『Hacknet』レビュー ハッキングに憧れるすべての人のための疑似体験

『Hacknet』は架空のOSを通じたハッキング・シミュレーターである。タイトルと同名のOSを操るプレイヤー自身が主人公となり、失踪したハッカー「Bit」の消息を追って、架空のインターネット上に存在するいくつものサーバーに攻撃をしかけて情報を集めていく。

Hacknet』は架空のOSを通じたハッキング・シミュレーターである。開発元はSurprise Attack Gamesで、発売日は2015年8月2日。執筆時のSteamでの販売価格は9.99ドルだ。タイトルと同名のOSを操るプレイヤー自身が主人公となり、失踪したハッカー「Bit」の消息を追って、架空のインターネット上に存在するいくつものサーバーに攻撃をしかけて情報を集めていく。プログラミングについてなんの知識もなく、コマンドプロンプトでpingを送ったことがある程度の経験しかない筆者でも、プレイを続けることで自分が本物のハッカーになったような高揚感を得ることができた。

架空のOS起動画面。生まれてはじめてプライベート・サーバーを立てたときのような高揚感がある
架空のOS起動画面。生まれてはじめてプライベート・サーバーを立てたときのような高揚感がある

ゲームを開始すると、まず架空のOSのブート・シークエンスが始まり、起動が終了すると「Bit」という人物からのメッセージが現れる。「やあ。……想像していたよりも変な感じだな。たぶん僕は過去形でこの文章を書くべきなんだと思う……でもこれで終わりだと認める気になれないんだ。僕の名前はBit。もしきみがこれを読んでいるなら、僕はすでにこの世にいない」。メッセージのあと、ゲームの基本となるターミナル画面が現れ、アプリの形を模したチュートリアルが自動的に起動し、ゲームの基本的な操作方法を教えてくれる。

なによりもまず、このゲームは操作方法そのものが快感を与えてくれる。手始めにプレイヤーが行うのは「自分自身のサーバーに接続する」というタスクである。チュートリアルではマウスでの操作を推奨されるが、慣れてくれば次のようにタイプしてもいい。

“connect local”

この堅気な操作方法から想像できるとおり、操作の基本は良い具合のコマンドラインインターフェイスで、プレイヤーはチュートリアルを通じて架空のOSのコマンドを覚えていく。もちろん、筆者のような素人のための救済措置として、マウスを用いてサーバーをクリックして接続するといった方法も残されているし、ヘルプはいつでも呼び出すことができる(“help”とコンソールに打ち込めばよい)。チュートリアルやヘルプで操作方法をすこしずつ覚えながら、他人のサーバーやコンピューターに接続し、脆弱性を突いてセキュリティを破り、管理者権限を奪って情報やアプリを盗んでいく。

しばらくゲームを進めると、在野のハッカーに仕事を割り振るベンダーに紹介され、様々な依頼をこなしていくことになる。企業のウェブサイトを改変したり、医療機関の患者カルテを削除したり、オンラインゲームのサーバーに接続してアカウントデータを抹消したりと、要求されるタスクはじつに多彩だ。寄り道がてらにIRCのログや開発者のメモ、はたまた見知らぬ他人の痴話喧嘩のログを回覧することもできるし、時にはそれらのログからサーバーの脆弱性を発見することもあり、謎解きゲームとして非常に面白くできている。

どこから覗いてやろうか?
どこから覗いてやろうか?

様々なサーバーを攻撃するルーティンは同じものの、依頼によって要求されるタスクが異なるため、ゲームプレイもそれに応じて細かく変化していく。たとえば「ニュースサイトから特定の団体に嫌疑を向ける記事だけを削除し、サーバー自体は無傷のまま残せ」という依頼では、サイトに掲載されているすべてのニュースの内容を慎重に読解する必要があるし、「老舗フライドチキン・チェーンからスパイスのレシピを盗み、可能なら他のフレーバーも探す」という依頼では、レシピにたどり着くために様々なログを漁らなくてはならない。こういった作業にはパズルゲームの趣があり、間違ったコマンドを入力すれば重要なファイルも水泡に帰してしまう。

もちろん良いゲームはリスクの感覚も備えている。他人のサーバーにアクセスし、何かしらのコマンドを実行すると、それらはすべてサーバーのログに記録される。管理者権限を奪取してアプリや情報を奪ったまま、いい気になってログファイルを放置していると、ほかのハッカー達にIPを割り出され、攻撃されることになる。またいくつかのサーバーにはトレーサーと呼ばれる追跡プログラムがセットされていて、攻撃を感知すると逆探知をしかけてくる。これらの脅威に対抗するには、攻撃者があなたのサーバーに侵入してOSをシャットダウンする前に、できるだけ早く然るべき対処を行うことだ。容赦ない時間制限に急いでコマンドをタイプしていくうちに気が付いたが、これはタイピングゲームと同質のしくみで、間一髪でログを削除して接続を切り、追跡から逃げ切る快感には、こたえがたいものがある。

左下の赤い数字が逆探知のカウンター。相手の探知よりも早く、右下のターミナルからハッキングを実行しなくてはならない
左下の赤い数字が逆探知のカウンター。相手の探知よりも早く、右下のターミナルからハッキングを実行しなくてはならない

依頼を数多くこなしているうちにハッキングのためのアプリも増えていき、より難易度の高い依頼が増えていく。真面目に依頼をこなしてもいいし、満足したらベンダーのサーバーをハッキングして管理者権限を奪ってみるのも一興だ。架空のインターネット上でハッキングを繰りかえすうちに、メインストーリーである「Bit」の消息がしだいに明かされていく。ゲーム開始時の意味深なメッセージが発せられた経緯が、様々な企業のログファイルや、ハッカーグループの協力者たちの調査から次第に浮き彫りになり、ついにはあなたのもとにOSが送られた理由が明らかになる。このメインストーリーはしっかりとした一本柱として機能しており、すべてが明らかになったあとに再生される「Bit」の肉声による告白は、あなたが「スーパーハッカー」になれた理由を解説してくれるだろう。

ゲームオーバー画面。要するに“Blue Screen of Death”
ゲームオーバー画面。要するに“Blue Screen of Death”

『Hacknet』は謎解きとタイピング、パズルの要素が美しく融合したゲームであり、仮想OSのインターフェイスやコンソールコマンドの無機質なセクシーさによって視覚にも訴えかける。惜しむらくは楽曲の少なさで、ゲームの雰囲気によく合ったエレクトロが流れ、要所ではうまく盛り上げてくれるのだが、大きなイベントが起こらない間はリピートに陥りがちだ。しかしその点に目をつぶれば、至高のハッキング・シミュレーターと断言できる。部屋の明かりを消し、恋人や家族のことを忘れて、自分は孤独ながら気高く美しいハッカーなのだという思い込みに浸りつつプレイしてみてほしい。

Syohei Fujita
Syohei Fujita

5歳の誕生日に『ポケットモンスター』の『緑』を買ってもらった時から、ビデオゲームは私と共にありました。煎じ詰めればじつに単純なインタラクティビティと光の明滅に、なぜ我々はここまで驚喜することができるのか?この興味深い問いを少しずつ解き明かしていくつもりです。……もちろん普通のレビューも書きます。なんにせよ、すべてのコンテンツは受け手が自分の人生を忘れるために作られますが、驚くべき豊かな未来において、ビデオゲームはその目的を完全に達成すると思います。

記事本文: 45