『Out There』は古典SF小説「冷たい方程式」の現代版だ。宇宙ゲームファン、そしてSF小説ファンは本作を見逃してはならない。また、骨太なローグライクを楽しみたいゲーマーは、スマートフォンで遊べる本作を手にとって欲しい。
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『Out There』
発売日:2014年02月27日
対応プラットフォーム:iOS、Android
価格:4ドル
開発:Mi-Clos Studioなお、グラフィックの一新、サウンド・ストーリーを追加したPC版『Out There Omega』は2015年発売予定。今週火曜日(日本時間1月28日)に公式トレイラーが公開された(公式ツイッターより)。注目されたし。
物語は、木星を目指した宇宙船が事故で航路を失い、はるか遠くの星系まで流されたところから始まる。目的は太陽系への帰還だが、その旅路は長く、無補給でたどり着くことができない。太陽系を目指しつつ、行く先々の星系で燃料・酸素・資源を補給していくことになる。これをゲームにたとえるなら、ゴール地点を目指す「探索サバイバル」ゲームといえるだろう。パルプフィクション調のコミックアートによる愉快な宇宙「探索」と、呼吸すらままならない究極の極限環境といえる宇宙「サバイバル」を、シンプルなユーザーインタフェースでまとめている。
この探索サバイバルゲームは、『ローグ』から始まり、今ではさまざまなジャンルに普及した人気の要素だ。近年では『Don't Starve』などがあげられる。本作のサバイバル要素は、公式サイトで「戦闘はない! あなたは環境に立ち向かう」とあげるとおり、「インベントリ(アイテム)管理」と「クラフト」に集約している。筆者がおもしろく感じたのは、この強固なゲームルールが、古典SF小説『冷たい方程式』と、それにつづくフォロワー作に類似した点があるということだ。
「冷たい方程式のゲームルール」
宇宙におけるインベントリ管理を如実にしたのは、先述した古典SF小説『冷たい方程式』(トム・ゴドウィン/ 1954年)だろう。定員1名の宇宙艇EDSに密航者を発見するという、極限環境で物理と人間性が衝突するさまをえがいた短編だ。ゲーム用語で解釈すれば「倉庫がいっぱいです。不要なアイテムを捨ててください」で、多くのゲーマーが頭をかかえてきた選択といえよう。ちなみに、小説では冒頭に答えが書いてある。
"それは、空間条例の第八条にある非情な項目Lにそっけなくはっきりと述べられている規則なのだ。EDS内で発見された密航者は、発見と同時に直ちに船外に遺棄すること。"
(トム・ゴドウィン『冷たい方程式』より転載)
探索サバイバルゲームの本質はインベントリ管理であり、失うものの吟味と、得るものの吟味に、すべてのゲーム要素がかかわる。本作では、燃料・酸素・鉄(探索活動で傷つく船体・主要パーツを修理する)をつねに消費する。備蓄がなければ、いつ死んでもおかしくない。また、後述するクラフトで得られる強化パーツやその材料も確保しておきたいのだが、インベントリ枠は有限のため無制限に確保できない。だいたいのものが今必要か、今後必要になるものだ。
冷たい方程式はストーリーとルールを強固に結びつけ、インベントリ管理を主人公につきつけた。本作のプレイヤーは、生存というリワードをかけてそのリスクを吟味する。
なお、冷たい方程式における人間性については、サバイバルシム『This War of Mine』のほうが色濃い。戦争という極限環境で生存をはかろうとして人間性を失い狂気におちいるゲームだ。弊誌石元も「あなたが見逃すべきではない2014年発売のビデオゲーム」としてとりあげている。一読されたし。
「アポロ13におけるクラフト」
冷たい方程式は物理と人間性の衝突をえがいた短編だが、もちいられたロジックが好評を博し「方程式もの」として多くのフォロワーを生んだ。興味がある方は、wikipediaに関連作がまとめてあるのでそちらを参照されたし。関連作を要約すると、物理から人間性をまもるために、ルール内で知恵を働かせるものだ。その知恵の種類は大きく2つあり、ひとつは搭乗員を仮死状態にして資源の消費をおさえる、などといったインベントリの吟味。もうひとつは、アイテムを加工してあらたなアイテムをつくる「クラフト」だ。
それら方程式ものでもっとも有名なのは、映画『アポロ13』(1995年)であろう。内容はNASAの有人月飛行ロケット「アポロ13号」の事故にもとづいたもので、ミッション中に発生したトラブルで機能不全におちいった宇宙船を、乗組員と管制塔の努力により復旧する物語だ。実話版"方程式もの"といえよう。映画中、既存のユニットを分解して得た部品を使い、生存に必要なユニットをつくるシーンがある。まさに探索サバイバルゲームにおけるクラフトだ。
