『Gremlins, Inc.』は資本主義経済に長けたグレムリンの企業成長を描いたボードゲームだ。プレイヤーは「時計仕掛けの街」を逆時計回りに進み、名声を競いあう。一方通行のマップや刑務所は『モノポリー』を想起するが、プレイヤーを直接攻撃できる仕様で『桃鉄』にちかい。本作は、手札のカード効果を使うと勝利に近づくシンプルなルールだ。カード効果の半数以上が妨害であることをのぞけば、明快なものである。
こうして、カード効果がライバルの不幸をまねき、短期戦は気軽に憎悪をぶつけあうパーティゲームとなる。一方、長期戦はその憎悪に屈しない事業計画を要し、狡猾なゲーマーも舌を巻くプレイ戦略をあじわえる。沈めば浮かぶゲーム展開にしかめ面もでてしまうが、ブラックユーモアを愛するグレムリンという背景でなぐさめをもたらした。公式の日本語化も品質が高いので、アートワークから堪能されたし。
『Gremlins, Inc.』
開発元: Charlie Oscar Lima Tango Interactive Entertainment
価格: 14.99ドル
発売日: 2016年3月11日
プラットフォーム: PC(Windows/Mac/Linux)
本作を語る上でヴィジュアルははずせない。マップの緻密かつ偏執的なディティールに圧倒される。カードイラストは鉛筆の陰影に彩色をほどこした作家性高い出来映えだ。イラストレータの熱意がほとばしる。それらで描いた場景と、フレーバーテキストは、資本主義の一側面を誇張したユーモアをたっぷりつめこんである。この悪ふざけはチュートリアルでも徹底してあり、ふんだんに盛り込んだパロディとジョークでグレムリンたちの気質が感じ取れる。
この強烈なアートワーク・背景が、ゲームにふさわしいプレイヤーを選りすぐる点は特記に値する。心の中の冷笑派悪魔をもてあましているゲーマーなら、本作に満足できることを約束しよう。また、そういった憎悪と復讐の連鎖だけに終わらぬよう、マッチが長引くとゲームの経済が大きくうねるしかけや、落ち目のプレイヤーを救済するしくみもあり、ゲームメイクと逆転の醍醐味がある。
事業計画と直結した移動手段
ゲーム勝利の条件は複数あるが、得点を稼ぐことにちがいはない。得点はグレムリン社会の名声をあらわすものだ。工場で新商品をつくる。市場に珍品を提供する。アストラル界で半神に会う。など、世間の名声が高まると増える。先の例はそれぞれ場所とカードに対応し、具体的には次の行程となる。マップ上の任意停止マス「ロケーション」(以下、ロケ)へ移動する。ロケに対応するカードをつかい得点を手にする。プレイヤー全員が共通の目的地を目指して競争するのではなく、各自が6枚の手札に秘めたロケをめざし、企業戦略を進めるつくりだ。
各カードは先の効果に加えて移動値がある。移動時は手札からカードを1枚出し、それに書かれた移動値分すすむ。どのスゴロクゲームにしてもそうだが、マイナスのマスをさけてプラスのマスに止まれば有利になる。本作はその移動先を選べるのだが、カードの移動値はかたよりがあり、おおむね3マスだ。ロケで使う予定のカードをキープすると、移動用カード枠が減り、移動先を選びづらくなる。手札に長期展望から不運の対策までつめこんでおり奥が深い。
しかし、とにかく目的地にたどり着けないゲームだ。警察マスに止まると1/6の確率で刑務所送りとなる。それを避けても、ほかのプレイヤーが警察カードで刑務所に送ろうとする。より攻撃的な者はおなじマスに止まり、金銭の殴り合いで刑務所にたたき込もうとする。
復讐を推奨する再チャレンジ支援政策
『Gremlins, Inc.』プレイ中、なにかにつけ刑務所のお世話になる。グレムリンは永遠の命ゆえ死刑・終身刑にできず、最大4ターンで出所する。めざすロケはちがえど、再出発点は刑務所だ。出所したグレムリンたちの欲望を満たせるよう、この町は善意で舗装してある。
マップ上の移動は逆時計回りで、刑務所付近にロケ、地獄・カジノ・裁判所がならぶ。それらはギャンブル・復讐用で、対応カードの効果もそういったものが多い。ロケで使うカード効果だけでなく。ロケそのものの効果もそれにちなんだものた。地獄はカードを全交換し、復讐用カードを手にしやすい。カジノは所持金増減の金運を試せるが、素寒貧ならリスクは小さい。それと平行し、刑務所付近の混戦もある。カードの移動値にかたよりがあるため、刑務所から再出発したプレイヤーたちがおなじマスに止まることが多く、どちらかが刑務所へ帰るハメになる。これがさらなる憎悪の連鎖をまねく。
30分で決着がつくような条件でのプレイを短期戦と分類するなら、そのゲームは、後述するゲーム内経済のうねりが小さく、運要素が強い。その運だけでマッチが終わらぬよう、ゴール手前ではなく再スタート地点で混戦させて妨害の機会を増やし、全員が足を引っ張り合うパーティゲームとした。
妨害にゆるがない悪魔の立世術
