『マインクラフト』にて放射能汚染により立ち入り禁止中の「チェルノブイリ」を再現したマップが公開中

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『マインクラフト(以下、マイクラ)』で「実際の都市を再現したい」という欲求はプレイヤーなら誰もがいちど抱く感情だ。実際、2015年には国内のクリエイター・ヴォストク氏が50分の1スケールで日本列島を再現したマップをリリースしている。また公的なプロジェクトとしては2014年、デンマーク地理庁が1分の1サイズで自国土を再現し、学習目的で公開。そして今年3月にはとうとう『マイクラ』上で1分の1スケールの「地球そのもの」を創り出そうというプロジェクトが始動し、話題となった(関連記事)。そしてネット上にはまたひとり、同じ志をもったクリエイターが登場し注目を集めている。今度再現されたマップはウクライナ北部にある「チェルノブイリ立入禁止区域」だ。1986年の原発事故以来、放射線汚染の影響から厳しく封鎖されているこの地区。いったいどのように再現したのだろうか。

1986年当時の旧ソビエト連邦において、チェルノブイリ原子力発電所第4原子炉ではある動作実験を行っていた。エンジニアがシステムの一部電源を止め、停電時に何が起きるかをチェックしていたのである。しかし電源を止めたことで、原子炉に冷却水を流し込むタービンの速度が遅くなり、少ない水から大量の蒸気が生じた。すると原子炉内の圧力が上昇し蒸気爆発が発生。原子炉のふたを吹き飛ばし、原子核が大気にさらされてしまう。火事は10日間にわたって続き、放射線を放つ煙と粉塵が風に乗ってヨーロッパ全土に撒き散らされる。原発から半径30km以内の住民には避難指示が出され、その後は現在のウクライナ・ベラルーシにまたがるエリアが立入禁止区域とされた。その広さは4000平方km以上、ロンドンの2倍以上にもおよぶ。現在でも町は見捨てられ、誰も戻って暮らすことは許されていない。


こうした状況下にあって、クリエイターのJanisko氏は『マイクラ』内でチェルノブイリ立入禁止区域を再現することを目標とした。「Chernobyl Universe」と名付けられたプロジェクトは2年にわたって制作されており、実際の地区を忠実に再現することを意図している。使用されたツールは「McEdit2」(建物の複製やブロックの敷き詰めなどを補助)および「Worldpainting」(地形造成を補助)。それ以外の部分はすべて手作業で行ったという。設計の基礎となったのはGoogleマップをはじめとしたインターネット上のリソースだ。もちろん手に入る情報には限りがあるため、いくつかの内装は即興でデザインされたとのこと。2019年より公開されており、現在の完成度は5%。6月14日に公開された最新バージョンのv0.02では、チェルノブイリおよび南部地域が完成している。今後はベラルーシ側の領域や、キエフ州ポリスケ市などを再現する予定という。

実際のチェルノブイリ周辺地域では現在も厳しく立ち入りが規制されている一方、無断で該当エリアに立ち入る人々も実は多く存在する。ナショナルジオグラフィックが伝えるところによれば、彼らは2007年ごろから活動を開始しており、自身らを「ストーカー」と名乗っているという。ピンとくる読者もおられようが、彼らの多くは2007年に発売されたサバイバルホラーFPS『S.T.A.L.K.E.R』に影響を受けた人々だ。同作はチェルノブイリ原発事故により奇妙な現象が発生するようになった地区が舞台のオープンワールドゲーム。「赤い森」や「プリピャチ」など実際の立入禁止区域に存在するロケーションが登場する。

『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl』。


作中のチェルノブイリに惹きつけられたプレイヤーの一部は実際に立入禁止区域に侵入するようになり、独自のサブカルチャーを築き上げている。もちろん地区に無断で入り込むことは違法行為だ。しかし英スターリング大学でチェルノブイリを研究するスチュワート・リンゼイ氏によれば、彼らは自身らの活動を「過度に規制された世界からの逃避」として捉えている。フェンスを越えていくことは単なるスリルである以上に政治的な意味をはらんでいるというのだ。生活圏内である社会から離れてチェルノブイリを訪ねることで、事故の記憶が忘れ去られるのを防ぎ、歴史を学ぶドキュメンタリー作家としての役割を果たしているというのがストーカーたちの認識だ。

『S.T.A.L.K.E.R.』制作者のひとりであるオレグ・ヤヴォルスキー氏はナショナルジオグラフィックの取材に対し、「立入禁止区域に違法に入り込めと、プレーヤーを焚き付けたことはありません。ゲームの中のバーチャルな世界と現実世界の区別は付けるべきです」と忠告している。しかし同時に「『S.T.A.L.K.E.R.』の狙いは、未知なる自然の力をもてあそぶことの危険性を、人類に警告することでした」「あのゲームにはまた、若い世代に歴史に関心を持ってもらいたいという目的もありました。チェルノブイリ事故の教訓、そして原子力事故の余波から命をかけて私たちを守ってくれた人々の偉業が、忘れられないようにしたいのです」とも語る。

ストーカーたちの活動は、戦争や災害、環境破壊、原発事故といった負の遺産が残る土地を訪ねることで過去の記憶を残していく「ダークツーリズム」の考え方に通ずるところがあるだろう。その意味では『S.T.A.L.K.E.R.』が与えようとした教訓を受け継いているといえる。ただし思想に支えられたものであっても、立入禁止区域に侵入することは健康的なリスクを冒すことを避けられない。翻って見ると、『マイクラ』チェルノブイリマップの作者であるJanisko氏も『S.T.A.L.K.E.R.』の影響を受けたフォロワーのひとりだ。制作にあたり、資料が得られない一部の設計は同作からインスピレーションを受けて作成したという。『マイクラ』を通じてチェルノブイリを訪れることは、バーチャル空間を利用したストーカー活動の新たなかたちといえるかもしれない。

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