安くないゲーミング nVidia TITAN Z、「価格約40万円」の怪
2014年5月28日、ひとつのビデオカードが発表された。nVidiaの『GeForce GTX TITAN Z』(以下『TITAN Z』)である。スペックは各所で話題にあがっているのでそちらを参照していただくとして、問題は40万円前後という価格である。これまでに発売された、「ゲームをプレイするためのビデオカード」の価格から大きくかけ離れている。筆者も去年奮発してビデオカードを買ったが、それでも4万円ほどである。『TITAN Z』との価格差はおおよそ10倍。この価格差に何が詰まっているのだろうか。
すこし昔話を
2000年代のゲーム向けハイエンドビデオカードは、5万円程度だった。一番上を見れば7万円から8万円の製品もあったが、10万円を超えることはなかったように記憶している。エンタープライズ向け製品としてQuadroやFireGLといった高価な製品が存在したが、そもそもこれらはゲームをプレイするためのビデオカードではない。
これらエンタープライズ製品は特別な用途、つまりはCADのような結果の確実性が重視される分野のための製品である。詳細についてはnVidia製品販売代理店の菱洋エレクトロがWebサイト上で取扱っている。筆者も昔、スペックが同程度のQuadroとGeForceを購入し比較してみたことがあった。もちろん仕事である。さぞかし速かろうと思って3ds Maxで試したところ、レンダリングのスピードはほとんど変わらず。上記のような差別化のしかたをしている以上、当たり前である。そして価格差は歴然、2万円程度のGeForceと10万円程度のQuadro。よって、10万円出すのであればハイエンドのGeForceのほうが速いという結果になった。ビデオカードは、価格が高ければ無条件で速くなるわけではないのだ。
誰のための製品か
では『TITAN Z』はどうだろう。GeForceと銘打たれてはいるものの、ゲーム用として利用するにはあまりに高価すぎる。いったいなにに使えば、その性能を想定どおりに使ったといえるのだろうか。発表時点でnVidiaが提示したのはGPGPUだ。4Gamerの『TITAN Z』発表会レポートもあわせてご覧いただきたい。『GeForce GTX TITAN』シリーズは、Teslaのラインアップで販売されていた製品がGeForceとして発売されたものだ。つまり、スパコン分野のような正確性とスピードが要求される場所からきたものである。
とはいえ、あくまで『TITAN Z』はGeForce系列の製品である。販売に携わっている知人にいろいろと聞いたところ、精密な演算をおこなう場合、『TITAN』系列の製品では結果にズレが発生してしまう。そのため、Teslaと比較して安価な『TITAN』系列の製品でざっくりとした処理をしてから、その後確実な演算のできるTeslaで仕上げるケースが多いとのことだ。つまり、あくまでも「Teslaより安価なGPGPU向けGPU」という位置づけで売買されているのが実態らしい。また、演算に利用するシステムによってどちらに対応しているかが異なるため、持っているシステムによってどちらを購入するかが変わってくる場合もあるようだ。
いまやビデオカードに搭載されたGPUの役割は、描画するためだけにとどまらない。2006年にnVidiaが発表したCUDAを皮切りに、GPGPUという利用方法がGPUにさらなる価値を与えることとなった。2014年現在では、AdobeやAutodeskといった制作サイドのソフトウェアや動画のエンコードといった、スパコンほど浮き世離れしていない分野でも活用されている。また、nVidiaが積極的にGPGPUへ取り組んできたため、現在販売されているGeForceであればどのカードでもCUDAを利用できる。筆者もこの流れにかなり助けられた。普段使っているビデオカードで、レンダリングやエンコードを高速にこなすことができたのだ。ソフトが対応しているのであれば、追加投資は必要ない。
では、ゲームではどうか。まずはPhysXによる物理演算の類。これは発祥からして自然な流れだろう。そしてようやく今年のCEDECで「次世代機でいろいろ使えるのではないか」という講演が行われた。詳細についてはImpressの記事をご覧いただきたい。結局今のところ、『TITAN Z』の膨大なGPGPU処理能力をゲームをプレイすることで活用することは難しい。もちろんシングルカードでGeForce最速なのは間違いない。しかし、40万円前後という価格に見合うものだろうか。つまりところ、『TITAN Z』は、ゲーム用ビデオカードではなくCUDA向けのGPUと見るべきである。
「ゲーミング」とは?