得点30ポイント以上で勝利という、数時間かかる条件を長期戦と分類するなら、そのゲームは前章にあげた短期戦とうってかわり、強固な戦略を要する。銀行で収入増加をねらう序盤。永続効果カードで地盤をつくる中盤。収入と永続効果をふるい知事の座を固持する終盤。この事業計画で憎悪の連鎖から抜け出すのだ。
まずは収入・支出である。これは収入マス・支出マスの通過で所持金が変動する額で、プレイヤーごとに値をもつ。収入が支出を大きく上回れば、金銭を要するカードの使用に不自由しない。さらに、カード効果には永続効果もあり、『桃鉄』の物件と同様、事業計画の基盤となる。収入は銀行マスで増加でき、積み重ねれば確実な進捗となる。収入増加の機会に対し、支出増加の機会は多い。支出マスでの変動額は、支出と悪意ポイントの合計だ。悪意ポイントはこれまでの悪事をあらわし、妨害カードの使用、支出マスでの支払い踏み倒しで増える。収入と、支出+悪意は減少する機会がすくなく、経済のうねりはつねに大きくなる。
先の流れに脱落し、収入がゼロになったものは、刑務所周辺をさまようこととなる。しかし、常連になると刑務所が拠点となる。服役中に待遇ランクがあがり、刑務所イベントの選択肢が増えるのだ。最高ランクに達すると得点も稼げる。また、前章で紹介したとおり、刑務所付近は復讐に事欠かないため、巻き返しをはかりやすい。
そして最大の逆転イベントが選挙である。20ターンごと、またはカード効果で開催し、もっとも票ポイントの高いプレイヤーが「知事」になる。知事のあいだ、警察マス・支出マスが無効となるうえ、他プレイヤーが支出マスで支払った金銭を着服できる。終盤では着服額が莫大なものとなり、知事でありつづけることが勝利の鍵となる。その票を得るカードを使える裁判所が刑務所の近くにあるのは、皮肉を超えたゲーム設計だ。これら長期戦であらわとなる要素が、戦略と幸運を交錯し、憎悪の連鎖を超えたゲームメイクのカタルシスをもたらしている。
視認しづらいグレムリン界
復讐におぼれるプレイヤーをだしぬくスリルが魅力の短期戦。事業計画と経済の大きなうねりが見どころの長期戦。これら、強者にも弱者にも厳しいグレムリン社会は刺激的だが、ユーザインタフェースには不満がある。まず、カード情報とマップのみづらさが目につく。これは慣れると問題ないので我慢できる。次に演出だが、プレイ体験とくらべて淡泊なものだ。これはプレイ進行をさまたげないつくりとして理解できる。
筆者が本作にもとめる「モアベター」は次の2点。まず、手札の「キープ」機能。カード効果を使う予定のカードを、移動に使ってしまう誤動作を防ぐロック機能が欲しい。ロックしたカードに対応するマスにマークがつけばなおよい。
次に、プレイヤー全員で共有する逆転要素カオスカードが、手札の裏に隠れている。次の目的地や移動カードを吟味していると、画面外のカオスカードを忘れ、ライバルに使われてしまいがちだ。これはマップでつねに表示してほしかった。
そういった視認性が、濃密なアートワークで損なわれている。とはいえ、ユーザビリティを最重視し、淡泊でシンボリックなデザインを採用したなら、かえって災いをまねいていた。なぜなら、アートワークがプレイヤー選別として機能し、参加者全員を勝利に導いているからだ。ボードゲームにはプレイの勝利とセッションの勝利がある。たとえプレイで勝利しても、参加者全員が楽しめなければ次回のゲームはない。これがセッションの敗北だ。不快をぶつけあう本作は、グレムリンになりきれるアートワークを用意し、後腐れなくあそべる雰囲気をめざしている。
個人の勝利と参加者全員の勝利
『Gremlins, Inc.』は強烈なアートワークでプレイヤーを選りすぐり、個人攻撃を許容するルールを曲げず参加者全員の勝利をめざしたボードゲームだ。いたるところにちりばめられた、資本主義への皮肉・冷笑が「ゲームを手にする者」を選別した。『桃鉄』シリーズの友情破壊ゲームとしての風評と同様、笑顔を絶やさない悪党どもを引き寄せる魔力でギラギラに輝いている。
もちろん、その悪党の頭数が足りないときもあり、それをおぎなうAIプレイヤーがいる。残念なことにAIは長期戦の対応ができていない。銀行での収入増加をねらわない、短期戦の戦略のみだ。また、一部のカードにあるシナジーの認識も甘く、この点でもプレイヤーに劣る。開発者がSteamフォーラムに投稿したロードマップ(2016年3月13日更新分)では、利口で個性あるAIの搭載を望んでいるものの、計画に含めていない。
現在、本作の真価をあじわうには、人間同士のプレイに挑むしかない。つまり、オンラインで見知らぬ者から不快をぶつけられる可能性を許容する。開発元もそれを認めており、ロードマップの直近はマルチプレイのサポートに重点においた。特に、先にあげた「参加者全員の勝利」を強固なものとする数々のアイデアを模索中だ。匿名機能、ブラックリスト、観戦・リプレイ、プライベートセッション(3月18日搭載)など。しかしながら、スコア30点勝利6人マッチの長期戦が、筆者計測で4時間半かかることを考えると、気兼ねなく1人であそびたい。マルチプレイのサポートで成功をおさめ、シングルプレイのサポートがなされることに期待する。