『ペーパーマリオRPG』リメイクで“女の子として生きたい”キャラクター「ビビアン」はどう描かれるのか情報公開から推理。男の娘とトランスジェンダー女性の違い
ニンテンドー ゲームキューブの傑作『ペーパーマリオRPG』。同作リメイクの発売が、今年5月23日に迫っている。オリジナル版は、現在も展開される『ペーパーマリオ』シリーズの第2作目だ。本作は、1作目『マリオストーリー』のRPG色の強いシステムを踏襲しつつも、舞台やキャラクターはさらにクセ強く。アドベンチャー色の増した進行で、より起伏に富んだ冒険が楽しめるようになった作品だ。
本作はその“クセの強さ”ゆえにブラックなネタなども多く、リメイクにてどこまで表現が変わるのかというのは、ファンにとって関心の強い部分だろう。『スーパーマリオRPG』リメイクが原作の表現を非常に尊重したものであったため、筆者は『ペーパーマリオRPG』リメイクのほとんどの部分についても、希望的に見てもいいのではないかと思っている。
ただ、それでも『ペーパーマリオRPG』リメイクで一体どのように描かれるのか、筆者にとってどうしても気がかりな部分が一つある。それは、「ビビアンの性別はどう描かれるのか」ということだ。実のところ、現状でもそれを推理できそうな公式情報が出揃ってきている。なお、本稿には『ペーパーマリオRPG』に関するネタバレになりうる記述が含まれるため、留意してほしい。
女の子として生きたいけれど、家族に認めてもらえない「ビビアン」
ビビアンは、本作に登場する悪の組織「メガバッテン」に協力する、カゲの種族の三姉妹のうちの一人。生まれの性別は男性だが、「女の子として生きていきたい」と思っていることがセリフや仕草からうかがえる。しかし、長女のマジョリンにつねにいじわるをされる立場にある彼女は、当然性別についても認めてもらえていない。
敵やNPCを分析して詳細を教えてくれる仲間「クリスチーヌ」の解説によれば、クリスチーヌはビビアンのことを「あたしよりもかわいいかも」とまで思っているようだ。「かわいい女の子に見える男の子」、こういう属性のキャラクターは国内では「男の娘」というジャンルで呼ばれることが多い。現代ではかなりメジャーなものとして受け入れられているジャンルだが、原作『ペーパーマリオRPG』が発売された2004年では希少な表現だった。
「男の娘」という単語は、2006年~2007年頃から普及しはじめたと言われている。とはいえ、それ以前にも「女装をした可愛い少年」という表現は存在しており、特にその属性の認知を広めたキャラクターといわれているのが、2002年発売の格闘ゲーム『GUILTY GEAR XX』にて初出した「ブリジット」である。
ブリジットは村の因習によって女の子として育てられたという過去を持つキャラクターだが、生まれの性別および性自認は男性という設定だ。美少女といえるほど可愛いけれど、男性であるというギャップは当時のファンらに衝撃を与えた。登場当初は否定的な反応も多かった様子だが、次第に受け入れられ、のちに「男の娘」と呼ばれる属性を広めていった。
最新作『GUILTY GEAR -STRIVE-』では、ブリジットの自身の性自認についての迷いが生まれており、今後の生き方について葛藤するストーリーが描かれている。のちに、彼女が女性として生きていく決意をしたということが公式サイトでも公表された。筆者個人としては、キャラクターの表現に新たな属性を切り開いたブリジットらしい新展開だと感じたが、ブリジットの性自認が男性だからこそギャップに魅力を感じていた人たちや、設定が捻じ曲げられたというように感じた人たちによる批判も多かった。
新たな表現に関する良し悪しはさておき、この一件で「男の娘」と「トランスジェンダー女性」の違いについて考えたユーザーも多いのではないだろうか。結論からいえば、これは「性自認が男性か、女性か」の違いによって区別されるものだと思っている。性自認は男性だけれど、女装しており、可愛いと周りから認知されるキャラクターは男の娘と呼ばれる。逆に、生まれの性別は男性だが、性自認が女性であるというキャラクターはトランスジェンダー女性であるといえる。
もちろん、男の娘という単語に具体的な定義が決まっているわけではないので、トランスジェンダーのキャラクターも内包して今後も男の娘と呼ばれることもあると思う。ただ、「女性として生きていきたい」と思っているキャラクターに対して「男」とつく単語で呼ぶのは敬意に欠ける表現ではないかと個人的には感じている。
