『Pandora: First Contact』(以降: Pandora)は人類の末裔が未開の惑星に入植する4Xターンベースストラテジー(以降: 4X-TBS)だ。発売日は2013年11月14日、拡張パックの『Eclipse of Nashira』は2014年9月19日発売。販売はSlitherine、開発はproxy-studios。プラットフォームはPC(Windows, Mac, Linux)。
トレイラーのキャッチコピー”The spiritual successor of Alpha Centauri”は、直訳すると「アルファケンタウリの精神的後継」。名作4X-TBS『Sid Meier's Alpha Centauri』(以降: SMAC)を継ぐものとして名乗りをあげた。しかし、本作はそのキャッチコピーで興味をもったゲーマーの期待に応えていない。だが、1年ものアップデートと拡張パックを経て、「敵国より強いユニットを敵国よりたくさんつくるゲーム」すなわち古典4X-TBSの純化に成功した。
SMACクローン
精神的後継という単語は、ゲーム・映画など知的財産に厳しいエンターテイメント業界における「クローン」と同じ意味ととらえることもできる。『ロックマン』シリーズと『Mighty No. 9』の関係はこれにあたるだろう。『SMAC』クローンを自称する『Pandora』は元作品の要素を踏襲しつつ、最新ゲームとして内政システムやユーザーインタフェース(以降: UI)に改善をくわえた。改善方法に目新しさはないものの、そつなくこなした点は評価できる。
しかし、それら元作品の要素だけでは興味を持続しづらい。15年前に発売された『SMAC』が後世に多大な影響をあたえ、4Xストラテジー全体に拡散・浸透した要素である。つまり、今となっては目新しさがなくなったのだ。
そのうえ、ゲーム力学の簡略化で元作品から一部の要素を削除し、ゲーム展開の選択肢にとぼしい。さらに、戦力差のみを判断する外交は戦争主体のゲーム展開をつくりだす。技術交換や都市委譲がなく、宣戦布告と不可侵条約のみが焦点になる外交ゆえ、実質、制覇勝利以外の選択肢はない。都市とユニットをつくりつづける「いつもの」スパム戦略に収束する。
本作のキャッチコピーが怪訝なあつかいをうけた原因はここにある。新しいプレイ体験を得られないのだ。古参ファンやレビュー誌に凡作と評されてから1年後、本作は拡張パック『Eclipse of Nashira』で彼らに答えをだした。それは、新しいゲーム展開をもたらす独自要素ではなく、その真逆、スパムを肯定した従来要素の深化だ。
拡張パックであきらかとなる本作の設計思想
スパム戦略は4X-TBSのデザインにおいて汚点とされるが、スパム戦略そのものが汚点ではない。それで容易に制覇勝利できるのが汚点なのだ。毒を食らわば皿まで。リリースから1年かけてアップデートを繰り返した『Pandora』は、生半可なスパム戦略では生き残れないスリリングなゲームに生まれかわった。
無料アドオン『Return of Messari』、拡張パック『Eclipse of Nashira』であわせて4つの要素が追加された。敵都市に近い都市を所有すると効率があがる「スパイ」。海岸沿いの都市と海上ユニットの有用性をあげる「海タイル」。より好戦的な原生生物が出現する「大日食」。そして古代種族Messariが人類に侵攻する「人類終焉の日」。これら従来要素の深化と、これを前提としたAIルーチンがゲーム展開を制覇勝利に誘導する。
なぜ、追加ではなく深化を目指したのか。答えはボードゲーム大国ドイツにある。本作は開発スタッフにドイツ人を含み、文章だけでなく音声もドイツ語をサポートする。そのおかげで、リリース時から4X-TBS総合掲示板「civforum.de」といったドイツ人コミュニティでマルチプレイが人気を博した。開発もその流れを良しとし、国際トーナメントを公式に開催している。また、2014年5月(バージョン1.3.0)で観戦モードを追加した。この機能は競技用RTSではおなじみだが、4X-TBSでサポートするのはめずらしい。(リンク:開発者vsプレイヤーの観戦モード視点)
世界有数のボードゲームイベント「Essen SPIEL」が開催されるドイツ。そのマルチプレイヤーからフィードバックを得たことを鑑みれば、ソリティア向けの目新しいルールではなく、マルチプレイに適した要素の深化、バランシングに注力したのも理解できよう。
この視点で改めて特徴をあげると本作の真価がわかる。制覇勝利を誘導するゲーム展開。戦力差だけで顔色を変えるAI。技術交換がなくスパイユニットで妨害する研究レース。これらは、対戦相手が活用できないゲームシステムを欠陥と見なすプレイヤーや、ソリッドなゲーム力学で4Xストラテジーの「殲滅」を楽しみたいプレイヤーへの答え、すなわち古典4X-TBSの純化だ。
ビヨンドシヴィライゼーション
始祖『Civilization』よりつづく、「敵国より強いユニットを敵国よりたくさんつくるゲーム」を古典4X-TBSと呼べば、本作の真価があきらかとなる。リリース当初の本作は『SMAC』を今風に再構成したクローンだった。しかし、ドイツのマルチプレイヤーコミュニティによるフィードバックで古典4X-TBSの純化に成功した。
ジャンルの限界を超えようと新要素を追加し破綻するゲームは数あれど、練磨をかさね限界をあげることで新たな領域に到達するゲームは少ない。本作は古典4X-TBSの限界をひきあげ、競技用4X-TBSという新たな領域に到達している。
このかがやきを持ちながらも、演出面でクローン元を下回るのが残念だ。研究完了のカットシーンが使いまわしで喜びが薄い。国家ボーナスを得る「プロジェクト」の完了もご褒美演出はない。党派主導者の表情がわかりづらい。動画もプロローグとゲーム中のイベント1つのみ。ゲーム勝利時のファンファーレも動画・エピローグがない。この部分が『SMAC』に比肩する内容であれば、この競技用4X-TBSはシングルプレイヤーにも歓迎されただろう。