『Owlboy』開発者がグリッチを直さない理由、スピードランが紡いだコミュニティとの信頼関係

近年、ゲームの最速クリアを目指すスピードランという競技は、新たなアートとも言える文化を確立しつつある。本来なら開発者が見逃したゲームの欠陥であるはずのグリッチも、スピードランではコンマ数秒の記録更新を狙うために必要不可欠なテクニックとして利用される。

近年、ゲームの最速クリアを目指すスピードランという競技は、新たなアートとも言える文化を確立しつつある。本来なら開発者が見逃したゲームの欠陥であるはずのグリッチも、スピードランではコンマ数秒の記録更新を狙うために必要不可欠なテクニックとして利用される。どんな些細な抜け穴も見逃さないスピードランナーたちは、言い換えればもっとも優秀なデバッガーだ。昔ながらの作風が特徴の2Dアクションゲーム『Owlboy』は、そんな彼らによって洗練され、コミュニティを発展させてきた。

 

フィードバックの大半はスピードランナーから

『Owlboy』は、2016年11月にD-Pad StudioからPC向けに発売されたアクションアドベンチャーゲーム。ピクセルアートで描かれた古き良きグラフィックと、俗にメトロイドヴァニアと呼ばれる2D横視点スクロールのゲームデザインが特徴で、開発に8年以上を費やした大作として大いに脚光を浴びた。この手のジャンルはスピードランの競技対象として盛んにプレイされており、同作もリリースされた直後から早くも多くのグリッチが発見され、ランナーたちに活用されてきた経緯がある。中には開発元にコンタクトを取り、グリッチを修正しないよう懇願するユーザーまで現れた

ゲーム開発者にとってバグやグリッチは最大の敵であり、不具合が見つかればただちに修正するのは、彼らの義務とも言える。そんな中、D-Pad Studioはスピードランナーたちの願いを尊重して、あえて一部のグリッチを放置している。『Owlboy』でもっとも有名なスピードランのテクニックは、本来はアクセスできないステージの境界を越えてショートカットするというもの。しかし、最速クリアに必要不可欠といっても、通常のプレイヤーにとってはゲームが進行不可に陥る深刻な不具合に他ならない。そこで開発チームが出した答えは、両者が納得できる解決策を模索することだった。

業界メディアKotakuによると、D-Pad Studioは境界線のグリッチを残しつつも、通常のプレイヤーが進行不可に陥った場合に備えて、直前のチェックポイントからやり直せる機能をメニューに追加した。これにより、プレイヤーが意図せず該当グリッチにハマって抜け出せなくなっても、ゲームの進行度に支障がない範囲でステージに復帰できるというわけだ。別のケースでは、特定のボスをスキップできるグリッチを一度は修正したものの、スピードランの記録更新が不可能になったとの情報を受けて、修正前の状態に差し戻したという。また、本来ならキャラクターが押し戻される滝を強引に登れるグリッチについては、意図的に現状のまま放置している。

昔風のピクセルアートも『Owlboy』の魅力

こうした決断の理由について、D-Pad Studioでプログラマーを務めるHenrik Andersen氏は、「バグ修正に関するもっとも重要なフィードバックや、率先して活動するコミュニティメンバーの多くは、スピードランに携わるプレイヤーたちなのです」と語る。スピードランナーは、記録短縮のためなら手段を選ばないストイックなアスリートであると同時に、開発者が見過ごしていたどんな粗も見つけ出す優秀な監視役とも言える。そんな彼らのために、開発チームは公式のデバッグツールまで配布しているのだ。

このように、スピードラン愛好家たちによって常にゲームが洗練されているからこそ、D-Pad Studioは彼らの願いを決して反故にしたりしない。「スピードランナーのために便宜を図る大きな理由は、ゲームを特別でユニークなコンテンツとして際立たせてくれる原動力の一部だからです。すべてのゲームコードやデザインには唯一無二の個性があって、それらは誰かがゲームをバラした時にこそ露わになるものでしょう」。なお、Nintendo Switch版『Owlboy』の発売にあたっては、家庭用ゲーム機における厳しい規定に基いて、境界越えのグリッチをやむなく修正しなければならない可能性もあるという。

近年、スピードランの認知度が上がったことで、以前よりも幅広いユーザー層での流行が見られる。タイトルによってはスピードランを意識したゲームデザインが話題に上るほか、スピードランモードがはじめから用意されている作品も登場している。『Owlboy』のようにグリッチを活用したテクニックを運営元が意図的に保全するケースは稀だが、通常プレイのクリアタイムが100時間におよぶようなオープンワールドRPGを中心に、新たなグリッチの発見やその有効活用法には常に並々ならぬ情熱が注がれている。昨年には、『The Elder Scrolls V: Skyrim』でゲーム内を超高速で移動できるようになるグリッチが新たに発見されたほか、『Fallout: New Vegas』がわずか15分ほどで攻略された事例も記憶に新しい。(関連記事:『TES V: Skyrim』スピードランに新たな裏技、馬と斜面を利用したグリッチでゲーム内をマッハ移動

Ritsuko Kawai
Ritsuko Kawai

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。

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