筆者は『TITAN Z』発売後、一つの疑問に突き当たった。理由は各社の「ゲーム」表記である。まずは下記URLをご覧いただきたい。
nVidia
http://www.nvidia.co.jp/object/geforce-gtx-titan-z-jp.html
ASUS
http://www.asus.com/jp/Graphics_Cards/GTXTITANZ12GD5/
どのサイトも「ゲーム」の表記がある。本家nVidiaは「究極のゲーミング・グラフィックスカード」との表記である。Gigabyteはゲーム表記なし。ELSAとMSIにいたっては、『TITAN Z』のビデオカードを発売していない。
たしかに、4kモニタを複数使用してゲームをプレイするような大量のビデオメモリとバスを使う用途であれば、このようなスペックのビデオカードが欲しくなるのもうなずける。ただ、かならずしも必要なわけではない。少々脱線するが、4kモニタの解像度は3840 x 2160。フルHDの4倍だ。ビデオカードに対する負荷が純粋に4倍となるわけではないが、相当な負荷増である。
さらに脱線すると、一般向けビデオカードの価格は、メモリ帯域という側面でもみることができる。こちらのサイトがよくまとまっているが、1万円から2万円で購入できる『GTX 750』のBW(メモリ帯域)は80.2GB/s。フルHDのモニタを3枚並べ、高画質で、かつ快適なフレームレートでゲームをプレイすることはできない。ここで4万円まで奮発して『GTX 770』を購入すれば可能となる。4kモニタの話になったのはこのためだ。同じゲームで同じ設定であれば、プレイする解像度が上がれば上がるほどハイスペックなビデオカードが要求される。
ちなみに筆者のR7950は240GB/s。モニタ3枚、かつ最高画質で快適にゲームをプレイしている。メモリ周りという観点を重視するのであれば、AMD製品を選択するのもいいだろう。PhysXやShadowPlayのようなnVidia製品でなければ利用できない機能を切り捨て、かつドライバの出来が10年前からずっとnVidiaに及んでいないことを覚悟するか自己解決できれば、だが。
脱線ついでに4kモニタにも言及しよう。4kモニタへの入力方式は、現時点で3パターンある。モニタの価格自体も6万円台からと高価な部類だ。製品としてこなれているとはいいがたい。人柱となるために物欲を新製品にぶつけるのであれば筆者は応援するのだが、ゲーム用という観点ではどうだろうか。高解像度でゲームをプレイするメリットは画質と表示領域だ。画質については設定を落とさずにプレイできるなら綺麗になるだろう。表示領域については、解像度でUIが変わるようなゲームであれば活用できるだろう。逆に小さすぎてボタンが押しづらくなるケースもあるかもしれない。また、当然ながら8ピクセルのフォントなどはまともに読めないだろう。マウスの移動距離も当然ながら長くなるため、マウスで精確な操作を求められるシーンでは苦労するのではないだろうか。
いいかげん話を『TITAN Z』に戻そう。この30万円後半のビデオカードは各メーカーが喧伝するような「ゲーミング・グラフィックスカード」なのだろうか。それとも実態としてあるGPGPU向けのGPUなのだろうか。もちろん販促上の理由などもあるのだろうが、それはメーカーや販売側の都合でしかない。筆者がゲームのためにこのような価格帯のビデオカードを手に取る機会に恵まれるのであれば、躊躇なく10万円出せば購入できる『GeForce GTX 780 Ti』を選択するだろう。2枚でSLI構成にすれば『TITAN Z』に迫る性能を実現できる。それでも2枚で20万円だ。いくら日頃から物欲物欲と言っていようと、筆者はゲームをプレイしたいのであって高速なGPUが欲しいわけではない。「現在最速最強」というブランドは魅力的だ。しかし、個人的には『TITAN Z』の価格にその価値を見いだすことはできない。