異様に首の長い花嫁と、薄暗がりの中でその姿を照らす電話ボックス。そのミスマッチなコントラストの一枚絵で恐怖心を煽り立て話題となったホラーアドベンチャーゲーム『死印』。発売を約2週間後に控えた本日5月18日昼、PlayStation Networkで第1章がプレイ可能な体験版が配信される。本稿はその体験版の内容のプレビューであり、筆者自身がそれ以降の内容をまったく知らない状態での論評であることを先に明記しておく。
肌にうっすらと張り付いて離れない「狂気」
テキストアドベンチャー形式を採用したホラーテイストの作品はいくつか例を挙げることが可能だが、純粋にホラーのみを指向した作品はあまり聞かない。だが『死印』体験版の第一章が示す方向性は、疑いなくホラーそのものだ。冒頭から自分が何者なのかわからない状態で放り投げられる主人公。謎の洋館への誘いと、洋館の女主人の変死。そして突如言い渡される残り数時間の死の宣告。開始直後からプレイヤーと物語を不安定かつ非日常に揺さぶる構成要素は、ホラー作品における一つの様式である。
ほかの作品を例として挙げると、同じように怪異や都市伝説を描いた『流行り神』シリーズでは、主人公が警視庁の刑事であり、部署と同僚の登場から始まるという「日常性」から物語が開始される。『死印』の手法はこの『流行り神』シリーズのものとは好対照的だ。後者は起承転結のスムーズさやストーリーそのものの整合性を取るタイプであり、その世界の「日常」と「非日常」の間に明確な線引きがなされてる作品である。一方で『死印』はその点を重視していない。つまり冒頭からその舞台は「非日常」が支配する世界であり、普段我々が生活している社会との断絶が垣間見える。
理由も背景も知らされず腕に死の刻印が刻まれた主人公は、自己に関する記憶のほとんどを失いながら、自分の命を守るためにその原因となっていると推測される「怪異」を調査することになる。この事情を冒頭で説明するのがすでに「しゃべる人形」であり、そしてその異常さを主人公は意外なほどにすんなりと受け入れる。同じように、『死印』の謎を解きに洋館にやってくる他の登場人物の言動も、どこか浮世離れしている。はっきりとした形には表れないが、テキストのふしぶしに現れる「狂気」の欠片は、本来彼らが主人公サイドの仲間である登場人物であるにも関わらず、プレイヤーにひたひたと這いよる不安感を与えてくる。
第一章の怪異の舞台となるH小学校は、怪現象の巣窟のような場所ではあるが、むしろこの作品の恐怖を裏で支えている「狂気」は、この世界全体が醸し出している独特な不安定さである。それは例えて言うなら、終わらない黄昏時のような、延々と続く逢魔が刻のような、そんな空気感だ。
「一枚絵」がもたらす最大限の恐怖
本編であるH小学校で繰り広げられる調査と「怪異」との対峙に関しては、さらに直接的な恐怖表現が仕込まれている。だが、その直接的な恐怖を効果的なものにしているのは、まさしく稀有な才能と評して良いであろう作画担当が描き出す「一枚絵」への絶対的な信頼感を背景にした、「一枚絵が持ちうる最大限の恐怖」を引き出すために全てが集約していくような演出の効果と言える。
静かなゲーム進行の中、突如眼前に迫る「生理的嫌悪感」の喚起と、ほのかなエロチシズムを持つ「耽美さ」を両立しているその「一枚絵」が現れた瞬間の恐怖心は、クリーチャーが実際の生き物の如くなめらかに動き回ることがあたりまえな昨今のホラーゲームに慣れきってしまった我々に「ホラーゲーム」のストーリーテリングの在り方、見せ方をあらためて問いかけてくる。しかし一方で、各箇所に小ネタのように仕込まれているいわゆるお化け屋敷的ギミックが、漂う雰囲気全体を比較的チープに見せてしまっている。充分に効果を持って完成されているものに余計なトッピングを加えれば、そのたった一部分のチープさが全体の印象へ転化してしまうことは、考慮の外だったのだろうかと考えざるを得ない。
システム面に漂う不安要素
システム面でいえば、学校を探索しながら「怪異」に対抗する手がかりやアイテムを集めていき、最終的に対抗する手段を考えつつ行動する「怪異戦」までの流れ自体は、ゲームとして面白さを感じるレベルには達している。「怪異」のデザインも、その左右非対称なフォルムが不安と恐怖を混在させた感情を掻き立てる。選択肢を間違うと即死になる「デッドリーチョイス」も、そのシステム自体が本質的に必要か不必要かという問題を抜きにすれば、どう間違っても即リスタートできる分、ストレスはない。
ただし、全体的なUI、特に探索時の移動UIの不便さに関しては首をかしげざるを得ない。アナログでオールドスクールなゲーム制作のコンセプトに疑義を唱えているのではない。たとえば自分が右方向に進もうとした際、北を向いていれば方向キー右、西を向いていれば下、東を向いていれば上を押すという、同じ方向に進むために一度ミニマップを確認した上で対応するボタンを押すという作業は、明らかにゲーム進行の流れを「ぶつ切り」にしており、はっきり言えばこの仕様はストレスしか生まない性質のものだ。もちろん、これは純粋に体験版だけの内容に関してのプレビューでしかなく、フルゲームのレビューはまったく違うものになるのかもしれない。
一章時点の終了での印象だけをピックアップすれば、「ゲーム自体の出来としては非常に粗い部分が目立つ」ものの、「テキストアドベンチャー形式としてのホラーゲーム」としては充分すぎるほどのインパクトを備えている。プレイ中、常に漂っている狂気に満ちた世界観、人物設定、テキストの不安定感がもたらす疼くような「不安」は今作独特のものがあり、そして何よりも「きちんと怖さを感じられる」。不備を抱えたUIすら乗り越える謎の魅力を備えた体験版ではあった。少なくともこの異質で異様なゲームの終焉がどこにあるのか、向かうべき終末があるのかを確かめたくなる導線としては機能しているとは言えるだろう。