『Cosmonautica』は宇宙で貿易・運送会社を営むロールプレイングゲーム(以下、RPG)だ。陽気でコミカルな見栄えと裏腹に、会社経営と従業員管理の手腕をシビアに問うゲーム設計で、従業員を薄給で酷使するほど利益を得る「黒さ」をもつ。ゲームオーバーをふせぐ徹底した配慮はその黒い魅力を損なったが、手軽さをもとめるゲーマーの期待にこたえている。
『Cosmonautica』
開発: Chasing Carrots
発売日: 2015年7月31日
プラットフォーム: PC(Windows)/iOS/Android
価格: 14.99ドル(PC版・サウンドトラック付き)/6.99ドル(iOS/Android版)
プレイヤーは貿易商の社長で、宇宙船の船長だ。惑星から惑星へ乗客・品物を運び、運賃・利ざやを得て会社を大きくする。いわゆる貿易航海ゲームで類似作は多い。本作はジャンルの要点を押さえており、プレイヤーの品物売買で変動する市場、宇宙海賊とのリアルタイム制戦闘、禁制品の密輸、新星系の発見などを楽しめる。
本作の特色はふたつある。ひとつはアートワークで、コンセプトはレトロフューチャーだ。かつての人々が思い浮かべたバラ色の未来生活をカートゥーンタッチで描いている。画質設定に走査線のON/OFFもあり、レトロ調演出にこだわりがある。雰囲気をかもしだすBGMもディスコミュージック調で、人類が宇宙に希望をもっていた前世紀を想起する。
もうひとつの特色は宇宙船の移動だ。プレイヤーは船を一切操舵しない。宇宙船のクルーを住み込み契約で雇い、かれらにそれらを一任する。目的地をきめるだけのオートパイロットで単調作業から解放されたが、かわりに、船員の管理というデリケートな仕事を負うことになった。貿易・航海要素をもつ宇宙RPG『X3: Terran Conflict』『EVE online』を個人経営とするなら、さしずめ小規模企業といったところだ。本作の骨子はこの従業員管理シムにある。
設備稼働率!人件費削減!利益追求!
本作の主役は宇宙船とクルーだ。クルーを船内設備に配置して仕事させる。人気作『FTL – Faster Than Light』に似た内容だが、クルーは直接操作できない。かれらはみずからの意思で行動する。クルーの勤務環境や人間関係は労働意欲を左右し、船内設備の配置は仕事の効率に影響する。宇宙船の部屋数は有限で、貨物・乗客室の拡大とクルーの福祉を取捨選択しなくてはならない。ここに経営者と管理者の葛藤がある。
クルーの操作は勤務シフトの指定のみだ。シフトにスキルを割り当てると、操舵・修理・清掃など対応する設備で仕事する。シフト割当てのない休憩時間は、食事・排泄・睡眠といった欲求にもとづき、軽食スタンド・トイレ・ベッドといった福祉設備で欲求を満たす。この勤務シフト割当てと、仕事・福祉設備の配置で、間接的にクルーを操作するのだ。貿易や海賊退治といった仕事に役立つ設備は数多く、高レベルのクルーは風呂・運動・娯楽と、欲求の種類が多い。利益を見込み事業拡大すると、設備配置とシフト作成が難しくなるしくみだ。――もちろんこれは建前である。
利益を得るには人件費を削減すればよい。クルーへの給与は時間給ではなく日払いだ。長時間労働させれば時給が安くなる。当然、休憩時間が減ると欲求を満たせず労働意欲がさがりストライキするので、その都度、長めの休憩を与えて欲求を満たせばよい。また、福祉設備の数を減らし、貨物室・乗客室を増やすことで、設備稼働率を改善できる。勤務時間と同様、これもクルーの労働意欲と引き替えに利益を得る手法となる。
こうして、経営者の欲望をむきだして管理者の手腕を発揮すると、本作のレトロフューチャーで陽気な雰囲気とうってかわり、「蟹工船」のようなむごい労働環境ができあがる。この雰囲気と労働環境のコントラストは従業員管理シムに愉快な見栄えをもたらした。本作の舞台は冒険と危険に満ちあふれた宇宙ではなく、利益追求の冒険と管理失敗の危険に満ちあふれた宇宙船内だ。
ブラック企業化できないゲーム難度
従業員管理シムは管理項目が多く、ゲームの要点をつかむのに熟練を要する。本作は同ジャンル未体験のゲーマーでも気軽にプレイできるよう十分に配慮してあるが、過保護な配慮はゲーム設計を損なうほど難度をさげており、プレイ体験が薄まったように感じる。下記にその配慮を紹介する。
クルーの管理
クルーはレベルがあがると賃金と新たな欲求種類が増える。プレイヤーが許可するまでレベルアップせず、賃金と福祉設備を準備しやすい。また、新たな欲求は風呂・運動・娯楽の順で増える。予想外はなく対策を立てやすい。
経営とゲーム展開
航海中に研究でき、より効率の高い新設備をアンロックできる。利益を得ない航海でも、研究進捗が確実なゲーム展開を約束する。また、燃料費・食費といった船の維持費がない。支出はクルーへの賃金のみで会社の運営がわかりやすい。
人間関係
クルーは趣向をもち、同じ趣向の者がいると労働意欲があがる。最初からある趣向「食事タイプ」は3種類で、船員の趣向をそろえれば労働意欲を改善できる。乗客もクルーと同様に欲求をもつが、食事・トイレといった基本欲求しかない。不満だからといってクルーに暴力をふるうこともなく、クルーに直接関与しない。
これらゲーム要素への配慮で“わからん殺し”を排除し、初回プレイの2時間で不快感を与えないよう徹底している点は賞賛したい。だが、その配慮の相乗効果で「失敗するほうが難しい」ほどやさしくなり、利益追求やクルー管理の動機が薄れている。ゲーム時間の半分以上を占める航海=従業員管理シムに刺激が少なく、ハードコアな難度が好みのゲーマーは退屈を覚えるだろう。
もちろん、前章にあげた手法で、クルーの労働意欲と引き替えに利益を得るプレイはできる。よりスリルと危険をもとめるプレイヤーには、リスク・リワードが高い「禁制品密輸」「海賊退治」の仕事が用意してある。しかし、配慮がなかったアーリーアクセス初期のほうが、従業員管理シムというゲーム設計が色濃く出ていたのは残念だ。ゲームオーバーを避けるのではなく、ゲームオーバー後、もう一度プレイしたくなるゲームにしてほしかった。
成功が約束された宇宙生活
『Cosmonautica』は従業員管理シムという熟達が難しい内容を、ゲーム要素の徹底した配慮でプレイしやすくした。本作の愉快なアートワークどおり見た目も内容も陽気で、肩肘張らず気軽にプレイしたいゲーマーにうってつけだ。プレイヤーの貿易活動で変化する市場は、新星系の発見と市場開拓へいざない、やりがいがある。海賊退治も、癖のある3種類の武器に、シールド防御、ハッキング妨害、船体制御の要素が絡みスリル満点だ。これら事業拡大で利益は増し、圧倒的成長を満喫できる。新米船長でも飽きるまで成功を味わえるだろう。
前章で紹介したとおり、本作はハードコアな難度をもとめるゲーマーを対象としていない。これは数少ない、しかし、けっして小さくない欠点だ。より高難度のゲームモードがあれば、本作の骨子であった従業員管理シムは輝きを増していた。開発者は、公約を避けているが新たなコンテンツを追加する意欲を口にしている。今後の改善で、宇宙一のブラック企業を目指せるゲームになれば、貿易航海ゲームの代表作リストに名を連ねるだろう。