話をビビアンに戻そう。原作『ペーパーマリオRPG』が発売された2004年前後は、「男の娘」という単語こそ昨今ほど普及していないものの、そういった属性自体は認知され始めたぐらいのタイミングだ。トランスジェンダーの存在も、趣味嗜好や職業として女装をする人々と一緒くたに「ニューハーフ」というような単語で呼称されていた時代である。そういう意味では、ビビアンは「男の娘」という属性に括られるキャラクターとしてはかなり初期の例の一つだと言える。
作中の印象的なシーンとして、ビビアンが自らのことを「カゲ三姉妹」と名乗る場面がある。しかし、これに長女のマジョリンは反発。「どこが 三姉妹だよ! あんた オトコじゃないかい!」とツッコまれてしまう。その後マジョリンは自らを「カゲ三人組」と名乗るのである。
ビビアンは作中でも女性として生きること・扱われることを望む描写が見られ、性自認は明確に女性と解釈できる。すなわち、現代の観点からすればトランスジェンダーであるといえる。むしろ原作の表現は、今見ると「女性 or 男性として生きていくことを家族に認めてもらえない」という、現実のトランスジェンダーにとってもありふれた問題を描いたものになっている。
当時としては、「長女にいじめられる可愛い三男」というぐらいの表現だったかもしれないが、今では「男性の肉体で生まれ、性自認が女性の人物」という題材はどうしてもセンシティブなテーマになった。リメイクでこの設定をどう扱うかは慎重を期す必要があるということは開発チームも当然理解しているだろう。
英語版の“最初から女性”に統一されると思っていたけど、むしろ逆かも
原作のビビアンは、英語版およびドイツ語版では特にトランスジェンダー要素に触れられることなく、作中一貫して女性になっていた。そうした設定を踏襲して、リメイクで日本版も女性になる可能性は十分にある。最初から女性にして三姉妹ということにしてしまえばセンシティブなテーマを取り扱わなくて済むからだ。とはいえ、そうした変更は原作のビビアンの設定に魅力を感じていたファンを裏切ることになるわけで、真摯でないと感じられる対応は取らないでほしいとも思っている。しかし、そうした懸念は杞憂に終わるかもしれない。
先日、『ペーパーマリオRPG』の紹介映像が公開され、「ゆうぎ場」という施設に登場する受付のテレサが、バニーのカチューシャから猫耳のカチューシャに変更されていることが分かった。これは原作の海外版に合わせた変更であり、そうなるとビビアンの設定も海外版に統一されるのかもしれないと少し頭をよぎった。しかし、紹介映像と同時に公開された公式サイトの新たなページをよく見てみると、それに反証できる興味深い記述が発見できた。「カゲ三人組」という単語が使われているのだ。
先ほど、ビビアンが「カゲ三姉妹」と言ったのをマジョリンが「カゲ三人組」と訂正するシーンがあることを紹介した。これはつまり、「カゲ三人組」という単語にはマジョリンがビビアンを女性だとは認めていないという文脈が含まれているということだ。リメイク版でビビアンが“作中一貫して女性”に統一されたのだとすれば、あえて「カゲ三人組」という単語を使う理由はなく、英語版の「Shadow Sirens」と似たニュアンスの言葉か「カゲ三姉妹」にすればいい。この単語の違いは、原作の設定が守られていると推測する根拠になるように思う。
それどころか、海外で解禁されたプレビュー動画からは、この予想を裏付ける証拠も発見できた。なんとリメイクの英語版では、原作のローカライズと異なり、日本国内版の設定が使われていてセリフが変更になっているようなのだ。
オリジナル英語版でマジョリンが「The Three Shadow Sirens」と言っていたセリフが「The Three Shadows」に変化しており、女性の三人組というニュアンスがなくなっている。日本版の呼称「カゲ三人組」の表現により近くなった形だ。つまり、英語版のマジョリンのセリフにも、ビビアンの性別を女性と認めていないというニュアンスが含まれたということだろう。
