[追記]Phil Fish騒動にみるインディー開発者とコミュニティの衝突

Phil FishことPhilippe Poisson氏が新作『Fez II』の開発中止を宣言し、自身のスタジオや『Fez』IP自体を売却するとしている。原因はインターネット上のコミュニティとの軋轢だ。過激派によるWebサイトやTwitterアカウントへのハッキング攻撃が引き金となった。

[2014年8月26日 17:00 追記]

 

すでにコメント欄でご指摘があったとおり、本文中に不適切な表現がありました。修正内容は以下のとおりとなります。

前: さまざまな事件で「義勇」を発揮しつづけてきた4chanのビデオゲーム板"/v/"の住民たちだ。彼らはいつもの"手段"でQuinnとFishを攻撃した。

後: 4chanのビデオゲーム板"/v/"の住人を名乗る集団がQuinnとFishを攻撃した。ただしユーザーからは犯人は4chanの"/v/"板の関係者ではなく、その名を騙り無益な混乱をまねこうとしているとの意見も出ている。攻撃者が4chanを日常的に閲覧していたかどうかの根拠もみとめられない。

この点は情報が錯綜しています。VentureBeatDaily Dotは犯人の属性の一つに4chanがあるとすくなからず認識しているようです。一方、Polygonはいっさい言及していません。そしてお約束のRedditは混沌としています。なお、犯行文の表記/V/が大文字である点に違和感があるとの指摘は各所で確認できます。

今回の事件について、特別にシンボリックな行動など(たとえばそれを見たらすぐに4chanを連想する事物)をともなわない、かつ明確な根拠が存在しないにもかかわらず、4chanコミュニティの総意であるかのように記述したことは弊誌のミスです。また、そもそも膨大なユーザーが存在するサービスにおける少数名を指して「住民」と表現するのも誤りでした。

お詫びして訂正申しあげます。大変失礼いたしました。

[記: 安田 伸毅]

 


Phil FishことPhilippe Poisson氏が新作『Fez II』の開発中止を宣言し、自身のスタジオや『Fez』IP自体を売却するとしている。原因はインターネット上のコミュニティとの軋轢だ。過激派によるWebサイトやTwitterアカウントへのハッキング攻撃が引き金となった。現在、公式サイトは復旧作業中で、スタジオのTwitterアカウントは凍結されている。Fish氏自身はゲーム業界やゲーマーたちに見切りをつけたとツイートし、Twitterアカウントも閉鎖した。

じつはPhil Fishが『Fez II』の開発中止とゲーム業界の引退を宣言したのはこれが2度目だ。『Fez II』は2013年6月のプレスカンファレンス「Horizon」にてティーザートレイラーが公開されたが、その1か月後にFishは同作の開発をやめゲーム業界を去ってやると宣言した。1度目の開発中止はGame TrailersのWeb番組に登場したジャーナリストMarcus Beer氏との舌戦が発端だ。とある取材を拒否されたことに関してBeer氏がFishと『Braid』開発者Jonathan Blow氏を激しくバッシングし、それを対し激昂したFishがTwitter上でBeerと激しい論戦をくりひろげた。様々な反応がよせられたが、「自殺しろ」などと(いつものように)過激な発言を繰りかえすFishへの風当たりは強かった。結局、彼はコミュニティ側の勝利宣言をPolytron公式サイトに掲載し、自身は初代『Fez』の売上金をもって逃げると一度しめくくった。

この勝利宣言なかで、コミュニティによる一連の批判を「血のキャンペーン」とFishがなぞらえた。コミュニティとFishの対立関係はここ数年にわたりつづいてきたものだ。2010年ごろから初代『Fez』は年単位の発売延期がつづいていた。そんな延期に過剰な不平をもらすコミュニティへ彼は反抗し、ドキュメンタリー映画「Indie Game: The Movie」のなかであざけり中指をたてさえして宣戦布告した。GDC 2012で「いまの日本人のゲームはクソ(カンファレンスに出席していた日本人からの質問に対する返答"Your games just suck")」と発言した彼は、現在でも高慢なレイシストのレッテルをはられることがある。やっと発売された初代『Fez』でパッチにセーブデータを破損させるバグが存在すると発見されたときには、Microsoftのパッチ再認証の費用が高すぎると強く批判し、ユーザーとメディアを巻きこんだ大論争を引きおこした。

