海中のイメージは私たちが無意識に怖れているもののひとつだ。光が少ない、あるいはまったくない、というのが大きいのかもしれない。曇っているときは別として、空はどこまでも見通しがきくし、なにが起こるか想像しやすい。高度さえ間違えなければ息もできる。それに比べると、海中は闇に閉ざされていて、なにが起きるかを察知しにくそうだし、なにも身につけずに深くに入り込むと溺れてしまう。こんなふうに理由を細かく考えているとは思わないが、子供たちが口にする将来の夢は、潜水艦乗りではなくパイロットのほうが多いように思う。私たちは海というものの存在をよく知っていながら、あまりそこに潜ろうとはしないままに済ませている。
『Diluvion』は、私たちが普段あまり知ることのない海中にフォーカスを当てた、3Dオープンワールド型アクションゲームである。プレイヤーは潜水艦の艦長となって船員たちをまとめあげ、「深度1000」の深海を目指す。潜水艦といっても、われわれの暮らす現実世界にあるようなヘビー・デューティーなものではなく、この作品のフィクションによく合致した姿形をしている。また、ゲームを始めてすぐに深いところを航行するわけではなく、自分の潜水艦を補強するまでは海中の浅いところををずっと行くことになる。ただし、海上に出ることはできない。海面が信じられないほど厚い氷にすっぽりと覆われていて、人々は海中での生活を余技なくされているからだ。
このあたりのことは、ゲームを開始するとすぐに始まるオープニングムービーが解説してくれる。かつて地上で生活を営んでいた人々は、悪しき思いに突き動かされて罪を犯し、その所行を許さなかった天が大災害をもたらした。地上はすべて海に呑まれ、その後とても分厚い氷が海面を覆った。人類は潰えかけたかと思われたが、海中に都市をつくりあげて生き延びた――筋を要約すると、こんな感じだろう。物語は、主人公であるしがない潜水艦乗りの船長が、経験豊かなひとりの機関長とともに船員を探すところから始まる。はじめのうち、彼らは船員探しにかかりきりだが、しだいに海中の人々のあいだの伝説となっている、深海の秘宝をめぐる冒険に巻き込まれていくこととなる。
なによりもまず、海中、それも潜水艦という主題がおもしろい。もちろん海中を行くゲームがないとは言わないが、それよりも空を飛ぶゲームのほうが数は多いだろうし、地上を行くゲームはもっと多い。操作方法も船らしいものながら、やはり独特だ。ふつうのレースゲームなんかのように、前進キーを押しっぱなしにしているあいだだけアクセルの回転数が上がって加速する、というような仕組みではない。『電車でGO!』シリーズなんかをプレイしたことのある方ならピンとくると思うが、三人称視点で操作する潜水艦の加速は、ノッチ式で行う。プレイヤーが操作できるのは微速、半速、全速前後進の切り替えのみで、設定しておけば勝手に船が進んでいくようなイメージだ。
この独特な操作感に加えて、やはり海中であることの絵面の新しさがおおいに興味をそそる。おそらくテクスチャの細密さだけを詳しく検討すれば、現行のAAAタイトルなんかと比べると見劣りするはずだが、1つの海底世界として描かれているものの美しさは折り紙付きだ。これは海中というロケーションの新鮮さに加えて、前述したようなフィクションにうまく密着した、美しい海底都市のイメージがしっかりと描かれているためだ。視界が悪く、孤独に感じられる海中のなかを航行していると、とつぜん美しい海底都市が眼前に現れる。あるいは、ふいに流れ者の行商人の潜水艦が近くを通ったりし、他者の存在が心地よく感じられる。
もちろんフレンドリーな船ばかりが海を共有しているわけではなく、機雷が大量に仕掛けられた暗い海の深部を進んだり、敵対的な海賊船にうまく対処したりしなければならない。とくに海賊船との撃ち合いになったときの、上下左右を縦横無尽に駆け回るリアルタイム戦闘は、アクションのプレイフィール自体が純粋に楽しい。敵の船を沈没させたときの爽快感はなかなかのもので、これだけでもプレイする価値はあるだろう。
