『Stellaris』が塗り替えた銀河の勢力図
『Stellaris』は、まだ見ぬ銀河史を題材とする歴史ストラテジーだ。丁寧なインゲームチュートリアルと多数のイベントで、序盤から終盤までゲーム展開を誘導し、数多くのフレーバーテキスト&ヴィジュアルで飾り立てた。ここに強固な背景がうまれ、異星人たちの群雄劇にふさわしい舞台となる。架空の実在感は背景の描写にあり。プレイの結果ではなく過程を重視する、エンターテインメントあふれるゲーム体験は、宇宙ストラテジーという銀河の勢力図を大きく塗り替えた。
『Stellaris』
開発元: Paradox Interactive
価格: 39.99ドル
発売日:2016年5月9日
プラットフォーム PC(Windows/Mac/Linux)
歴史ストラテジーは、歴史上の国家興亡や大戦争の再現に重きをおくゲームだ。史実をもとにしたヴィジュアルとテキスト、ゲーム内数値やプレイ展開で歴史ファンの心をつかんでいる。本作もその歴史ストラテジーなのだが、未来の話ゆえ、肝心の史実がまだ存在しない。本稿は、その存在しない歴史を扱う手腕を紹介する。
ゲームが歴史を自動生成する
歴史ストラテジーはビデオゲームよりも前にうまれた。軍事研究の兵棋演習にゲーム性を加えたウォーゲームがそれだ。戦争だけでなく、その上位にあたる政治を扱うものもある。ボードゲーム『ディプロマシー』は、第1次世界大戦前のヨーロッパ列強国が覇権をかけて争うゲームだ。それらはある点が共通する。ルールとプレイヤーの相互作用、つまりプレイで、歴史上の場所・時間から特定期間をシミュレートする枠組みだ。
コンピュータの処理能力を得たゲームデザイナーは、人間が処理できる変数量を越えてその枠組みを拡張した。場所は地球に酷似した惑星全土。時間は人類の夜明け。期間は現代まで。国家の成長過程を4つの要素にモデル化し、覇権を競わせ、人類史そのものをビデオゲームにした。それが『Sid Meier’s Civilization』(以下、Civ)である。
Civのルールセットには革新的な特徴があった。場所・時間・期間を変更すれば人類史以外にも適応できるのだ。Civ開発元MicroProseは宇宙版Civ『Master of Orion』と、ファンタジー版Civ『Master of Magic』をリリースし、架空の歴史を自動生成するゲーム体験でジャンルを確立した。今日、このゲームジャンルは、ルールセットの核にあたる4要素「探索」「拡張」「開発」「殲滅」、それぞれ「eXplore」「eXpand」「eXploid」「eXterminate」のXから、4Xストラテジーと呼ばれている。
『Stellaris』の開発元で、歴史ストラテジーの人気メーカーParadox Interactiveは、本作の立ち位置を次のように述べた。“メーカー過去作のグランドストラテジーに、宇宙進出を加えたものである”と。宇宙進出は「探索」「拡張」、グランドストラテジーは「開発」「殲滅」にあたり、先のルールセットと同義だ。本作が題材とする銀河史は、4Xストラテジーの特性でプレイごとに自動生成される。次章よりゲーム展開を大きく4つに分け、銀河の歴史にページを刻む仕組みを紹介する。
宇宙の探索 ― eXplore
『Stellaris』は、標準設定で600星系という広大な銀河に浮かぶたったひとつの惑星からスタートする。最初のゲーム要素は探索だ。まだ見ぬ星系を冒険する宝探しゲームにいそしもう。目的は知的探究心の充実だ。
最大のお宝は居住可能な惑星だが、その数は少なく、探索は幾度も空振りする。本作はこのハズレクジを減らすべく、「短期間で利益化する資源惑星」を用意した。居住惑星への入植はコストが大きく、資源惑星の支えを要する。どちらもしかるべき時期に役立ち、探索意欲に弾みがつく。
そうした宝探しにはドラマがつきものだ。本作の銀河は豊穣で、地球外生命体、神秘の異星現象、そして古代文明の形跡、といった調査対象がそこかしこにある。もちろん、宇宙怪獣などの敵対生物もだ。これらすべてにイラストとフレーバーテキストがあり、最大の動機、知的探究心を大いに満足させる。
居住・資源惑星の発見は次のゲーム要素「拡張」を左右する。クジのアタリハズレに目を奪われがちだが、銀河史における探索の真価は、舞台の雰囲気を通じてプレイヤーの立ち位置を明確にする点にある。本作は多種多様な生命があり、本能で敵意をむきだす存在がいる。ここから、敵対的宇宙国家の存在が浮かび上がるのは自明だ。銀河史の1ページ目は、SFの定番「我々は孤独ではない」の描き方で決まるといってよい。この導入部を、読んで楽しめるヴィジュアルノベルと、ハズレが少ない宝探しゲームで印象づけた。