小石や小枝が目前にあらわれると、Fishは歯に衣着せぬ発言でそれらを一蹴してしまう。筆者がみるかぎり彼は感情をうまくコントロールできる人間ではないが、けっして悪人でも馬鹿者でもない。「へこたれそうです。でもそれがゲームを自主制作し、一制作者とし て知られることの代償だと思います。こういった個人攻撃に自分をさらすんです」との自己認識は、「Indie Game: The Movie」での彼の言葉だ。しかしFishはいつも問題を流すことなく、真正面からうけとめ、そして怒りを周囲へ吐きすててしまう。

 

映画内でも「殺してやる」「自殺します」と過激ワードを連発していたPhil Fish。
映画内でも「殺してやる」「自殺します」と過激ワードを連発していたPhil Fish。

 

2013年7月に引退宣言を出したあとも、じつはFishはTwitter上でお気にいりの音楽をリツイートしたりと発信をつづけており、エイプリルフールには『Fez II』の開発を再開するなどとジョークも飛ばしていた。そして今年8月に入り、彼は自分がまだ受けいれられるようならば『Fez II』を開発するとツイートする。当初は批判まじりながらもファンらにむかえられていたFishだが、別のインディーデベロッパーZoe Quinnの「Five Guys Burgers」事件へと意見をのべたことにより、ふたたび激しい舌戦を繰りひろげることになる。Zoe Quinnはうつ病を題材にした『Depression Quest』を開発している女性のインディーゲーム開発者である。

「Five Guys Burgers」事件とは、彼女の元ボーイフレンドであるEron Gjoniが、Quinnが5人の男たちと枕営業をしたと告発したものだ。このGjoniは、Quinnが5人の有名海外メディアのゲーム業界人らと寝て、新作『Depression Quest』がプロモーションされ高評価をえるよう便宜をはかったと訴えた。そしてその証拠として、FacebookやTwitter上でのやりとりを写しだしたスクリーンショット数点も公開している。

彼が公開した情報やイメージにより一部ゲーマーたちは「ゲーム業界のジャーナリズムが破壊される」と怒り立ちあがる。実際にSteamで配信されている『Depression Quest』へのレビューはほとんどがこのFive Guys Burges事件への批判をおりまぜたネガティブなものばかりだ。フォーラムSteam Greenlightのページへも「このゲームを消せ」とのコメントや今回の事件への批判が数多くよせられている。この事件が事実であるのかどうかはここで検証しないが、一部というには多すぎるユーザーたちが元ボーイフレンドの告発を信じ、Quinnを批判する側にまわっている状況にある。

そんなQuinnへの攻撃に対しいつも通り歯に衣着せぬコメントと暴言で擁護したFishに目をつけたのが、4chanのビデオゲーム板"/V/"の住人を名乗る集団がQuinnとFishを攻撃した。ただしユーザーからは犯人は4chanの"/V/"板の関係 者ではなく、その名を騙り無益な混乱をまねこうとしているとの意見も出ている。攻撃者が4chanを日常的に閲覧していたかどうかの根拠もみとめられない。

「PolytronとPhil Fishの公開処刑」と名付けられたクラックにより、まずDropboxより1.5ギガバイトものファイルがリークされた。それはPolytron公式サイトのパスワードやPhil Fishの住所に公的書類、ソーシャル関連のセキュリティや銀行などの情報、Polytronの収支状態にもおよんだもので、ほぼFish個人とPolytronの情報すべてが詰まっていたといってもよい。つづけてPolytronの公式サイトはハッキングされダウン、Twitterアカウントも乗っ取られ、のちに凍結された。

 

