『Dicetiny』インプレッション 不屈の闘志で涙を隠し、笑顔で送るパロディの嵐

『Dicetiny』はネットミームやナード文化のパロディが満載のボードゲームだ。『Dicetiny』の要約は『ハースストーン』のルールで遊ぶ『カルドセプト』である。くっつけただけに見えるが、追加したシステムが接着剤としてはたらき、接合面はなめらかな仕上がりだ。

『Dicetiny』はネットミームやナード文化のパロディが満載のボードゲームだ。バナー画像に用いたスクリーンショットだけでも濃度は高い。キャラクターは「コナン・ザ・グレート」「ゲーム・オブ・スローンズ」。ゲームルールは『カルドセプト』『ハースストーン』。カードイラストはリアクション・ガイズ。背景には『The Elder Scrolls V: Skyrim』の衛兵がずらりと並ぶ。こうしたオタク検定試験めいた露骨なパロディが目立つものの、ジョークソフトめいた様子はなく真摯な練磨が光る。はじめは苦笑・失笑をうかべるが、やがて快い笑顔となろう。人を選ぶパロディ作品ゆえ、個人的に楽しむことをオススメする「1人用」ゲームだ。

https://youtu.be/jVNT4e3L1N8

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Dicetiny
開発・販売元: Fakedice
発売日: 2016年7月22日
価格: 14.99ドル
プラットフォーム Windows/Mac

本作はKickstarterで開発資金の調達を目指したが、2014年11月、目標未満の金額で終了となった。当時のゲーム設計は製品版と違い、『カルドセプト』をモチーフとした盤面で、4人の冒険者が力を合わせボス撃破する、協力ボードゲームだった。資金確保に失敗したものの制作を継続し、2015年10月にアーリーアクセスを開始した。

本作モチーフ元の『カルドセプト』。クォータービューのボードなど、本作はこれに倣っている。
本作モチーフ元の『カルドセプト』。クォータービューのボードなど、本作はこれに倣っている。

だが、制作当初よりモチーフ元としていた『カルドセプト』の最新作『カルドセプト・リボルト』が登場する。同作の発表(2015年11月13日)は本作『Dicetiny』のアーリーアクセス後で、かつ発売日(2016年7月7日)は本作より先と、開発競争でも遅れをとることとなった。こうした資金や時間、そして市場の不運に見舞われながらも、本作に手抜き感は一切ない。本稿はゲーム設計と内容を通じ、パロディ作品としての出来映えを紹介する。

確かな手ごたえを感じるゲームパート

本作の要約は『ハースストーン』のルールで遊ぶ『カルドセプト』である。くっつけただけに見えるが、追加したシステムが接着剤としてはたらき、接合面はなめらかな仕上がりだ。結果、前者よりボードコントロールを重視し、後者より展開が速く、ただのクローンゲームには終わらない。

ミニオンカード。イラストの左上の数値がAPコスト。左下がレベル(攻撃力兼ライフ)。ボードは一画面に収まるほど狭い。さらに、キャラクターの周回方向が別々であるため頻繁にすれ違い、ダメージレースを激しいものとする。
ミニオンカード。イラストの左上の数値がAPコスト。左下がレベル(攻撃力兼ライフ)。ボードは一画面に収まるほど狭い。さらに、キャラクターの周回方向が別々であるため頻繁にすれ違い、ダメージレースを激しいものとする。

ゲームは1v1形式のカードバトル&スゴロクゲーム。先にライフをすべて失った者が敗北する。ターンごとに全快するアクションポイントを消費しスペル・ミニオンのカードを用いる、『ハースストーン』で見慣れたシステムだ。しかしプレイフィールは大きく違う。ミニオンはボード上のマスに配置し、ダイスで動くプレイヤーが踏むと戦闘になりダメージを交換しあう。同じマスにとまったプレイヤー同士の戦闘もある。ダメージを与える機会が盤面に左右される点は『カルドセプト』を想起する。

