今から始める『The Graveyard』
1. 概要
steam でリリースされてから5年が経ち、steam ネタゲーとしては手垢のついた『The Graveyard』。挿入歌の Komen te gaan の拙訳を中心に、このゲームにはこういう見方もあるんだ、ということを説明できたらなあと思います。
なお、筆者は『The Graveyard』に対する巷のクソゲー的評価を否定しません。筆者自身もゲームを始めてから老婆が生還するまでのタイムアタックをしたことがありますし、フレンドの総プレイ時間を見てゲラゲラ笑った経験もあります。遊び方は1つではありません。
2. 環境
ゲームを開始すると、プレイヤーは一般的な TPS の WASD 操作により老婆をベンチまで移動させることになりますが、ここで環境音に耳を澄ませてみましょう。小鳥やカラスの鳴き声、車のエンジン音、それからパトカーや救急車のサイレンが聞こえてくるはずです。この墓地は市街地からそれほど遠くない位置に存在することが推測されます。
前述のような響きやすい音が聞こえてくるのみで、人声なども無く、ひっそりとしたひとけの無い場所。墓参りに来る人もいない、人々に忘れ去られている墓地が、このゲームの舞台です。
3. Come to go
老婆がベンチに座ると、画面は皆川フェード・エフェクトがはたらく老婆の顔のアップへと遷移し、Komen te gaanというオランダ語の音楽が流れます。ここでは開発元の Tale of Tales の blog から英語の歌詞を引用しつつ、拙訳と対応させてみましょう。
From year eight to year forty | 1908-1940 |
Yes, Irma was still young | そう、Irmaはまだ若かった |
‘t Was a German with consumption | 彼女は肺炎に病むドイツ人と出会った |
Too big a heart, too weak a lung | 彼女はとても大きなハートと、 とても弱い肺を持っていた |
Irma は肺炎持ちのドイツ人と出会い、恋に落ち、肺炎が移り亡くなりました。どうやら老婆はこの墓場に何度も訪れているらしく、多くの墓石に刻まれた言葉を知っています。
Renée, she had fibroids | Renée、彼女は子宮筋腫だった |
Auntie Mo, while she was asleep, | Moおばさんはある日眠りにつき |
Fell down into a dream | 夢にさまよい |
And was never picked up again | 再び目を覚ますことはなかった |
Look that’s Emma, stillborn, | Emmaは死産だった |
Take care you don’t step on her | 彼女の墓を踏まないように |
Her portrait is long lost | 肖像画は失われたまま |
A little blue cross, never baptized | 小さな青十字は洗礼されることはなかった |
And Roger, that was cancer | Roger、彼は癌だった |
grew too big for his own good | 成長したツタは彼を蝕み |
When ivy gets too tall, there’s | 取り除くことができないほど成長し |
Too much shadow. Pruned away. | 彼の身に大きな影を落とした |
Acid on granite | 御影石に酸を |
White bubbles, yellow foam | 白い泡、黄色い泡 |
Steel wool to clean the rust | さびを落とすスチールウール |
Scratch away the year and date | 年号を削り |
And a chisel for your own name | あなたの名前を刻もう |
For when we come to go | 私達があちらへ行く時のために |
酸で御影石を掃除しても、普通は黄色い泡が現れることはありません。ではなぜ、ここで黄色い泡が描写されているのでしょうか。解説文では、誰かが墓に尿をかけたりしないかぎり、黄色い泡が出ることはない、と説明されています。恐らく酔漢がかけたのでしょう。
From between Jesus’s legs | イエス様の御御足の間から |
I would like to pluck those webs | 蜘蛛の糸を取り |
I’d wipe the sand between his toes | つま先についた砂を払いたい |
If I could still bend over | 私がまだ屈めたならば |
I want a cherub made of china | 天使の像と |
a black marble bedspread | 黒大理石のベッドカバー |
stone flowers will suffice | 石の花があれば |
to keep me nice and warm | じゅうぶん暖かい |
Acid on granite | 御影石に酸を |
White bubbles, yellow foam | 白い泡、黄色い泡 |
Steel wool to clean the rust | さびを落とすスチールウール |
Scratch away the year and date | 年号を削り |
And a chisel for your own name | あなたの名前を刻もう |
For when we come to go | 私達があちらへ行く時のために |
Here is calm, here is safe | ここは静かで、何事もなく |
Maybe next time | このさきも |
Next time perhaps, I will stay | このさきも、私はここにいるだろう |
Then I’ll be here no more | そしてその後もここに |
No more | ただ、ただそれだけ |
老婆は”I will stay”と言いつつも、同時に”I’ll be here no more”と言います。ここには存在するだろうけれども、もうここにはいないだろうと。
老婆は何度も墓地を訪れ、墓を掃除し、中央のベンチに佇みます。”Next time”が訪れるまで。
忘れられた死の中で佇み、そう遠くない未来にそちら側へ行く老婆は、そこでなにを想うのでしょうか。解答はありませんが、そんな想像が、このゲームの楽しみ方のひとつだと筆者は考えます。