スーツケースの上で眠っていた少女が目覚め、ふらふらとさまよい出る。そこは薄暗く、じめじめとした鋼鉄の部屋であり、おそらくは船底のような場所であると思われる。少女が着ている服は黄色いレインコートであり、彼女はつねにフードを頭に被っている。プレイヤーは彼女を操作して暗い部屋のなかを進んでいくのだが、すべてのものが彼女よりも大きな存在のために設えられている。そのために、たとえばドアひとつ開けるのにも椅子を引っぱってきたり、家具によじ登り、通気口に向かってジャンプしたりしなければならない。

この厳しい環境が違和感を生み出し、彼女が本来この場所に属している者ではないことを仄めかす。薄暗さや不穏さに満ちあふれた暗い部屋をいくつも抜けていくうちに、控えめながら効果的な音楽や音響、ライティングなどの効果も相まって、だんだんと恐怖感が湧いてくる。ここはいったいどこなのか、なぜ少女はここにいるのか、そして彼女はどこへ向かっているのか? これらの疑問にははっきりとした答えが与えられず、それどころか、作品が展開するにつれてさらなる疑問が積み重ねられていく。

リトルナイトメア』は広義のプラットフォーミング(アクション)にあたるが、アクション性に重きを置くというよりも、『INSIDE』が確立したような環境によるストーリーテリングに重点を置いた作品である。基本的な動作は、少女には大きすぎるドアや家具が配された部屋を抜ける謎解きと、彼女を捕まえようとするものたちから逃げ、隠れるといったアクション性を等分に配している。Unreal Engine 4による物理演算によって謎解きの要素は現実の物理法則をよく反映したものになっており、また美麗なグラフィックがより視覚的な恐怖感を煽ることに成功している。

疑問のうえに被せられるさらなる疑問とは、たとえば少女を捕まえようとする者たちである。彼らの体躯は少女のだいたい5倍から7倍くらいの大きさで、少女を見つけ次第、みな我を忘れて襲いかかってくる。人間によく似ていながらどこか奇形な感じをもつ彼らは、単純にそこにいるだけでも恐ろしいうえに、一挙手一投足に理性が感じられない。戦うなどということはもってのほかで、テーブルの下や籠の中などに隠れ、ひたすら注意が逸れるのを待つほかない。彼らをかいくぐり、いくつもの部屋を抜けていくうちに、さらなる疑問が湧いてくる。追われることがわかっているのに、なぜ少女は先に進み続けるのか?

この疑問については、答えと同時に謎がもたらされる。ある程度ゲームを進めると――これはゲーム中に何度か目にすることになるのだが――少女がお腹のあたりを押さえ、前屈みになりながら、ふらふらと歩くシーンが挿入される。お腹が痛いのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。腹が空いているのだ。それで少女は食物を得るためにさまよっていることがわかるのだが、しかしながら、それがすべての解答とはならない。

これはゲームを進めるにつれて明らかになってくるのだが、彼女が食べるものの種類と食事のマナーは、どう考えてもおかしい。薄暗い食堂から投げ込まれた一欠片のパンはまだしも、鉄籠のなかに置かれた腐肉の一片、果てはねずみ取りの罠にかかった哀れな鼠まで、少女の趣向はしばしば常軌を逸している。本作中には食べ物がたくさん出てくる場所も登場するのだが、そこらじゅうに散乱した食べ物に目もくれず、ただ自分が飢えを感じたときにだけ食事をする。こうしたシーンをいくつか見ていくうちに、やはりこの少女もほかの巨人たちとおなじように、どこかおかしな存在であることがしだいにわかってくる。