装備枠(左下)に使用したカードはコストを先払いした状態になり、任意のターンに効果を発動できる。コンボやカードのキープなど用途が広い。画像のカードは装備中の特殊能力で、プレイヤーの攻撃力をあげる。
装備枠(左下)に使用したカードはコストを先払いした状態になり、任意のターンに効果を発動できる。コンボやカードのキープなど用途が広い。画像のカードは装備中の特殊能力で、プレイヤーの攻撃力をあげる。

本作のルールの見どころはアクションポイントの使い道だ。プレイヤーごとに「装備枠」があり、カードのコストを先払いして任意のターンで発動できる。ダイスの都合でカードが使えない状況を減らすとともに、ターン中に使える枚数が増えてシナジーを狙いやすい。そして装備中に追加能力を得るカードが、装備枠の運用を印象づける。結果、ダイスを振るだけで終わるターンはなく、激しいダメージレースとなる。

また、カードパワーが高い点も見どころだ。上記の激しいゲーム内容を、初期デッキでも堪能できる。カードのレアリティもないに等しく、強いカードを手にする課金額やプレイ時間の差で負ける印象もない。こうしたインフレ気味のカードパワーは、ダイスを用いたボードゲームの不確定性で緩和されている。つまらないカードをなくし、新たなカードと出会うよろこびを凝縮した。プレイが楽しくなるまでの我慢を要しないのは好感だ。この大胆な調整は本作がシングルプレイ専用ゲームである点を起因とする。

カードショップ。プレイで得たジェムで購入する。画面に表示されるのは4枚だが、売り場の更新が無料なので購入制限は実質ない。面倒な仕様だが、新たなカードとの出会いを演出したものとして許容できる。ちなみに、本作はカードのみ日本語化してある。はじめはメーカー自身で手がけていたが、のちに翻訳者が参加した。
カードショップ。プレイで得たジェムで購入する。画面に表示されるのは4枚だが、売り場の更新が無料なので購入制限は実質ない。面倒な仕様だが、新たなカードとの出会いを演出したものとして許容できる。ちなみに、本作はカードのみ日本語化してある。はじめはメーカー自身で手がけていたが、のちに翻訳者が参加した。

やり遂げた感あふれるパロディパート

トレーディングカードゲームやボードゲームの焦点はマルチプレイだ。本作はそれが未実装であるが、別のニッチを見いだした。オンラインプレイに要する労力をシングルプレイの充足に当てたのだ。デジタルボードゲームの従来作と比較すると、『Armello』ほどではないがリッチな演出。キャンペーンもステージ数は十分あり、ファンタジーの王道ストーリーを楽しめる。パロディ作品と聞いて脳裏によぎる不安は、笑いで吹き飛んでしまうだろう。

キャラクターとミニオンには通常時(左上)と被ダメージ時(左下)のイラストがある。さらに、キャラクターには攻撃時(右上)とカード使用時(右下)も。止め絵を動かす程度の演出とはいえ、リアクションの表情があるのは嬉しい。
キャラクターとミニオンには通常時(左上)と被ダメージ時(左下)のイラストがある。さらに、キャラクターには攻撃時(右上)とカード使用時(右下)も。止め絵を動かす程度の演出とはいえ、リアクションの表情があるのは嬉しい。

前章であげたインフレ気味のカードパワーを彩るのが、カードごとの演出だ。ミニオンごとに通常時とは別の被ダメージ中イラストがあり、カード自身がオンリーワンを訴える。スペルも演出・効果音がカードごとに用意してある。こうした見栄えの楽しさがカードプレイの意欲をかき立て、演出見たさにデッキを構築したくなる。

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キャンペーンも十分量のステージ数だ。ゲーム展開が激しく1プレイの時間が短いため、総プレイ時間は約7時間と手軽なサイズである。登場人物、セリフ、場面はパロディだが、ストーリーは王道だ。運命をつかさどるゴールデンダイスをめぐる謎と冒険、そして強大な敵との対決で、ページをめくる手はとまらない。また、1v1だけでなく、冒険者一行が強大なボスに立ち向かうバトルなど、ルール面でもストーリーを盛り上げる。

