「実績」の功罪と在り方

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実績、Achievement。前世代(と称してよいでしょう)以降、普及したシステムです。

知らない方はさすがにいらっしゃらないかと思いますが、あまり興味のない方へ念のため説明。ゲーム中に特定の条件をクリアすることで、「それを達成 したよ」という証としてプレイヤーのアカウントに残るのが”実績”システムです。PlayStation 3では 360 からやや遅れて実装されたトロフィーシステムがそれに該当します。また、巨人 Steam には上の2つよりさらに洗練された実績制度が用意されているほか、Origin 等にも一応それらしきものがあります。

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実績「ポコッ」、あるいはトロフィー「チロン」。この効果音と称するべきでないまるで洗脳のような、または人間の本能へ直接呼びかけるかのような音 に誘惑され、膝を屈したゲーマーは星の数ほどいます。それほどに”実績”解除は蠱惑的な仕組みなのです。どれくらいの誘引力かというと、上掲画像のとお り。正視に耐えません。

(以下、”Achievement”に類するシステムをすべて”実績”とします)

 


実績への反感

 

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私が聞く限り、「実績システムは嫌いだ」と断言する方は、ユーザーだけでなくクリエイターにも実在しています。例の SE へ前世で免疫を獲得しているからなのか、そもそも実績解除通知が表示されるのが鬱陶しいという声もありました。

Xbox 360 を購入して以来、少なからず実績にこだわってきた私にすらその気持ちはわからないではありません。解除のカタルシスとゲームへの没入感を天秤にかけた結果がどうなるか?であって、私が前者を取ったにすぎません。

価値観の相違であって、結局実績は実績である――という結論も嫌いではありません。しかし、それはいささか思考停止めいています。実績設計は平等ではありません。ようするに、「良い実績」と「悪い実績」があるということです。

 


カップ麺より早く1000G解除できる唯一のゲーム。

 

 

たしかに私は実績解除音に魅せられました。そのためだけに、実績解除 Wiki を読み漁り、簡単に実績をあけられるゲームを買い、プレイしました。それは虚無に満ち満ちた時間であり、同時に大いなる学習になりました。「何故実績をあけるのか?」

最近 360 では実績の解除度に応じて報酬が支払われたり、Steam では「目標を達成してリワードをもらおう!」系のキャンペーンはゲーム内外で開催されたりしています。実績解除はもはやそれ単独の自己満足ではなく、プレ イにたいする対価の証明としての性質を帯び始めているのです。しかし、その是非は今回もぐっとこらえて据え置きます。

あくまで何の報酬もない、心の昂ぶりだけを与えてくれる実績。これが原初にしてもっともピュアな実績です。しかし、その実態はかつて(そして部分的 には今もなお)玉石混交を超えたカオスそのものでした。きちんとした、形だけでも強制力を持つガイドラインがない状態では、実績自体へ挑戦するような作品 が登場するのは当然です。

 


良い実績

 

さて、そろそろ実績の良し悪しとは何かを限界まで思考節約しつつ定義しましょう。すぐれた実績に求められるのは2点です。

1つ目、「ゲームの進捗度を反映する」。ストーリーを進行させる、特定の面をクリアする、レベル、一定のレベルに達する。これらによりアンロックされる実績は、プレイヤーに納得感と達成感を与えてくれます。

当然すぎてあくびが出そうですが、今年出たタイトルですらいくつか逸脱したものを思い浮かべることができます。原因と推測されるのは、第一にそもそ も上記のような「実績デザイン」の概念を放棄しているということ。そして第ニに、Xbox 360 の単体実績1000G縛りの影響です。いくつかのタイトルでは数値が細分化されていますが、大半のゲームでは(なぜか)5単位となっており、そのため実質 的に作れる実績の数が制約されてしまうということです。”遊び方”をいろいろと用意したリッチなゲームほどそうした現象が起きやすく、「あれもこれも遊ん でもらおう」とプレイスタイルにばかり実績を割り振った結果、ゲームの進捗と無関係なものばかりになったりしています。

ゲームの進捗度と実績を連動させることは、プレイヤーに明確で明快な情報を与えます。最近ではゲーム全体の達成状況を明示してしまった身も蓋もない作品も多々ありますが、やはり本質的にそこは実績こそが担うべき役割だったのではないでしょうか。

良い実績に求められる要素の2つ目は、「楽しみの導線となる」ことです。

一例を挙げましょう。シングル FPS のキャンペーンモードで、「サブマシンガンを使って50 kill しろ」という実績があったとします。今までのあなたはとくに理由もなくずっとアサルトライフルと拳銃しか使っていませんでしたが、しぶしぶサブマシンガン へ持ち替えます。するとどうでしょう、意外に強い・爽快感がある・見た目がかっこいい。こうして新しい楽しさに到達することができるのです。