もし以上の推察が当たっているならば、かなり思い切ったローカライズの変更といえる。とはいえ、海外ファンの間では、国内版のビビアンの生まれの性別が男性であるということはすでにかなり有名であるし、多様性の表現を優先したということを抜きにしても、単純に原語である日本語版の設定がしっかり描かれるというのは喜ばしいことであると思う。
登場人物が不寛容でも、作品は寛容になれる
もし、リメイクでもビビアンの性別に関する設定が原作通りに残されており、それでもマジョリンが「カゲ三人組」という呼称を使っているのだとしたら、原作と同様、ビビアンとマジョリンのいじめの関係や性自認を認めてもらえないシーンなどは残されているということになる。
マジョリンの態度は、ともすればトランスフォビアと取れる表現であり、ポリティカルコレクトネスの観点で言えば真っ先に削除されそうだ。しかし、いちトランスジェンダー当事者としては、むしろこの表現は残してほしいと思っている。
上述したように、「女性 or 男性として生きていきたい」ということを家族や周りの人間に認めてもらえないというのはトランスジェンダーにとってはありふれた問題である。しかし、ポリティカルコレクトネスの表現においてよく勘違いされがちなのは、当事者が不快に思うシーンは丸ごと削除すべきだと思われていることだ。そうではなく、マイノリティの人々を救うためにもっとも効果的な表現は、「現状を知ってもらうこと」であると筆者は思っている。
そういう意味で、マジョリンの態度をあえて残すという選択は正しいと感じる。2004年の原作の時点では開発側にそういう意図はなかったかもしれない。しかし、リメイクでこの表現と設定をあえて残したのであれば、それは開発元インテリジェントシステムズや、監修に関わっているであろう任天堂の、LGBTQ+の表現に対する真摯な向き合い方として受け取れると思う。それに、元々同スタジオは『ファイアーエムブレム』シリーズなどでそういった表現を模索し続けてきた。
インテリジェントシステムズがそういった表現へ向き合うためにあえて表現を残したのであれば、同時にリメイクで変化している部分もあると推測できる。それはメニュー画面でのビビアンの説明文の「ホントはオトコノコ」というテキストである。このテキストをリメイクで残した場合、開発元もマジョリンと同様にビビアンの性自認を認めていないということになってしまうので、ここは確実に変えられると予想している。少なくとも、米国版の『ペーパーマリオRPG』リメイクの公式サイトではビビアンの三人称は「Her」になっているため、米任天堂はビビアンの性自認を尊重した記述を採用しているようだ。
もう一つ気になるのは、クリスチーヌによる解説がどのように変化しているかだ。原作にはビビアンについて「カゲ三人組の一人で いちばん下の妹…じゃなくて 弟ね」と言うセリフが存在しており、クリスチーヌ自身もビビアンを女性と受け取るべきか迷っているような様子が伺える。元々クリスチーヌは心優しい性格のキャラクターであるため、リメイクではビビアンの性自認を尊重するテキストに変更になるかもしれない。
現状の社会は、性的マイノリティの立場にあることを周りに打ち明けにくい状況にあることは否めない。そういう意味で、ビビアンは本当に勇気ある女性だ。仕草や格好や口調に、彼女の「女性としてみられたい」というたゆまぬ努力が見えるし、姉に女性と認められなくても、自身を「三姉妹」と呼ぶのだ。基本的に姉に対して及び腰なビビアンだが、自身のアイデンティティについては絶対に譲らないという意思がある。
創作物にこういった表現をもつキャラクターが登場することは、いまだに快く受け取られないことも多い。だが、ビビアンがそこに暮らしているのとおなじように、現実にも性的・人種的マイノリティの立場にある人というのはたしかにいるのだ。もちろん、身近な人に性自認を認めてもらえないという問題も、実際にある。
現実にある問題を取り上げるというのは、マイノリティ関連に限った話ではなく、創作物ならばよくある表現だ。作品に触れた人が、その問題や、キャラクターの感情を考えることで、少しずつ理解が広がっていくというのが一番望ましいことだと思う。
そして、ビビアンの場合は、原作の表現をほぼそのまま残すことが一番理解につながると筆者は思っている。もし、リメイクで実際にそうしてくれているなら、2024年の今になって、ついにユーザーはビビアンの悩みの本質に向き合える時が来たといえるだろう。