鈴木土下座ェ門……名前を言ってはいけないあのモンスターも「ビール・ホルダー」として登場。ボスバトルでは画面右上で待機する仲間と交代し、各々のデッキを活かして攻略する。
鈴木土下座ェ門……名前を言ってはいけないあのモンスターも「ビール・ホルダー」として登場。ボスバトルでは画面右上で待機する仲間と交代し、各々のデッキを活かして攻略する。

前章であげたゲーム設計と、上記の高品質なアートワークが土台となり、露骨なパロディにつきまとう粗悪な印象を取り除いたのは好感だ。キャンペーンのボリュームや、コンポーネントの演出は、フォロー元となる『ハースストーン』『カルドセプト』と比肩して遜色がない。ビデオゲームとしての評価を満たすからこそ、パロディの利点「背景説明の省略」を生かしたスラップスティック・コメディが輝いている。

お願いです、訴えないでください!!

『Dicetiny』は情熱をもって作り上げられた直球パロディ作品だ。この手に嫌悪感を抱くゲーマーにはオススメできないため、「個人的」に楽しむゲームとしておこう。その中身はオタク趣味のお祭り騒ぎ。マルチプレイ未実装だが、本作のライブ感にはプレイ体験を共有する者たちの存在がある。イントロダクションからボケ倒すゲームと、ツッコミ倒すプレイヤーのコミュニケーションだ。クリア後の余韻は花火大会のそれを想起する。

キャンペーンのパロディは直球が多いが、カードになると変化球でなかなか手強い。「ピースメーカー」のイラストは、平和と核兵器を愛する『Sid Meier's Civilization』シリーズのガンジー。こういった元ネタがわかりづらいネタでも、アートワークがコミカルで楽しめる点は好印象だ。
キャンペーンのパロディは直球が多いが、カードになると変化球でなかなか手強い。「ピースメーカー」のイラストは、平和と核兵器を愛する『Sid Meier’s Civilization』シリーズのガンジー。こういった元ネタがわかりづらいネタでも、アートワークがコミカルで楽しめる点は好印象だ。

制作当初と製品版でゲーム設計は大きく異なるが、メーカーは『カルドセプト』のような見栄えでパロディギャグ満載、というコンセプトを初志貫徹した。台所事情が透けて見える欠陥はなく、冒頭にあげた予算・時間・市場の不運を感じさせない点は称賛に値する。パロディ作品の品質がパロディ面以外の見どころで決まるなら、本作は――「お願いです、訴えないでください」 と、隠れて肩をもちたくなるゲームだ。欧米問わぬナード文化の造詣を、どうかコッソリと味わってほしい。

オープンワールド・ワナビ・カードボイルドRPG(とタイトルに書いてある)『Dicetiny』の舞台は、どこかで見た名所あふれるミドルアース(中つ国)ならぬミドルボード。神秘と冒険と既視感に満ちたこの世界を救えるのは、わたしたちナードだけだ!
オープンワールド・ワナビ・カードボイルドRPG(とタイトルに書いてある)『Dicetiny』の舞台は、どこかで見た名所あふれるミドルアース(中つ国)ならぬミドルボード。神秘と冒険と既視感に満ちたこの世界を救えるのは、わたしたちナードだけだ!
Hikaru Nomura
Hikaru Nomura

高校卒業後、ペンキ塗り・コンビニバイト・警備員・システムエンジニア・ネットショップの店長などで食いつなぐ。趣味はスーパーカブにまたがってのドライブ、海外SF小説(オールタイムベストは『スキズマトリックス』)、ゲーム実況、たまに同人活動。

宇宙ストラテジーと格闘ゲームを好む。リズムゲームとビジュアルノベルは苦手。FPSは酔う。中段や弾幕は見えない。Arcen Games信者であり、Stardockian(Stardock信者) でもある。英語は苦手だが、気合で翻訳して遊ぶ。

ゲーム大会の最高成績は2013年トライタワー末塔劇『チェンジエアブレード』部門第4位。

オールタイムベストゲームは『ニュースペースオーダー』。

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