『バットマン:アーカム・ナイト』レビュー 末永く愛されるアメコミゲームの金字塔が誕生


バットマン:アーカム・ナイト』はRocksteady Studios開発のオープンワールド型のアクション・アドベンチャーゲームだ。アメコミでは最も有名なキャラクター、バットマンを主人公として操作するアーカム・シリーズの3作目にあたる。日本国内においてはPS4独占ゲームとなる。

 

アーカム・シリーズとは

本題の『バットマン:アーカム・ナイト』の前に、筆者なりにアーカム・シリーズの見解を述べておく。

 

・第1作『バットマン:アーカム・アサイラム』

review-batman-arkham-knight-001記念すべきシリーズ第1作。バットマンの格闘術の重み、バットマンの神出鬼没さをグラップリングによって3Dのステルスゲームとして落とし込み、まさにシリーズの方向性と基礎を作った。

このゲームの神髄は映画のバットマン作品から距離を置き、コミックやアニメをベースにしてオリジナルストーリーを展開した点にある。これまでのアメコミゲームは、映画のタイアップとして企画されたゲームが多く、コミックよりも映画がベースとなっていたことが多かった。しかしこの『アーカム・アサイラム』は、当時、バットマン映画最新作であった『ダークナイト』が大成功を収めていたのにも関わらず、参照元とはせずコミックとアニメのバットマンからエッセンスを頂きつつ、自由な発想のもと、ゲーム独自のバットマンを構築した点が挑戦的だったのだ。なお1988年に発表された同名のコミックがあるが、タイトルだけ借用しているだけで、関連性は薄い。

このゲーム以後、日本では多くが未発売ではあるが、あえてアメコミ映画とは距離を置いたアメコミゲームが多く登場しているのは、この『アーカム・アサイラム』の成功と裏腹の関係があるだろう。

 

・第2作『バットマン:アーカム・シティ』

review-batman-arkham-knight-002前作がアーカム精神病院内という閉鎖的な舞台だったのに対し、この『アーカム・シティ』では街まるごと舞台にしたオープンワールドゲームになった。このオープンワールド化と、グラップリングや滑空といったバットマン特有のガジェットと相性が良く、まさに「空のオープンワールド」といったところだ。シリーズとして大作ゲームとしての風格が一気に出たように思える。

前作の欠点として、次々と現れる個性的なキャラクターの見せ方に始終して、全体の筋書きの面白さが損なわれていた。その点、今作ではオープンワールドを採用したことによって、個性的なキャラクターはサブシナリオとして選択できるようにして、本編のストーリーは整理された。その結果、バットマンの特有の暗さと深みが出て、印象的なストーリーを作り上げることに成功した。

 

・オリジン『バットマン:アーカム・ビギンズ』

review-batman-arkham-knight-003アメコミはヒーローの誕生秘話や事件の発端を描く「オリジン」という伝統がある。バットマンのオリジンは幾つかあるが、ゲーム独自にオリジンを作り上げたエピソード0が本作だ。少々バグが目立つのと、前作がオープンワールド化というフルモデルチェンジを図ったのに対し、今作は前作より推理モードが強化されたぐらいで、システム的には特に代わり映えがしなかった。それゆえシリーズのなかでもあまり評価が高いとはいえない。今作だけ開発がRocksteady StudiosではなくWarner Bros. Games Montréalが担当していることもあって、外伝と思われていた部分もある。だが、それも『バットマン:アーカム・ナイト』が登場するまでの話だろう。

実のところ筆者は『アサイラム』『シティ』『ビギンズ』ときて、『アーカム・ビギンズ』をもっとも愛好している。このゲームは、バットマンと宿敵ジョーカーとのファーストコンタクトを描いているわけだが、これが単なる筋書きの面白さを追求しているだけではなく、これまで映画やコミックにもなかったバットマンとジョーカーの関係性に新たな方程式を加えている点が革新的なのだ。そもそも1986年のフランク・ミラーによるコミック『バットマン:ダークナイト・リターンズ』で、アメコミヒーローを批評的な視点から描き、勧善懲悪ものからアメコミの表現を刷新した点でアメコミファンには一際「バットマン」というのは重要な存在である。『アーカム・ビギンズ』はそこまでの偉業とはいえなくても、少なくてもアメコミ原作のゲームにおいては、最も踏み込んできたバットマンとジョーカーの解釈を提示している。

