台湾産ホラーゲーム『返校 -Detention-』のローカライズはいかに“最終チェック”されたのか。PLAYISMスタッフが振り返る細かな調整

 

はじめに

初めまして。PLAYISMのリリースマネージャーをしております山中と申します。『返校 -Detention-』(以下、返校)の日本語版をリリースしてから半年以上経ち、今ではNintendo Switch版も配信され、ありがたいことに更に多くの方々に遊んでもらっております。そんな日頃の感謝も込めて、Nintendo Switch版を40%オフで購入できるセールを、本日8月2日から8月16日まで実施します。それに合わせて、本タイトルのローカライズチェックも担当させていただいた私山中が、作業していた際の思い出を語らせてもらえばと思います。

ローカライズを始めるために

初めに、ローカライズチェックについての流れを軽く説明していきます。まず必要なのはテキストです。テキストの翻訳が終わっていなければ、チェックもできません。そして当然、我々PLAYISMの人間だけで1から翻訳をするわけではないので、まずは翻訳者さんに全体の文を翻訳してもらうというのは必須です。翻訳のやり方としてはさまざまなものがありますが、どのケースでも確実に必要なことは、原文を元に一文ずつ日本語にしていく、という作業です。

このタスクを楽にするためには色々な方法があります。たとえばそれぞれの会話の話者やその背景、翻訳する際に注意する点などを含めたものをもらったり、翻訳を始める前の段階で、翻訳者さんの方から質問をもらい、その質問を開発者に確認したりということがあるわけです。……ただ、やはり文章だけでは完璧なものにするのは難しいです。

そこで、ゲームに組み込んで実際に遊んだ上で最終調整を行っていくというプロセスが必須になります。私が手伝ったのはその最終調整の部分でした。実際に遊んでみてゲームのストーリーや背景を理解し、日本語としては正しいものの、ニュアンスが若干違うところ、それと、翻訳データは問題ないですが、ゲーム内では上手く表示されない箇所、謎解きに関わる問題などを指摘し、開発者と修正方法を一緒に考えたり、直してもらったりしました。

ゲームの作り方は千差万別です。それゆえに、こちらでテキストを修正してすぐにゲームとして確かめられる場合と、開発者に組み込んでもらわなければならない場合がありまして、『返校』は後者でした。この場合はやり取りは増えるのですが、今回は開発者側に日本語がわかる方がいまして、結果的にそちらの方のカルチャライズチェックが入ったことと、そして元々の翻訳者さんも時折チェックを手伝ってくれていたというのは、こちらにとってもありがたい限りでした。

 

ローカライズは文化の理解から

具体的には、私はゲームのストーリー、背景を理解した上で翻訳を調整する作業を担当しました。その理由はというと、開発者とのやり取りに英語が必要になるのですが、ゲーム自体は日本語ということで、それを一人で対応できるのがその時は私しかいなかったということがまずあります。

それに加え、私事ですが祖父が台湾人だったというのもあり、初めて台湾産のゲームをPLAYISMでリリースするということに、プロジェクトが始まる前から何か特別なものを勝手に感じていたので、是非やらせてください!という意欲がありました。中国語から英語へのローカライズは既に終わっていた(今回私達が携わった日本語ローカライズは、英日翻訳です)ので、日本語への翻訳が完了するまでの待ち時間でまずは英語で遊んでみました。

プレイすると、ゲームの世界観やストーリー、そして所々に散りばめられた謎により、すぐさまゲームの世界へと没入していきました 。そしてプレイ序盤は幽霊から逃げ惑ったり、ジャンプスケアなどの直接的な怖さがあるものの、後半は打って変わって雰囲気が変わり始めて徐々に例えようのない精神的な怖さが襲ってくるあの展開!しかし、恐怖はあくまでもこのゲームの一部でした。ストーリーの理解が高まるにつれ、いつの間にかこのゲームにのめり込んでいる自分に気づき、クリアする頃にはこのゲームを完璧なローカライズで出さねばという想いが強まっていました。

一方で、生半可な知識ではゲームの背景が理解できないということもわかっていましたので、台湾に関する本を数冊買って読んだりもしていました。とはいえ、ゲームのテーマである“白色テロ”周りだけ調べるとかなり憂鬱になるので、現在の台湾についての部分も色々と勉強した記憶があります。「いっそのこと中国語勉強してオリジナルを遊べば一番わかるんじゃないか!?」と思い立って台湾語の教材を買ったりもしましたが、今はホコリをかぶっています。

当然ながら、ゲーム内に登場する台湾文化は事件だけでなく、“モノ”なども多く出てきます。三日月型の木片を投げるおみくじや、「黒白無常」という道教の神様、日本では三途の川の渡し賃とされる六文銭のような「冥銭」、霊を退けるアイテムとしても使う「一膳飯」などさまざまなものがあり、それぞれの背景なども必要不要問わず調査しました。プレイしてくれた方々の感想を見ていると、自分同様に、ゲームをきっかけにいろいろと調べた方も多いようで、ありがたいですね。

 

遊びやすくするためのローカライズ

ともかく、翻訳が完了したテキストを元に日本語ビルドを作ってもらい、勉強は続けながらローカライズチェックを始めました。チェックしていて分かりやすい箇所というのは例えば句読点や改行、はみ出しですね。これらはチェックで見つけやすいという利点はありますが、それは同時に、見逃すとプレイ中に目立つということでもあります。きちんと翻訳がされていても、見栄えが悪いと、とてももったいないですし。

