『Offworld Trading Company』プレビュー 戦場の霧ならぬ市場の霧がたちこめる経済RTS
筆者が「2015年 期待の新作ビデオゲーム」で紹介した『Offworld Trading Company』は、新しいリアルタイムストラテジー(以降: RTS)だ。RTSに挑戦し、挫折したことがあるプレイヤーは本作に挑んでみてほしい。スクリーンショットや公式の紹介文を一見して、『StarCraft 2』や『Age of Empires』といった人気作の類似品ではなく、『モノポリー』や『いただきストリート』といったボードゲームのような印象をうけた慧眼な読者もいるだろう。その印象の正体は、操作量の優劣をなくし、"戦場の霧"を再定義した点だ。本稿ではその新しさを紹介する。
- 『Offworld Trading Company』
開発: Mohawk Games
販売: Stardock Entertainment
プラットフォーム PC(Windows, Mac)
発売日 2016年予定steamアーリーアクセスを2015年2月12日(日本時間2月13日)開始
プレイヤーは火星を開発する企業の社長となり、ライバル企業の株をすべて手中におさめ吸収合併すれば勝利となる。戦闘ユニットは存在せず、開発者が"経済RTS"と名付けるとおり経済活動のみで戦うゲームだ。具体的には、借金しながら設備投資し、物資を採掘・加工・売買し、その利益でライバル企業の株を買う。売上が仕入より多ければ勝つ、現代社会の縮図である。開発者が影響をうけたゲームのひとつに『M.U.L.E.』(1983/EA)をあげており、それの中核といえる「競売」は本作の骨子となっている。
金は力だ
本作の特徴は戦闘ユニットの不在だ。企業間の闘争はすべて物資の売買や競売で解決する。つまり、戦闘ユニットは資金そのものであり、金は力なのだ。競売そのものは珍しいゲーム要素ではない。先にあげた『M.U.L.E.』ではプレイヤー間の物資売買があり、高値で売りつけて優位を得る。ボードゲームデザイナー、Reiner Knizia氏の3大競りゲーム『ラー』『モダンアート』『メディチ』はボードゲーム界隈で有名だ。また、読者の中にも、オンラインオークションや魚市場で競売を体験された方はいるだろう。競売における戦闘力は資金であり、資金の多い者が競り落とす。だが、勝ち負けの観点でいえばこの考えは一側面であり、競売の核は「売買した物資でどれだけ利益を得られるか」にある。
本作は間接的に競売を取り入れ、リアルタイムで変動する市場価格とした。プレイヤー間ではなく市場に売買することで、ゲーム時間を一時停止することなく、好きなタイミングで売買できる。市場は無尽蔵だが、プレイヤーが物資を買うたびに市場価格は上がり、逆に、物資を売るたびに市場価格が下がることで、損得による制限がある。市場と物資を売買するRTSは『Sins of a SOLAR EMPIRE』などいくつかあるが、戦闘ユニットが存在しないことを加味すれば全く別のゲーム要素となる。従来作では物資で戦闘ユニットをつくり、それを用いて相手を妨害することで、来るべき決戦で勝敗を分かつ戦力差をつくる。つまり、戦闘ユニットは相手から利益を得るために存在する営業マンだ。本作はそこに着眼し、戦闘ユニットを介さず、物資そのもので市場価格を通じて相手から利益を得ることを可能にした。つまり、戦場は、市場だ。
ゲーム展開を通してこれを説明する。誰かが物資を求めており、誰かは市場に売却したいとする。このとき、先に買いの声があがれば市場価格は上がり、売却者は得をする。逆に、売りの声が先なら市場価格は下がり、購入者は得をする。これにより、市場を通じて売り買いの声をあげるタイミングで損得がかわる。また、全員が同じ物資を求め、全員が同じ物資を抱えようものなら、求める物資の価格は上がりつづけ、売却したい物資の価格は下がりつづける。この状況では売上より仕入が大きく企業は回らない。これを避けるには、誰かが求める物資を生産するしかない。これらの要素により、市場価格を通じて誰かを攻撃する状況がうまれ、企業は回り、市場は大きく変動する。だが、このゲーム展開をつくるため、従来のRTSから排除しなくてはいけない要素がある。それは操作量の優劣だ。
操作リソースの排除
操作量はRTSにおいて重要だ。"操作リソース"という概念があるように、操作量というゲーム外要素はゲーム内物資に変換できる。ちなみにその操作量には単位がある。Actions Per Minute(APM)という、1分間にどれだけ操作できるかという数字だ。平均的なゲーマーは100APM、プロゲーマーは300APMといわれている。ゲーム周辺機器メーカーRazerは、2011年のエイプリルフールに「Razer Talon」というゲーミンググローブを告知したが、そこに書かれた3000APMがあればどんなプレイヤーでも圧倒できるだろう。もちろんエイプリルフールのジョークコンテンツであるが、リアルタイムな判断が必要となるゲームにおいてAPMが重要なのは間違っていない。
例えば『StarCraft 2』ではワーカーに事細かく指示することで物資回収の効率が上がる。『Command and Conquuer 3』ではゲーム開始時の余剰物資獲得とその妨害に多大な操作量を必要とする。『League of Legends』ならば、チャンピオンの戦闘が物資回収をかねており、キル・アシストを選択することで配分先をきめる。この操作リソースの要素は、RTSがプロスポーツとして愛される要因のひとつでもある。
それらと違い、本作『Offworld Trading Company』は先に述べた市場価格システムを機能させるため、施設の保持数を有限とした。それも、序盤では物資が不足し市場の利用を強要される数だ。これにより、操作量がどれだけあろうと他プレイヤーと同じ施設数で物資を得ることになり、操作リソースによる差を競うことができない。また、市場価格は売買で変動するため、先に述べたとおり売り・買いのスピードよりもタイミングが重要となる。この市場価格もまた操作リソースにより優劣がつくことを防いでいる。もし仮に操作リソースの優位をゲーム内物資に変換できるなら、この経済RTSは成り立たなくなる。
