落とし物のスマホを覗いて持ち主の行方を追う『SIMULACRA』配信開始。オンライン上の人格にリアルを感じる世代の失踪スリラー
マレーシアのインディーデベロッパー「Kaigan Games」は10月26日、落し物のスマートフォンを操作して持ち主の行方を追う失踪スリラー『SIMULACRA』の配信を開始した。2016年に配信された同ジャンルの作品『Sara is Missing』の精神的続編である。対象プラットフォームはPC(Steam)およびiOS/Android。Steamでの販売価格は520円となっている(日本語非対応)。
スマートフォン端末のインターフェイスを利用した、「スマートフォン操作型」のゲームといえば、『Replica』や、先述した『Sara is Missing』、弊誌でも取り上げた『A Normal Lost Phone』などが挙げられる。そして多くの場合、持ち主のプライバシーを覗き込んで、情報を漁っていくうちに、彼/彼女が失踪した原因が明らかになっていくというフォーマットを取っている。本作も例外ではなく、プレイヤーはメールや通話履歴、ウェブブラウザの閲覧履歴、SNSの書き込みなどを通じて、持ち主のバックグラウンドや行方を把握していく。
また本作のような「スマートフォン操作型」の作品においては、スマートフォンのインターフェイスという制約のなかで、いかに新しい体験を生み出そうとしているのか、という点にも着目したい。先述した『Sara is Missing』や『A Normal Lost Phone』では、主にメールや電話、チャットを通じた「実生活上の関係」に基づいた交流によりキャラクターが描かれていた。一方『SIMULACRA』では、「Tinder」風の出会い系サイト、「Twitter」風のSNS、Vlog(動画ブログ)投稿といった、実生活とは異なる「オンライン上のペルソナ」を使ったコミュニケーションが多用されている。こうしたナラティブの描き方と、『SIMULACRA』(シミュラクラ)というタイトルをつなげることで、本作で扱われているトピックが何なのか、およその予想がつく方もいるかもしれない。
ゲームの流れとしては、まずニューゲームをはじめると、「Welcome Anna !」と記載されたホーム画面が表示される。壁紙には、持ち主のアナと思わしき女性が写っている。動画フォルダには、アナが自撮りしたのであろう、20秒前後の短いムービーが残っている。「私を探してはダメ」「もう手遅れよ」という不穏なメッセージとともに。その後も手当たり次第にアプリを起動していくと、突然システムの復元作業が開始される。この演出や、スマートフォンのOSである「IRIS」は、『Sara is Missing』のそれと同じもの。ただごとではない何かが起きていることを示唆している。
システムの復元完了後、連絡先からアナの知人にコンタクトを取るものの、誰も彼女の行方を知らない。別れたばかりの元恋人、出会い系で知り合った男性、独り身になったアナを気遣う友人、娘の進路を案ずる母、セクハラ発言が目立つ会社の同僚。こうした登場人物たちとチャットで会話し、ときには外の世界で調査を進める彼らを端末越しにサポートしながら、アナの行方を追っていく。スマートフォンの破損データを修復するためのミニパズルや、SNSアカウントのパスワード探し、そして選択肢によって枝分かれしていくテキストのやりとりによって、新しい情報にアクセスできるようになる。
ただ、スマートフォンを拾ったプレイヤーにとっては、どの人物も赤の他人である。どこまで信頼してよいのか定かではない。たとえば元恋人のグレッグは、アナの安否に執着し、彼女の住居に不法侵入する。なぜそこまでするのか。証拠隠滅のためではないのか。また出会い系サイトでアナと知り合ったばかりだという男性も、不自然なくらい首を突っ込んでくる。どこまで、そして誰を信頼してよいのか。スリラー物としてプレイヤーを不安にさせる展開となっている。なお、随所でジャンプスケア(突然の大音量や画像の切替で驚かそうとする演出)が用意されているので、苦手な方は注意が必要だ。
さて、タイトルの『SIMULACRA』(シミュラクラ)は直訳すると「偽物、似姿、幻影」であるが、本作においてはフランスの思想家であるジャン・ボードリヤールが提唱した、実在をもたない記号という意味でのシミュラークル(オリジナルなき複製)を指していると考えるのが適切だろう。作中でもボードリヤールの名が言及されるほか、ご丁寧にも「職業:コピーライター」のキャラクターが重要人物として登場する。現代社会に生きる本作のキャラクターたちが体験しているのは、ハイパーリアル化した、作中の言葉を借りれば「完璧な記号」としての「オンライン上のペルソナ」が先行される世界である。そこから一人の人間が消えてしまうということは、一体何を意味するのか。そしてどこにいってしまうのか。 ボードリヤールの「シミュラークルとシミュレーション」から着想を得た題材を、スマートフォン・インターフェイスという制約のなかで、スリラー作品として落とし込もうとしたのが『SIMULACRA』なのである。