返校でも、縦書きのゲームなのに句読点が右寄りにならず真ん中に表示されていたことや、自動改行により句読点が文頭に来てしまっているなどの問題がありました。些細な点ですが、没入感が重要なゲームなので、ゲームプレイを妨げないようにという思いでチェックしていました。

チェック中の開発ビルドより。句読点が真ん中に表示されていたり、文頭に来てしまったりしていた。

句読点の位置は開発者さんに直してもらいましたが、改行問題についてはこちらで一つ一つ手動で修正しました。英語だと単語間のスペースを元にした自動改行というのは普通ですが、やはり日本語テキストの改行は文脈などを考慮することが重要になるため、最終的には手動で行う必要がありました。悩ましいところです。

日本語の問題をケアした自動改行プログラムを作ることも、技術的には可能だとは思います。ただ、インディータイトルは開発エンジンが別々のために画一的な対応策がないこと、そしてそれをシステムに組み込んでもらうことを考えると、総合的に楽で且つ確実である手動で進めるということが多いですね。インディータイトルの多くはAAAタイトルのように文章量が何百万文字とはなりませんし (作業者は大変ですが……)。

ゲームプレイだけでは全テキストの表示確認が難しいことが多いです。なので、念の為テキストデータを見て、基本ウィンドウサイズが12文字までなので、13文字や14文字目に句読点が来ているものが無いか、もしある場合は手前に改行を入れ、改めて実機で確認するなどの地道な作業も行っていました。元々の翻訳の質に加え、見栄えも大分よくできたのではないかと思っています(まだ残ってるぞ、という場合はご連絡ください…)。

 

没入感を高めるためのローカライズ

ほかには見た目の問題以外にゲーム性、可読性向上のためのテキスト調整も行いました。たとえば、主人公のファン・レイシンは漢字名だと方芮欣なのですが、開発者側の希望としては「カタカナだと印象がつけづらいから漢字にするのはどうか」という提案がありました。こちらで色々考えた結果、「確かに日本人は漢字名だし漢字自体には馴染みはあるものの、中国、台湾系の名前は慣れていないのでカタカナのほうが良い」という説明をして、今のカタカナに落ち着いたというやり取りがあったりします。

「品々」などの「同じ」記号がなぜか棒線になっていたりもした。

また、封印されている扉にアイテムをはめ込んで開けるシーンがありますが、そこで登場する黒白無常という道教の神については、同じ神の別名である七爺八爺が他の箇所で使われていたということがありました。そこでどちらかに統一しようと働きかけ、「黑白無常という呼び方の方がゲーム中の画像に合っていると思います。」という意見を開発者さんから頂き、黒白無常に統一しました。

それと、大変だったのは演劇パートですね。この部分は、最初は普通の翻訳だったのですが、会話文ではなく演劇のような形で文章が表示されるので、詩のような表現にする必要がありました。話し合いの中では俳句にしようかというアイデアもありましたが……。私が機械翻訳や開発者の助けを得て、中国語原文のニュアンス、そして英語のニュアンスを一文ずつ確認し、既存の翻訳文をいじったり丸ごと差し替えたりしたものをコピーライターでもある水谷(PLAYISMのボス)に最終的に手直ししてもらってあの形になりました。

演劇部分(最終バージョン)

おわりに

こちらのGamasutraの記事は、開発者が日本語版ができる前に書いた、英語へのローカライズに関するものです。記事は英語だけですので、以下にざっとまとめますと、ゲーム開発時の問題として、台湾文化を元にしたゲームをどのようにグローバルなユーザーに届けるかという悩みや、英語翻訳でも、我々が英日翻訳で苦労したような、ちょうどよい用語がないことや、ニュアンスをうまく伝えるために敢えて違う表現にするなどをされてきたようです。

そのときの開発者さんと、英語翻訳者さんの努力のおかげで、台湾文化については知らない方も問題なくゲームを楽しめているということかと思います。我々もこの名作を日本に届ける際には、開発者さんのメッセージを100%は無理だとしてもそれに近い形で届けられるよう、そして翻訳者さんの良い仕事を損ねることがないよう全力で取り組みました。もし本記事をお読みの皆様もローカライズに満足して頂けたならとてもありがたいです。

少し余談になりますが、つい先日、開発者であるRed Candle Gamesから次回作である『還願 Devotion』が発表されましたね。私達も是非協力できればと思っておりますが、何よりもプレイヤーとして遊んでみたいという思いがまずあります。これに関しては、今は完成を心待ちにし、PLAYISMからも皆様に続報をお渡しできるよう頑張ってまいります。

改めて、本日8月2日からNintendo Switch版がセール価格で購入できますので、これをきっかけに本作を遊んで頂ければ幸いです。

 

[執筆 : Taku Yamanaka]
[編集 : Minoru Umise]

 

おまけ
買った本:

・台湾現代史: 二・二八事件をめぐる歴史の再記憶
何義麟

・台湾―四百年の歴史と展望 (中公新書)
伊藤潔

・台湾二二八の真実―消えた父を探して
阮美妹

など