『Oxygen Not Included』のストーリーはたった3つの短文で終わるうえに、ゲームの冒頭にいきなり表示される。その内容はこうだ――「あなたの隊員たちは、見知らぬ惑星の地下深くの洞窟で目覚めました。奇妙なことに、彼らはどうやってここに来たのか覚えていません。とりあえず掘ってみると良いでしょう」。
『Don’t Starve』を送り出したKlei Entertainmentの新作は、前作同様にプレイヤーをゲームの世界へと突き放す。プレイが始まってスクリーンに映し出されるのは、チュートリアルではない。かわいらしい手描きのキャラクターと方眼紙のようなグリッドライン、そして信じられないほど多くのパラメーターだ。丁寧な作品をやり慣れている身にとっては、これだけの情報量をいきなり見せつけられると、すこし動揺してしまう。しかしながら、手探りでいろいろなところを触るうちに、いま何をするべきなのかが確実にわかってくる。この見事なゲームデザインは、彼らがもはや巨匠の域に達していることの証左だろう。
本作は、『X-COM』の基地運営パートや『Fallout Shelter』とよく似たスタイルで、蟻の巣の標本のような地下空洞にいる隊員たちに、仕事を指示してコロニーを建造させるマネジメントゲームである。原稿執筆時ではアルファ版となっている本作だが、ゲームの骨組みはほとんど完成しているようだ。目的は、一日でも長く生き延びること。いたってシンプルだが、実際にやるとこれがなかなか難しい。プレイヤーは隊員たちに指示を出し、地中に根を張っている植物から果実をもぎ取らせたり、ベッドやトイレを建築させたり、ストレス過多の隊員が吐いてしまった吐瀉物を掃除させたりして、健康的な地下生活を保全していかなければならない。
この奇妙な地下生活においてもっとも気をつけなければならないのは、タイトルが示唆するとおり、酸素の確保だ。はじめのうちは酸素を放出する不思議な鉱石に囲まれているものの、それらはすぐに蒸発して無くなってしまう。手始めに隊員たちに採掘を指示し、手に入れた鉱石を用いて、藻類から酸素を抽出するためのプラントを建設しよう。作業を進めるうちに、彼らは人間として当然の欲求に悩みはじめる。すなわち睡眠、食事、そして排泄だ。
人数分の寝台を用意し、果実がもぞもぞと動く不可解な植物の農場を整備し、掘っ立てのトイレを設置する。それで一段落ついたかと思うと、隊員のひとりが延々と続くかと思われる地下生活のストレスに耐えきれず、暴走して設備を破壊しはじめる。そんな時には、芸術の才能を持つ隊員に描かせた絵を彼の部屋に飾ったり、マッサージチェアをあてがってリラックスしてもらおう。
そんな工程を繰りかえしているうちにコロニー周辺の藻類が底をつき、どうにかしてべつの手段で酸素を手に入れなければならなくなる。水を分解して酸素を生成する設備を建造できたと安心するのもつかの間、その設備が同時に水素まで放出しはじめ、隊員たちがつぎつぎに窒息死していく。あわてて生き残りに設備のスイッチを切らせたあと、地下コロニーに散乱する亡骸が人心を不安にさせるので墓場を作るのだが、こつこつと墓石を掘っていた隊員のストレスがまたしても上限を超え、こんどは吐瀉物がまき散らされる。
もしも本作にポーズボタンが用意されていなければ、筆者の地下コロニーはまちがいなく何度も破滅していたはずだ。絶望的と思われる状況であっても、時間を止めてから隊員たちへの指示をじっくりと練ることで、しだいにましになってくる。なによりも嬉しいのは、個別の隊員にひとつずつ仕事をアサインするのではなく、仕事のタスクに優先度を割り振るスタイルが採用されていることだ。「もしも人力発電の蓄電率が80%を越えていれば、こっちに行って採掘作業を進めてくれ」というような指示が、言葉ではなく、理解しやすい単純な数字によって可能になっている。あとは放っておけば、気が付いた隊員がやってくれるという塩梅だ。
