PC版『さよなら海腹川背ちらり』レビュー 20年を経て完成したラバーリングアクションゲーム
Steamで発売した『Sayonara UmiharaKawase』は、PS Vita『さよなら海腹川背ちらり』の忠実な移植だ(以下、3DS版と混同をさけるため、本作をPC版『さよなら海腹川背ちらり』とする)。特典のSFC『海腹川背』をとりはずし、価格を半額以下とした。本作の特徴は、携帯ゲーム機の特性を念頭においたゲームモードの調整にある。シリーズの魅力をそのままに「探索アクション」へと再構成し、挑戦しがいのある難度と遊びやすさを両立した。本稿はゲームレビューのあとにPC版の動作環境を紹介する。
『さよなら海腹川背ちらり』
販売元: アガツマ・エンタテインメント
プラットフォーム: Windows/PS Vita
発売日: 2015年10月6日(Windows版)/2015年4月23日(PS Vita版)
価格: 1480円(Windows版)/4800円(PS Vita版)
https://youtu.be/G3kRQu0QLLU
海腹川背シリーズはプラットフォーマー(足場を飛び渡るステージクリア制アクションゲーム)だ。自称ジャンル名「ラバーリングアクション」は、1994年発売SFC『海腹川背』、1997年発売PS『海腹川背・旬』で、高難度アクションゲームの名声を得た。本作はその最新作にあたる。
プレイヤーは主人公「海腹川背」(以下、川背さん)を操作し、ゴールのドアを目指す。フィールドは宙を浮かぶブロックを主体とした立体的な構造だ。それに対し、川背さんは身長程度のジャンプ力しかなく、手も足も届かない。ここでカギツメつきケーブル「ルアー」の出番となる。ルアーをブロックの壁面や天井にひっかけ、振り子の要領でブロックを飛び渡るのだ。このとき、ケーブルのゴムめいた弾力と、ケーブルを巻き取る力が川背さんにはたらき、映画「スパイダーマン」・アニメ「進撃の巨人」のような高速立体移動が実現する。そのゴムではじいたような勢いのアクションがジャンル名の由来だ。
エクストリームお散歩ゲーム
冒頭で記した本作の特徴をのべる前に、シリーズのゲーム体験を紹介する。川背さんに尋常ならざる機動力をあたえるラバーリングアクションは、操作技術に応じた創造的な攻略ルートを可能とした。自分で決めた攻略ルートとその突破が、足場ひとつ渡るだけでも課題と達成の相乗効果をうみ、「寄り道」という探究心・挑戦心をかきたてる。
創造的な攻略がいかなるものか、実例をもちいて説明する。最初の面は進むべき道筋を標識でしめしてあり、壁にルアーをかけての安全ジャンプや、壁よじのぼり、敵の排除といった基本的操作を学べる。だが、川背さんの目的はレベルデザイナーが定めた行動を的確におこなうことではなく、ゴールまでたどり着くことだ。ルアーをひっかける場所はフィールド上いたるところにあり、ゴール方向への直線的なショートカットに挑める。ゲーム体験の核はこのショートカット探しにある。
注目は、このショートカットが単なる時間短縮以上の意味をもつ点だ。ルアーで宙にぶら下がった川背さんには、振り子の力とゴム弾性が加わり大きなベクトルがかかる。ラバーリングアクションを象徴する高速立体移動は、それを意図した方向に放つことで実現する。ベクトル制御は難しく、足場を渡るごとに達成感を得るわけだ。先述したショートカット探しが操作技術に適した課題となり、達成感と連動してプレイ意欲をかきたてる。こうして、ショートカットの本来の目的「時間短縮」は、挑戦と模索の山に埋もれて脇にそれる。
簡単で安全なルートを本道とすれば、時間短縮が主ではないショートカットは寄り道といえよう。見慣れぬ道を通り抜ける挑戦心と、先の景色に期待する探究心を満たす遊びだ。この探索要素が、プレイヤーとレベルデザイナーの勝負を想起させないよう、のどかなBGMと昭和の学校や街角をモチーフとしたアートワークで「お散歩」に仕立ててある。もちろん、ラバーリングアクションの失敗が死に直結するエクストリームお散歩だ。見かけのレベルデザインを無視し、寄り道を貫き通す力「川背力」を問うゲーム体験は、プラットフォーマーに開放感、痛快な自由度をもたらした。
携帯ゲーム機の特性を生かしたゲーム体験の再構成
『さよなら海腹川背ちらり』の中核はラバーリングアクションをもちいた探索にある。これは旧作とかわらないが、提示する手法がちがう。携帯ゲーム機のハードウェア特性を生かすべく、ゲームモードを再構成して新たな遊びとした。それはゴールを探す探索アクションだ。
