東プレ『Realforce』はゲーミングキーボードたりうるか
私、安田はかつてタイピングに並々ならぬ情熱を注いでいました。今でもその火は潰えておらず、キーボードやタイピングの話題を振られると、対手が心底げんなりするまで延々と説教もとい功徳を施し、最終的に一言放ちます。「リアルフォース買え。」
根っこの部分が完全なインドア体質で、ここ10年くらい毎日キーボードの前に平均10時間以上座ってカタカタやっているのですから、入力デバイスやらモニタやらにこだわるようになるのは当然でしょう。しかし、インターフェースとして我が家にて不動の地位を占めるに至ったのはキーボード Realforce 106S のみです。
マウスやモニタはしばしばリプレイスしています。主だった理由としてはスペック向上願望と故障の2つ。これまた自然な成り行きですが、Realforce はどちらもクリアしています。この時点でいかにすぐれたデバイスなのかがお分かりいただけるはずです。ちなみに、今まで買ったキーボードの枚数についてはあまり思い出したくありません。
Realforce って何だ?
「キーボードなんてキーが100くらい付いてたら何でも同じだろ」という向きのためにまず解説。Realforce はタイピングそのものが目的化した怪人たちの間ではデファクトスタンダードとなっているキーボードです。筆者自身もいっときタイピングマニア界隈に頭を突っ込んでいたのですが、ほとんど全員が Realforce を使用していました(他に採用されていたのは富士通製品やダイヤテック製品など)。製造元の東プレの主力製品は自動車プレス部品、冷凍車、空調システムなど。街を走っているトラックの背面にロゴを見かけることもあります。
その性能は廃人のみが保証しているわけではありません。公式サイトの文言を引用すると、「金融機関の業務用、計算センターでのデータ入力用、流通、交通、医療、放送機器向けなどの各種入力専用機として、さまざまなお客様にご利用いただいております」。事実、筆者自身がその目で確認したこともあります。ほかの一例を挙げるとすれば、銀行 ATM のパッドが東プレ製だったりします。
Realforce は「静電容量無接点方式」なる構造を採用しています。メカニズムの詳しい説明は公式サイトをチェックしていただくとして(PDF 注意)、特徴にして特長はその打鍵感です。しばしば”フェザー”と表現されるように、キー押下時には羽根のような軽い感触を感じます。軽いタッチが長時間に及ぶタイピングでの負荷を低減させることが疑いようがありません。
また、キーを押し切った際の底打ちの適度な反動もタイピングに貢献してくれる要素です。さらに、強い底打ちをさせずともキーが反応してくれるため、より軽い力で済むというメリットもあります。キー入力の速さという角度のみからパンタグラフ式キーボードを試していた期間があったのですが(キーを押すストロークが距離的に小さいため速くなるのではないかという発想)、この点で脱落しました。堅牢性にも難があったことを付け加えておきましょう。
堅牢性。キーボードに?と思われたかもしれません。じつは非常に大切なことなのです。「叩いていたら反応しなくなった、壊れた」は論外として、理由は別にあります。それは、キーボードは便器並みに汚い という説の存在。ようするにキーボードは汚れがちなので掃除しなければならないのです。
その際、キートップを全部外してすべて洗浄し、キーボードも入念に磨き上げ、ふたたびキートップをはめ直します。単純すぎる工程に感じられるでしょうが、この行為に3度以上耐えたのは筆者の経験では Realforce だけです。
また、静粛性の面でも Cherry 各軸は静電容量無接点方式に一歩劣ると言わざるを得ません。騒音に定評のあるメカニカルタイプとは比べるまでもなく、茶軸などが持つ特有の「シャカシャカ」という高音をいささか耳障りと感じる方も少なくないものと思われます。
一日中キーボードを叩いていたら幸せになれる、もしくは叩かなければならないという強迫観念にかられている方には Realforce はほぼ間違いなくお薦めできる逸品です。文字入力という観点では Realforce ほぼ一択、一日に何万文字も叩きこむことがあるようならなおさらです。さらに言うと、変荷重タイプではなく全キー30gタイプが最終着地点でしょう(後述)。
無論、様々なキーボードを試してきた果ての結論です。対抗馬としてたびたび挙げられる Cherry 軸は、好みの問題もあるでしょうが長時間使用するには打鍵にかかる物理的な負荷が高すぎるというのが筆者の主観にして回答です。
ゲーム用に使えるのか?
