『Ashes of the Singularity』レビュー ハイエンドPCオーナーの承認欲求を満たす、ただひとつのベンチマーク
『Ashes of the Singularity』は最新ゲームエンジンで描いた、クラシック・スタイルのリアルタイム制ストラテジー(以下、RTS)だ。合計1000機以上の兵器がぶつかる、砲火と怒号を手軽に堪能できる。大量のユニットをぶつけたい子供心と、その描写にこだわりをもつ大人心を満たす、すがすがしいほど無邪気なコンセプトを実現した。しかしながら、そうした遊びかたをゲーム内コンテンツで伝えていない。
数百機を超える大軍の衝突を、抽象化せず実現した映像技術・AI管理は、RTS用ゲームエンジンの技術的特異点に到達している。ルールそのものは古典RTSの名作『Total Annihilation』の亜種だが、そのユニット数量を従来の20倍とし、ゲーム性を戦術重視から戦略重視へと相転移させた。この内容は、弊誌過去記事のプレベータ版プレビューと同じだ。本稿は現行のミドルクラスゲーミングPCをもって精査とする。
『Ashes of the Singularity』
開発元: Oxide Games / Stardock Entertainment
販売元: Stardock Entertainment
価格: 49.99ドル
プラットフォーム: PC(Windows)
発売日: 2016年3月31日
本作タイトルのシンギュラリティ(Singularity)は技術的特異点を指し、ゲームの背景を象徴している。技術的特異点とは、科学技術の進歩で人間の枠が拡張される瞬間、またはそれ以降の「存在」を指す用語だ。くわしくは一般学術書「ポスト・ヒューマン誕生」(レイ・カーツワイル/日本放送出版協会)、または小説「やさしき誘惑」(マーク・スティーグラー/河出書房「20世紀SF 5 冬のマーケット」収録)を読まれたし。
本作の舞台は、技術的特異点からオメガポイント(知性の臨界点。「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」を得る日)への過渡期にあたる。銀河中の全質量をコンピュータ化しようとする人類の子孫と、そこから離反した人工知能が対立する、SFの定番ものである。――実のところ、こうした背景のアピールは建前である。ダブルミーニングで、先に述べた技術革新の自負を表している。
その自慢のゲームエンジン「Nitrous Engine」は、CPU・GPUメーカーAMDのバックアップで完成した。Microsoftが提供するグラフィックスAPI「DirectX 12」の新要素、マルチコアCPUのGPUアクセスに対応し、驚異的な処理能力を発揮する。映画的とまではいかないが、鮮明なモデリングと大量描画を同時に実現した。この詳細は弊紙過去記事を読まれたし。本稿は製品版のレビューに絞って紹介するが、その前に、ゲームエンジンの土台となるDirectX 12について記す。
グラフィックスAPI「DirectX 12」実測レビュー
本作最大の見どころは、グラフィクスAPI「DirectX 12」対応だ。これを実売価格3万円台のミドルクラスGPUを通じて紹介する。本稿ではAMD Radeon R9 380Xを精査に用いた。これは開発元が発表した推奨環境より1ランク下のものとなる。開発に深い関わりをもつAMDが、AMD Radeon R9 380シリーズ購入者へゲームキーを提供するキャンペーンを開催したので、毒味をかねてこれを推奨機とした。DirectX 12の機能詳細は割愛し、本作推奨環境を構築するときの注意点と、ベンチマーク実測に絞る。
・ハードウェアの注意点
GPUは年々と大型化しており、スリムタワー型PCケースでは収まらない恐れがある。現行のものを3世代前のものを比較すれば歴然だ。また、ミドルクラスGPUはPCI-Eバスパワーとは別に電源供給を要するが、この電源ソケットが側面にあるものには注意されたし。PCケースだけでなく、電源ボックスの大型化も検討されたし。
・DirectX 12導入の注意点
これのおまけについてくるMicrosoft OS「Windows10」で、周辺機器の一部が使えなくなる恐れがある。筆者環境ではIO-DATA地デジチューナー、Creativeサウンドカードが対応しなかった。前者は8年前、後者は10年前に発売されたもので、こうした「レガシー」な周辺機器のサポートが終わるのは仕方がない。
・ベンチマーク
