものであったという。

『アサシン クリード ヴァルハラ』のクリエイティブ・ディレクターであったIsmail氏は、そうしたQuebber氏の話を聞き、開発チームに共有。自身が作るゲームが、人々にどれほど大きな影響を与えうるのか伝えていったという。エイヴォルの「友よ、話してくれてありがとう」は、そうした経緯を踏まえての台詞なのだろう。こうして、Paola氏の絵はゲーム内のロケーションとして再現され、絵に込められた想いはワールドイベント「ポーラの夢」として具現化された。

なおQuebber氏自身はADHD、PTSD、双極性障害と診断されており、妻が亡くなった1週間後には腸癌が判明し、長期治療を経験した。20年間共に過ごした妻を失い、自身の健康も悪化。親しい親族もおらず、妻の葬式のあとにはしばらく誰とも会わなかった。そして2019年には自殺を考えたという(reddit)。死ぬ準備を整え、残タスクとして映画「アベンジャーズ/エンドゲーム」を鑑賞した上で、自身の人生もエンドさせるつもりだったと。

命を絶とうとする前、妻と一緒に遊んだ『ディビジョン』にログインし、思い出に浸ることに。ログアウトすると『ディビジョン2』の広告が表示され、もうお金の使い道もないということで購入。Paola氏が亡くなってからは、しばらくゲームを遊ぶ意欲が失せていたのだが、次の朝起きると、久しぶりにゲームを遊びたいという気持ちが湧いてきたという。

そこからredditコミュニティの支えもあり、ゲームの配信を始めることに。視聴者数は1〜10人ほどだが、一人でも見ている人がいることで、自分は孤独ではないと感じられるという。一時は複数のセラピスト、心理学者、コンサルタントの助けを得ていたが、現在はそうした専門家を必要としないほどにまで回復しているとのこと。こうして、ゲームを通じて、Paola氏だけでなく、Quebber氏自身も救われていった。

Quebber氏は重度障害等級と診断されており、ゲームをプレイするのもスムーズにはいかない。だが、打ち勝つことのできない病と戦い続けた妻のように、Quebber氏も、諦めず、妻亡きあとの新たな人生を歩んでいくと伝えている(Paola A warrior’s Souls)。

【追記 2020/11/18 22:45】
「ポーラの夢」発生エリア周辺を探索していたところ、以下のメモが見つかった。大工、作り手からの手紙だ。