今回紹介するのは、擬人化した猫が七面鳥の群れを斬り刻んでいく3人称視点の3Dアクション『The Turkey of Christmas Past』である。本作で描かれるのは、「クリスマスの阻止を企む七面鳥たち」という、ある意味ホリデーシーズンらしい物語だ。開発を担当しているのはアイルランドのインディーデベロッパーDinan Studios。共同創設者の一人であるT.J. McGrath-Daly氏は大学で政治・医学を学んだ上で起業家として活動し、その後コンサルタント業に携わりながらも、本作の開発にあたりゲームデベロッパーに転身したという幅広い経歴の持ち主だ。そんな彼らの処女作は、猫と七面鳥の剣戟アクションという奇怪な設定でありながら、キャラクターモーションと音楽という2点に全力を注ぐことで「シリアスなユーモア」を生み出した風刺短編作である。
猫男が七面鳥を無双する
七面鳥というと、英国ではクリスマスの食卓に欠かせない存在である。わざわざ米国から連れてこられた挙句、丸焼きにされるという儚い運命の持ち主でもある。このまま人間たちの勝手な都合によりご馳走にされては敵わない。そこで立ち上がったのが七面鳥の王「Melagris」だ。毎年英国で犠牲になる1000万羽もの同朋たちを束ねる長である。そんな彼がクリスマスの実行を阻止すべく反乱を起こす。
一度は命を失ったものの(王様ということで絶品のローストターキーになったことだろう)、「The Turkey of Christmas Past」として蘇った「Melagris」は、同朋たちを集めるため異次元空間へと消え去っていく。ちなみに本作のタイトルでもある『The Turkey of Christmas Past』はチャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」に登場する幽霊「The Ghost of Christmas Past」をもじったものである。もちろん「クリスマス・キャロル」にも七面鳥料理が登場する。
さて、一方の人間たちは七面鳥の企みなぞ露知らず。唯一彼らの陰謀に気づいたのが飼い猫のトムである。勇敢なトムは七面鳥を追って異次元につながる扉へ飛び込む。扉の先でたどり着いたのは不気味な七面鳥の城である。トムの前に立ちはだかるのは「クリスマスを破壊せよ」という現実社会でも聞き覚えのある主張により団結した七面鳥軍。その4本指の手には器用にも刃物が握られており、20羽30羽が群れとなって襲いかかってくる。美味しそうだなんて言ってられない、このままでは猫の方がミンチ肉にされてしまう。
だが安心してほしい。異次元上のトムは擬人化されており、達人的な剣術使いとなっているのだ。緩急のついた剣戟と軽快なドッジロールにより、食用肉として肥えきった七面鳥たちを翻弄していく。ときにはナイフを投げ、ときには爆薬付きのねずみ捕りにひっかけて香ばしく焼き上げることもある。投げナイフとねずみ捕りは城内にあるパワーストーンに触れることで補充できる。また敵にダメージを与えるとキャットメーターが蓄積される。メーターが満タンになれば必殺技として雄叫びを上げられる。すると周囲の敵にダメージを与えつつ、トム自身は体力を全回復できる。どうやらトムは七面鳥の大群を一掃できるだけの技能を持ち合わせているようだ。ちなみにトムは高所から落下してもダメージを受けない。猫だから。
城を守る七面鳥は4種類。布製の服を着ただけの一般兵、強靭な鎧兵、魔法による遠距離攻撃が厄介な魔法使い、そして黒騎士のような鎧をつけた戦士。黒騎士はゲームの進行の鍵を握る存在であり、各所で待ち構えている彼らを倒すことで城の中庭や洞窟といった新しいエリアがアンロックされていく。黒騎士を倒し、開けた道の先でまた黒騎士を倒す。これが本作の基本的な流れである。パズルやプラットフォームアクションはなく、ひたすら七面鳥を狩るのみ。かなり単調ではあるが、進むにつれて一度に戦う七面鳥の数が増えて行く。質ではなく数で圧倒するスタイルだ。一羽一羽は非力だが集団で囲いこまれると一方的なリンチと化す。追い込まれないようドッジロールで転げ回るトム。彼にはヒントを与えてくれる神の声も、現在地と目的地を示すマップもない。一体いつまで狩り続けるのかと不安になるかもしれない。次の行き先に迷うこともあるだろう。自然とトムを誘導するようなレベルデザインもこの城にはない。ひたすらプレイヤーの方向感覚が試されるのだ。
風刺の効いた壮大かつ滑稽な短編
一見すると本作は、猫と七面鳥の剣戟アクションというアイデア一本勝負であるかのように思える。ところが驚くことに、わずか数人で開発しているインディータイトルとは思えないほど精密なキャラクターモーションが本作では用いられている。モーションキャプチャーにより猫と七面鳥がよろける様、背中を斬られた際に仰け反るモーション、前方から斬られたときに胸を押さえる仕草などがリアルに再現されており、とにかく芸が細かい。全体的なビジュアルは2000年代初期の西洋3Dアクションを彷彿とさせる中、異様にリアルで滑らかなキャラクターモーションがシュールな設定を際立てている。
デベロッパーであるMcGrath-Daly氏に話を伺ったところ、00年代前期のビジュアルには確かに影響を受けているとのこと。動物を扱う作品でありながらカートゥーン調の映像を避けたのは「ある程度現実的なビジュアルの中で、非現実的な題材を扱うという、本作が持つばかばかしい性質ともつながる」からである。「壮大かつ滑稽」という一貫したテーマが本作にはあるのだ。
戦闘時のエフェクトも控えめである。過度な演出により笑いを誘うのではなく、奇抜な設定以外はシリアスなトーンに徹することでユーモアを膨らませている。中世の城と教会の雰囲気を合わせた壮大な音楽も、シリアスなユーモアを引き立てている。本作は叙事詩的映画やゲームジャンルに対する風刺も狙っているということで、効果的なアプローチといえよう。風刺の対象はゾンビが束となって襲いかかるゾンビ物のアクションゲームにも及んでいるだろう。
壮大な舞台の中で、擬人化した猫と七面鳥が剣を交える滑稽な光景とその帰結としての風刺。丁寧に作りこまれたプレイヤーモーション、そして世界観を補完するミュージックスコア。『The Turkey of Christmas Past』の魅力はこれらの点に絞られる。単調なゲームプレイは小規模デベロッパーとしての制約と、本作が描こうとしている各ジャンルへの風刺により導かれたひとつの解答である。本作は3Dアクションではあるが、ゲームというメディアを使った短編童話として触れる方がしっくりくる。逆に言えば、アクションゲームとしてはキャラクターモーション以外の部分に期待しない方がよい。
本作は日本語に対応していないが、言葉で語られる物語は上記で触れた内容でほぼ全てである。英語がわからなくとも不便に感じることはないだろう。ストーリーモードについてはクリアまで約2時間。ラウンド形式で七面鳥が湧き続けるエンドレスモードも用意されている。いずれもゲームプレイと敵の攻撃パターンは単調で、爽快感を狙った作品ではないだけにリプレイ性は低い。かなり人を選ぶ作品ではある。また現時点ではコントローラに対応しておらず、キーボード/マウスでのみプレイ可能だ。
雄猫トムの不思議な冒険『The Turkey of Christmas Past』はPC(Steam)向けに発売中。定価は1380円ということで、クリスマスにローストターキーを食べるよりはるかに安い。