本稿で迂回した表現をしてしまうのは、本作がストーリーテリングにテキストを一切用いていないこと、さらには映像表現ですら一貫した物語というものを語ろうとしていないからだ。ランドスケープや登場するキャラクターたちには確かに統一感があるのだが、その背後に隠された世界の仕組みがいったいどうなっているのか、プレイを終えた今でも確言しにくいところがある。悪夢を見ているときの感覚と非常に近いものがあるが、それだけで本作のタイトルの完全な説明とはならないことも確かだ。これは紹介文であるから詳細な考察は避けるが、深い考察を行われるだけの強度を作品が備えていることは間違いない。ネット上のフォーラムなどを確認してきたが、この作品の物語や意図について、すでに各所で活発な議論が行われている。

プレイフィールについて触れておこう。画面の構造としては横スクロールアクションに近いのだが、3Dのために奥行きがあり、プレイヤーは少女を縦横に動かすことができる。すべてのものが彼女よりも大きい存在のために作られているので、動かせるオブジェクトには限りがあり、この環境そのものが制限的に謎解きの鍵となってくれる。高いところにあって届かないエレベーターのボタンを押すにはどうすればよいか、天上近くにある通気口にたどり着くにはどうすればよいかなど、ヴァリエーションに富みながら飛躍しすぎることのない謎解きは、コンスタントな楽しみを与えてくれる。

くわえて、鬼ごっこプラスかくれんぼ、あるいはステルスモードとでも呼べそうな、巨人たちからの逃走がうまい緩急になっている。ステージごとに特徴にあふれたキャラクターが登場するが、彼らはそれぞれの手段で少女を追い詰め、捕らえて、捕食(!)しようとする。筆者のお気に入りは、妙に長い腕をもち、なぜか目隠しをしたまま仕事に励んでいる「JANITOR(用務員)」というキャラクターだ。まだゲームのことがよくわかっていない序盤に登場するために、得体の知れない恐怖を味わうことになる。その容姿から想像できるように、視覚というよりも聴覚を頼りに少女を追うので、うまくその隙を突いてやるとよい。

用務員さん登場シーン(腕のみ)。

フィクションについて確固としたことが言えないのは先述の通りだが、それでも注意しておきたいのは、本作に登場するキャラクターが、みな一様に「マスク」を被っている(あるいは顔の一部を隠している)ことだ。中盤に登場する、素顔のように見える醜悪な料理人ですら、よく動きを観察しているとかぶり物をしていることがわかる。この世界ではだれひとりとして素顔を見せることがない。このことが意味するのは、閉鎖的な空間のなかで形成されている社会が、秘匿、無理解、虚栄などに満ちあふれているということだ。だとすれば、プレイヤーが操作する少女は、ゲーム自体が描き出した社会に適応できていないキャラクターということになる。

最後までプレイを続けても解消されることのない強烈な疎外感は、おそらくここから発されている。少女は作中を通じてほとんど誰からも「良い行い」をされることがない。筆者の道徳観に照らし合わせても、そのようなシーンは一度きりしかなかった。ただ、ゲームを進めるにつれて、社会がこの少女に対するときの非道さが、ややもすると当然のことのように思えてくるのも確かだ。

床に布団を敷いて眠っている東洋人の筆者にはいまいちピンとこないのだが、西洋人の共通認識として、良くないものが潜んでいる場所のひとつに「ベッドの下の空間」というものがある。プレイヤーは少女を操作して、ベッドの下どころか、通気口、排水溝、下水道、テーブルの下、炊事場の奥、伏せられた籠の中、天上の死角などに隠れさせる。それらは一般的に言ってよくないものが潜んでいる場所であり、きれい好きの人間がとくに念入りに清掃するところだろう。もしかすると、プレイヤーの目に比較的まともに見える少女こそがもっとも穢らわしいものであって、彼女を殺そうと追いかけ回す巨人たちのほうが普遍的な存在なのかもしれない――正誤はどうあれ、そんな想像をさせてくれるだけの仕掛けに満ちた作品であることは確かだ。納涼のつもりで恐ろしい世界観を堪能し、あとでじっくり考察するというのも、この作品を楽しむ良いやり方だろう。