『Antihero』を紹介。 ダーティプレイに待ったなし!仁義なき世直しギャング団
怪盗ライトフィンガー(Lightfinger)はニューフェイスのアンチヒーローだ。彼の敵は、街に悪徳と暴力をもたらした上流階級である。その中でも、我が物顔で闊歩する有力者たちは、法に守られていようが、そうでなかろうが、なにがしらの犯罪者でしかない。しかるべき報いをくらわせ、貧困にあえぐ大衆を救うべく、手段を選ばず戦いに挑んでいく。
多くの偉大な先輩アンチヒーローと同様、彼は善良な市民ではないが、ワルゆえの危ない魅力に満ちている。ねずみ小僧や怪盗紳士ルパンのように盗みを働き、定吉七番やコードネーム47(『ヒットマン』シリーズ)のように、必要あらば殺しもいとわない。だが、ライトフィンガーの危なさは、彼が卑劣で狡猾な犯罪シンジケート「ギルド」を築き上げたところにある。ゴッドファーザーのマフィアや、『アサシンクリード・シンジケート』のギャングのように、人々を暴力の大渦に巻き込んでいくのだ。
デジタルボードゲーム『Antihero』が面白くなるのはここからだ。この街には思ったよりもアンチヒーローが大勢いた。ライトフィンガーのライバルもまたアンチヒーローであり、自らのギルドで巨悪と戦っている。彼らが手を結べば世直しはあっという間に終わるハズなのだが、何時の時代も、真のヒーローの座はひとつしかない。こうして、ギルド同士が抗争する1対1対戦ボードゲームが幕を開けるのである。
改心など不要。正義の賄賂、脅迫、暗殺をくらえ!
時は19世紀。蒸気機関の改良で爆発的に経済成長した時代。進歩の象徴であるガス灯が上流階級の生活に彩りをくわえ、紳士と淑女の社交界が華やかな文化を生み出していった。その影で、児童労働をはじめ労働者搾取がまかりとおり、貧富差が広がっていく矛盾の時代でもある。プレイヤー、そしてライバルは、横暴な時流に否をとなえるアンチヒーローだ。ライバルに負けじと街を「浄化」していくのだが、その手口は、教育の普及や大衆の意識改革といった正統法ではない。FC『天下のご意見番 水戸黄門』のように悪事の証拠を集め改心をせまるという、まわりくどいこともやらない。彼らの手口は、街の重役を直接排除してしまうという単純明快な実力行使である。「賄賂」「脅迫」だけでなく「暗殺」までやってのける。
実のところゲーム内容は、アンチヒーローが率いる犯罪シンジケート「ギルド」同士の抗争である。施設に手下を送り込み、ゴロツキでにらみをきかせ、ギャングで邪魔者を消していく。本作は暴力団が街でシノギを削る仁義なき戦いを、悪政を正すという大義名分で気兼ねなくプレイヤーが楽しめるようにした。アートワークとフレーバーで、反社会的な手段から陰惨な印象を取り除いたのはとても面白い。たとえば、銀行や教会に送り込む「手下」を買う能力は“クッキング”とある。浮浪児童にメシ・風呂・服をあたえれば、彼は恩義に報いるべく忠実な手下になる、という流れだ。ギャングを使う暴力的なシーンでも、カートゥーン調の演出でボードゲームのルール処理として親しめる。
ヴィクトリア朝時代を想起するBGMが、親しみやすいヴィジュアルとマッチし、毒を含んだニュアンスをもってゲームルールに造詣をくわえている。画面がコロコロと様変わりすることはなく、見た目とルールの混乱はまねかない。それでいて、舞踏会や蒸気船といった追加ルールで盤面やゲームプレイの印象が変化する。そもそも、この時代の大都市は魅力あるロケーションで、わざわざ街から離れる必要はないのだ。19世紀パリの風俗を研究した書籍「明日は舞踏会」「馬車が買いたい!」を読むと、当時の立身出世は一癖も二癖もあるように受け取れる。お高くとまった上流階級の暗部が、悪をもって善を成す矛盾に痛快な舞台を用意してくれた。
闇夜は悪党に味方する
それでは実際にアンチヒーローの活動を追ってみよう。まずは、街頭に並ぶ上流階級の屋敷に忍び込み、先立つものとなるカネを盗み取る。ゲーム中ではプレイヤーが操作するライトフィンガーは「マスターシーフ」と呼ばれ、その名のとおり盗みの腕は超一流で失敗はない。つぎに、闇の社交界におけるコネを表したランタンを消費して、前章で紹介したアビリティ「クッキング」をアンロックする。アンロック時に無償で手下を1人得られるので、すぐに使えるのがうれしい。最後に、手下を施設に送り込もう。トレーディングハウスならランタンが、教会や銀行ではカネが毎ターン手にはいるようになる。これで第1ターンは終了だ。
