ゲーム内の「相棒」、実はいっぱいパターンがある。あなたの浮かんだゲームの相棒キャラは「共闘者」「守る相手」「代弁者」「実況者」「パートナー」どれ?
愛すべきコンパニオンだが、実は扱いが難しい。ゲーム進行に密接に絡むだけに、プレイヤーから意見が出やすい仕組みでもある。

こんにちは、ゲームデザイナーのヌヌヌだ。じきに2026年を迎える。2025年は記事をいくつか寄稿させて頂いたが、楽しんでもらえたのなら嬉しい。さて、今回は「理想のコンパニオン」について論じてみる。
コンパニオンは追従するNPC、ノンプレイアブルプレイヤーキャラクターのことを指す。要は追従する仲間のことだ。だいたいのゲームでは相棒のポジションとなり、ゲームの始めから終わりまで同行することが多い。
具体例を挙げると『バイオハザード4』なら合衆国大統領の娘のアシュリー、2018年版の『ゴッド・オブ・ウォー』ならクレイトスの息子のアトレウス、『ICO』なら謎の少女ヨルダ、『マリオオデッセイ』ならキャッピー、そして『ドンキーコングバナンザ』なら歌う少女ポリーンが挙げられる。

これらのゲームで、相棒ポジションのコンパニオンたちはプレイヤーが操作する主人公に同行し、時に助け合い、時に対立しながら苦難の道を共に往く。はじめは反発しあっていたが、次第に仲が深まっていく……なんて主人公とコンパニオンとのドラマが描かれたりもする。
愛すべきコンパニオンだが、実は扱いが難しい。ゲーム進行に密接に絡むだけに、プレイヤーから意見が出やすい仕組みでもある。
コンパニオンの扱いの難しさ
2005年に発売された『バイオハザード4』でアシュリーの存在は悩みの種だった。オリジナルに対してリメイク版のアシュリーはどう変わったかについて書いている記事もある。

2005年版のアシュリーは当時のスペックの問題や、ゲームデザイン上の意図もあるだろうが「行動を共にする1つの人格」というよりは、ゲームの遊びとしての役割が大きかった。キャラクターとしては魅力的だったかもしれないが、プレイヤーの足を引っ張ったり、指示に対して機械的に反応する人形、お荷物のような存在でもあった。
別の事例を見ていこう。次は『BioShock Infinite』だ。同作ではエリザベスというキャラクターがコンパニオンとして登場する。

同作はエリザベスのAI(ここでは振る舞い・挙動の意味)を慎重に研ぎ澄ませた結果、高評価を得たタイトルだ。
BioShock インフィニット PC レビュー – IGN
「エリザベスがコンパニオンとしてうまく機能している」という評価を得ているが、逆に言えば「うまくいっていなければ不評だった」かもしれない。コンパニオンを同行させるゲームデザインを採用するなら「プレイヤーの体験を阻害せず、向上させるにはどういった機能を持たせるか」を考慮しなければならない。
続いて『ゴッド・オブ・ウォー』(2018)を見ていこう。同作には主人公であるクレイトスの息子のアトレウスというキャラクターがコンパニオンになっている。自動攻撃してくれるほか、ステージ攻略のヒントをくれる場合もある。

この「ヒントを教えてくれる」部分が厄介だ。以前の記事「黄色ペイント」と同様に、余計なお世話だと嫌われてもいるからだ(関連記事)。
このように、コンパニオンは楽しい相棒であると同時に「嫌われないような仕組み」にしておかないと、ゲーム全体への不評に繋がりかねないデリケートな要素でもある。
コンパニオンの機能を分析し、理想の姿を考える
ここからは「コンパニオンが持つ機能」について分析していこう。分析することで、何がどう作用するのか、プレイヤーの体験に影響するのかが分かり、理想のコンパニオン像が見えてくるからだ。
最初のタイプは「共闘者」だ。きわめてスタンダードなこのタイプは『ファイナルファンタジーXV』のプロンプトやグラディオラスといった「共に戦う仲間」のことを指す。オープンワールドのみならず、世界を冒険するゲームには当然モンスターとの戦いといった危険が伴う。同行している仲間が何もせず立っているだけなはずもなく、共に戦ってくれる。
共闘者は固有の名前と人格を持った操作不能なNPCだけでなく『ドラゴンズドグマ』に代表される「第二の育成キャラクター」も含まれる。オープンワールドやRPGによく見られるタイプだ。