国土の拡張 ― eXpand
宇宙探索は偉大な事業だが、手にしてはじめて事業を利益化できる。惑星を得る権利は、発見者ではなく所有者にあり、一日もはやく星系の領土権を主張せねばならない。前章に述べたとおり、敵か味方か分からぬ宇宙国家の存在があり、ここに椅子取りゲームが発生する。
星系の所有権は領土圏を広げて得る。広げる手段は2つある。「星系内の惑星に入植」と、「星系に前哨基地を建設」だ。前者は居住惑星を要し、後者は任意の星系をとれるが希少資源の「影響力」を消費する。どちらもコスト面で高くつき、機会は限られる。前章の探索で得た星図をもとに、効率良く領土を拡張しよう。
この椅子取りゲームには特殊ルールが存在する。超光速航法が3種あり、国家ごとに探索範囲とその順序が違う。これに加え、種族ごとに居住惑星の好みがある。領土候補の優先順位は国家ごとに異なり、隣人トラブルに発展するのだ。
領土を広げると、プレイヤーに対して悪い印象を持つ隣人が増える。このトラブルを強調すべく、本作は居住惑星の管理にひねりを加えた。6つ目から、AIが管理を代行する自治領の設立を強要され、直轄領と比べて資源収入が減る。領土拡大のメリットが、隣人トラブルのデメリットを打ち消さないのだ。これらのルールは、椅子取りゲームを豊かにするとともに、銀河史における国境問題をつくりあげる。
惑星と兵器の開発 ― eXploid
領土の「拡張」には限界がある。領土圏を得る機会が限られるためだ。また、本作は領土不法侵入を禁止するゆえ、ライバル国家の領土拡張で、宇宙船の移動が制限されることもある。惑星を改善し資源収入を効率化するとともに、隣人トラブルにそなえて軍拡しよう。前者は富国、後者は強兵、併せて富国強兵という。『Stellaris』では居住惑星の管理、町づくりゲームがこれに該当する。
居住惑星は市民を配置したパネルが資源を生み出す。食料・市民・資源の3要素でパネルを運用し、効率良く惑星を利益化しよう。パネルに施設を建設すると収入量が増え、上位施設はその効率を改良する。
本作の戦争は国力のぶつけ合いで、技術研究の施設アンロックがその鍵となる。研究内容は物理学・社会学・工学の3分野あり、同時に研究が進む。それぞれの分野は探索・拡張時に得る研究資源で加速でき、毎ゲーム違った発展となる。
新技術は資源収入増加の施設だけでない。新たな艦船パーツも入手できる。艦船保有量という限界内で戦闘力をあげるには、艦船設計での新技術導入が不可欠だ。技術力は富国強兵の要であり、その競争から降りた国は滅びる。銀河史のターニングポイントは富国強兵にあり、開始時期と開発速度が隣国と自国の命運を分けるのだ。そうした外圧に加え、新技術で行動が増える内圧と、フレーバーテキストの知的興奮で、科学の探求を後押ししつづける。
戦争と同化による殲滅 ― eXterminate
最後のX要素は前章までの3つと大きく違う。探索・拡張・開発はそれぞれが強く結びつきながらも、宝探し・椅子取り・町づくりゲームとして単体で成立する。だが「殲滅」は、先の3要素の成果を他国と量るものだ。先の3要素で徐々に高まる領土拡大の内圧、隣人トラブルの外圧が、国家間の戦争へ導く。ゲーム勝利条件「銀河内の居住惑星を40%以上入手」または「全敵対国家の消失」に、流血は避けられない。
戦争は、外交画面で相手に「宣戦布告」後、要望を提示して開戦となる。軍事行動で勝利点を得て、目標点達成で要望が受理される。政治的目的が明確で、戦争の本質から外れにくい。艦隊戦の勝敗は戦闘力のぶつけ合いで決まり、武装の相性は多少あるが、2割上回ればまず勝てる。
敗戦国から得るもののは2つある。属国化と、居住惑星だ。属国は敵対行動をとらず、領土通行権を認め、以降の戦争で軍事支援を出す。しかし属国からは資源は得られず、領土が大きい国家と研究資源=技術力の差を埋めることはできない。居住惑星を接収すると領土を得るので技術力の問題は解決するが、原住民の同化には長い年月と多くのコストがかかる。手っ取り早い奴隷化や民族浄化は、他国の反感を買い新たなトラブルを引き起こす。この同化こそが本作の戦争であり、効率と生殺与奪を世間体という天秤ではかるドラマとなる。
実のところ、戦争を回避するための戦争は不要だ。相手国に大使館を出せば外交関係は改善する。もとから好意的な相手なら、研究支援と防衛保証の贈与、同盟条約の締結を経て相互条約関係にいたり、研究力や軍事支援を得られよう。これは先の属国化より時間がかかるものの、領土差=技術力差を埋める手法だ。こうして、技術力が高い同盟諸国と、属国で数に勝る独裁帝国が対峙し、銀河史にコントラストを加えていく。