もちろん思想的な源泉はアラン・ムーアのコミック『バットマン:キリング・ジョーク』がある。『キリング・ジョーク』においてアラン・ムーアはジョーカーをモラルそのものを揺さぶる悪魔的な存在として描いた。映画『ダークナイト』は『キリング・ジョーク』のジョーカー像を引き継ぎつつ、アラン・ムーア版とは違い、ジョーカーの心理を描かないことによって、虚無的な存在まで消化した。これと比較すると『アーカム・ビギンズ』のバットマンとジョーカーの描写は『キリング・ジョーク』の鏡像的な関係性に戻っている。

だが『アーカム・ビギンズ』の場合、ここからさらに両者のある種の恋愛関係すらほのめかす。バットマンとジョーカーの共犯的な関係性まで言及されている点が斬新だ。なにせプレイヤーがジョーカーを操作し、ジョーカーの心理を知り、自己同一化を図るパートまであるのだ。

さきほど「ヒーローの批評的な視点を取り入れたのが『バットマン:ダークナイト・リターンズ』」と書いたが、同じく「バットマンとジョーカーの関係性そのものに批評的な視点を取り入れたのが『バットマン:アーカム・ビギンズ』」といえるだろう。この視点は『アーカム・ナイト』においても、色濃く取り入れられている。『アーカム・ビギンズ』の重要性は『アーカム・ナイト』をプレイすると、ますます輝きを放っているようにみえる。

 

そして最新作『バットマン:アーカム・ナイト』

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『アーカム・アサイラム』で方向性と基礎を築き、『アーカム・シティ』でオープンワールドゲームとして確立し、『アーカム・ビギンズ』が新解釈によって思想性を持つことになった。冒頭に第3作と書いたが、これは撤回したい。『アーカム・ビギンズ』に存分に敬意を払った4作目である『アーカム・ナイト』は、これまでの集大成的な要素も新しい要素も上手く噛み合わさった傑作だ。これまでアメコミのおもなメディアとしての「コミック」「映画」「アニメ」「小説」に、堂々と胸を張って「ビデオゲーム」が加わったようにすら感じる。その高い完成度を紹介しよう。

 

アーカム・ナイトとジョーカー

ゲームオリジナルの新キャラクター、アーカム・ナイト。軍隊を統率的に組織し、エフェクトがかった声とメカニックな風貌はたまらなく恰好よく、今作の目玉のひとつだ。アニメからコミックにフィードバックされたキャラクターであるハーレークインのように今後、アーカム・ナイトはコミックや映画に広く取り入れられていくであろう魅力的なオーラを放っている。その謎の正体はミステリー・アドベンチャーの面白さに一役買っている。

ここでネタバレをお許し頂きたい。時系列的に前作である『アーカム・シティ』のラストにおいてジョーカーは死んだにも関わらず、『アーカム・ナイト』ではジョーカーが登場する。なぜ死んだはずのジョーカーが現れるのかが、実際にゲームをプレイして確かめて頂きたいが、私は「なるほど、そうきたか」と感心した。前述したようにその描写は『アーカム・ビギンズ』のジョーカーを発展させた形になっており、ストーリーテリングの手段としても興味深いものだ。ただしあまりにもジョーカーが目立っているため、他の悪役キャラクターたちはほとんど噛ませ犬のようになってしまっている。だが『アーカム・ビギンズ』を踏まえると、おそらくこれこそが今作で表現したかったことのひとつなのだろう。さらにジョーカーの登場を引き立てるに演出に、プレイヤーのカメラ操作自体が大きく関わっている。この演出はまさにゲームならではの表現だ。

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オープンワールドゲームの移動の問題を克服

今作の最大の変化はバットモービルを実際に操作できるようになったことだ。一部制限はかかるものの、ゴッサム・シティのほとんどの道路上で、ボタンひとつでバットモービルを呼び出すことができる。しばしば車が出てくるオープンワールドゲームでは、車両が大破したがために、乗り換える他の車を探したりして進行が止まり、わずらわしく感じる部分があった。敵車両からの攻撃にはダメージは受けるが、バットモービルは壁や障害物に衝突してダメージ受けず、大破する心配はない。いくらでもスピードを出していいのだ。最初こそクセを感じるのだが、非常に小回りが利く操作性になっており、狭い場所に入ってしまい抜け出せないなんてこともない。今作のバットモービルはオープンワールドゲーム史上もっとも利便性を誇る車だろう。

一方、上空においてはグラップリングの強化である。建物の外壁に登るのがグラップリング、グラップリングのあとに上空に飛翔できるのがグラップネル・ブーストである。今作では前作と比べても単純にグラップリングのスピードがあがったのと、グラップネル・ブーストの飛翔の距離が伸びたことによって、滑空時間の確保が容易になった。つまり地上の移動はバットモービル、上空の移動はグラップリング・ブースト、これらを組み合わすことによって、陸のオープンワールド、空のオープンワールドとしてもはや死角がない面白さを獲得している。