操作リソースは、ゲーム内物資への変換とは別に、あとふたつの使い道がある。そのひとつは戦闘ユニットを操作して効率を上げる点だが、本作は戦闘ユニットがいないため除外する。もうひとつは視界の確保だ。RTSの序盤においては物資回収にならんで重要な要素であるが、本作はこれを排除するため、視界の確保という要素自体を排除している。
戦場の霧の再定義
本作では視界を制限されることがない。プレイヤー本社の場所をきめるゲーム開始時のみ見える範囲が限定されるが、ほどなくしてライバル会社の位置や施設、埋蔵資源などすべてあきらかとなる。この設計は「戦場の霧」(Fog of War)という戦争の基本的概念を本作の戦闘システムにあわせたものだ。先に結論を述べると、戦場の霧は資本が戦う市場にかかっている。
視界制限はストラテジーゲームの根底をなす重要な概念だが、それを指し示す便利な言葉がある。ストラテジーゲームのゲームオプションで視界制限にまつわる項目に名付けられた「戦場の霧」がそれである。戦場の霧はストラテジーゲームにおける視界制限の別名とされるが、視界制限と戦場の霧は別物だ。戦場の霧は戦争における不確実性の総意である。19世紀の軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツの著書『戦争論』、第2部24項で「霧のなかや月明かりのなかで物を見るような」という表現があり、そこから戦場の霧という表現が知られるようになったものと思われる。しかしその項では、戦争のすべての事実がきわめて不確実であることが、戦争における独特な困難さであると述べており、その不確実さは視界にかぎった話ではない。そして、その効果は同書の基本的概念を記した第1部の18項で述べている。
”いかなる最高司令官といえども自分の陣営については正確に概観できても、敵軍陣営については不正確な情報に頼って推論する以外に手はない。 (中略) そのことが「戦争の本質に反することなく軍事行動の停止をもたらす」自然的原因のひとつとして考えられることだけは確かである。”
(中公文庫「戦争論〈上〉」より)
これにより戦場の霧=情報の不確かさは軍事行動の停滞をもたらし、攻め時を見失う要因となる。これはすべてのストラテジーゲームにおいても同様だ。そのために敵情収集の斥候を出すのだが、RTSでの斥候における情報収集は操作リソースが優劣を分かつ重大な要素だった。本作は視界制限をなくしたことでそれを防いだが、戦場の霧そのものは失われていない。むしろ、本作の設計にそったかたちで強調されたといえる。戦闘は市場という戦場で発生するからだ。先に引用した一文にあてはめると、自軍陣営が保有するリソースは正確に概観できるが、敵軍陣営であるライバル企業が保有するリソースは推測するしかない。市場の変動は推測に頼るしかなく、かくして戦場の霧は発生する。視界制限をなくしたのは、戦場の霧ならぬ市場の霧を強調するためだ。
視界制限がなくなったことで敵情収集に操作リソースを大きく割くことはなくなったが、マップの観察が重要なのはかわらない。ライバル企業の不足物資を知る数少ない手段だからだ。もし、妨害工作(海賊・EMPなど)でライバル企業の物資生産を止め、需要物資を唯一供給できる企業となれば、独占というおいしい立場を得られる。当然、ライバル企業も独占を阻止しようとするだろう。視界制限がないため、これら独占・妨害・阻止は操作リソースをほとんど必要としない。問われるのは、かぎられた時間でその価値があるかどうかを判断する能力だ。
本作の新しさは思考リソースを競う設計にある
かくして、操作リソースを防ぐ設計により、もうひとつのプレイヤー側リソースが強調された。それは前章の最後に述べた判断する能力、"思考リソース"だ。思考リソースは時間単位で推論できる思考量だけでなく、断片情報を統合し関係を抽象的にとらえる力でもある。RTSにかぎらず、ストラテジー全般でいえばこの思考リソースを問うゲームは数多くある。将棋・チェスなどをはじめとするボードゲームがそれだ。もちろんこれら手番交代制のゲームだけでなく、コンピュータゲーム特有の同時手番制ゲームにもある。それは、ターンベースストラテジー(以降: TBS)のマルチプレイだ。
TBSのマルチプレイは、スムーズなゲーム進行となるよう、ターンに制限時間が設けられることが多い。1ターン3分とするならば、その単位時間で変化する盤面を把握し、現状の対策と今後の展望を考えねばならない。本作が思考リソースに着眼したのは、本作のリードデザイナーであるSoren Johnson氏が、有名作『Sid Meier's Civilization IV』のリードデザイナーでもあることを鑑みれば納得のいくものだろう。TBSマルチプレイの持ち時間を極限まで縮めてRTSとし、RTS固有の操作リソースを排除することでTBSマルチプレイの本質、思考リソースを強調したのだ。
本作『Offworld Trading Company』は、従来のRTSで要求されていた操作リソースの量を乗り越えられずに挫折したプレイヤーも、TBS・ボードゲームのファンも楽しめる"新しい"RTSだ。その新しさは、TBSマルチプレイに求められる"思考リソース"を競う設計にある。その思考リソースにActions Per Minuteといった単位はなく、熟考を重ねた英断で、稚拙な速断に勝ることもできる。TBS・ボードゲームに長考を良しとしない風潮があろうとも、RTSの長考は時間というゲーム内物資を支払って得るものゆえ、とがめる者はいない。プレイヤーのペースで思考の強さを発揮できる本作に注目してほしい。