携帯ゲーム機にあわせた調整はふたつある。まずは画面サイズだ。PS Vitaの5インチモニタにあわせてブロックをおおきく表示すべく、カメラが川背さんにすこし寄った。旧作とくらべ視界は狭くなったが、これを逆手にとり、フィールドの隅々まで冒険してゴールを探すゲームとした。旧作ではスタート時にゴール地点を提示しているが、本作ではそれがない。前章で紹介した川背力は、フィールドをクリアするドアの探索に必要な要素となったのだ。
「探索アクション」へジャンルが変化したのにあわせ、高度な操作技術を要する探索が苦にならないようゲームモードも調整してある。残機・時間制限を廃してプレイしたいステージを直接選べるつくりとした。これは探索にまつわる試行錯誤の徒労感を軽減し、ラバーリングアクションの追求をうながす。また、プレイを中断する区切りがつけやすく、外出先で短時間遊ぶ携帯ゲーム機の可搬性を生かしている。
本作の特徴は携帯ゲーム機のハードウェア特性「画面サイズ」「可搬性」に配慮したものだが、それが緊張感の消失や見通しの悪さといったゲーム体験の劣化にならぬよう、ゲームモードを変更して旧作とちがう新たな遊びをもたらした。これまで副次的な選択肢であった「寄り道」がゴール探索に役立つ本作は、ラバーリングアクションの魅力を新規層に余すことなく伝えている。
さよならを告げるにはまだ早い
別れを予感させるタイトル名の本作『さよなら海腹川背ちらり』は、シリーズ作でもっともゲーマーに歩み寄った川背さんだ。ゴール探索で寄り道を肯定し、自分で決めた課題とその達成がうみだすプレイ意欲を純化した。旧作で完成の域にあったシリーズ作が、ゲームモードの変革でプレイヤー層の裾野を広げたのは評価に値する。シリーズ誕生から数えて20年。本作をもってラバーリングアクションはゲームとして完成した。
ゲームモードのほかにも新規層へ向けた調整がある。スローモーションやステージ途中復活などのキャラを追加。フィールドから悪名高い「川背返し」を撤廃。などといった難度の軽減だ。「超高難度ゲーム」という風評の強い海腹川背シリーズをこれから触るならうってつけの1本となろう。弊誌でも紹介したとおり、年末には更に難度が高い旧作のSteam版が発売する予定だ。本作で川背力をやしない、旧作にも挑んでもらいたい。
心残りなのは、筆者をはるかに上回る川背力をもつプレイヤーたちだ。本作の終盤(特にフィールド33・54)はとても難しいが、Tool-assisted Speedrun(通称TASさん)と互角の勝負ができる彼らは物足りなく感じるだろう。伝統の高難度面フィールド42もかなりやさしくなったので、鬱憤をかかえているにちがいない。彼らを満足させる唯一の方法、エディット機能を実現せぬまま別れを告げるのは、早すぎるのではなかろうか。デジタルディストリビューションで海外進出(旧作PC版は西洋初)した川背さんの売行きが、メーカーに続編の制作意欲をあたえることを切に願う。
PC版の動作環境
以上で本作のレビューとし、PC版の仕様を「コントローラ設定」「解像度」「フレームレート」の3点で記す。
コントローラ設定
コントローラ設定のアイコンはXbox 360ゲームパッドのものである。プログラム上の設定でキーコンフィグを直接設定でき、ドライバでゲームパッドを認識すれば設定できる。ゲーム内はPS Vitaでの誤動作をふせぐためスティック入力を無効としているが、オプションで可能にできる。
解像度
PS Vita版のままである。横976x縦544ピクセル。フルスクリーンはこの解像度を画面全域に引き延ばす。ゲーム内容が損なわれることはないが、大きなモニタではドットのギザギザ(ジャギー)が目立つ。なお、Steam掲示板に解像度をあげる手法が投稿された。耐えられないゲーマーは導入を検討されたし。
フレームレート
60fps安定。CPU、GPUともに負荷が少ない。筆者の環境(AMD FX-8350 + Radeon HD 7850)では、Steamブロードキャスト中に60fpsを下回った。
旧作からのファンがPC版をプレイすると、視界の狭さに不快感をおぼえるだろう。本稿で紹介したように携帯ゲーム機向けの仕様だが、ブロック表示サイズの問題がなくなるPC版では従来の視界でプレイしたかった。また、PS『海腹川背・旬』と同様、立体感を強調するパースでブロック端を見誤ってしまう点が改善されていない。リプレイ再生時のようにプレイ中のカメラ操作ができれば、視点をかえてゴールを探す遊びとして、ブロック端を見誤る不快感を打ち消すことができたであろう。