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もしあなたが高級ヘッドホンや高級スピーカーを所有しているなら、音の設定を「Proヘッドホン」か「大型スピーカー」に設定してみよう。バットモービルの重く響くエンジンの重低音がさらに迫力が増すはずだ。これからの大作アクションゲームはよりサラウンドの工夫が求められてくるだろう。

 

舞台とスタイル――ハードボイルド・シティ

バットマンがコミックで最初に登場したのは1939年にさかのぼる。これはもっとも有名なハードボイルド探偵フィリップ・マーロウが最初の長編に登場した年でもある。フィリップ・マーロウが「卑しい街をゆく高潔の騎士」と表現されたり、バットマンが「世界最高の探偵」「ダークナイト」と表現されたりするわけだが、映画版のバットマンはそのあたりが強調されているわけではないので、馴染みがない人もいるかもしれない。そのハードボイルド要素を特に強調したのが前述したフランク・ミラーの『ダークナイト・リターンズ』なのだが、『アーカム・ナイト』はその流れを汲んでおり、アーカム・シリーズでもっともハードボイルドな作風になっている。

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そのハードボイルドを彩るのがUnreal Engineによるグラフィックだ。ハードボイルド探偵は心理ではなく行動によって存在を証明するので、仮面をかぶった寡黙なバットマンの心理を推し測るには、次世代のグラフィックは相応しい。

それにゴッサム・シティだ。今作では映画『ブレード・ランナー』風のネオンが彩る摩天楼の未来都市が採用されている。ゴッサム・シティは入り組んだ立体的な構造になっており、オープンワールドゲームにありがちなハリボテ感はない。雨が振っており、濡れた路上やバットスーツの美しさはまさにハードボイルドに相応しい。この美しくも卑しい街をバットモービルで突き抜けてもいいし、上空から眺めてもいいわけだ。

 

謎解きと2種類の戦闘

これまではリドラーというサブイベントとしてパズル要素はあったのだが、今作では本編においてもいくつかのパズル要素がある。ただしストーリーとシチュエーションに合致した論理性のある謎解きになっており、難易度低めだ。アクションゲームとパズル部分のメリハリはついており、ちょうどよい配分に感じた。肉弾戦においては前作のカウンターの表示のタイミングがずれていたのが修正されており、より自分が思うままの戦いができる。だが、今作の新要素である戦車との戦いが多く少しクドく感じた。戦車との戦い自体は面白いのだが、その回数が多すぎるのだ。私としては難易度をカジュアルにしたほうが、戦車との戦いをテンポよく進められるのではないかと思う。高難易度でやりたければクリア後に現れる「ニューゲーム+」で挑戦すればいい(なお一周目の難易度によるクリア特典トロフィーはない)。特に前作であれだけ死闘を繰り広げたデスストロークと肉弾戦を交わさず、戦車だけで決着がついたのはいささか残念に感じた。

またインタラクトできる箇所がシビアな部分があり、調べているはずなのに反応しないときがある。これに関してはリドラーの謎解きなどでは大きな足枷となっている。できるなら今後パッチで修正を期待したい。

 

ゲームが先か、アメコミが先か

最後に批判点を加えたが、長年のコミックで培われたバットマンという作品、そしてアーカム・シリーズの経験が惜しみなく投入しており、まさに総決算という出来栄えである。『ダークナイト・リターンズ』というアメコミの金字塔を打ち立てたバットマンが、再びゲームにおいても金字塔を打ち立てたことは歓迎したい。

だがコミックから参照するあまり、アーカム・シリーズでこれまで出てこなかったキャラクターが大勢出てきているのも事実であり、シリーズを全てやっていたとしてもコミックを読んでいなければ、バックストーリーが完全に理解できないこともあるかもしれない。だが、これに関してはゲームが先であっても問題ないと思う。展開に置いてきぼりを感じるような不親切な作りにはなっていないから安心して欲しい。映画やコミックに触れていれば、このゲームをやらない手はないし、ゲームをやればきっと関連コミックに手を出したくなるはずだ。『アーカム・ナイト』ではコミックの名シーンが映像として再現されており、コミックを読めばこれはゲームであったシーンだと発見があって、さらに楽しめるはずだ。

最後に、困難極まるリドラーを全て解かないと真のエンディングには到達できないが、やりきったときのバットマンとプレイヤーの表情はシンクロするはず。難易度は高いが、ぜひやりきって真のエンディングを見て欲しい。またクリア後に追加される「ニューゲーム+」でのオープニングの微細な変化も注目だ。

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