先に結論しましょう。「弱点はあるが十分使える」です。
タイピングにおけるいわば”快適さ”という面でいえば、ゲームだろうが物書きだろうが Realforce の優位性は微動だにしません。ハードなゲーミングもまた、長時間キーボードと向き合うという意味では同じです。
ただし、ことゲームにだけフォーカスすると静電容量無接点方式には唯一弱点があります。それは「クリック感の欠落」です。
先に述べた「キーを強力に押し下げなくとも反応する」というメリットがデメリットに変わってしまいます。つまり、オンとオフの境界線が曖昧になりがちなのです。極端な比較になりますが、その点メカニカルは圧倒的に優れているといえます。
ゲームにおける入力感・クリック感の重要性をあらためて説く必要はないでしょう。古くはファミコンコントローラーと十字キーの素晴らしさ、最近ではiOS/Android 系タイトルなどにおけるバーチャルコントローラーのままならなさ。プレイヤーに「入力している!」とシグナルを与えることは、あらゆるゲームコントローラーで欠かすことのできないファクターです。
Realforce のフェザータッチに慣れれば慣れるほどその弱点が露見していきます。文書入力ではキーを押し下げるのは一瞬ですが、逆にゲームでは長押しが基本です。強く底打ちしない運指をマスターしてしまうと、指が本能的にオンとオフぎりぎりのラインを越えるような打ち方をしてしまいます。結果、長押しを前提とした操作にて誤入力してしまうのです。Fキー長押しインタラクトで何度くだらないミスを犯したことか……
とはいえ所詮はキーボードですし、そもそも問題は使う側にあります。とどのつまりが「しっかりとキーを押せばいい」だけです。ゲームをプレイするとき、ほんの少しだけ意識して強くキーを叩くようにすれば解決します。
そのソリューションを採択するにあたり、1つ考慮すべきポイントがあります。それは、Realforce の商品バリエーションです。Realforce は「変荷重タイプ」「同一荷重タイプ」の2つにわかれています。後者は読んで字のごとくなのですが前者が特徴的で、力をかけづらい小指から順に段階的にキーが重くなっています。
きっちりとキーを押し下げなければならないということを念頭に置くならば、変荷重タイプは違和感が発生する原因になるリスクがあります。スピードを出してタイピングすることを第一義とした設計ではないからです。WASD +α入力を想像してください。同じ力加減のほうが具合が良さそうだと直感的におわかりいただけるのではないでしょうか。
事実、かつて登場したゲーミングモデル Realforce は、全キー45gタイプでした。筆者個人的にはタイピングの負荷を鑑みると All45g は重すぎると感じたため All30g のモデル(Realforce 106S、PS/2接続)を愛用していますが、ここは腕力ならび趣味趣向との相談でしょう。一度実物を触ってから判断していただきたい……といいたいところですが、長時間打たないとわからないこともまた事実。大手家電量販店などで「エア・タッチタイプ」を小一時間続ける度胸がまず求められます。ただ、負荷の軽減というコンセプトからすると 45g を選ぶにはそれなりに特殊な動機が必要となるでしょう。
まとめます。ゲームだけにフォーカスすればすこしばかりのほころびが見えなくもありません。それでもキーボードそのもの・入力デバイスとしての秀逸さが掻き消されるほどではありませんし、使用者側で十分対応可能な範囲。ゲーミングキーボードとしての Realforce は「アリ」です。
ゲーマーに馴染みが薄いけれど
Realforce は、公式のウリ文句どおり業務用として存在感を発揮してきました。その結果、いうなれば「実績があるのでとくにマーケティングする必要がない」という状況が続いてきたものと筆者は邪推します。実際、昨今のゲーマー、それもとくに若年層には Realforce の名前すら知らない方も大勢います。
タイピングに一家言のある者ならば誰しもが通り、そしてその多くが定住する Realforce。あまりに個性的なタッチに拒絶反応が出る場合もあるでしょう。弱点も無くはありません。しかし、それでも Realforce はゲーマーにとってのキーボードたりえます。
ゲーミング PC を組み上げる場合、少しばかり検討してみていただきたいのです。キーボードの「一番いいの」は何なのか、と。ビデオカードに10万円投入するのならば、キーボードに2万円捧げても不思議ではありません。そしてなにより、Realforce はおそらく一般的な他製品より長持ちです。キーボードに取って代わる革命的な入力方法が生まれるまで保つかもしれない、そう考えると安いものです。