Blizzard、BlizzConにて『ハースストーン』プロ選手の処分を巡る騒動について謝罪。会場外ではささやかな抗議運動


Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)が開催する大型ファンイベントBlizzCon 2019。そのオープニングセレモニーでは『ディアブロ IV』『オーバーウォッチ 2』といった新作、『World of Warcraft: Shadowlands』や『ハースストーン』の「激闘!ドラゴン大決戦」といった既存タイトルの拡張パックが発表され賑わいを見せた。

ただ、オープニングセレモニーは華やかな新情報の発表からスタートしたわけではない。最初に登壇したのはBlizzardのプレジデントであるJ. Allen Brack氏。神妙な面立ちでステージに向かったBrack氏は、「Blizzardは1か月ほど前、『ハースストーン』のeスポーツシーンで起きた、とある困難な一幕にて、世界をひとつにする機会を与えられたのですが、我々はそうすることができませんでした。あまりに急速に判断を下してしまっただけでなく、皆さまへの情報発信も遅れてしまいました」とコメント。Blizzardが自身に課している高い期待値に応えることができず、企業として目指すところさえ見誤ってしまったとし、「その責任は私にあります」と謝罪した。

Brack氏は具体的に何について謝罪しているのか明言しなかったが、察するに『ハースストーン』のプロ選手Chung “Blitzchung” Ng Wai氏および公式キャスター2人に対する処分を巡る騒動を踏まえての発言と思われる。

今年10月、『ハースストーン』グランドマスターズの試合放送中に香港デモを支持する政治的発言をおこなったBlitzchung氏と、Blitzchung氏にインタビューをおこなった公式キャスター2人に重い処分が下された。同大会の規定には、公衆の一部または特定グループの気分を害する行為、信用低下を招く行為、もしくはBlizzardの評判を傷つける行為に関与したとBlizzardが判断した者は、グランドマスターズからの除名および賞金ゼロに処すると明記されている(PDFリンク)。そしてそのルールに基づき、Blitzchung氏には「グランドマスターズからの除外」「シーズン2の賞金獲得権利の消失」「1年間のハースストーンeスポーツシーン出場停止」という処分が下された。キャスター2人も、Blitzchung氏に政治的発言を促したとして出演停止処分を受けている。

しかし、この厳しい処分の背景には、ただのルール違反に対する措置ではなく、中国側の怒りをなだめるという意図があると考える者は多く、Blizzard社員のプロテストや、ボイコットBlizzard運動などを引き起こした。Brack氏は10月12日にBlitzchung氏の処罰軽減を発表するも(関連記事)、批判は止まず。10月18日には米国上院議員ら5人の共同署名により、Blitzchung氏の処分撤回を要請する文書がBlizzardのCEO Robert Kotick氏あてに提出されたりと(Ron Wyden議員プレスリリース)、政界からも目をつけられる事態に至った。議員らの文書も、eスポーツ大会における政治発言の是非ではなく、中国政府の表現検閲に屈する米国企業を咎める趣旨の内容となっている。

また理由は不明ながら、Blitzchung氏が処分を受けた2日後には三菱自動車の台湾現地パートナーが大会のスポンサーから降りたとも報じられている(Kotaku)。事の大きさを踏まえると、今回のBrack氏の謝罪は、業界内外にまで波及した一連の騒動を受けてのものだと考えてよいだろう。なお処罰を受けたBlitzchung氏は先日、Tempo Stormの『ハースストーン』選手として契約を結んだことが発表されている(Tempo Storm)。

Brack氏はBlizzConでの謝罪のあと、「ビデオゲームが持つポジティブな力を信じています」と話を続け、エンターテインメントを通じて世界をひとつにすることがBlizzardの目標であると強調した。今回のBlizzConには59か国から人々が集っているのだと、価値観の違いを超越するビデオゲームのポジティブな側面を提示した上で、「私たちは今後、改善に努めてまいります。ただ大切なのは言葉ではなく行動で示すことです。今週末、皆さまに会場の様子を確かめてもらうことで、私たちがどれほど表現の自由を大切にしているのか、ご理解いただけると思います。あらゆる方法、あらゆる場所で。実際、今朝には多くの方々が自らの考えを表現している様子を見てきました」と語った。

最後の部分は客席の笑いを取っていたが、これはBlizzCon会場外で起きている抗議運動を指しているのだろう。Blitzchung氏の処分を巡る騒動を受け、先月よりBlizzConでの抗議運動決行に向けた動きが複数の団体より進められていた。そしてPC Gamerが報告するところによると、実際にBlizzCon会場外では黒いマスクと香港デモ支持Tシャツを着用した者や、くまのプーさんの着ぐるみ姿の者たちによる抗議運動が実施されていたという。ただ規模は50人ほどで、それほど大きくはないようだ。

これまで一連の騒動に対するBlizzardの声明は、公式サイトにて文字ベースで発信されてきた。BlizzConという一大イベントにて、業界内外を巻き込む議論に発展した問題を腫れ物として触れずにやり過ごすのではなく、Brack氏が自らの責任であると真っ先に謝罪したことは、イベントや発表内容を前向きに受け入れてもらう上で重要な一歩だっただろう。

ただ今回の謝罪でBlitzchung氏の処分が変わるわけではない。Brack氏の発言には、どの部分について謝罪しているのか曖昧な部分が残る。Blizzardが本件を受けてどう変わっていくのかは、企業としての行動を見て判断するほかないだろう。なお今年のBlizzConには、くまのプーさんの着ぐるみ姿の来場者が多いようだが、みんな会場内に通されていると、eスポーツコンサルタントのRod Breslau氏より報告されている。表現の自由を大切にするというBrack氏の発言はブレていないようだ。