次のタイプは「守るべき相手」だ。このタイプは『ICO』のヨルダが該当する。古城を探索する最中、敵である影にヨルダを連れ去られたらアウト、ゲームオーバーだ。プレイヤーはヨルダを守りつつギミックを解いたり、先に進む必要がある。『バイオハザード4』のアシュリーもこのタイプに当てはまるが、ヨルダがアシュリーと異なるのは物語上の主導権は主人公のイコよりもむしろヨルダにある点だろう。

主人公のイコは確かにヨルダを敵である影から守っているが、実際にはヨルダのおかげで城のギミックが作動している。先に進むための扉もヨルダの力で開くし、セーブポイントもやはりヨルダが起動している。こうした「コンパニオンと主人公が対等」であったり「コンパニオンのほうが性能が高い」設定は、物語上の「コンパニオンと協力する」必然性を高めるだけでなく、相手を守らなければいけないデメリットを補ってくれる。
次は「代弁者」のタイプに移ろう。
ゲームの主人公の多くは寡黙である。無口と言ってもいい。なぜかというと、主人公はプレイヤー自身であり、好き勝手にしゃべりだすと自分自身だと思えなくなるからだ。最近でも『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』の違いについて堀井雄二氏が述べていたそうだが、今回の記事では触れずにおく。
自分の分身である主人公が寡黙だと、世界に対する説明が不足したり、変化に対するリアクションが乏しかったりする。それを補うかのように代弁してくれるのがコンパニオンだ。美しい風景があれば「きれいだね」と喜び、危険な場所なら「気を付けて」と忠告してくれる。あるいは「さすが大都市だけあって、異種族が多いなあ」といった世界の説明をして、見ただけではうかがい知れない情報を与えてくれる。
代表例として『ペルソナ5』のモルガナや『メタファーリファンタジオ』のガリカが挙げられる。アトラスの主人公は『ドラゴンクエスト』同様に無口な傾向があるが、モルガナやガリカのおかげで世界との接点が生まれ、自然と物語が進行したり、次の行動へ繋がる。

RPGというジャンルではコンパニオンだと認識しづらいかもしれない。その場合は『ボーダーランズ』のクラップトラップや『タイタンフォール2』のBTを思い浮かべてほしい。
さらに「ガイド」のタイプに移る。
このタイプは『ゴッド・オブ・ウォー』のアトレウスや『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のナビィが該当する。行先を教えてくれたりギミックのヒントをくれる、まさにガイドの役割を果たす。アクションゲームはRPGと異なり、町の住人のようなヒントをくれるNPCとの会話が少ない。RPGが「ヒントを得てから次の目的地へ向かう」サイクルを繰り返すのに対し、アクションゲームは常に次の目的地を探してさまよい続ける。
プレイヤーが迷わないようにレベルデザインによって誘導するにしても、直接的な誘導が難しかったり不足している場合はガイドの出番だ。町の住人の代わりに、同行するガイドが手取り足取り「これからどうすればいいのか」を教えてくれる。

ガイドは疎ましく思われる場合がある。前回の記事で取り上げた「黄色ペイント」同様に、親切すぎるとプレイヤーから「うるさい」「好きにさせてくれ」「勝手に答えを教えるな」と反発を受ける。プレイヤーはゲームを購入した際に、何も知らない世界を冒険することを望んでいるが、ガイドはそこに水を差す可能性がある。「あ、そこに怪しい石がありますね……ひっくり返してみましょう!」「この橋、壊れてますね……きっとさっき見つけたロープが役に立つはず!」といった具合だ。プレイヤーの発見をかすめ取ってしまう。もしガイドタイプのコンパニオンを実装するなら、気を付けておいたほうがいい。
第4のタイプは「実況者」だ。
『アンチャーテッド』シリーズのサリーや『ラチェット&クランク』のクランクが該当する
始終しゃべり続けて盛り上げてくれるコンパニオンだ。意味のないことをしゃべるのではなく、ほとんどはガイドタイプと同じくナビゲートやヒントを教えてくれるが、とにかくしゃべる。追従するリアクションキャラクターと言ってもいい。