手描きのアートワークは前作と比してより洗練されており、ひととおりの指示を出してから三倍速のボタンを押して時間を進めると、かわいらしいキャラクターたちがちょこまかと動き回る。その素晴らしい働きぶりと効率を見ているだけで、ふだんの自分の行いが恥ずかしくなってくるほどだ。彼らの献身に応えようと、電力ラインを構築し、上下水道をきっちりと整備し、区画整理をおこない、観葉植物や絵画をふんだんに用意して健全な労働環境を整えているうちに、プレイヤー自身の時間は際限なく失われていく。
このゲームの神髄は、管理しなければならない要素が数多く用意されているところにある。先述した酸素の供給にまつわる気体のコントロール、電力と水力の消費量、機械類から発される熱、閉鎖空間ごとの気圧。F1キーからF8キーに割り振られたモニタリング・ビジョンをいそがしく切り替えてチェックを行うのだが、プレイヤーが気づいていない僅かなほころびから、コロニーの破綻が始まる。そして、そのほころびは早急に接ぎをあてないかぎり、力学の法則に従ってどこまでも拡大していく。
となりの部屋から汚染された酸素が漏れ出してくるので、どうにかしてその処理をしようとするうちに、オーバーヒートした機械のせいでほかの場所の室温が70℃を越える。万全の体制を整えて掘り進んだ新しい空間が完全な真空で、もといた空間の気圧が下がり、隊員が窒息する。浄水設備を設置し忘れた下水道が汚水でいっぱいになり、トイレから逆流して大惨事を起こす。コロニーの崩壊にいたる道筋はほとんど無数に用意されており、いつ何が原因で積み上げてきたものが駄目になるかわからないというスリルは、ゲーム性はまったく異なるものの『Don’t Starve』の美点をみごとに引き継いでいる。
しかしながら、『Don’t Starve』と明確に区別できる点もある。あの作品の醍醐味であったカタストロフは、たとえば雷や火事、謎めいた怪物のとつぜんの襲来など、時に理不尽とさえ思えるような運の要素に半ば委ねられていた。本作においては、ほとんどすべての要素が数値化され、可視化されているために、あらゆる惨事の起因がほぼすべてプレイヤーの不注意によるものとなっている。もちろん、この新しい方向性は喜ばしく、また面白いところだ。ただ、筆者が性懲りもなく期待してしまったのは、ぞくぞくするようなスリルを与えてくれる、より巨大な災害でもあった。
すべてが数値化されているということは、プレイヤーが慣れるにつれて、危険を明確に予測し、対処できるようになるということでもある(そして、それが本作の楽しみだ)。実際のところ、ゲーム内の日付が30日を越えるころには、おそらく何も手を加えずとも、さらに30日は生き延びられそうな理想的なコロニーが出来上がった。この安全さはちょっとした停滞感をもたらすのだが、打破するには新しい地下空間に進むことが必要になる。ここがどうにも憎いところなのだ――それまでプレイヤーを引っぱっていたのは資源不足の危機感だったのだが、状況が安定してしまうと、プレイヤーを牽引するのはプレイヤー自身の好奇心になってしまうのだ。
ただ、上記にしたことは間違いなくアルファ版のコンテンツ不足によるものであって、開発が進むうちに、予想もできないような新しい危機や魅力が追加されていくことは間違いないだろう。正直なところ、あのKlei Entertainmentがまたやってくれた、という心境だ。「死んで理不尽を覚える」前作から、「生き延びて危険を覚える」本作へのみごとなプレイフィールの転換は、これからの開発を充分に期待させるものだ。グリッドとパラメーターがもたらすマネジメントの喜びを最大限に引き出そうとしている本作は、アルファ版であるにもかかわらず、すでに充分にプレイアブルな良作の域に達している。未来の名作をいちはやく手に入れたい方は、いまのうちに手をつけておいて間違いないだろう。