こちらは実績の本質とすら呼べるものです。実績とは、ゲームの楽しみ方を紹介する導線として本来は機能すべきではないでしょうか。1つ目の進捗等にかかるアチーブメントはスポイラーとなるリスクもありますが、それも低めです。

実績一覧を眺め、「ふうん、そういう遊び方もあるのか」とプレイヤーに気づかせ、そして創りこまれたゲームの細部へ到達させる。実績解除そのものが 目的化している(私も含めた)ゲーマーが大勢いるので思わず誤解してしまいそうですが、その点を履き違えてはならないでしょう。

 


悪い実績

 

では、悪い実績とは何か。良い実績を裏返しても正解へは近づけます。しかし、よりピンポイントに断罪するとすれば「無意味な行為の強制」です。

この”悪い実績”は残念ながら掃いて捨てるほど実在します。実績解除を目的化してしまった病人にとってすら厳しい実績たち。何で俺はこんなことを やっているんだ?と思わせてしまう悪しき設計。それでありながら例の「ポコッ」音などが誘蛾灯のごとく機能し、多くのゲーマーを緊縛してきました。そろそ ろ私たちは目を覚ますべきです。

無意味とはなにか。いかにも定義がブレがちな表現です。しかしたとえば、「『スーパーマリオ』でその場50回連続しゃがみジャンプ」という実績が あったとしたら? “無意味”と多くのゲーマーが評価するのではないでしょうか。質の悪い冗談に聞こえるならば、それはそれで幸せなことかもしれません。今、数多のゲームに おける実績を覆う闇となっています。

愛ゆえに悲しみましょう。1つ実例として、『PAYDAY 2』を挙げます。本作は追加コンテンツで”悪い実績”が多数加えられた残念なケースです。

“Pump-Action”はパンプキンマスクをかぶってショットガンで666人倒すというものでした。これはまず、ゲーム中においてマスクが一切 効力を持たない、プレイヤーの趣味趣向に依存した、いわばロールプレイ要素であるという点を否定してしまっています。くわえて、666人という数値は宗教 的な意味はあるかもしれませんがゲーム的な面白さは絶無です。

“It’s Alive! It’s Alive!”はフランケンマスクをかぶってTaserの電撃を25回受けるというものでした。マスクについて制約を課すことの愚は前述のとおり。次に、 「ダメージを受ける」という設計にはゲーム上の面白さは一切ありません。偶発的に達成されることもまずありえません。実績達成のためのプレイをしなければ ならない、まさしく”悪い実績”です。

『PAYDAY 2』の追加コンテンツで増えた実績はひどいものが多く、そのほとんどがマスクに関連していました。なぜそれらが”悪い”のかというと、「ゲームと関係ないから」にほかなりません。ゲームの面白さへの導線となるのが実績であるならば、真逆に位置しています。

 

ナメていらっしゃいますか?
ナメていらっしゃいますか?

 

他に危険なものとしては、いわゆる「隠し実績」があります。スポイラーを回避する目的で伏せられているならいざしらず、解除条件を知らなければまず解除されえないような、かつまったくもって楽しさとは縁遠い実績という邪悪もまた実在します。

実績でヘンテコなプレイを強制されるのは確実に楽しくありません。タイムアタックや不殺/鏖殺プレイ、その他縛りプレイといったゲームへの導線であるならばいざしらず、曲芸以下のつまらない「コマンド入力」を要求してくるのは下の下です。

ゲームの進行にも、ゲームの面白さとも一切直結しない、ただ実績のためだけに定義された実績。それが「悪い実績」です。

 


実績を捨てよ

 

私、安田は実績にこだわってきました。実績をあけるためのプレイを目的としてきていました。ですが、最近ようやく考え方が変わってきたのです。動機 はいくつかありました。ただ単に飽きた、Xbox 360の実績に”実質”が伴うようになってしまった、「悪い実績」を見て見ぬふりしてきた、など。

実績は今後もゲームに付帯し続けるでしょう。それはそれで良いことです。良い実績はプレイヤーに新しい視野をもたらします。

しかし、「解除するための実績」を今後積極的にゲーマーは無視してゆくべきです。根本的に楽しくないことのみならず、クリエイターによる実績設計の 放棄ですらありえます。人間の一生は有限です。なぜそんなものに貴重な時間を投入する必要がありましょう。ゲームが非生産であるとすれば、それらは非生産 ですらなく虚無です。

実績の概念が世に解き放たれてから10年と経っていません。ですが、その存在意義はすでに固まりつつあります。実績に囚われてきたゲーマーは、今こ そが夢から醒めるときです。いかにすぐれた実績システムが構築されようと(おそらく現段階でその最先端は Steam)実績はゲーマーが利用するための、ゲームの一側面にすぎないのです。今こそはっきりと断じるべきです。「実績のためにゲームやってるんじゃな い」と。

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