この騒がしい友人と言えるコンパニオンだが、元を辿ると映画『スター・ウォーズ』のC-3POに行きつくかもしれない。もしくはディズニーの諸作品だ。実況者タイプが登場すると、途端にゲームの雰囲気がアメリカ的になり、映画的にもなる。海外のゲームは「映画的」であるビジュアルや展開を追求することが多く、結果として実況者タイプを連れてきてしまうのかもしれない。
最後のタイプは「パートナー」だ。
ここ最近のゲームで言うと『ドンキーコング バナンザ』のポリーンが挙げられる。歌により封印されたオブジェクトを解除したり、ドンキーコングを「バナンザ変身」で別の姿に変えてくれる。主人公のドンキーコングと違う能力を持ち、お互いに頼り合う関係だ。

パートナータイプは同行する相棒に特別な能力を持たせることで、信頼関係を描くだけでなく同行する必然性を生み出す。ゲームを攻略するためにはパートナーが必須であり、パートナーのおかげでゲームをクリアできるわけだ。であれば、パートナーは欠かせない存在となり、相手の要望はできるだけ叶えてあげたくなる。つまり、シナリオ上パートナーが「私にはやりたいことがあるから、お互い助け合いましょう!」と言ってきたら断りづらくなる。
能力差を設けることで、一蓮托生、クリアまでバディを組むことを自然と受け入れやすくなるわけだ。このタイプはカプコンから発売予定の『プラグマタ』でも見られる。アンドロイドの少女ディアナとなぜバディを組むのか、シナリオ上の必然性だけでなく、遊びの上でも「クリアに必要な能力を持つ」というプレイヤーが納得できる理由が用意されている。

タイプ分析から考える「理想のコンパニオン」とは?
このように、コンパニオンには「共闘者」「守るべき相手」「代弁者」「ガイド」「実況者」「パートナー」という6つのタイプがある。ただし、『ドンキーコング バナンザ』のポリーンがガイドと実況者とパートナーであるように、コンパニオンは複数のタイプを混ぜて作られる。どのタイプを伸ばすか抑えるかで、それぞれのゲームにあったコンパニオンが作られているというわけだ。
理想のコンパニオンは結局のところ「ゲームによって異なる」。ただ、ゲームデザインによって達成したいことを見定め、これら6種のタイプを使い分けたり役割の強弱を調整することで「それぞれのゲームにあった理想のコンパニオン」へ近づくことができる。
おまけ
先ほど6つのタイプと言ったが、実は第7のタイプがある。
※ここから先はゲーム『Portal』のネタバレが含まれる
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第7のタイプは「敵対者」だ。

理想のコンパニオンが作られたとき、プレイヤーにとって快適で魅力的な存在が間近にいることになる。親近感や愛着など、言葉はどうあれコンパニオンに対してプレイヤーは心を許すようになる。いきなりだが、ゲームデザイナーはプレイヤーを裏切るのが大好きだ。期待に応えて予想を裏切るのがゲームデザイナー、あるいはコンテンツ製作に携わるものの根幹とも言える。もしプレイヤーがコンパニオンに心を許したのなら、どうやって裏切れば心を揺さぶることができるだろうか。
コンパニオンが裏切り、敵対すればいいのだ。
『Portal』では被検体である主人公が目覚めてからずっと、AIコンピューターのGLaDOSがテストのルールやPortalガンの使い方などフレンドリーに優しくナビゲートしてくれる。しかし、彼女?は次第に本性を表して主人公の存在を実験動物かのように扱い、暴力や死の混ざった冗談を投げかけてくるようになる。最終的には祝福の言葉とともに主人公を焼却炉に誘導しようとする。
GLaDOSとの関係性の変化は実に巧みにデザインされている。右も左も分からない状況では医者か科学者のように優しく語りかけ、テストに挑んでいる際は親や教師のように丁寧に辛抱強く励まし、どうやっても信頼感が生まれるようにする。テストの難易度が上昇するに従い、GLaDOSの言動を怪しく不可解なものにして不信感を与え、ゲームの世界全体が次第に恐ろしい姿へと変容していく狂気を味わわせている。
理想のコンパニオンを達成できたからこそ挑戦できた、ゲーム全体を通して仕組まれた壮大なギミックだ。
コンパニオンの裏切り、敵対は国内外問わず様々なゲームで採用されている。どのタイトルもプレイヤーに衝撃を与え、忘れがたい体験を作り出している。ただし、単にコンパニオンが裏切れば衝撃を与えられるのではない。「理想のコンパニオン」を達成してこそ、裏切りの衝撃が生まれることは忘れないようにしたい。
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