ハッキングした事実を高らかに宣言する4chanのメンバーたち。 なお事件名の元ネタは海外の人気バーガーチェーン「Five Guys Burgers and Fries」。
ハッキングした事実を高らかに宣言する4chanのメンバーたち。なお事件名の元ネタは海外の人気バーガーチェーン「Five Guys Burgers and Fries」。

 

このあまりにひどい事態に直面したFishは「これがビデオゲームだ。これが俺が手に入れたものだ。こんなものは許容できない。受け入れられない。テロリストめ。2度とやるんじゃない、いいな、2度とやるんじゃないぞ」とコメントした。「これがビデオゲームだ。これがお前たちのファンだ。世の中の全てのゲーム開発者になろうとしている奴らへ。やめろ。あきらめるんだ。価値なんてない。まるっきり価値はないんだ。夢をあきらめろ。それどころかやつらは悪夢だ。これだけはやめておけ。逃げるんだ」とつづけている。そしてTwitterアカウントを削除してしまった。

彼が騒動をおこすたびに出ている意見だが、現実的な解決方法を提示するならば、Phil FishはTwitterをやめ、Polytronに専用のコミュニティマネージャーを置くのが最善の策だったかもしれない。これはFishだけでなく、ここ数年間で同様にコミュニティとの軋轢を抱えてしまったほかのインディーデベロッパーたちにもいえることだ。とくにインディーでは開発者とファンらが直接まじわる場面が多いが、それが良い結果につながるとはかぎらない。ときにはゲームのクオリティや遅々としてすすまない発売スケジュールで、ときには開発者やファンのアンモラルな言動や性格などで、両者の関係が急速に冷えていくことはままある。

そしていつわりの正義をかかげて他人を安易に攻撃するようなインターネットの闇を完全に消すことはできない。闇に無闇に剣を振りおろして見えない敵を打ち倒そうとするよりも、炎をかかげられる者に彼らを追い払ってもらったほうが安全だ。インディーゲーム好きの一人としては、開発者とファンが交流できないケースが増えていくのは、悲しくもあるのだが。

Fishは2012年の映画「Indie Game: The Movie」のなかで、現在までつづくコミュニティとの軋轢をかえりみて「自主制作を夢みていたころに望んでいたものではない」とつたえている。またPAXへの出展前には、初代『Fez』がどのような反応でゲーマーから受けとめられるのか期待と不安を赤裸々に語るなかで、他人から賞賛されたい気持ちを隠さない彼も垣間見えた。コミュニティと無益とも思える争いをつづけてきたPhil Fishは、じつは誰よりも前述したインディーデベロッパーとコミュニティの良好な関係性に夢をいだいていた人物だったのかもしれない。

 


今週の注目作は『The Lineup』

 

タイトル名: 『The Lineup
ジャンル: 変顔探偵ゲーム
開発: Gavin Reed
発売日: 2014年10月

任天堂の携帯ゲーム機ゲームボーイをテーマにしたゲームジャム「GB Jam 3」にて生まれたのが『The Lineup』だ。個人的には「レトロなゲーム機をテーマにした作品はその時代のアートワークやサウンド、雰囲気を再現するのが肝」だと思っている。そして『The Lineup』の奇妙なアニメーションは痛快だ。プレイヤーは刑事に雇われたサイキッカーという設定で、サードアイをつかって被害者の記憶をほりおこし、犯人を追求することになる。すごく安易にいえば『マジカル頭脳パワー』や『IQサプリ』のようなクイズ番組にでてくる「これなんだ」系のゲームである。現在はプロトタイプ版が無料で公開されているので、そのアニメーションだけでもひと目みてほしい。現在はSteam Greenlightにも登録されている。

 

Shuji Ishimoto
Shuji Ishimoto

初代PlayStationやドリームキャスト時代の野心的な作品、2000年代後半の国内フリーゲーム文化に精神を支配されている巨漢ゲーマー。最近はインディーゲームのカタログを眺めたり遊んだりしながら1人ニヤニヤ。ホラージャンルやグロテスクかつ奇妙な表現の作品も好きだが、ノミの心臓なので現実世界の心霊現象には弱い。とにかく心がトキメイたものを追っていくスタイル。

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