どこへ船を進めるかという行動の指針になるのは、良くも悪くもオープンワールドらしい「おつかい型」クエストで、熟練の機関長に意見を求めたり、海底都市に暮らす人々の依頼を受けたりして、海域を調査したり物品を集めたりする。ちょっとめずらしいのは、潜水艦を航行しているときには完全な3Dだったものが、ほかの船や都市にドックしたり、自分の船なら定められたキイないしはボタンを押したりすると、船や都市の断面を横から見たような2Dの絵柄に変わることだ。ここでキャラクターや木箱などをクリックし、会話をしたり、物品を拾ったりできる。
クエストを消化したり、ルートしたものを売却したりすることで得られる資金をもとに、船員を雇うシステムもなかなか面白い。物語の根幹となる潜水艦のそれぞれのセクションの長は、物語上の都合もあってほぼ固定されている。だが都市や撃墜した海賊船などにいる船乗りに声をかけると、一般船員として彼らを雇うことができる。ひとりひとりの船員には固有の能力値が割り振られており、彼らを各セクションに配置すると、その能力値から計算された数値ぶんだけ、船の能力が上がる。これはよく考えるとお金を払って船をパワーアップするというだけのことなのだが、なにせ海中の潜水艦というフィクションとしっかり結びついているため、やはり楽しく感じる。
ただ、何というか、荒削りな部分もたくさん存在する。都市などでゆっくりとテキストを読むシーンは別として、そもそもドックしたときに3Dが2Dに変化するのは、海中探検のテンポを悪くしているだけのようにも思われる。また、そもそも2Dパートの操作性が良くない。全体的に操作に対する反応が悪いし、カメラは勝手にズームしてなかなか引いてくれない。まわりが安全なときはいいのだが、2Dパートで何かやっているときにも時間は進んでいくので、操作性の悪さに悪戦苦闘しているときにいきなり海賊の攻撃を受けたり、海流に飲まれて機雷にぶつかってしまったりすると、なかなかフラストレーションが溜まる。
また、物語の語り方もちょっと考えものだ。楽しい海中探検に気を取られて文脈を忘れてしまうということもあるのだが、人々の発言は一本調子で深みがなく、彼らが海中で生活しているのだという感じを受けることができない。いろいろと話の流れはあるのだが、要するにあれがないから取ってきてくれ、これがないから取ってきてくれ、ということなのだ。さまざまなアドバイスをくれる機関長も、最初は言葉少なに行くべき道を示してくれる頼りがいのある男に見えるのだが、ずっとプレイを続けているうちに、そろそろ彼を感心させたり驚かせたりしてみたいなという気持ちが湧いてくる。なんというか、いつまでたっても何も教えてくれないのだ。
しかし、こういった荒削りな部分を補ってあまりあるほど海中探検は楽しい。ソナーをもちいて海中を探り、コンパスと海図を照らし合わせて行くべき場所へ、あるいはまだ行ったことのない場所へと向かう。敵対的な海賊船の数はとてもいい案配で、あまりに戦闘が多すぎて飽きるということもないし、だだっぴろい海域で何も起こらずに退屈するということもないため、ひとつひとつの戦闘にいい重みを感じる。先述したようなテキストの退屈さのために、自分がこの虚構世界におけるどんな目的のためにクエストを行っているのか半ば理解できておらずとも、とにかくシチュエーションとアクションの魅力に引っぱられてどんどん先へ進んでしまう。船をアップグレードしてより深くまで潜れるようになったとき、はじめて出会う大型のボスとの戦いは、ある理由からほとんどすべての日本人を狂喜させるだろう。
『Diluvion』はいくつかの難点を抱えているものの、人類にとっての最後の未開の部分である深海を主題にとり、その主題の目新しさを武器に押し切った佳作だ。ストーリーに難点があっても、分厚い氷に閉ざされた海中というフィクションが面白い。テキストに難点があっても、息詰まるような海中での戦闘が面白い。深海の海流をつかむように作品のいいところをうまく乗りこなしていけば、潜水艦はいつのまにか、思いもしなかったような場所にたどり着いていることだろう。