AMD FX-8350 + AMD Radeon R9 380X 4Gで測定した。AMD FX-8350はメーカー基準でハイエンドCPUに該当するが、現行のintel Core i5を若干下回る程度のスペックゆえ、これをミドルクラスCPUと扱う。
解像度 1920×1080、画質Extreme (URLはメーカーサイト掲載のマイスコア)
DX12モード: 通常時 38.8fps、高負荷時 30.3fps
DX11モード: 通常時 33.1fps、高負荷時 14.6fps
ここでの通常時は局所戦をズームアップしたもの、高負荷時は戦略規模の戦闘をズームアウトしたものを指す。ユニット数や光源処理、マップ表示が多い状況のフレームレートが劇的に改善した。
『Ashes of the Singularity』は戦闘操作をAIに委任して、戦略に重点をおくゲーム設計である(詳細は次章)。ほとんどの時間をズームアウトした視点で過ごす。ゆえに、ベンチマークの高負荷時スコアは、ゲームの中のフレームレートとほぼ同義だ。20fpsを下回ると操作レスポンスが悪化し、画質を下げるとズームアウト時の戦況情報が欠ける。DirectX 12と、それの土台となるミドルクラスのゲーミングPCは最低環境といって差し支えない。こうしたハイエンド志向のゲームはある種のトロフィーとして機能する。
弊誌ニュースでは、どんなゲームも最低画質で遊ぼうとするゲーマーを紹介し、多くの読者から共感を得た。そうした低スペックファンと同等に、ハイエンドPCオーナーもまた存在する。費やした金額と情熱を、両親や伴侶にうちあけることができない、悲しいゲームモンスターたち。本作の最新ゲーム技術の追及は、「ピュアオーディオ」に近い達成感をくすぐるものがあり、彼らの承認欲求を満たしている。
特異点のしきい値を超えるユニット数量
『Ashes of the Singularity』の見どころは前章にあげた最新ゲーム技術の追及にある。そのハイエンド志向に対し、ゲームルールは古臭いという意味でオールド・ファッションだ。本作リードデザイナーであり販売元StardockのCEO、そして開発元Oxide Gamesの共同出資者Bral Wardellは、『Total Annihilation』と『Company of Heroes』をフォロー元としてあげた。前者は19年前、後者は10年前のもので、どちらもRTSの一時代を切り開いた人気作である。こうした過去作のフォローを名乗り箔をつける例は多々あるが、本作では根底にかかるものだ。先に結論を述べると、本作は『Total Annihilation』クローンを出発点としている。
ルール概要を記す。勝利条件は敵本部の撃破、またはマップ上に点在する勝利点を生み出す拠点の確保。本部で作成したエンジニアで工場を建設し、ユニットを作成し、資源をあつめつつ敵攻略の軍隊を作る。いわゆる古典RTSだ。ルールに目新しさはなく、RTSファンからすればかび臭くすら感じるだろう。
本作独自のプレイ体験は、桁がひとつ多いユニット数からうまれる。ユニット数に特化したRTSは人気作『Galcon』をはじめいくつかあるが、それらとちがい、戦闘を一切抽象化していない。戦車、自走砲、修理車といったユニット種。視界と射程。回避行動や陣形。これら要素は従来のRTSなら操作量勝負の見どころとなるが、開始10分で100機以上となる本作では、人力での管理が不可能となる。そこでAI師団長の出番だ。ユニットをグループにすると、AIが戦闘効率が最大になるよう陣形をつくる。プレイヤーはこれを戦略単位「師団」とし、その形成と運用のみに集中するのだ。反復練習を要する戦術管理をAIに代行させることで、それに隠れた高次元の戦略管理を主眼においた。
これにあわせ資源回収もルールで自動化した。マップ上にある拠点を支配するだけで資源を回収できる。これはフォロー元『Company of Heroes』の仕組みに近い。拠点の支配数が資源差となり、戦力差となる。戦力は敵拠点との隣接地に配備すればよく、おたがいが戦力をそのように運用すれば戦線が形成される。こうして、戦線の拡大とその維持を競い合うものとし、戦略を簡略化した。
古典RTSのルールのままで、戦闘・資源管理を自動化したのが『Ashes of the Singularity』の正体だ。勝負の行方は戦術操作ではなく、プレイヤーの戦略眼にある。戦線の手薄な箇所を攻める。航空ユニットや軌道兵器で敵の貴重資源をそぐ。ユニット種の生産比率を調節しアンチユニットをぶつける。こうした勝ち方は、実のところ、ユニットをひたすら操作し効率を稼ぐ点をのぞけば『Total Annihilation』と同じである。