銀河史が主役のゲーム
以上で『Stellaris』が内包する4X要素と、自動生成歴史の説明とする。各要素が連動し総和を越えた全体となるゲーム設計が、4Xストラテジーの魅力だ。本作はこの点において目新しい工夫はない。第2章で述べたメーカー公式紹介文のとおり、過去作を宇宙版に調整したものである。
本作は歴史ストラテジーだ。これは史実の再現がプレイフィールと同等に重要であることを意味する。4X要素は当ジャンルのプレイに不可欠な、各国の力関係や国境問題といった知識を、歴史をつくる行程で学ばせる手法にすぎない。つまるところ、本作の主役はプレイヤーではなく銀河史である。大事なのは、自動生成した歴史に実在感があり、かつ、それが魅力的かどうかだ。
銀河史への工夫は大きく分けて2つある。ひとつは混乱をまねく要素をゲーム設計から廃除した点だ。この点で特徴的なものに、戦闘の過度な単純化と、プレイ戦略の定石化の防止がある。戦闘の単純化は、戦闘力が戦果を裏切らないことを保証する。艦船設計の要素は犠牲になったが、戦力が半数の敵に負けるようなことはない。研究のランダム性は、ゲーム全容の俯瞰を要するゲーム戦略をふせぎ、プレイ中に得た情報で次の行動を選ぶようしむける。勝利のデザインはできないが、銀河史のページ順に物事が進む。これらは初体験から不快感をとりのぞく配慮だ。
もうひとつの工夫は背景描写だ。星々を探索し読み解く調査イベント。操作の迷子をふせぐインゲームチュートリアル。艦船や天体といったオブジェクトから、銀河全容の勢力図といった見栄え。これらにもりこまれた70年代SF小説や古今SF映像作品のオマージュが、本作をなじみあるものとした。作家性の主張を狙った独自概念はなく、訴求対象への「おもてなし」に全力投球している。こうしたわかる楽しさ、知っている優越感でオタク心をくすぐり、知的欲求を満足させるのだ。
訴求対象であるSFファンの心をつかむべく、用意したヴィジュアルとテキスト、ゲーム内数値やプレイ展開に、架空の歴史で意味を持たせる。順序こそ逆だが、歴史ストラテジーの人気の秘訣そのものだ。このジャンルで名高い開発元Paradox Interactiveのノウハウが活かされている。『Civ』が架空の人類史を体験するゲームなら、本作は銀河史を体験するゲームだ。ページをめくる手は止まらず、SFファンを必ず中毒にする。
すべてはエンターテインメントのために
『Stellaris』 は極上のスペースオペラだ。この銀河史は1ページ目から読み応えがある。おずおずと宇宙に手を伸ばした種族が、ファイナルフロンティアを開拓し、やがて星間国家のひとつとしてその名を歴史に刻み始める。銀河のゆくすえは、圧政を敷く帝国か、融和を重んじる連邦国家か、はたまた滅亡か。スペースアドベンチャー、異種族への偏見と確執、群雄劇のドラマがここにある。しかも、毎ゲーム、銀河史は違ったものになるのだ。SFファンはけっして見逃してはならない。
本作のゲームルール、4Xストラテジー面は幾つか不足がある。序盤4~6時間のプレイフィールはとても良くリプレイアビリティも高いが、戦闘が単調で中盤以降は精彩を欠く。大局を決したゲームを早く終わらせる仕組みがなく、終盤は勝利条件を満たす退屈な作業と化す。こうしたコアメカニクスの不足がありながらも、本作が輝きを失わないのは、立ち位置を歴史ストラテジーとしたからにほかならない。欠点をはるかに上回る美点を持ち、それらすべてがひとつの開発理念を由来とするからこそ、多くのゲーマーが気づき、納得し、傷を受け入れている。とはいえ、途中でプレイに飽きてしまうようでは銀河史の魅力をそこなう。発売後に告知した数年にわたるサポートで、この点が改善されることに期待する。
冒頭で話題にあげた宇宙ストラテジーの勢力図に話を戻す。『Stellaris』 は発売初日20万本販売を達成し、Paradox Interactiveの記録を更新した。詳細は弊誌ニュースを読まれたし。比較対象に同ジャンルの昨年の記録をあげよう。2015年に発売され同年の販売数第1位『Galactic Civilizations 3』は20万本(ソース: eXplorminate誌)。つまり、発売前と発売初日の期待のみで、顧客層が狭い宇宙ストラテジーファンの大半をかっさらうことに成功した。この銀河的偉業がハリボテでないのはSteamユーザーレビューどおりだ。Paradox Interactiveは、長年つちかった歴史スペクタクルへの嗅覚で、架空の歴史にエンターテインメントを詰め込み、未来と宇宙とSFを愛するゲーマーの期待に応えた。