カネを盗み、手下を増やし、施設を手に入れてギルドを拡大していこう。施設に手下を3人送り込めば施設をアップグレードでき勝利に大きく近づくぞ。たとえば教会はわかりやすく、同施設をアップグレードすれば単純に勝利点「脅迫」が手にはいる。他にも勝利条件へ至る方法としては、ランタンを消費すれば勝利点「賄賂」が手にはいる。街頭に出現する司教や事業家を、ギャングやアサシンで殺害すれば勝利点「暗殺」が手にはいる。どれも大量のランタンとカネを使うので、施設をアップグレードしてギルドを効率良く拡大していきたい。これはライバルも同じで、街の反対側にあるライバルのハウスからギルドを拡大しはじめる。こうして、町の中央付近でお互いの勢力圏が接触し、ギルド間の抗争――施設の奪い合いへと突入する。
面白いのは、手下たちを使うときのルールだ。道や建物は闇夜を示す霧に覆われており、手下は霧の中に踏み込めない。アンチヒーローだけがその霧を明かすことができる。街の探索がギルドの勢力圏に直結しているのだ。ここからが大事なのだが、道に付いた足跡はライバルが探索済みであることを示す。つまり、ライバルギルドの勢力圏であるということになる。そんな危険地帯に、なんの備えもなく施設をとったり、大事に育てたギャングを置いてしまったなら、返すターンで廃除されてしまうだろう。ライバルギルドの行動を妨害するようゴロツキを配置するなり、施設にトラップをしかけるなり、なにがしら策を打たねばならない。多くのアンチヒーローと同様、不可視こそが強さであり、人目は弱さにつながるのだ。
建物や道を隠す闇夜の霧=情報の隠匿が本作最大の魅力だ。ライバルの足跡から行動範囲を推測し敵のたくらみを暴く愉悦は、ライバルにたくらみを暴かれる恐怖と表裏を共にしている。また、ゲームがもつれこむと霧で覆われた建物や道が少なくなり、両者ともにたくらみを隠しづらくなる。夜の闇を失ったギルドの非力さを一度体験すれば、情報を隠匿するための妨害を考えはじめ、それに固執するあまりギルド拡大で遅れをとって負けることもある。お互いに真綿で首を絞め合うような息苦しさが、ゲーム決着時にカタルシスへ昇華されることを保障しよう。ボードゲームファンは本作の「隠すスリル」と「計画の愉悦」を――そう、悪巧みの醍醐味を決して見逃してはならない。
そして、力を持ちすぎた彼自身も狙われる
『Antihero』の1対1対戦形式。そこにある、狡猾さを競い合う悪智恵比べというフレーバーは、勝敗の余韻を味わい深いものとする。なぜなら、プレイヤーが操作するマスターシーフこそが真のアンチヒーローなのだから。キャンペーンでプレイヤーの分身となる主人公ライトフィンガー。彼の困難と挫折、そして雄姿が、勝利に意味をあたえてくれるのだ。
キャンペーンでは、ゲームルールのチュートリアルを兼ねつつ、義憤で突き動く主人公の奮闘と活躍を追うことになる。最初はクリックする場所を直接指し示し、実例をもって丁寧に説明してくれる。本作に日本語はないが、ゲームルールを非言語化した明快な演出が理解を大きく助けてくれるだろう。ステージが進むとアンロックできる手下が増え、ギルドの規模が大きくなる様子を感じ取れる。また、マップサイズの拡大やパレスへの侵入といった追加の勝利条件で、街の暗部に深く切り込んでいくのを実感できる。
いくつかのステージ開幕には、1ページコミックとナレーションのデモシーンがはいる。そこでは物語の進展、すなわちライトフィンガーの「変化」が描かれる。孤立無援で無謀な戦いを続ける彼に、力強い理解者が登場するのだ。浮浪児童の少女エマはギルドに才能を見いだされ、マスターシーフとしての頭角を現していく。ライトフィンガーも理解者を得て励みとなり、師従コンビはアンチヒーローの座を駆けのぼっていく。しかし、彼ら闇の住人の活躍を大衆が知ることはなく、それどころか、さらなる窮地を招いてしまう。一線を越えた者を廃除すべく、巨悪の包囲網がせまりはじめ、物語は佳境に突入する。
ライトフィンガーの運命はいかに? そして、真のアンチヒーローとは? ここから先はプレイヤーだけの秘密であり、ここで明かすことはできない。ただ言えるのは、キャンペーンをクリアしてその結末を目撃したとき、心の準備は完了する。そのバックボーンこそが、勝敗の行方をエキサイティングなものとする「デタミネーション」の源泉だ。絶対に負けられないヒーローの信念がぶつかるからこそ、『Antihero』はスカーミッシュやオンラインでも、盤面そのものが物語になる。さあ君も、正義のために悪をやってみないか?大丈夫。このお話はフィクションなのだから、遠慮しなくてもいい。