オマージュではない「クローン」へのこだわり
本作のコンセプトを要約すると、「古典RTSのユニット数を膨大としたもの」だ。戦闘効率・資源回収といった操作量勝負を廃し、ゲームルールはそのままにプレイ体験を別のものとしている。しかし、「引き算」した穴を埋め合わせるものは映像のみである。その他はフォロー元のままだ。マップ、ユニット選択、マップ表示が、純化した戦略とマッチしていない。
・ゲームルールの不足
マップの形は決まっており、「マップを攻略するゲーム」にとどまっている。要所がさだまったゲームでは、戦闘結果とそれにまつわる準備が見どころとなる。つまりは操作量だ。本作はその操作量を廃しており、要所が退屈と化した。ランダムマップがあれば要所を推測するゲームとして、戦略の競い合いを強調できたであろう。
・ユニットの選択とグループ化
ユニット選択は範囲指定のみで、そこから特定の種類を選別できない。特に、航空ユニットは旋回しつつ待機するので選択しづらい。また、グループ化もお粗末な代物だ。戦線で戦闘中の師団に、後続のユニット群を追加すると、それらが中間点で集結しようとし、戦闘中の師団が崩壊する。師団AIに移動・戦闘・待機といったステータスがあれば、プレイヤーの操作を「解釈」できたであろう。
・マップ表示
マップ全域を操作するカメラモードがない。はるか遠方の目標を指定するには、画面スクロールしなくてはならない。これはアルファ版のテスターから要望があったものの、改善されることはなかった。『Supreme Commander』のようにマップ全域までズームアウトできれば、そういった煩わしさから解放された。
こうした戦略に関する上記3点の不出来は、ひとえに『Total Annihilation』クローンとしてのこだわりからきている。特に、先述したマップの表示領域は固執といってよく、リードデザイナーはテスターの不満に動画で回答した。そうした開発者側の言い分が、公式フォーラムではなくゲーム内で示してあれば、プレイヤーもクローンゲームとして納得できた、または購入しなかったであろう。プレゼンテーションの不足がゲームとゲーマーの不幸な出合いを招いている。
上記をはじめとしたネガティヴなレビューについて、リードデザイナーは公式フォーラムで釈明した。内容は「低品質なレビューでうんざりする」と切り捨てた、不出来を棚にあげた挑戦的なものだ。幸い、同文で長期にわたるサポートを口約束しているが、ロードマップに具体的な改善案がなく空手形に見える。そうした気概が言い訳だけでなく、今後のアップデートに反映されることを祈る。
現時点で最高のDirectX 12ベンチマーク
『Ashes of the Singularity』は最新ゲームエンジンで可能となった膨大なユニット数で、古典RTSの相転移に成功した。だが、古風なゲームモードや不備あるユーザーインタフェースでは、本作が到達したプレイ体験をプレイヤーに提示できていない。過去の名作を超えるべく革新を続けてきたRTSの歴史から取り残されている。最新の映像技術に対し、すでに体験済みのプレイフィールは、過去のゲーム設計が最新技術でどれだけマシになるか、という逆説的なデモンストレーションである。
そうした目新しさへの期待を完全に廃すことができたなら、本作は古典RTSの魅力がたっぷりとつまっている。ひたすら画面をスクロールし続け、生産比率を調整してアンチユニットを繰り出し、局所戦の勝利を経て決戦の優位を作る。そして、従来のRTSでは描けなかった決戦時の大蹂躙を現代のゲームエンジンが描ききるのだ。この『Total Annihilation』現代風リファインというコンセプトをゲーム内で伝えていない点が、リードデザイナーがうんざりしているネガティヴなレビューの一要因であろう。
物語性に欠けるシングルキャンペーン。けれん味のない演出。映像品質をうたいながらも、カメラ視点は悪しき風潮のトップビューのみ。そういった残念要素を乗り越えて古典RTSの魅力を享受するゲーマーは少なく、Steamユーザーレビューも低迷している。幸い、DirectX 12対応ベンチマークとしての評判は高く、ハイエンドPCオーナーの承認欲求を満たす指標として、ベータ版からPC向けメディアでGPUテストに用いられている。その露出の機会を活かし、批判を払拭する改良がなされることを願う。