本作『Out There』も同様に、チュートリアルで冷凍冬眠ユニットを解体し、そのリソースでFTLユニットをクラフトするシーンがある。アイテムの優先順位を吟味し、順位が低いものを分解し、それらの材料と別の材料をくみあわせ、必要なアイテムをつくる。このチュートリアルはパーツの分解とクラフトを説明したものだが、奇しくも、先に紹介したアポロ13のクラフトとシーンと似たものになった。サバイバルにおける普遍的な要素だからだろう。
ゲーム技術の面でみて、クラフトが多くの探索サバイバルゲームで採用された理由をあげておく。理由は大きく分けて3つある。一つめは、アイテムを得る可能性があがる。二つめは、インベントリ管理にあらたな次元をもたらす。そして三つめは、プレイヤーの経験を生かすことができる。プレイヤーが置かれた状況に対し必要なアイテムや、今後必要となる材料を理解すれば有利になる。有利は生存に結びつき、生存時間が延びれば上達を実感できるだろう。
アポロ13号が無事に地球へ生還できたのは、乗組員と管制塔が経験を生かしたからだ。同様に、探索サバイバルゲームは、トライアンドエラーをかさねて得た経験を生かし生存の可能性をあげる。クラフトはまさに、冷たい方程式を解くための四則演算だ。
「SFの思考実験と、ゲームのルール」
「冷たい方程式」はそのロジックによりさまざまなフォロワーを生み、クラフトにたどり着いた。「ローグライク」も同様にさまざまなフォロワーを生み、サバイバル要素を純化させクラフトを内包した。もちろん、クラフトがなくても楽しい探索サバイバルゲームはあり、解決できないからこそ本題を浮き彫りにする"方程式もの"もある。ジャンルの歴史として知っておけば、本作『Out There』の魅力をより深く味わえるだろう。根底に強固なルールがあり、ルールが厳密であるほど生存のよろこびが増す。SFとゲームが同じ道のりでクラフトにたどり着いたのは興味深い。
"ハードSFにも、いろいろな定義のしかたがある。わたしのお気にいりは、構成にかかわるもの。「科学や科学的考察をとり除いてしまっても深刻なダメージを受けない小説は、もともとハードSFではなかったのだ」というやつである。"
(チャールズ・シェフィールド『マッカンドルー航宙記』序文より転載)
本作はその厳しいルールが苦になりすぎないよう、宇宙探索パートに愉快なランダムイベントや、おもわぬ幸運を用意している。もちろん、サバイバルパートと同様、探索パートも経験を生かす機会がある。本作独自要素「異星人語の解読」がそれだ。単語はゲームごとにランダムで変化するが、本文は変化しない。プレイをかさねて本文を覚えると解読済みの単語をもとに本文を推測でき、資源やクラフト設計図を得られるのだ。経験を発揮する機会を設けたことで、運ゲーにおちいりがちな探索パートに深みを持たせている。
アクション要素も戦闘もなく、たったひとりの主人公と胸中をかさねながらスローペースでプレイできるため、ゲームに不慣れでも楽しめるだろう。手慣れてくるとハイペースなプレイも可能だが、できれば、航宙ログというかたちで表示されるランダムイベントを読んでいただきたい。ゲームに興味があるSF小説ファンや、SF小説に興味があるゲームファンへの、最初の手引きとなるだろう。本作はゲームとSF小説の架け橋で、その土台は強固なゲームルールだ。設計は、クラフトという四則演算で求めた冷たい方程式で成り立っている。
余談:「方程式もの」の、その後
最後に、かつて人気ジャンルであった「方程式もの」の、その後について触れておこう。80年代でNASA・ソ連の宇宙開発が失速したのにあわせ宇宙船を題材としたSF小説は数を減らし、同時期のパソコン革命・サイバーパンクの流行を経たことで、コンピューターに魂をアップロードするトランスヒューマン化が解決策の主流となった。それについては、民間宇宙企業から技術的特異点まで幅広くとりあつかった、ノンフィクション『不死テクノロジー』(エド・レジス/ 1993年)を一読されたし。
また、宇宙船はコストパフォーマンスの改善をつづけている。無人ロケット「アンタレス」の地球重力圏脱出費用は100gあたり5200ドル。美品の「Black Lotus」はおろか、サイの角よりも安いのだ。さらに、宇宙進出のコストパフォーマンスを大幅に改善する軌道エレベータについては、日本企業の大林組が2050年に建設する構想を発表している。人類は外惑星進出に近づきつつあるといえよう。人類の宇宙進出に興味を持たれたならマンガ『超人ロック 冬の虹』・『宇宙兄弟』をおすすめする。
人類が外惑星進出するとなれば、ふたたび方程式ものの人気が再燃するだろう。それまで待てない方は『火星の人』(アンディ・ウィアー/ 2014年)をいますぐ読まれたし。宇宙開発時代黎明期、火星にひとり取り残されたエンジニアが、持ち前のウィット・エスプリ・ユーモアを生かして宇宙と立ち向かう、最新の方程式ものだ。探索サバイバルゲームのルールを意識して読めば、航宙ログによる構成が主人公が自身を俯瞰視し、ゲーム実況プレイを彷彿とさせてくれる。SF小説にあかるくなくとも楽しめるだろう。